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Flag24:ガイストさんを助けましょう

 ローレライの青年の先導に従ってしばらく走ると、緩やかなUの字を描く海岸線を持った島が見えてきました。奥行きはよくわかりませんが、見た限りで横幅は1キロ程度、白い砂浜の奥には小さいながらも山があり、そこには木々が青々と茂っています。

 そしてその海岸線に何人ものローレライの方々が横たわっているのが遠目でも確認できました。その光景に心臓が鷲掴みされたかのような痛みを覚えます。それと同時にこんなことをした相手に対する怒りも。しかし今は何より一番重症だというガイストさんのところへ行くのが先決です。慎重に、しかし最速で船を島へと近づけます。


 幸いにも島付近の海底は島まで10メートルほどのところで急に深くなっているようで船での接近が容易です。しかしそれ以上はこの船の喫水ぎりぎりもしくはそれ以下の深さしかありません。こういう時は……いえ、今はそんなことを考えている場合ではないですね。

 再び船内向けのマイクを取ります。


「このまま突っ込みます。多少衝撃があると思いますので身を丸くして頭を守ってください!」


 船の速度を緩めながら、そのまま浜へと向かって船を進ませます。船底をこするザザザザと言う音と細かな振動が私たちを襲います。内心びくびくしていたのですが、大きな衝撃や破壊音は聞こえませんでした。ここの海底自体が柔らかい土壌だったようですね。助かりました。

 そして船は砂浜からおよそ5メートルのところで完全に動きを止めました。汗でびっしょりと濡れた震える手を握り直し、気合を入れます。


「子供たちはここで待っていてください。お父さんやお母さんが心配だと思いますがあなたたちが迷子になってしまったらもっと大変です。絶対に連れてきます。この船に誓って約束です」


 子供たちの今にも飛び込んでいきそうな気配に、船内放送で機先を制します。ここに預けられている子供たち全員の両親がここにいるはずがありません。引き続き遠目から帆船の監視をしている人もいるでしょうし。両親が見つからなかった子が勝手に探しに行ってしまってはそれこそパニックになりかねません。


 操舵室を出てギャレーに行き、飴やクッキーなどをあるだけ袋へと入れ、子供たちの見張り役のローレライの方に子供たちに配るようにと言って渡します。甘いものを食べて多少でも気がまぎれればよいのですが。

 そして急いで1階の趣味部屋へと向かい、いくつか必要なものと船に常備されている救急セットを防水使用のバックパックに入れ後部デッキへと急ぎます。そこで待っていたのは不安そうな顔で私を見つめる子供たちの姿でした。言いたいことが本当はあるのでしょう。それでもギュッと口を引き結んで我慢しているのです。私のことを、いえもしかしたらこの船のことを信じてくれているのかもしれません。だったら私が期待に応えないわけにはいきません。

 私は子供たちを安心させるように微笑み、ゆっくりと話します。


「お菓子を用意しておきました。食べすぎはダメですからね。食べすぎた子は後でお父さんとお母さんに怒ってもらいますので。ではみんなのお父さんとお母さんを呼んできます。待っていてくださいね」


 もう一度にっこりと笑い、後部デッキから海へと、飛び込みます。しばらく船伝いに浜へ向かって泳ぎ、波により動かしづらい足をもどかしく思いながらもなんとか浜へとたどり着きました。そして濡れた服もそのままに大勢のローレライたちが何かを取り囲むように集まっている場所へ必死に走ります。


 アル君を残して死ぬなんて許しませんからね。


 そんな思いを胸に秘めながら。


 その場所には想像通りガイストさんが倒れていました。聞いていた通りひどい傷です。背中からわき腹にかけて、まるで刃物でめった刺しにされたように傷がついており、そこからじわじわと血が流れています。ガイストさんのすぐ脇には目を赤く腫らしたリリアンナさんと泣いているアル君がおり、ガイストさんの手を2人がぎゅっと握りしめています。

 ガイストさんは身動きすらしていません。


「ガイストさん!」


 嫌な予感を振り切るように声をかけた私に周囲のローレライの方々の視線が向けられます。そこに寵っているのはこれまで向けられたこともないような明らかな敵意。いえ、敵意では生ぬるいですね。これは殺意なのでしょう。私はその視線に囚われ、瞬き一つ出来ませんでした。


 命がけとはいかないまでも修羅場は多く潜り抜けてきたと自負していたのですが、これは種類が違いすぎます。ローレライの方々の背後に見えない憎悪の炎が揺らめいているのです。

「私は関係ない」そう叫べればどれだけ楽なのでしょう。しかし私と同じ人間がこのようなことをしたと知っている私にはそんなことが言えるはずありません。あまんじてこの視線を受け、しかしそれでも前へと進まねばならないのです。


「どいていただけませんか。ガイストさんの治療を……」

「動くな、人間!!」


 一歩踏み出そうとした私へと、そばにいた男性のローレライの方が持っていた槍が付きつけられます。私の前髪が数本はらりと落ちていきました。あと数瞬動くのが早ければ死んでいたかもしれません。

 怖い。ただひたすらに怖いです。今すぐに座り込んでしまいたい、逃げ出してしまいたい。そんな気持ちが膨れ上がっていきます。しかし視線の先にいるアル君の泣き顔が、リリアンナさんの悲痛な姿が、そして今にも死んでしまいそうなガイストさんの姿がそんな臆病な私の背を押すのです。


 私がこの世界でここまで大過なく過ごすことが出来たのはアル君の一家と出会えたからです。臆して恩を返さずは、私の信条ではありません。それに私はアル君に初めて会った時に船に誓ったのです。アル君をこれ以上傷つけはしないと!


