Flag19:取引相手を探しましょう
翌朝、軽い朝食を食べ綿と麻の生地を包み商人ギルドへと向かいます。生地は税のかかる商品ではなかったため問題なく町へと入ることが出来ました。ふところがある程度温かかったのかもしれませんが。
商人ギルドへの道は一直線ですから迷いようがありません。まだ8時前なのですがすでに住人の方々は活動を開始しています。この町の朝は早いようです。まだ朝食の残り香の漂う通りを悠々と歩いていき商人ギルドのある交差点へと到着しました。
ちょうど朝の礼拝が終わったらしく、住人たちが教会から出て散っていきます。一部はそのまま冒険者ギルドや商人ギルドへと吸い込まれていきました。さて、私も後へ続きましょうか。
商人ギルドへ入り、ちょうどミミさんの窓口が開いていることにすこしほっとします。やはり少しでも話をしたことのある人を頼りにしたいですし、昨日話した限りミミさんならば誠実に対応してくれそうですからね。
私がミミさんの窓口へと歩いていくと、彼女はにこりと笑って迎えてくれました。
「おはようございます。ミミさん」
「ワタルさんでしたね。おはようございます」
「ミミさんのような美しい方に覚えていただけていたとは光栄ですね」
「まあ、美しいなんてお上手ですね」
少し頬を赤らめながら照れるミミさんは可愛らしいのですが、まあ彼女も商人ギルドの受付をしているくらいです。こういったやり取りは日常茶飯事でしょう。本当に美人ですので口説かれた経験もあるかもしれません。
人もあまりいませんので、昨日、町を歩いていて感じた商品、品ぞろえ、売れ筋などについて軽く質問がてら雑談をします。忙しい時にされると困ってしまうでしょうが、待っている人がいるわけでもありませんし、いきなり商談よりは軽い会話を挟んだ方が親身になってくれますからね。
そうそう、親身になると言えば名前も非常に重要です。あなた、と呼ばれるより名前で呼ばれた方がほとんどの人間は嬉しいものです。ミミさんが私の名前を覚えていたのもそれがわかっているからでしょう。まあ一部、嫌がる人もいますので相手の反応次第ではあるのですがね。
「おっと、少し雑談が過ぎましたね。では改めて。今日はこちらの商品の売却先を紹介していただきたいのですが」
「はい、見せていただきますね」
生地を巻いた布を取り外し、綿と麻の生地をミミさんのカウンターテーブルへと置きます。綿は縦110センチ、横は100センチにカットしたベージュとネイビーの生地が、麻は縦140センチ、横は100センチにカットしたシアンとオフホワイトの生地が丁寧に折りたたまれています。
「これは……」
ミミさんの目が細まり、先ほどまでの親し気な雰囲気から一変し、商人の顔になっています。生地の手触りを確かめ、少し広げて縫製を確認し、軽く持ち上げて光に透かしているのは厚みが均一かのチェックでしょうか。そんな彼女の様子を何も言わずにニコニコと笑いながら待ち続けます。
「すばらしい。あの、これをどこで……」
手に入れたのですか?でしょうね。ミミさんは失敗したという顔をして、申し訳なさそうに私に頭を下げています。商人にとって商品の仕入れ先はある意味で命よりも大切なものですからそれを安易に聞いてしまったことを後悔しているのでしょう。
しかしそれは私の持ってきた生地が素晴らしいものであると認めてもらったに等しいことであり、私にとっては嬉しいことでもあるのですが。
「ああ、お気になさらず。それは私の祖国のヒノモトから持ってきたものです。他国との交易のない国ですし船でしか行くことは出来ませんので知られても問題ありませんので」
「そう、ですか。いえ、しかしうかつだったのは確かです。申し訳ありませんでした」
再び頭を下げてしまったミミさんを説得するのに少し苦労しましたが、何とか顔を上げてもらうことが出来ました。
「それにしても本当に素晴らしい生地ですね」
うっとりしながら生地を撫でるミミさんは見ていて飽きることはなさそうですが、私は商談に来ているのです。少し残念な気もしますが話を進めましょう。
「私の自慢の一品ですからね。それでこの生地を卸すのに相応しい店を紹介していただきたいのですが」
「えぇ、はい。これほどの生地でしたらこの町で一番の服飾の店、オットー服飾店をご案内させていただきます。今、紹介状をお持ちしますので少しお待ちくださいね」
ミミさんは席を離れ奥の部屋へと向かい、しばらくして一枚の小さなカードと地図を持って戻ってきました。
高級そうな厚い紙の小さなカードには商人ギルドの紹介状であること、私の名前と商品の名前、そしてオットー服飾店の名前が書いてあります。地図にも目を通すと、オットー服飾店はこの商人ギルドから歩いて3分ほどの場所にあるようです。昨日行かなかった高級店のある通りですね。
「わざわざ地図まで、ありがとうございました」
「いえ、良いものを見せていただきました。良い取引を」
「はい。良い報告が出来るよう頑張ってきます」
ミミさんと別れを告げ、商人ギルドを退出します。第一段階は成功と言ったところでしょうか。フォーレッドオーシャン号に積まれていたこれらの生地はヒロが用意しただけあって綿や麻の生地の中でも最高級のものです。高級店を紹介してもらえるだけのクオリティではあると確信していましたが、この町で一番の店を紹介してもらえたのは僥倖と言っても良いでしょう。
