Flag26:アル君の話を聞きましょう
しばらくアル君の様子を見ながら待ってみましたが頭を上げるような様子はありません。ふぅ、仕方がありませんね。
「頭を上げてください。アル君。」
「ワタル殿が協力してくれると言うまで上げるつもりはない。ローレライの存亡にかかわるんだ。卑怯だと思うが俺にはこんなことしか出来ない。」
これはてこでも動きそうにありませんね。ここで素直に協力すると申し出るのが話としてはスムーズに進むのでしょうが、それは私の性に合いません。
私は部外者です。ローレライの常識を完全に知っているわけでもない私がアル君の行動をとやかく言う資格はないのかもしれません。国によって価値観の違いなどあきれるくらい沢山あるのですから、自分の常識と違っているから相手を断罪するなんてことはナンセンスです。
しかし今、この状況はローレライから私への依頼なのです。だから、少しだけ私のわがままを聞いてもらいましょう。
頭を下げ続けるアル君のそばへとゆっくりと歩み寄ります。そしてその腰と背中に手を回しいつも通りのお姫様抱っこの形でアル君を持ち上げ、そして部屋からデッキの方へと向かって歩きだします。
「うわっ、なにするんだよ、おっちゃ、じゃなかった。ワタル殿。」
「あっ、ちょっと惜しかったですね。」
驚けば呼び方が元に戻るかなと思ったのですが思ったよりアル君の意思は固いようです。そういうところは父親譲りなのかもしれませんね。
抵抗も出来ず、かといって抱かれたままの状態もどうなのかと考えているのか固まってしまったアル君を抱いたまま、アル君と初めて出会い、そして初めて一緒に料理を食べた操舵室前の前部デッキへとたどり着きました。フォーレッドオーシャン号のライト以外は月明りのみのその場所からはうっすらとローレライの方々が休んでいるだろう島が見え、そして浜へと打ち寄せる波の音が響いていました。
アル君が最初に座ったソファーと同じ場所へアル君を下ろします。そして私もその時と同じ位置へと腰を下ろします。アル君の私の真意を探るような視線を受け、少し苦笑いし、そしてゆっくりとした口調で話し始めました。
「アル君。もし君がローレライの族長代理として私に協力を申し出るのなら私はその申し出を受けるつもりはありません。」
「なんでだよ!じゃなかった。なぜだ、ワタル殿。」
「私に協力してほしいということはこの船を戦力として利用したいという訳ですよね。私にとってそれはリスクが大きすぎます。それに見合う報酬を払える当てはあるのですか?事前にキオック族としての合意を取りましたか?戦力として利用するとして武装のないこの船でどうやって戦うつもりですか?」
「……」
私の言葉にアル君が悔しそうに押し黙ります。やはり思った通りアル君の独断だったようですね。その気持ちはわからないでもないのですが、アル君が族長代理として行動するというのであれば今回の行動はNGです。
緊急事態なのでトップが強権を発動するということが有効な時もありますが、現状アル君の行動は穴がありすぎます。交渉相手に報酬も、今後の予測も何一つ示すことが出来ていないのですから。それでは人は動かせません。それをアル君に知っておけというのはいささかハードルが高すぎるとは思いますが。
「アル君はなぜ私に頼みたいと思ったのですか?」
「……俺、嫌なんだ。親父や母さんが死ぬなんて嫌だし、仲間が死ぬもの嫌だ」
「だから私と船を危険にさらすと?」
「違う! でも……そうなんだよな。俺の頼みって仲間のためにおっちゃんに戦えって言っているんだよな。でも……でも俺は……」
アル君の目から涙が溢れていきます。先ほどまでの不必要なまでに責任を背負った目から初めて会った時のような見た目通りの子供らしい目へと変わっていきます。あぁ、やはりアル君はこっちの方が良いですね。
私のエゴだと言われようとも、子供がそんな目をしている姿は見たくないのです。
「どうしよう。どうしたらいい。みんなを助けたいのに俺には何もできないんだ。」
泣き続けるアル君のそばに寄り、そっと背中をさすります。床へと向いていたアル君の視線が私の方へと向きます。その涙に濡れた顔は、自分の無力さを実感したことで、父親を失ってしまっていたかもしれないという恐怖で、そしてこれからまた誰かを失うかもしれないという不安でいっぱいになっているように見えました。そんなアル君を安心させるようににっこりとほほ笑みます。
「助けてくれよ、おっちゃん……」
「はい。いいですよ」
「……はぁ!?」
驚きで涙が止まってしまったアル君の様子に笑いがこらえきれずに漏れてしまいました。いつもなら怒られるところですが、今は驚きの方が勝っているのかアル君は私を見て、あんぐりと口を開けたまま止まってしまっています。
