Flag28:一段落しました
4隻の船を座礁させてから1週間が経過しました。私はローレライの方々が避難していた三日月形の海岸のある島の近くに船を泊めて料理に腕を振るっています。メニューはサンリマのパスタに牛フィレ肉のステーキです。ルムッテロで買った野菜はほぼ使い切ってしまいましたので少々彩りが寂しいのですが、まあ冷凍野菜で代用するしかありませんね。
出来上がった料理をもって後部デッキへと歩いていきます。
「おっちゃん遅いよ」
「こらっ、そういうこと言わないの」
「すまんな、ワタル殿」
「いえいえ。せっかくのガイストさんの快気祝いなので少々張り切り過ぎてしまったようです」
アル君を中心にリリアンナさんとガイストさんがいつも通りに私を迎え入れてくれます。拳骨を落とされながらもアル君はとても嬉しそうです。結構いい音がしたのですがね。
「料理の味も落ちてしまいますし早速食べましょうかね。それでは」
「「「「いただきます」」」」
声を合わせ、そしてそれぞれ食べ始めます。美味しそうに食事を食べてくれる光景にしばし見入りながら私もガイストさんの快気祝いの食事を食べ始めるのでした。
ガイストさんが意識を取り戻したのは船を座礁させた翌日のことでした。とは言っても意識が戻っただけで体の方はまだまだ万全ではなかったのですが、目覚めて早々に「戦わねば」と言って海へと飛び込もうとしたそうです。幸いそばにいたリリアンナさんに事情を説明され落ち着いたようでしたが、これが誰もいないときだったら結構大変なことになっていたでしょう。
アル君に教えられ私もお見舞いに行きましたが、涙を流しながら「ありがとう、ありがとう」と感謝の言葉を延々と言われ続けたのには少し困ってしまいました。私がいると症状が悪化しそうな感じでしたので早々に帰ることになってしまいましたしね。
料理を届けたりしながらガイストさんの回復を待っていたわけですが、死の淵にいたとは思えないほどの食欲でそれに比例するかのように傷もどんどんと癒えていきました。基本的な自己治癒能力が人間とは違うのかもしれません。
そして昨日、ほぼ回復したとリリアンナさんから報告を受け、それならば快気祝いをしましょうとフォーレッドオーシャン号のいつもの場所へ食事の招待をしたのです。
皆が食事を終え、いつも通りアル君が昼寝をし始めました。3人で健やかな寝顔をしばらく見つめていたのですが、ガイストさんの顔がアル君から私へと向き直り、そしてその顔が真剣な表情だったため意識を切り替えます。
「今回のこと改めてお礼を言わせていただく。本当にありがとう」
「私からも本当にありがとうございました。ワタルさんのおかげでローレライは救われました」
頭を下げる2人をしばらく見つめます。心からの感謝なのです。この心を受け取らない方が無粋でしょう。しかしいつまでも頭を下げられるのも落ち着きませんね。
「私はガイストさんやリリアンナさん、そしてアル君に受けた恩を返しただけですよ。たまたま今回は私が助けただけです。お礼を言うなら私こそ色々お世話になってありがとうございましたと言わなければいけないでしょう」
「いや、今回のことは下手をすれば本当にキオック氏族が滅んでしまうほどのことだったのだ。我々に出来ることがあれば何でも言ってくれ」
私が願いを言うまではてこでも引かなそうなガイストさんの様子に苦笑いします。実際私には被害らしい被害はありませんでしたし、危険のほとんどはローレライの方々が引き受けてくれました。私の損害と言えば買ってきたポーションや野菜がなくなってしまった程度です。
しかしガイストさんを死の縁から救い出すことができ、多くのローレライの方々と仲良くなれたことを考えるとコストよりメリットの方がはるかに大きいのですよね。
「うーん。では私が将来何か困ったときに助けてください。もちろん出来る限りで構いません」
「わかった。ワタル殿が困ったときにはキオック氏族あげて駆けつけよう」
「いえ、そこまで気合を入れなくても良いのですが……」