「どきなさい」

「黙れ、人間!」

「どけと言っているのです。治療できる可能性があるのです。一時の激情に任せて私を殺すなら殺しなさい。私の知っているローレライは……そこで倒れているガイストさんはそんな愚か者ではありません。私の恩人で、頼りがいのあるローレライの族長です。彼よりも自分の感情が大事だとあなたは言うつもりですか!?」


 眼前の槍を掴み横へとそらすと一歩前へと踏み出します。これだけ啖呵を切っておきながら自分でも呆れるぐらいに震えています。本当に情けない。しかしそんなこと今はどうでも良いのです。ガイストさんさえ救えるのならば。

 槍を突きつけていたローレライの男性の横を通り過ぎ、他のローレライの方が開けてくださったガイストさんへと通じる砂浜の道を一歩一歩踏みしめるようにして進みます。急ぎたい気持ちとは裏腹に体はゆっくりとしか動いてくれません。それがとてつもなくもどかしい。


「ガイストさん」

「……」


 やっとたどり着いた私の呼びかけにガイストさんが少しですがピクリと反応しました。まだ大丈夫、まだガイストさんは生きています。


「おっちゃん。親父が……」

「ワタルさん」


 アル君とリリアンナさんの視線が初めて私へと向きました。周りに集まっていたローレライの方々のように私を憎む感情はなく、ただ悲しみだけをたたえた瞳で私を見つめます。ガイストさんが助からないと死んでしまうと確信してしまっているのです。そんな未来絶対に許しません。

 アル君とリリアンナさんに向けて穏やかに微笑みます。


「大丈夫です。私はまだガイストさんに受けた恩を返していないのです。それを返しきるまで死ぬなんて許しませんから」


 防水使用のバックパックを開け、中の救急セットから清潔な布を何枚も取り出し、ペットボトルの水で傷口を洗い流しながら良く見えるように拭いていきます。大量の血を吸った白い布が赤く染まっていく光景に震えてしまいそうになる手を必死に動かし赤く染まりきった布を取り換えては綺麗にしていきます。

 そして露わになったのは刃物で切り裂かれたような20センチほどの傷が10か所。ガイストさんの鍛えられた体のおかげかそこまで深い傷はないようですが血を失いすぎています。まずは出血を止めることが第一でしょう。


 新しい布に消毒液をかけ、傷口の周りの消毒を行います。多少意識はあるのか、それとも単なる反射なのかガイストさんの体がピクピクと震えます。大丈夫、生きている証拠です。

 一通り傷口の周りの消毒を終え、バックパックから目的のものを取り出します。ルムッテロの町を散策していた時に見つけた、もし日本に持っていけば必ず売れるだろう物。最初は眉唾物だと思いましたし、効果があるとわかった時もまさかこんなにすぐ役に立つ日が来るとは思っていませんでしたが、この巡りあわせに感謝しましょう。


 緑色の液体が入った瓶のコルクを抜きます。そしてそのままガイストさんの傷口へとその液体をかけていきます。


「ぐうううう!!」


 シューと言う音とともにガイストさんの悲鳴ともうなり声ともとれる声が響き、ガイストさんが体を激しく動かし始めます。ガイストさんの背中に乗りかかるようにしてその動きを止めようとしますが私一人の力ではとても無理です。


「誰か、ガイストさんを押さえてください!」


 私の呼びかけに数人のローレライの方がガイストさんの体を取り押さえてくれました。先ほど液体をかけた傷口を見ると出血が止まっており、少しではありますが肉が盛り上がってくっついてきているような気がします。効果はあるようです。


「おっちゃん、それ大丈夫なんだよな?」

「ええ、町で手に入れた傷を治すという薬です。ポーションと言うらしいですよ。では残りも治していきますから待っていてくださいね」


 不安そうな顔で尋ねてくるアル君にそう説明しつつ、新たな傷口へとポーションを流し込んでいきます。ガイストさんの痛々しいうめき声に思わず躊躇してしまいそうになりますが、これも助けるためです。ポーションの残量と残りの傷口を比べながら手早く流し込み、買っておいた5本のポーションをすべて使い切ることで何とかガイストさんの出血を止めることに成功しました。

 途中で完全に気を失ったのかガイストさんは動きを止めています。しかし呼吸はしているようですので生きています。予断は許さないでしょうがガイストさんのことです。きっと大丈夫でしょう。

 救急キットからドレッシング材を取り出して傷口へと貼っていきます。大量出血は止めることが出来ましたが完全に傷口がふさがったわけではありませんからね。ガイストさんの体がドレッシング材の透明なシートで覆われていきます。とりあえず私に出来るのはこれまででしょう。


 体の力を抜き、大きく息を吐きます。そしてアル君とリリアンナさんへと顔を向け、微笑みながらゆっくりとうなずきます。リリアンナさんとアル君の目から涙が零れ落ちました。しかしそれは先ほどまでの悲しみの涙ではありません。


 これで少しは恩を返せましたよね、ガイストさん。


 穏やかな呼吸を繰り返すガイストさんを見ながら私はしばらくそんな感慨にふけるのでした。

役に立つかわからない海の知識コーナー


【エコ船】


エコ車が主流になりつつある昨今ですがこれは車だけに限らず船にも当たります。国際的な排気ガス規制が強化されつつあり、最近ではエタノールで走る船まで発売されています。このままエコ化が進めばいつか帆船がメインの時代が・・・、来たら面白いんですけれどね。


***


ブクマ、評価いただきました。ありがとうございます。

いよいよ海戦間近です。更新頑張っていきます。

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シンデレラが一人の女の子を幸せにするために奔走する話です。

「シンデレラになった化け物は灰かぶりの道を歩む」
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少しでも気になった方は読んでみてください。

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