Flag21:お土産を買いましょう
翌朝、オットー服飾店へと商品を卸した私は大金貨2枚を商業ギルドの私の口座へと預け、残りの大金貨2枚を持って町をプラプラと歩き回ります。
この売り上げによってガイストさんに借りていたお金は十分に返却できるのですが、それ以上にローレライの方々にはお世話になっていますので何か手土産がないかと言うことと、魔石の購入に関して情報を集める為です。
手土産の候補は決まっているのです。日本ならば気軽に買えるものなのですがさすがにこちらでは見かけませんでした。仕方がありませんので今まで行ったことのない店を探すしかありません。まぁ、ある場所の目途はついているのですが。
この町にあるような小売りの店と言うのはお客様が気軽に入れるような店構えをし、商品の魅力を最大限に引き出す配列で展示をして、購入したお客様に気持ちよく帰っていただくと言うのが基本的な方針になると思うのですが、まるでその方針の逆を行くような店があるのです。
正面には入り口の扉一つしかなく、何が売られているのかさえ外からではわからない。唯一の手がかりとなる店の看板は良く言えば年代物の、そのまま言ってしまえば非常に薄汚れた板に消えそうな文字で書かれた魔道具屋と言う言葉のみ。そんな店なのだから人が入っていないかと言われればそんなことも無く、たまに住人の方が入って行く姿が見られます。非常にちぐはぐな印象を受ける店です。まあ定期的な売り上げがあるので特に新規の顧客を必要としていないと言うことなのかもしれませんが。
まあそれは良いとして問題はこの店の名前にもなっている「魔道具」と言うものです。ガイストさんに教えてもらったこの世界の常識の内に、この世界には魔法があると言うことも含まれていました。実際ローレライの方々は水魔法と言う魔法が使えるらしく、ガイストさんが作り出した水球が宙を飛んでいく姿に年甲斐も無く興奮したものです。
まあ私には才能がないのか魔法の「ま」の字も感じられませんでしたが、元々ないものをねだってもしかたがありませんからね。
地球で科学が発展したのと同様に、魔法のあるこの世界ではその魔法に関する研究が進んでおり、その一つがこの魔道具と言うものだそうです。実際、私が訪れた店の中でも魔道具の灯りが使われていたり、ライターのようなものまでありました。日本で言う家電のような扱いですね。
おそらくここに私の求める物があるはずです。深呼吸をし、少し気合を入れます。中がわからないというのはやはり緊張するものです。
ドアが閉まっていますので一応ノッカーを鳴らし、少し待ちます。やはり特に反応はないですね。まぁ、町の人たちが特に何もせずに扉を開けていましたので必要はないかと思っていたのですが、一応礼儀としてしてみたのですが。
ドアを開け店の中へと入ります。店の中は魔道具の灯りに照らされ想像以上に明るく、そして店の外見とは裏腹に店の中はしっかりと整理整頓されています。てっきりもっと薄暗くごちゃっとした店内を想定していたのですが。これは少々考えを変える必要がありそうです。
見たところ店員の姿はありませんが、私が入った時にリーンという鐘の音が響いていましたのでしばらくすれば来るのでしょう。それまでは適当に魔道具を確認しておきましょうかね。もちろん未知の技術ですので私にはどのような仕組みで動いているかなどわかりません。しかしその形からある程度の効果が予想できるものが多いですね。人の生活から生まれる道具という点では家電も魔道具も同じですから当然なのかもしれませんが。
「お待たせしました。あれっ、新しいお客様ですね」
「はい。初めて寄らせていただいています。私は船で交易を行っている商人のワタルと申します」
「あぁ、これはご丁寧に。私はこの店の店主の娘のアイシャと言います」
そう言ってアイシャさんがぺこりと私に頭を下げます。アイシャさんは年のころ10代半ばといったところでしょうか。この日差しの強いルムッテロの町にしては珍しく真っ白な肌をした少しおとなしそうな少女です。
「何かお探しでしょうか?」
「はい、料理で使うような火が出る魔道具と水が出る魔道具があればと思ったのですが」
「料理用の火と水の出る魔道具ですね。携帯用と一般用がありますがどちらがよろしいですか?」
「まずは携帯用をお願いします。商品の説明については申し訳ありませんが両方していただけると助かります」
「はい、もちろんです」
アイシャさんの後をついていくとカセットコンロのような形をした魔道具と見た目は壺の30センチほどの大きさの魔道具の前で立ち止まりました。どうやらこれらが目的のもののようですね。
アイシャさんがカセットコンロのような魔道具を手に持ちます。
「こちらが料理用の火の魔道具ですね。こちらのボタンで強火、中火、弱火の調節が可能です。魔石効率としては1週間といったところです」
「すみません、魔石効率とは何でしょうか? こちらへ来てまだ間もないので知らないことが多くて申し訳ないのですが」
私が謝ると、アイシャさんはぶんぶんと手を横に振って「とんでもない」と返してきました。そして少し呼吸を落ち着けるためでしょうか、手を胸にあて一度深呼吸をします。ふむ、あまり謝るのも良くなさそうです。