なんというか本当に何かあったら全員でやってきそうな気配がするのですが、まあそんなことが起こらなければ良いのですから問題はないでしょう。それでガイストさんの気が済むならその方が良いですしね。
ガイストさんの感謝が終わったことで少し雰囲気が柔らかくなりゆったりと過ごしていると、世間話のような気軽さでリリアンナさんが話しかけてきました。
「そういえば最後の船が歌で消えたそうですよ」
「そうですか。連続で1週間ですか。結構な数の魔石を集めていたようですし順当かもしれませんね。」
「しかし我々の歌を防ぐ魔道具があるとは。戦い方を考えねばならんな」
「そうですね。いくつか思いつくこともありますのでまた今度提案させてもらいます」
「すまんな。助かる」
それだけでその話題は終わり、話題は今日の料理へと移り変わっていきました。
襲ってきた彼らの処遇については私は何も口を出しませんでした。このキオック海はある意味ローレライの方々の国のようなものですし、襲われたのも彼らです。ならば裁く権利があるのもまたローレライの方々でしょうから。
国にはそれぞれ決まりがあり、それを破れば相応の罰を受けるのは当たり前です。知らなかったという言い訳はきかないのです。いえ、彼らの場合はこうなる可能性を十分に知っていたはずなのに襲ってきたのですからもはや自業自得でしょう。
4隻の船に載っていたものは全て私にくださるそうなので、しばらくしたら船の構造や魔道具について調べるためにそれぞれ乗り込む予定です。帆船に乗り込む機会なんて数えるほどしかありませんでしたので非常に楽しみです。何か有益なものがあると良いのですがね。
お金に関してはあれば儲けものくらいでそこまで期待はしていません。子どもたちからお礼として子供のローレライの涙から産まれる宝石も山ほどもらってしまいましたのでお金に困ることはないでしょうからね。まあ、今のところ売るつもりもありませんが。
さて、とりあえず今回のローレライへの襲撃については一段落つきましたがこれからどうなるかは不透明過ぎます。目処が立てば旅立つつもりでしたがもうしばらくこの素晴らしい隣人と過ごすことになりそうです。
せっかく若返ったのです。そこまで急ぐ必要もないでしょう。海は逃げなどせず悠然とそこで私を待っているのですから。
そんなことに考えを飛ばしつつ、4人で過ごす穏やかな時間を満喫するのでした。
***
フローレンス号の船倉、外側を出られないように封鎖された密室空間で1人の若い男が横たわっていた。その顔色は青白く、落ちくぼんだ眼だけがぎょろぎょろと動いていた。
「これはもう長くないな」
自嘲するように男が言う。
先ほど男の耳に歌声が聞こえしばらくの間、男は意識を失っていたのだ。意識を取り戻した時にはドアをひっかいたと思われる両手の爪からは血が溢れ、体当たりしたのかそこかしこに痛みを感じていた。
その状況に男は現状を理解する。自分の乗っていたフローレンス号はローレライに敗れたのだ。マジックシールドや消音の魔道具など高価な装備で身を固めていたはずの最新式のこの船がなぜ敗れたのかそれは男にはわからない。しかし自分の命が助かる可能性が万に一つも無くなったことは十分に理解できていた。
「最後の奉公となってしまうな」
男が自分の胸元から板状のものを取り出し、かりかりとそこへ何かを書いていく。しばらくしてその板がぽおっと光り、そして元の状態へと戻った。光を失ったそれがもう役目を果たすことはないことを知っていた男はそれを適当に放り投げる。カラカラという音を立てながらそれは床を転がっていった。
「役目を果たせず申し訳ありません、父上」
そう言ったきり男は目を閉じてしまい、そしてその目が開くことは二度となかった。
これにて一章完結です。海に行きたいと言う動機で書き始めた作品で、果たして受け入れてもらえるのだろうかと不安に思っていました。しかし読んでいただけるだけでなくブクマや評価、感想までいただくことができました。
本当は一章で完結する予定だったのですが引き続き書いていきますのでお読みいただければ幸いです。




