Flag25:支援活動をしましょう
アル君とリリアンナさんが落ち着くまでしばらく時間がかかりそうだったので、周りのローレライの方々にもし私の船に子供を預けている人がいるなら迎えに行ってほしい、そしてこの場にいないのなら迎えに行くように伝えてほしいとお願いしました。先ほどまでの様子からして言うことを聞いてくれるのか心配していたのですが、驚くほど素直に指示通りに動いてくださいました。これで子供たちに関しては一安心でしょう。
そして私は一度船に戻り、とりあえず今の状況を何とかするために動き出し始めました。
ガイストさんほど重症ではありませんが怪我をされているローレライの方は大勢いましたので、清潔な布や水、消毒、ドレッシング材を大量に補給し怪我をしていないローレライの方に治療方法を教えながら数人の治療を終え、後を託します。とはいっても私は医者ではありませんから水で傷口を給麗に洗い流し、異物がないかを確認して、傷口には触れないように周りを消毒して、それが乾いたらドレッシング材を貼るというくらいしか教えられませんが。
一応今までは怪我をしても何もせずにそのまま治るのを待っていたとのことですから少しはましになるでしょう。
治療を任せた私は再び船へと戻ります。ガイストさんのことが気にはなりますが、そのそばにはアル君とリリアンナさんが付いています。私は私に出来ることをしましょう。
私に出来ること、それは料理を作ることです。ローレライの方々は傷つきそして疲れきっています。そういう時こそ強いリーダーシップを持った人物が指揮を執ることが望ましいのですが、現在はその役割を果たすべきガイストさんが倒れてしまっている状況です。
こういった時は組織に不安が蔓延しやすいのですよね。不安に駆られると人は時として思いもよらない行動をとってしまいがちです。そのことがどういった結果を引き起こすかよく考えもせずに。
だからこそこういった時はよく食べ、よく眠り、心と体の疲れをいやす必要があるのです。それに加えて今の不安な状況から少しでも目を離すことが出来れば最高です。一度リセットしてから考えた方が良い考えも浮かぶことが多いですしね。
そう考えると料理を食べるというのはかなり有効な手段です。料理が広がりつつあるとはいえ、まだまだローレライの方の中には料理を食べたことのない人の方が多いですし、アル君の最初の頃の反応などを鑑みれば少しの間でも料理へと意識が向くのではないかと思われますので。
早速ギャレーに向かい調理を開始します。ローレライの方は先ほど見た限りでは100人以上いるようですのであまり凝った料理を作ることは出来ません。そしてあまり冒険した味付けの料理も却下です。真っ先に豚汁が思い浮かびましたが、あいにく味噌を使った料理をアル君たちにはまだ出したことがないので受け入れられるか不安が残ります。
という訳で作るのは豚汁と同じような材料と工程で作ることの出来るトマトスープ煮にすることに決めました。トマトはミートソースなどで使いましたが美味しいと言われましたしね。
材料としてはルムッテロの町で買ってきたじゃがいも、人参、そして船にある冷凍の鶏もも肉と玉ねぎ、トマトのホール缶にケチャップ、コンソメと味の調整のための塩コショウで事足ります。日持ちする野菜であるじゃがいもや人参を大量に買っておいて正解でした。
じゃがいもの芽を取り、皮をむいて2センチ角のサイコロ切りに、人参はいちょう切りにしておきます。冷凍の鶏もも肉を電子レンジで解凍し一口大に切った後、油をひいて炒めそこに解凍した玉ねぎを投入ししばし炒めます。そして玉ねぎが透明になってきたらじゃがいも、人参、そしてトマトのホール缶を汁ごと投入し、トマトをつぶしながら煮ていきます。
私が料理していることにトマトを煮る良い匂いで気付いたのか、子供たちがこちらを覗きに来たので陸にいるローレライの方に料理をふるまうので知らせてきてほしいとお願いします。その子はコクコクと何度もうなづくとずりずりと外へ出ていきました。
アル君にお願いされて子供達には既に何度か軽く料理を振る舞って料理の味を知っていますのですぐに広めてくれるでしょう。みんなかなり感動していましたからね。
私としては子供たちの保護者の了解もなしに料理を振る舞ってよいか迷っていたのですが、アル君と子供たちに押し切られたのですよね。まあローレライの中でかなり料理のことは評判になっていたようですし、いつかは味を知ることになるだろうと考えて決めたのですが。