写真に撮って残しておきたいぐらい可愛いのですがさすがにそれは悪趣味に過ぎるでしょう。数秒後、落ち着いたのかアル君がすごい剣幕で私に迫ってきました。
「どういうことだよ、おっちゃん! さっきは手伝わないって言ったじゃねえか?」
「ええ。アル君が族長代理として協力してほしいと言ったなら断りますよ。アル君の行動には問題が多すぎましたからね。しかしさっきのはアル君個人から私への協力依頼でしょう。そうならば別に断るつもりはありませんし」
「意味がわかんねえ!」
かぶりを振って、私へと今にも本当に食って掛かりそうなアル君へ静かな笑みを送ります。
「そういった面倒なことを考えることが出来るのが大人なのですよ。だからアル君は今、無理に大人にならなくても良いのです。そもそも協力を断るつもりなら、料理を振る舞ったり、けが人の治療をしたりしないでしょう?」
「……それもそうだな」
納得してもらえたようでなによりです。まあ言う必要はありませんが、食事を振る舞ったり治療をしたりしたとしても戦う協力は断るということはあり得るのですがね。わざわざ言ってアル君を混乱させるつもりはありませんから黙っていますが。
アル君に先ほどまでのような無理をしている様子はありません。いつも通りの子供らしい好奇心旺盛な様子で私を見てきます。私が協力すると言ったので肩の荷が少し降りたのかもしれませんね。
「で、どうすんだ? 歌が効かないなんて初めてだから俺たちは役に立たないぞ」
「いえいえ、そんなことはありませんよ。あぁ、そういえば一応確認なのですがなぜローレライが狙われているのか聞いてもよろしいですか? ガイストさんに聞いても教えてもらえませんでしたので」
一度ガイストさんに聞いてはみたものの言葉を濁されてしまいましたので、聞くのをやめたのですよね。捕まえると言う割にガイストさんたちへは容赦なく攻撃を加えているようでしたので仮説はいくつか立てているのですが。
アル君がうーんと唸った後、自分の周囲を何かを探すようにキョロキョロと見回し、見覚えのあるエメラルドに輝く丸い宝石をこちらに差し出します。
「えっとこれのせいらしい」
「これは……以前アル君にもらった宝石ですね」
「ああ」
始めてもらったプレゼントですからね。良く覚えています。
アル君はそれを見つめる私を見ながら、気恥ずかしそうに頬を赤く染め、ちょっと顔をそむけて言いました。
「ローレライの子供が泣くとそんな風になるんだ。人間の世界では貴重らしくて高く売れるんだとよ。だからあいつらは子供のローレライを捕まえたいんだ」
「あぁ、道理で」
アル君の言葉で謎が全て氷解しました。捕まえると言っていたのにガイストさんへ死んでしまいそうなほどの攻撃を加えたことやアル君がなぜ恥ずかしそうにしているかも含めて。
捕まえたうえで泣かせ続け出来た宝石を売りさばくつもりなのでしょう。バーク1隻にスクーナー3隻を投入しても利益が出るとはかなり高価のようです。やっていることは誘拐に拉致監禁なので普通に犯罪のような気がするのですがね。まあこちらの法律には詳しくないので何とも言えないところですが。
しかし、ということは子供のローレライには攻撃を加えずに捕まえようとするということですか。うーん、ならばやりようはありそうです。問題としては子供たちを巻き込んでしまうというところですが、下手に遠慮した結果被害が拡大してしまったでは意味がありませからね。まあそのあたりは明日リリアンナさんたち大人のローレライの方を含めて相談させてもらいましょう。
考え込んでいると、ふと視線を感じ顔を上げます。少し不安げなアル君と目が合いました。
「大丈夫か、おっちゃん?」
「ええ。このフォーレッドオーシャン号がそこらのバークやスクーナーになんて負けるはずがありません。なにせ世界最高の船ですからね。そして戦いのカギを握るのは他でもありません、アル君。君です」
「お、俺か?」
アル君の不安を吹き飛ばすように笑い、そして何も答えずに空を見上げます。この船を贈ってくれた親友の顔をそこに思い浮かべながら。
役に立つかわからない海の知識コーナー
【コンパス】
航海で欠かせない道具の1つにコンパスがありますがもちろん理科の実験で使ったようなものではなくジャイロコンパスと呼ばれるジャイロコマなどが内蔵された機械式のコンパスが使われています。これはマグネットコンパスでは航行海域や船体構造などによって指針の方向にズレが出るなどの理由からです。
また、サテライトコンパスと言うGPSを利用した新方式のコンパスも使われ始めています。
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ブクマありがとうございます。
お待たせしました。さあ、海戦の開始です。