Flag27:敵と戦いましょう
じりじりと大きくなっていくバークの姿を見ながら時を待ちます。その後ろには同じようにこちらを目指しているスクーナー3隻の姿も見えます。てっきり1隻くらいは漁船の確保のために残るのかと思っていたのですが、読みが外れましたね。まあやることは変わりませんが。
バシャアという水音が連続で聞こえ、危険な任務をお願いした方々を迎え入れる歓声が聞こえます。さて、そろそろですね。
操舵室の入り口付近で待機していたアル君のところへと伝言ゲームのようにして次々と報告が入ってきます。
「おっちゃん、全員戻ったらしいぞ」
「怪我はありませんでしたか?」
「おう、ちょっと怪我したらしいけどかすり傷程度だから大丈夫だ」
その言葉にほっと胸を撫で下ろします。今回私が立てた作戦で一番危険と隣り合わせだったのは、敵と最も接近し相手をここまで連れてくるおとり役を買って出てくれた彼らでしたから。危険性を説明し、それでも自ら立候補してくれた彼らが無事で本当に良かった。
では次は私が彼らの奮闘に応えなくてはいけませんね。
「それでは出発します。少し揺れると思いますので気を付けてください。それとみなさんくれぐれもやりすぎないように」
船内マイクで告げ、船を発進させます。わざと舵を左右に切り、ふらふらとした挙動で船を進めていきます。船の後部を映すモニターを確認し、さらに後方のバークとの距離をローレライの方に報告してもらいながらその距離が少しずつ縮まるようにスピードを調節しつつ目的の海域を目指します。
こんな妙な操船をするのは始めてです。しかしフォーレッドオーシャン号は私の意志を酌んでいるかのように意のままに動いてくれます。まるで操船に慣れていないローレライが無理やり船を動かしているかのように。
4隻の船はまっすぐにこちらに向かってきているようです。うーん、なんというかここまで予想通りに動いてくれるとどこか落とし穴があるのではないかと疑ってしまいますね。
船を拿捕するならば周りを取り囲み、進路をふさぐというのが定石でしょう。別の方法ももちろんあるのでしょうが、少なくとも1隻の船を複数の船で追うときにすべての船がまっすぐその後を追うなんて言うのは非効率極まりありません。私が追う立場であれば絶対にそんなことはしませんし、あの4隻が艦隊であればそんなことは起こりえなかったはずです。
こんなことが起こったのはあの4隻が同じ所属に属しているとはいえ、普段から行動を共にしているわけではなくただの寄せ集めの集団だからです。ルムッテロの町へと着いた日も、来た方向も別だったようですからほぼ間違いはないでしょう。
おそらくローレライを捕まえるということでルムッテロに船を集めてバークを旗艦として行動させようとしたのでしょうが目の前に他に類を見ないほどすばらしいギフトシップであるフォーレッドオーシャン号があれば、木造の帆船しかないこの世界の船乗りならば何としてでも欲しいと思うはずです。一番に乗り込んで奪ってしまえば他の帆船では太刀打ちできないとわかっているでしょうしね。
艦隊を組んでいるようで実情はただの寄せ集め。それがわかっているからこそこの船を使ったおとり作戦を思いついたわけですが、いやはや・・・
「人間の欲と言うのはやはり厄介なものですね」
「んっ、どうした?」
私のつぶやきを聞いていたらしいアル君へ言葉を返さずに苦笑します。
仲間を助けたいからという理由で自ら重い責任を背負い、そして自らの無力さを嘆いたアル君には全く関係のないことです。いえ、そもそも今まで付き合ったローレライの方々もそういった欲とは縁遠かったですね。欲と言えば食欲くらいかもしれません。そういった知識がないからかもしれませんが、そんなローレライの方々との付き合いは私にとって非常に心地よいものでした。だからこそ私は同じ人間ではなくローレライの味方をするのです。その先にどのような結果が待っているかわかっていたとしても。
「そろそろアル君の出番ですね」
「おっ、そうか。任しとけ!」
アル君を抱き上げ操舵室にある椅子へと座らせます。目標の海域はもうすぐそこです。これから行うことは私にとって、いえ船乗りにとっては正気とは思えない行動です。しかしだからこそ効果があるはず。
緊張で硬くなった体をほぐすように深呼吸し、手を軽く振りしっかりと舵を握ります。
「それではそろそろ攻撃を開始してください。あくまで目くらましですからね。無理はしないように。それから船が不意に揺れる可能性がありますので覚悟しておいてください。」
船内放送で呼びかけそしてマイクを元の位置へと戻します。これから先、しばらくの間は舵から手を放すことなど出来ませんからね。
アル君の指示に従って船を進めていきます。前方に見える海の色がうっすらと濃くなっている部分に意識がいってしまいそうになるのを、余計な考えが浮かんでしまいそうになるのを必死に押しとどめ、操船に集中します。私自身がアル君を信頼してこの作戦を立てたのです。今更迷うというのはありえないでしょう。
現在フォーレッドオーシャン号がいるのは海面上に姿を現してはいないもののまぎれもない岩礁地帯です。ローレライの所有する漁船を始めて案内されたときにアル君に近づくなと言われた島の裏側なのです。1キロほど先にその島の姿を確認することが出来ます。
「おっちゃん、次は少し右、こんくらい」
「了解です」
両手を使って指示を出すアル君に従い舵を切ります。今の船速は7ノット程度。海流や風の穏やかなキオック海でもこの速度ではけっこうな影響を受けます。思わぬ方向へと進みそうな船体を経験と勘でなんとか思い通りに動かしていきます。冷房が効いているので操舵室内は暑くないはずなのに、全身から緊張で汗が吹き出します。