ではさっそくオットー服飾店へ、と言うことはせずに商人ギルドから高級店の通りへと進みながらその他の店を見て回ります。幸いにして服装のおかげもあり特に咎められることもありませんからね。事前調査ということもありますが、どちらにせよ元々高級店についても見て回るつもりでしたので丁度良かったのですが。
高級店の品ぞろえについてはさすがと言ったところでしょうか。今まで見たことが無かった品や、この地方には見られないデザイン、洗練された陳列、行き届いた店員の態度、そして文字通り桁違いの値段とターゲットとなる層が全く異なっています。
昨日見た一般の店は商品を多く並べ少しでも売り上げを上げるために声掛けなどをしていましたが、こちらはいかに商品を魅力的に美しく見せるかに重点を置き、店員も必要以上に声などはかけてきません。戦略が違うので当たり前とも言えますが。
そして注目すべき共通点もあります。一部の店舗や商品を除きほぼ全てに値札が付いているのです。日本ならばほぼ当たり前かもしれませんがこれは画期的なことです。人を見て値段を変えると言うことをしないと言っているのと同義ですしね。これは商人ギルドの管理指導によるものなのででしょうか。非常に興味深いですね。
謎が気になるところではありますが、ある程度の状況は把握したためオットー服飾店へと向かいます。場所は既に一度通り過ぎたので把握済みです。
町一番の服飾の店と言うのは嘘では無いようで、白煉瓦の建物ではあるのですが、ガラスを多く使用して店内の商品が良く見えるような店構えになっています。まあガラスと言ってもショーウィンドウのような大きなものではなく、木枠に30センチ四方のガラスが格子状にはまっている物ですが。
とは言えガラスは貴重な物のようで、採光用に3つ、4つあるくらいが普通で、店の中が見えるほどのガラスを使っているのはオットー服飾店くらいのものでした。
ドアを開け店へと入ります。チリンという、透き通るような音が店内へと響きます。軽く視線を左右へと振り並べられた商品を軽くチェックし、店の奥で私がいつ呼び出しても問題ないように待機している若い店員へと目配せをします。彼はニコリと微笑むとこちらへとスッと近寄ってきました。
「いらっしゃいませ。何かお探しでしょうか?」
「いえ、商人ギルドからこの店を紹介されましてね。生地をお持ちしたので商談をさせていただければと思うのですが」
商人ギルドの紹介状を手渡し、自身のギルドカードを彼に見せます。彼は一瞬おやっと顔に疑問を浮かべましたがすぐに元の笑顔へと何事もなかったかのように表情を戻し、少々お待ちくださいと言葉を残し店の奥へと入っていきました。素の感情を表に出すとはまだまだ甘いと言わざるを得ませんが、その後の取り繕いの速さは若いのになかなかのものです。
彼が驚いた理由は何でしょうか?そんな益体もないことを考えながら丁の字の木の棒に掛けて展示されている近くのドレスやタキシードを確認します。縫製はきめ細かく、ほつれなども全くない、丁寧に仕事をされていることがわかる作品です。デザインも今まで見てきた高級店の中でも洗練されており、ごてごてした装飾を省いたシンプルな物でありながらも見る人が見れば違いが判るそういったコンセプトを感じます。ますます好都合です。少し顔がニヤついているかもしれませんね。
「お待たせいたしました。奥の商談室へご案内させていただきます」
「ありがとうございます」
扉が開いた瞬間、何事も無かったかのように表情を引き締め、彼の後について店の奥にあるスペースに入り、1つの扉の前で止まります。そして彼がその扉をノックしました。
「旦那様、奥様、お客様がいらっしゃいました」
「入っていただきなさい」
中から聞こえた男性の声に、彼がその扉を開け、私に入るように促します。旦那様に奥さまですか。責任者といきなり交渉できるとは、運が良いのかそれともこの世界ではそれが普通なのかどっちなのでしょうね。
布の包みを抱えながら部屋の中へと入り、そこにいた男性と女性に微笑みながら軽く頭を下げます。男性は50代くらいでしょうか。にこやかに笑いながらでっぷりとしたお腹を揺らしています。少し薄くなり、生え際が後退したブラウンの髪の毛をオールバックにしていますね。対照的に女性の方は同じく50代ほどに見えますがほっそりとしており、身長は男性より10センチほど高い170センチはあるでしょうか。切れ長の目と言い、若い時はさぞ美人だったろうと容易に想像がつく方です。さすがこの町一番の服飾店と言うべきか、2人ともぴったりとフィットした服装をしていますね。自分達専用に作成したのでしょう。
失礼にならない程度に軽く観察を終え、お2人の元へと近づいていきます。男性は笑顔で迎えてくれていますが、女性は静かに私を見ています。では商談を開始しましょうか。
役に立つかわからない海の知識コーナー
【トン数】
船の大きさを表すときに何万トンの巨大タンカーだとか聞いたことがあるかもしれませんが、実は船のトン数は重量を表すときと容量を表すときがあります。
元々は酒樽をいくつ積めるかというのがトン数の由来なのですが、一般的には重さのほうが有名ですしね。なので船でトンと聞いても内容を見ないと実際の様子はわからないのです。
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ブクマ、評価いただきました。ありがとうございます。
色々31で揃いました。なんとなくめでたいです。