ケチャップ、コンソメを投入し、材料が柔らかくなるまで煮る傍ら、再びじゃがいもや人参の用意をしていきます。このフォーレッドオーシャン号に積まれている鍋ではおそらく最大20人程度の量しか一度に煮ることが出来ません。同時に煮ても良いのですが鍋の大きさも違いますし、まずは味が受け入れられるか確かめたかったので1つだけ先行させたのです。もし駄目なら味付けだけを変えれば何とかなるかもしれませんからね。
塩コショウで最初のトマトスープ煮の味付けを整えていると先ほど伝言をお願いした子供が3人のローレライの女性を連れてきました。私がリリアンナさんと一緒に料理を教えている3人です。
3人は料理の手伝いを申し出てくださったのでありがたくお願いしました。そのうち1人には料理を陸へと運んで怪我をしている人などに食べ方を教えながらトマトスープ煮を配ってほしいとお願いしましたが快諾してくださったので非常に助かりました。そちらの方は子供たちも手伝ってくれるということなのでおそらく1人でも大丈夫でしょう。
やって来た3人と子供がトマトスープ煮にお墨付きをくれましたので早速量産体制に入ります。一番時間のかかるじゃがいもと人参の処理をお二人が肩代わりしてくださったので料理の進みが違います。
出来上がった鍋はやって来た誰かによってすぐに陸へと運ばれて行き、空になった鍋が返ってきてはまたそこに作り直します。必死になって料理を作り続けているうちにいつの間にか日は暮れ、フォーレッドオーシャン号のライトの光だけが夜闇に輝いていました。
「もう大丈夫」とやって来た子供に言われ、お手伝いいただいたお二方にお礼を伝えます。おニ人はにこやかに笑いながら「当然のことをしたまでです」と言って島へと戻っていかれました。もう1人の方には明日にでもお礼を伝えればよいでしょう。
私1人になったギャレーからリビングスペースに移り、いつものソファーにだらしなく身を任せます。疲れました。さすがに100人以上の料理を作るなど初めてのことでしたからね。
料理がどう作用したのかはまだわかりません。何度もお代わりが来ましたので手ごたえとしては悪くはないと思っていますがこればっかりは実際に見てみないと確信は持てません。
このままソファーに身を任せて寝てしまいたいところですが、さすがに今日はいろいろありましたし、動いて汗もかいていますのでシャワーを浴びようかと腰を上げたとき、ずりずりという床に下半身がこすれる音を響かせながらアル君が1人でやってきました。
まさか!
「ガイストさんに何かありましたか!?」
アル君が首を横に振りました。大丈夫のようです。ほっと胸を撫で下ろします。
「親父は平気だ。まだ目は覚まさないけどな。ありがとな。親父のこともだけど料理食ってみんな落ち着いたみたいだ」
「そうですか。それならば良かったです」
目を覚まさないということが気にはなりますが、治療したとはいえあれだけ血を流していたのです。仕方がないのかもしれません。目を覚ましたら塩と砂糖を溶かした水でも差しいれておきましょう。
そんなことを考えていた私ですが、アル君の目がいつもと違うことに気付きました。いつものように子供らしい無邪気なものでなく、これは何か大きなものを背負っている者の目です。アル君のような子供には似つかわしくない種類のものですが、私自身そんな目をした相手とかかわったこともあります。
直近で思い出すのは従業員15名を抱える会社の社長が会社の存続をかけた商品を売り込みに来たときでしょうか。まさに背水の陣といった気迫をその瞳からは感じました。それと同じ目をアル君がしているのです。
「大事な話のようですね」
私の言葉にアル君がこくりとうなずきます。姿勢を正しソファーへと座り直してアル君を見つめます。アル君はまっすぐに私を見ていました。そして頭を床に着けんばかりに下げます。
「キオック氏族、族長代理アルシェル・キオックの名においてワタル殿に協力をお願いしたい」
そう告げたアル君の姿を、私は何も言わずにじっと見守るのでした。
役に立つかわからない海の知識コーナー
【船医】
はっきりと言ってしまえばその数は非常に少ないです。長期間航海するクルーズ船や調査船には乗っていますが一般の船に乗っているはずがないので当たり前です。
内科、外科、小児科、精神科など幅広い分野をカバー出来る力だけでなく自分の手に負えないかを的確に判断する能力が必要になります。
ちなみにガリヴァー旅行記の主人公も実は船医だったりします。
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