私の作戦は非常にシンプルです。岩礁地帯に船を誘導し、座礁させて航行不能にさせるというものです。
そもそも捕まらないだけなら海中に潜ってしまえばいいのではないかと提案はしてみたのですが全会一致で拒否されてしまいました。先祖代々守ってきたこの海をよそ者に荒らされるなんてもってのほかと言う気持ちはわからないでもないのですが。
まあこの反応は予想出来ていましたのでどう戦うつもりか聞いてみたのですが、水魔法を使って徹底抗戦と言う意見が大半でした。確かに海中を自由に移動できるローレライの方ならゲリラ的に戦えば勝てる見込みはありそうでした。しかしアル君の望む誰にも死んでほしくないという想いには今一歩足りません。実際にそういう風に戦った経験があれば違ったのでしょうが、今まで一度もやったことがないということでしたしね。
そして最終的に決まったのが今回の作戦です。ガイストさんに協力を断られてからも、もし実際に私が4隻の帆船と戦うのならどうするのかと考え出したものを改良したものです。
フォーレッドオーシャン号には武装なんてありません。一応信号弾などは積んでいますがそれが決定的な武器になるとは到底思えませんしね。と言うより攻撃を受けるという想定をしていないのですから直接的な戦闘に入った段階で作戦としては失敗です。だからこそフォーレッドオーシャン号の強みを最大限に生かした方法が必要だったのです。
帆船に比べればフォーレッドオーシャン号の強みは多分にあります。風がなくても自由に走れることもそうですし、スピードも段違いに出ます。喫水も同じ大きさの帆船に比べれば浅いですし安定もしているでしょう。それらの理由ももちろん関係してきますが、一番の強みはその希少性です。
この世界で希少なギフトシップ。しかも多数を占める漁船とは一線を画す美しさであり、さらに巨大な船体。船乗りならば何としてでも手に入れたいと思うでしょう。その気持ちをより強く抱かせるために漁船をおとりにしたのです。直前に普通のギフトシップを目にすれば否が応でも比較してしまいますからね。その気持ちが強ければ強いほど、敵はこの船を目掛けて一目散に追いかけてくるはずです。しかも手に入れるのが目的なのですからなるべく傷つけるような攻撃をせずに。
普通ならありえないはずのよく知りもしない海域を周囲の状況を良く確認せず操船するという状況を作り出すためにはそれが必要だったのです。あの大きさのギフトシップが走っているのだから自船も大丈夫だろうと錯覚させるために。まあローレライの方々にわざと魔法を放ってもらって意識を海から逸らしたりと小細工はさせてもらいましたけれどね。
作戦はうまくはまり、なんとかこの岩礁地帯まで引っ張ってくることが出来ました。この船乗りにとっては悪夢のような岩礁地帯に。
この岩礁地帯の恐ろしいところは透明度の高いキオック海にも関わらず、その姿が船の上からではよく観察しなければ見えないところです。実際そこに岩礁があるとわかっている私にもうっすらとあるかもしれないという程度にしか見えません。電子海図表示装置でもこの海域は岩礁があり通れないことになっています。
しかしこの海で生まれ、ここを遊び場として育ってきたアル君にとっては違います。アル君には海の上からでも海の中の様子が見えているのです。岩礁地帯の中にある、隠された細い海路が。
ズウウン、メキメキメキという音が後方から聞こえ、それに合わせるかのようにローレライの方々の歓声が操舵室まで聞こえてきました。それは3度続きそして程なく最も大きな音が聞こえ、そして歓喜の声が上がりました。その声は次第に喜びの歌へと変わっていきます。素晴らしい歌に聞きほれたいところですが岩礁地帯を抜けるまで気は抜けません。
視線を少し移せば感動しているのか少し涙ぐんで口を押さえているアル君の様子に自然と笑みが浮かんできました。本当にこの子の思いに応えることが出来て良かった。
彼らの敗因はこの船にあまりに心奪われてしまったこと、そしてこの海をよく知るアル君とそれに応える操船の出来る私の存在を知らなかったことでしょう。
「アル君。作戦はうまくいったようです。良かったですね」
「おっちゃん……」
アル君がこちらを向きます。その目は潤み今にも泣いてしまいそうです。そうですよね。誰一人欠けることなくガイストさん不在のこの状況を切り抜けたのですから当たり前です。私は気にしないようにと言ったのですが族長代理としての責任をどこかで感じていたようですし。
その顔に微笑み返そうとして気づきます。アル君の顔色が悪いことに。まさか……
「うっぷ、気持ち悪い……」
「もう少し、もう少し頑張りましょう。あと少しで抜けるのですよね。頑張ってください、アル君!」
「吐く……かも」
締まらない終わりではありましたがフォーレッドオーシャン号はなんとか無事に岩礁地帯を抜け、アル君が吐くこともギリギリ回避し、ローレライの方々への未曽有の襲撃事件は幕を閉じたのでした。
役に立つかわからない海の知識コーナー
【岩礁】
水深の浅い場所に存在する岩礁は特に暗礁と呼ばれ、航行する船舶にとっては座礁の恐れがあるため非常に危険なものです。逆に釣り人にとっては魚影が濃く絶好のポジションです。ウニや貝類、甲殻類などもいますからね。
ちなみに海図では「闇岩」「洗岩」「干出岩」が区分され、それぞれ各記号で表記されています。各岩の説明は機会があれば。うーん、あるんですかね。
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