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OS1:旗艦フローレンス号

 ノルディ王国のあるバーランド大陸には6つの国があり、その中でも最大の面積を持つのが大陸の南に位置するランドル皇国である。この国の皇帝はこの大陸を発見したと言われるバーランドと言う英雄の子孫を称しており、奪われた土地を取り戻すという理由からたびたび戦争を仕掛ける厄介な国として他国からは認識されていた。とはいえその国土のほとんどが肥沃な平地であるため農作物の生産量は大陸でも群を抜いており、平時ではその農作物の輸出入などを主に他国と貿易を行っている。ランドル皇国とはそんな国だ。


 そんなランドル皇国に本店を持ち、その他の周辺国の主要な港にも支店を持っているのがウェストス海運商会である。その保有する船の数は500を優に超え、下手をすれば一国を相手に出来る程の規模を誇っていた。


 キオック海に停泊している80メートル級のバーク1隻と40メートル級のスクーナー3隻を朝日が照らす。そのマストの頂上にはウェストス海運商会に所属する証である丸い円の中に髪の長い女性の横顔のシンボルの描かれた赤い旗が穏やかな風にはためいていた。


「夜間の襲撃はなかったようだな、船長」

「そうですな。お得意の歌が効かないのです。奴らも混乱しているのでしょう。歌さえなければローレライなどただの魚にすぎませんからな」


 旗艦であるバーク、フローレンス号の食堂の奥に用意された船には似つかわしくない精緻な装飾の施された机に座っている2人の男たちが、他の船員たちとは明らかにレベルの違う料理に舌鼓を打ちながら会話を続けている。

 船長と呼ばれた男は、豊かな口ひげを蓄えた40代後半ほどの男だ。その体は日に焼けており、ひじの辺りまで袖をまくり上げたその太い腕には一筋の古傷が覗いていた。その相貌は子供であればすぐに泣いてしまいそうなほど厳しい。そんな船長の視線を受けながらまったく気にした様子もなく食事を食べているのは20代半ばと思われる若い男だ。その白い肌は明らかにこの船の部外者であることを示していた。そして年上で貫禄のある船長と話しながらもその切れ長の目は冷たく、船長に対する敬意すら感じられない。


「消音の魔道具ですか。素晴らしいものですな。これがあればこの悪魔の海と呼ばれたキオック海が解放される日も近いでしょう。くっくっく」


 船長の顔が愉悦によって歪み、笑いがその口から洩れる。バーランド大陸の東に位置するキオック海のせいで今までは遠回りしなければならなかった国々との航路が大幅に短縮されることは明らかであったし、キオック海は今まで一種のブラックボックスだったのだ。その海域にはまだ見ぬ宝が眠っている可能性があった。船長の頭の中ではすでにその皮算用が始まっていた。


「それは会頭が決めることだ。我々はまずはローレライの子の確保という仕事を成せば良い。希少価値の高い今のうちに独占しなくては意味がなくなってしまうからな」


 口をぬぐったナフキンを机に置きながら若い男が冷たく言い放つ。一瞬、船長のこめかみが水を差されたいらだちによりひくついたが、若い男はそれに気づいていながらも指摘することなく席を立った。


「私は部屋へと戻る。早急に成果を出してくれたまえ」

「わかりました。支部長殿」


 去っていく支部長と呼ばれた若い男の背中をみながら、船長が聞こえない程度の大きさで舌打ちを打つ。船に乗るならば命令系統を混乱させないためにも船長である自分の命令には絶対に従ってもらうということを条件にノルディ王国の商会の支部長である若い男を乗せたのだが、その態度は一貫して不遜と言っても良いものだった。しかし実際の立場はあちらの方が圧倒的に上であるため、船長が表立って文句を言うことさえ出来ないのだ。それをわかっていて支部長があの態度をとっていることが船長を余計にイラつかせていた。

 食事を食べ終えた船長がそのフォークをバンッと机に叩き付け、周りで食事をとっている船員たちを睨みつける。


「野郎ども、いつまでたらたら食事してやがる。抜錨しろ! 今日こそローレライどもを捕まえるぞ!!」

「「「アイアイサー!」」」


 食事を食べていた船員たちが口に詰め込むようにして食事を終え、そしで慌ただしく食堂を出ていく。各々の持ち場へと散った彼らはローレライを捕まえるための出発の準備を開始するのだった。





「抜錨。信号旗、『我に続け』だ」

「アイアイサー。抜錨。信号機、『我に続け』。急げ!!」


 船長の命令を副長が復唱し、船員がその指示に従って動いていく。鎖を引き上げるギギギギという金属のこすれる鈍い音が船に響き、信号旗を掲げるポールをするすると赤、黄色、緑、緑の順に4枚の旗が昇っていく。

 程なくしてスクーナー3隻から緑の旗が上がる。了解の合図だ。その報告を聞いた船長は昨日ローレライたちが逃げていった方向を見つめ、にやけた笑いを浮かべる。


「帆を張れ。風を捕まえろ。楽しい楽しい魚釣りの時間だ。逃がすんじゃねえぞ!!」

「「「アイアイサー!」」」


 帆が張られ、追い風を受けて船足が上がり始める。旗艦であるフローレンス号に続き3隻のスクーナーが楔形の形状を維持したままその後へと続く。お互い一定の距離を保ったまま他船の風下へと立たないように操船していくその姿はその船に乗る船乗りたちの練度の高さを伺わせた。


