Flag32:情報収集に行きましょう
予定通り2日後、私はガイストさんに漁船を借りルムッテロに向かって出発しました。穏やかなキオック海ですがこの時期になると突然雨が降り出したりして海が荒れることがあるとは聞いていますので少々心配ではあります。気温も高いですし海も温かいのでもしかしたら台風なのかもしれません。
荒れた海ほど恐ろしいものはありません。人が飛ぶなんて言うのは優しいもので、下手をすれば船体ごと真っ二つと言うこともあり得ますから。自然の脅威の前には時として人は無力です。まあそれをどうやって乗り越えるのかも船乗りとしての腕の見せ所なのですけれどね。
今回ルムッテロへ行くのは情報収集と料理用の火と水の魔道具の購入がメインですので持ってきているのは食料、そしてオットーさんの店へと卸す生地くらいなものです。出来れば魔石の購入もしたいのですが値段が落ち着いているでしょうかね。
そんなことを考えながら漁船を走らせます。フォーレッドオーシャン号は確かに素晴らしい船ですが操舵室がありますので操船するときは室内にいることになります。しかし漁船は半分室内とも言えなくもないのですが海に近く、船の大きさも小さいため海を走っていると実感できるのはこちらではないでしょうか。
海の匂いを、音を、揺れを感じながら行くことのできる漁船は快適な海の旅を目指したメガシップとはまた違った魅力にあふれているのです。まあ慣れないと船酔いしやすいという欠点はありますけれどね。
昼を少し過ぎたあたりで目的のルムッテロの町が見えてきました。40メートル級の船は何隻か泊まっているようですがウェストス海運商会のシンボルマークの丸に髪の長い女性の横顔の旗をつけている船は1隻しかありませんし、物資が大量に積み込まれているような様子もありませんからすぐにどうこうといったことはなさそうですね。一安心です。
奥の桟橋を目指してゆっくりと走っていると前方上空に人影を発見しましたのでスピードを落とし、船を止めにかかります。そして船が止まったとほぼ同時くらいに見覚えのある白い翼をもった筋肉質の背中が船へと降り立ちました。
「お久しぶりですね、フューザーさん」
フューザーさんはきょろきょろと辺りを見回しており、そして私へと顔を向けると少し首をかしげながらこちらへと歩み寄ってきました。何かありましたかね?
「見たことのある船だ。ギフトシップだな。私の名前を知っているということは会ったことがあるんだろうが……すまんな。人の顔と名を覚えるのは苦手なのだ。」
「そうでしたか。それでは改めてワタルと申します。お会いしたのは1か月ほど前でしょうかね。今回が2回目の寄港になります。それとこちらがギルドカードです」
私が差し出した商人ギルドのギルドカードを受け取り、しばらく裏面の容姿の表記と私の姿を見比べていたフューザーさんでしたが確認が終わったのか私にカードを返してきました。なぜか苦笑していますが。
「ワタル殿は不思議な人だな。名前と顔を覚えていないと言うと大抵はがっかりするか、時には怒り出す者もいるのだが」
「誰にも得手不得手はありますから。それにそれだけはっきり言われた方が逆に小気味良いと私は思いますけれどね」
ギルドカードを受け取り財布にしまいながらそう返します。
実際そういうのは個人の資質としか言いようがありませんしね。訓練で鍛えることは出来ますがそれにしても向いている、向いていないというのはあります。むしろ私としてはわかっていないのにさも知っているかのような態度をとる方が相手には失礼だと思うのですが。一時的にはしのげたとしてもそれが積み重なればそうすることに慣れてしまい大きな失敗に繋がることもありますし。
それに比べれば自分からはっきりと覚えていないと言ったフューザーさんの態度の方が好ましいのです。
「ふふっ、ワタル殿だな。覚えられたら覚えておこう。それでは荷物の簡易検査を行うが良いか?」
「ええ。どうぞ」
その言葉に少し上機嫌になりながらフューザーさんを案内します。とはいえ小さな船ですので数分で検査は終わってしまうのですが。特に指摘はありませんし問題は無かったようですね。
