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OS2:旗艦フローレンス号

 ローレライたちの乗るギフトシップとフローレンス号の距離が徐々に縮まっていく。スクーナー3隻もその後を包囲するようにして追っており、逃げ場は徐々に狭まっていた。ギフトシップからは時折水の槍が飛んでくるが、マジックシールドに阻まれてフローレンス号に損害を与えることはない。もうすぐこの追跡も終わると船乗りたちは誰もがそう思っていた。しかしローレライのとった行動は彼らの予想から全く外れていた。


「船長! ローレライどもが海に飛び込んでいます。ギフトシップを捨てるようです!」

「なんだと!!」


 見張りからの報告に船長は自分の中で何かが切れる音を聞いた。船、しかもギフトシップを捨てるというローレライたちの行為は船乗りとしてのプライドに唾を吐きかけたのと同然だった。そしてそれは船長だけでなく、この船の乗組員全員の心に火をつけた。

 船中からローレライに対する怒声があがる。その声に応えるように、泳いで逃げていくローレライたちを睨みつけながら船長がドンっと足を踏みしめた。


「魚ごときが、舐めた真似しやがって。手前らぜってえに見失うんじゃねえぞ!!」

「「「アイアイサー!」」」


 船を揺るがすような大声で船員たちが吠えるようにして応えていく。そして今すぐにでも海に飛び込んで追いかけたい衝動を抑え、操船に集中していく。

 帆が1枚破れているにも関わらず、追い風を受けたフローレンス号はその船足をぐんと伸ばしていく。ローレライたちの泳ぎは確かに速かった。しかし怪我の影響か仲間に支えられながら泳いでいるような者もおりその距離が開いていくようなことはない。


「弓打て。殺すんじゃねえぞ。寝床まで追い詰めて一網打尽にしろ!」

「アイアイサー! 各自の判断で弓を放て。別の方向に逃げようとするやつがいたら多少当てても構わん。追い詰めろ!」


 船首に弓を持った船員が集まりローレライを追い立てるように矢が飛んでいく。振り返ってその光景を見たローレライたちが必死の形相で速度を上げるがそれは一時的なもので、フローレンス号との距離はあまり変わらないままだった。

 別の方向へと逃げようとしたローレライに向けて矢が放たれ、それがかすったのかそのローレライが腕を押さえながら元の集団へと戻ると、それを見ていたフローレンス号から歓声が上がる。

 追い込み漁のような状態にフローレンス号に乗る誰もが興奮していた。船乗りを侮辱したローレライたちを圧倒的な力でねじ伏せる未来を想像し、誰もが顔をゆがめ笑っていた。

 しばしそんな時間が続き、そして船長へと報告が飛んでくる。


「僚船より信号旗。『前方に船影あり』」

「確かにあります。あれはギフトシップ。しかも馬鹿でかい!」


 副長が覗いていた望遠鏡を船長が奪い取るような勢いでひったくり、そしてそれを覗く。

 そこに見えたのは白い船体に赤いラインが一本引かれた、今まで見たことのないほど美しいギフトシップだった。そこにはローレライの姿も見え、それと比較すれば船の大きさは40メートル近くあることがわかった。


「ローレライどもが速度を上げました。あのギフトシップへ向かっている模様」


 見張りの報告に船長は望遠鏡を覗き込んだまま肩を震わせていた。最初は小さく、そしてすぐにこらえきれなくなったようにその口から大きな笑い声が溢れてきた。


「ハーッハッハ。とんだ宝の海じゃねえか。この分ならまだまだギフトシップがあるかもしれねえ。見たこともねえあんな大型があるんだ。もしかしたらこの船クラスのギフトシップも持っているかもなあ」

「船長、どうされますか?」

「まずはあの船の確保だ。乗っているローレライはなるべく殺すなよ。他の宝の位置を吐かせなきゃあいけないからな。抵抗するようなら見せしめにある程度は殺してもいいけどな」

「おいっ、ローレライの子供の確保はどうなっている!?」


 支部長が船長へと詰め寄るが、それは船長の顔をうざったそうにゆがめる以外の効果をもたらさなかった。そして船長の拳が振り上げられ支部長の頬へと吸い込まれていく。重い音とともにまともに拳を受けた支部長は甲板を転がり、痛みに顔をゆがめながら信じられない様子で船長のことを見上げていた。


「うるせえんだよ。あのギフトシップがありゃあ、ウェストス海運商会の雇われ船長なんてやっている意味がねえんだ。あの船を使って俺たちの新しい会社でも立ち上げるぜ。取れたローレライの涙は俺たちがうまく使ってやるよ。まあその時にはお前は海の底で蟹に食われてるだろうがな。おいお前ら、この馬鹿を船倉に詰め込んでおけ」

「「アイアイサー」」

「貴様、ウェストス海運商会を敵に回して生きていけると思うなよ!」


 屈強な船員二人に両手を抱え込まれるようにして支部長が連れられて行く。その様子を船長と副長は嘲りながら見つめていた。


「立場が上と言っても所詮は商人ですね」

「ああ。確かにバーランド大陸ならそうだろうよ。だがな、海は他の大陸とも繋がってるんだ。それがあいつにはわかっちゃいねえ。どうする副長。この船の船長やってみるか?」