 2時間ほど何事もなく進んでいたフローレンス号たちだったが、見張りの船員の声により穏やかな時間は終わりと告げる。


「前方1500に小型の船を発見。おそらくギフトシップ!」

「何だと!」


 その報告に船員ばかりでなく船長も色めき立つ。ウェストス海運商会ももちろんギフトシップを所有しているがその数は両手で足りるほどだ。もちろん探してはいるのだが、そもそも発見されることがまれであるためその数を増やすのは非常に難しいのだ。

 そういった事情もありギフトシップの発見には多額の報酬がかかっており、またギフトシップに乗っているということは船乗りにとって一種のステータスになっていた。そんなものを発見した船乗りたちが興奮しないわけがない。


「帆を半分にしろ。船足を落として慎重に近づけ。」

「他の船への指示はどうしますか?」


 副官の言葉に船長はにやりと笑う。


「500まで近づいたらその場で待機だ。一番乗りの名誉を他の船の奴らに任せるかよ」

「アイアイサー。フォアマスト絞れ、船足を落とすぞ。信号旗『船足落とせ』だ。500まで近づいたら『回頭、待機せよ』だ。わかったな」


 フォアマストをたたみ、船足を落としながらフローレンス号がギフトシップへと近づいていく。残りおよそ500メートルとなったところでフローレンス号から出た『回頭、待機せよ』の合図にスクーナー3隻がしばしの時間を置いた後に船首を回頭させ始めたのを見てフローレンス号が下品な笑いに包まれる。スクーナー3隻の戸惑い、いら立ち、悔しさがその挙動から読み取れたからだ。

 今はたまたま行動を同じくしているが、もともとこのフローレンス号とスクーナー3隻はそれぞれ別の交易ルートを走っている船だ。同じウェストス海運商会の船乗りと言うことで同族意識はあるものの、仲間と言う意識はほとんどなかった。


「よおし、アホどもを置いて一番乗りするぞ、野郎ども!」

「「「アイアイサー!」」」


 船長の言葉に意気揚々と船員たちが動いていく。ある者は降りるための縄梯子の準備を始め、またある者はけん引するためのロープの準備を始めた。それらの様子を満足そうに眺める船長の元にあの若い支部長がやってくる。


「これはどうしたことかね。私にはローレライを捕まえる準備には見えないのだがね」


 支部長の冷たい視線にも船長は笑みを崩さなかった。むしろそんなことも知らないのかと馬鹿にするような視線で支部長を見る。


「すまんな、支部長殿。ギフトシップは発見次第確保する。これは会頭が命じた最優先事項だ。むろん今の状況でもな」

「ふん、ならば早く確保したまえ。そしてさっさと……」


 支部長の視線がギフトシップヘと向かった。それにつられて船長の視線もそちらへと向かう。そこには海に漂うギフトシップが見えるはずだった。しかしその視界へと真っ先に入ってきたのはギフトシップから放たれようとしている水で出来た槍の姿だった。

 船長の顔つきが一瞬で変わり、その口から唾とともに大声が放たれる。


「マジックシールド発動しろ!!」

「アイサー! シールド発動」


 即座に反応した副長の操作により船を覆うように半透明の幕が張られていく。しかしその幕が完全に張られる直前に一本の水の槍が通り過ぎ、メインマストの帆のうち1枚を大きく切り裂いた。破れた帆がバタバタと不規則に風に揺れる。

 続いて次々と飛んでくる水の槍はその半透明の幕に当たってその姿をかき消していく。


「ギフトシップに乗るローレライを発見。ギフトシップが逃げていきます。ローレライが操船している模様!」

「うるせえ、そんなことわかってんだ。てめえ何見てやがった! 破れたマストをたため。次いでフォアマスト開け。全速で追うぞ。ふざけたことをしやがった魚どもを串刺しにしてやる!」

「「「アイアイサー」」」

「船長、わかっているとは思うが……」

「うるせえ、ガキさえ()らなきゃあいいんだろうが。よそ者は黙ってろ!」


 船長の剣幕に思わず支部長が黙り込む。

 船長にとって自分の船を歌うしか能のないローレライごときに傷つけられたということは船乗りとしてのプライドを傷つけるのに十分なことだった。ギフトシップを餌に釣られたのだ。喜びが大きかった分、騙された怒りは船長から支部長との地位の差を忘れさせるほどに冷静さを失わせていた。

 ギフトシップがふらふらとした挙動で逃げていくこともその怒りの炎に油を注いでいた。船をよく知りもしない奴らがギフトシップを操船している。それは船乗りにとって最大の侮辱だった。

役に立つかわからない海の知識コーナー


【スクーナー】


2本以上のマストに張られた縦帆帆装を特徴とする船です。少数の船員で帆の操作ができ、縦帆船であるため逆風時の航行の自由度の高い船です。

アメリカて多く用いられ、五大湖を横断して荷物を運んでいました。本編で出ているのは40メートル級ですが120メートル級の巨大なスクーナーもあったようです。


***


感想、ブクマいただきました。ありがとうございます。

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シンデレラが一人の女の子を幸せにするために奔走する話です。

「シンデレラになった化け物は灰かぶりの道を歩む」
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少しでも気になった方は読んでみてください。

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