検査を終えたフューザーさんが去ろうとするのを見送ります。翼を広げ飛び立とうとする直前にフューザーさんが私の方を振り返りました。
「そうだ。近日中にランドル皇国の第3皇女が寄港される予定だ。その日1日は港を完全に封鎖するから注意しておいてくれ。では私は行く」
「わかりました。それではまた」
「ああ、またな、ワタル殿」
そう言い残してフューザーさんは翼をはためかせると空へと飛び上がり去っていきました。あの翼の大きさで人体が宙に浮くのは何度見ても不思議な光景です。
さて、それにしても皇女様がいらっしゃるのですか。タイミングが良いのか悪いのか。さすがにウェストス海運商会の船を沈めたから来たということはないと思いますがそれにしてはタイミングが良すぎますね。とりあえず情報収集だけはしておきましょう。本物のお姫様をこの目で見てみたいとは思いますが港の封鎖が1日で終わるとも限りませんし、日程についても考え直さなくてはいけないかもしれませんね。
そんなことを考えながら桟橋で手を振っている人へと向かって走り始めるのでした。
残念ながらエドワードさんは他の仕事をしているそうで、私の担当は別の方だったのですがすでに商人ギルドのギルドカードも持っていますし、この町で問題行動を起こしたこともありませんのですんなりと審査は終了しました。
フューザーさんの言葉通り皇女様を乗せた船が寄港する当日は完全に港は封鎖。寄港中については港への出入りが厳しく取り締まられ、出港する場合も前回は無かった検査を受ける必要があるそうです。他国の貴人を迎え入れるのですから当たり前ですね。
もう少し詳しく聞きたいところではありましたが、迎え入れの準備などのためかなり忙しいらしく職員の方がぴりぴりとした雰囲気を出していましたので大人しく話だけを聞いて感謝を述べて事務所を後にします。
時間も午後2時過ぎと中途半端な時間ですのでとりあえず今日は商人ギルドに顔だけ出して話を聞こうかと町への門へ向かって歩いていきます。門番2人の顔が以前とは違いますね。まあ何があったかは予想に難くありませんから気にしないでおきましょう。
何事もなく門を抜け白煉瓦の統一された町並みを歩いていきます。人々の顔は思った以上に明るいですね。大きな声で話している奥様方の声に耳をやると、どうやら皇女様の来訪について盛り上がっているようです。どちらかと言えば好意的なとらえ方の様ですね。まあ敵対している国の皇族がわざわざやってくるということは友好的な外交を望んでいるとも考えられますのでそのおかげでしょうか。
てっきり帰ってこないウェストス海運商会の船の話が聞こえてくるかと思ったのですがそんな話は全くありませんでした。今は完全にやってくる皇女様が注目の的になっていますね。
視線を向けずに話を聞くことに注力しながらしばらく歩き、噴水のある交差点の先にある商人ギルドへと向かいます。どうやら壁の工事は終わったようでこの町では見かけない木製の外観が異彩を放っています。建物の外観を共通させることで行商人などにわかりやすくしているのでしょうか?しかしそれだけの理由にしては大げさすぎますよね。大きな看板を掲げれば良いのですから。まあ機会があれば聞いてみましょう。
さて、ギルドではどのような話が聞けるのでしょうかね。少しワクワクしながら1か月ぶりの商人ギルドの扉へと手をかけるのでした。
役に立つかわからない海の知識コーナー
【水先案内人】
一般的な意味ではなく船の場合は正確には水先人と言います。
港などの多数の船舶が行き交い地形も複雑な水先区にを知り尽くしたプロフェッショナルでこの仕事をするには国家資格が必要なほど重要な仕事です。
その水先区における船舶の安全な航行を補助するために当該船に乗り込みます。外航船の来る港では外国人の船長も多いため英語が必須です。船長経験者が水先人をすることも多いようです。
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