「魔石効率はゴブリンなどの小さい魔石1個の場合に使用できる期間のことです。この周辺国では一般的なことですし、値札にも必ず書いてあるはずですので参考にしてみてください」
「丁寧なご説明ありがとうございます」
「いえっ、とんでもない。では次に水の魔道具ですが……」
水の魔道具の方も説明を受けましたが、壺から水が出続けるようです。ただしある一定量のところで止まるようになっているので大量に水を用意したい場合は別に水をためる入れ物を用意する必要があるとのこと。まあ今はこれで十分でしょう。
携帯用でない設置型の魔道具も見せてもらい説明を聞きましたが、機能を増やしたり利便性を良くしているくらいのようですね。これは後日に検討しましょう。
私がリリアンナさんへと教えることで始まったローレライの方々の料理なのですが、習いたいという人も日々増えており、ブームの兆しが見えています。調理道具などはフォーレッドオーシャン号から持ち出せば問題はないのですが、いかんせん料理をするために必要な火元と真水がローレライの方々には無いのですよね。いつまでも私の船を使うという訳にもいきませんし。
そこで私が将来いなくなった時を見越して、そしてお礼もかねてこういったローレライの方々では手に入りにくい物品をお土産にしようとしていたわけです。
「説明よくわかりました。ありがとうございます」
「いえいえ、こうやって説明するのも店員の義務ですから」
にこりと自然に可憐な笑顔を向けられ心が温かくなります。説明もとても分かりやすかったですし、商品に対する知識も豊富でした。アイシャさんがこの店が好きだからこそ出来ることでしょう。おっと、今は余計な事でしたね。
「値段は両方とも2万スオンで良いのですよね。在庫はいくつありますか?」
「ええっと、火の方は6つ、水の方は4つですね」
「では4セットお願いします。ついでに魔石もいくつか融通していただきたいのですが」
「魔石ですか……」
4セット買うと言った時には弾んでいた顔が、魔石と聞いた途端に沈んでしまいました。魔石を販売していないという訳ではありません。実際に魔石も商品として並んでいましたから。
「何か事情がおありですか?」
「あっ、いえ。ごめんなさい。すぐに用意しますね」
そう言い残してバックヤードに戻ろうとしたアイシャさんの進路をさりげなくふさぎ、それを阻止します。アイシャさんが困惑した様子で私を見ています。少し強引すぎましたかね。
「魔石があまりないのでしょうか?」
「……はい。うちは冒険者ギルドから魔石を仕入れているんですが、最近大型船でやってきた商人さんが大量に魔石を購入したらしくて、買いたくても買えない状態なんです。町のみんなも必要なのに」
「それは困ってしまいますね」
アイシャさんが無言でうなずきます。うつむいたその目からは今にも涙がこぼれてしまいそうです。魔道具という魔石を使用する道具を売っている店だからこそ、魔石がなくなってしまえばどれだけ大変なことになるのか良くわかっているのでしょう。
日本でいえば停電してしまったようなものですからね。
ふむ、ここで魔石を買わないという選択肢ももちろんあるのですが、それはそれでアイシャさんに気にされてしまいそうですね。
「では4セットと、一番小さな魔石を1ついただけますか?」
「それで良いんですか?」
「はい、すぐに使うという訳ではありませんから。またの機会に買わせていただきます」
「あ、ありがとうございます!」
アイシャさんが表情を緩め、ペコリと勢いよく頭を下げました。私はそんな彼女に笑い返し、その手に大金貨を2枚渡します。そしてお釣りを出そうとする彼女に声をかけます。
「お釣りは結構です。私は少し寄るところがありますので商人ギルドへ私宛で預けていただくか、取り置きをお願いします。その手間賃ですね」
「でも、いただき過ぎです。さすがにこんなにはいただけません」
「そうですか? では次回に魔石を買いに来るときまでに10セット程度今回と同じ魔道具を用意いただけますか。その予約料ということで」
「うーん、わかりました。腕によりをかけて作らせていただきます。次回はいつお越しの予定でしょうか?」
「そうですね、1か月程度ではないかと思いますが、まあ急ぎではありませんのでじっくりと作っていただければ大丈夫です。それではよろしくお願いします」
「はい、ありがとうございました」
気持ちの良い声で送り出され、店の外へと出ます。この店が外見にあまりこだわっていなかった訳がアイシャさんのおかげで少しわかった気がしますね。
それでは少し情報を仕入れに行きましょうか。こういった大きな影響を及ぼすような変化があったときは何を知っているかで有利不利ががらりと変わってしまいますから。まずは昼食がてら噂を拾ってみましょうかね。
役に立つかわからない海の知識コーナー
【ケルビン波】
必殺技ではなく船が航行するときに後方にできる波のことです。斜め前に進む拡散波(八の字波)と、後方にできる横波からなります。イギリスのケルビン卿が1887年に「On ship waves」と言う論文を発表したことによりこの名前がつきました。見る機会はあまりないとは思いますが美しい形をしていますので機会があれば是非ご覧になってください。
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