 ニヤニヤと笑いながら聞く船長に、副長が肩をすくめて首を横に振る。


「あれほどのギフトシップの副長とこの船の船長。どちらが船乗りにとって名誉かわかっているでしょう?」

「だな。じゃあさっさと魚どもから奪い取るぞ。全速で追え。そして信号旗『進路をふさぎ包囲せよ』」

「アイアイサー、信号旗『転進し包囲せよ』出せ」


 巨大なギフトシップへとだんだんと近づき、肉眼でもはっきりとその姿が確認できるようになる。一般の船とは一線を画す美しい流線型のフォルム。汚れ1つ見えないその姿は正に海の女王と言っても過言ではない美しさだった。その姿を見た船員の誰からともなく感嘆のため息が漏れる。

 その船の上には100人近いローレライたちがせわしなく動いており、その中には子供のような姿も見えた。そしてフローレンス号に追われていたローレライたちが船へと飛び乗るとふらふらとした挙動で動き出し始める。そのあまりにも無様な姿に船員たちから失笑が漏れた。


「やはり所詮は魚ですね。いくら船の性能が良かろうと乗っている者が一流でなければこの程度です。ギフトシップが泣いていますよ」

「だな。俺たちのような一流の船乗りがあの船には必要だ」


 船長と副長が顔を見合わせにやりと笑う。しかしその顔は見張りの報告の声によって急変した。


「僚船、信号旗の指示に従いません。こちらに、いえギフトシップ目指して走っています」

「どこの馬鹿の船だ!」

「全てです。3隻ともあのギフトシップを狙っています!」


 その報告に船長の顔が赤く染まる。そして大きく足を踏み下ろし、前方のギフトシップに向けてその太い指を指した。


「全速力だ!他の奴らに出し抜かれるなよ!」

「「「アイアイサー」」」


 船員が今まで以上にきびきびとした動きで風を捕らえていく。船員たちの心は一致していた。あの船に乗りたいと。そのためならば味方の船であろうとも出し抜くことにためらいなどなかった。


 ギフトシップを4隻の船が競うように追っていく。相変わらずよろよろと走るギフトシップとの距離はどんどんと近づいていった。最初の出だしの位置の関係もあり、フローレンス号を先頭にしながら、他のスクーナーもわざとフローレンス号の風上に位置してその船足を止めようとする。風の乱れに悪戦苦闘しながらもフローレンス号が先頭を譲ることはなかった。


 残り100メートルほどになり、ギフトシップからフローレンス号やスクーナーたちに水の槍が雨のように飛んでくる。しかしその攻撃はすべてマジックシールドによって防がれてしまい船にかすり傷さえつけることは出来なかった。

 マジックシールドに弾かれ形をなくしていく水の槍を見上げながら船長はにんまりと笑う。


「最後の抵抗ですね。マジックシールドがもつ程度の威力で良かったです」

「所詮は歌うしか能のない種族だってことだ。ようし野郎ども、網を用意しろ。後のやつらは接舷準備だ!後方への警戒を忘れんなよ!」

「「「アイアイサー」」」


 最低限の操船に必要な人員を残し、船員たちが弓やサーベルなどを装備し接舷に備える。ふらふらと蛇行しながら進むギフトシップに舌打ちをしながらもフローレンス号は徐々にその距離を詰めていっていた。そしてついにローレライ1人1人の顔がはっきりと見えるくらいの距離まで近づいた。船長が大きく息を吸い込む。


「野郎ども、せつ……」


 ズウウン、メキメキメキ。


「船長、僚船が座礁! また1隻、ああ、最後の1隻も!」

「なんだと!!」


 後方から聞こえてきた大きな音に号令をかき消された船長が見張りの報告に目を見開き、慌てて後方を確認した。その目に映ったのは座礁し船体を傾かせ、しかも2隻についてはマストが根元から折れてしまっているスクーナーの姿だった。その姿を見た船長の判断は素早かった。


「総員、帆をたため。投錨して船を止めろ。岩礁地帯だ!!」

「「「アイ……」」」


 ゴゴゴゴ、メキメキメキ


 船底と岩礁が接触する嫌な音と振動が響き、全速力から急激に止まった反動によりフォアマストが嫌な音を立てながらゆっくりと倒れていく。呆然とその姿を見つめている船長たちの目線の先ではギフトシップがふらふらしながらも走り続けていた。まるでそこには岩礁などないかのように。


「なんなんだ、岩礁地帯なんだぞ。なぜ走れる? 本当に神の船だとでも言うのか?」


 船長の呆然自失としたつぶやきに誰も答えることは出来なかった。

役に立つかわからない海の知識コーナー


【バーク】


3本以上のマストがあり、最後尾のマストに縦帆が、他のマストには横帆がある船です。橫帆船のように本編では書いていますが実際には逆風時は最後尾の縦帆で走ったりします。

ちなみに日本の航海練習船海王丸、日本丸もバークに分類されます。それだけ性能に優れた船というわけです。


***


ブクマありがとうございます。

次回、主人公視点に戻ります。

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シンデレラが一人の女の子を幸せにするために奔走する話です。

「シンデレラになった化け物は灰かぶりの道を歩む」
https://ncode.syosetu.com/n0484fi/

少しでも気になった方は読んでみてください。

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