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退職記念のメガヨットは異世界の海を今日もたゆたう  作者: ジルコ
第五章:新たな出会いと開発と
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Flag153:戦争を終わらせましょう

 光の粒がすべて消え去り、ワタルさんは消えてしまいました。そこにあったはずの血だまりもいつも着ていた服も何も残っていません。本当にそこにいたのかと疑ってしまいそうになるくらいに本当に何も。


 操舵室には私以外誰もいません。トッドは逃げたのでしょうか。わかりません。

 ユリウス様に「トッドには気を付けろ」と事前に言われていたのに、こんなことになるのだったらワタルさんに知らせておくべきだった。それがランドル皇国の事情であり、根拠がユリウス様の勘と言うだけのあいまいな情報でしか無かったとしても。


 固く握りしめていたハンドルからゆっくりと手を離していきます。ワタルさんがいつも握っていた、そして消えていったハンドルから。そしてふらふらとした足取りで先ほどまでワタルさんが倒れていた場所へと歩くと崩れ落ちるように座り込みます。


 最後に意識を取り戻したワタルさんは確かに【解放】をするように私に言っていました。

 この【解放】についてワタルさんから相談されたとき、その文字を見たとき言いしれない恐怖で身が震えました。これは触ってはいけないものだと本能が理解しました。だからこそ【解放】するように伝えられても私は躊躇しました。

 しかしワタルさんの意思は変わりませんでした。そして表情の変化は全くありませんでしたが微笑んだのです。いつものように「大丈夫ですから、安心してください」と、そう言われた気がしました。


 この【解放】の機能については今もわかりません。いえ、そんなことを考える余裕がないのです。胸に残ったのは喪失感だけ。そして次々とワタルさんと過ごした思い出がよみがえって来るのです。


 遭難しているところを救われ、エリザベート殿下を助けてもらい、ランドル皇国へ変装して行き夫婦のふりをしたりもしました。告白され、結婚し、お互いの呼び名を変えようかとも話したのですがなぜか気恥ずかしくて出来なくて……

 この船に、ワタルさんに救われてから私はとても幸せでした。いつもそばにワタルさんの優しい笑顔があったから、安心して心を許せるそんな人だったから。だから……


「ワタル、ワタル……」


 恥ずかしがらずに普通の夫婦のように呼び捨てで呼び合いたかった。人目を気にしないでもっと一緒に居たかった。もっと話したかった。もっと「愛してる」って言ってほしかった。私の傍で微笑んでいてくれるだけでそれだけでも良かったのに……


 涙は枯れることなく流れ続けるけれどそれには何の意味もない。ワタルが戻ってくることはない。するべきことがあるとわかっているのに何も考えられない。どうしたらいいの?

 その時バタンと操舵室のドアが開いた。もしかしてと視線を上げたがそこにいたのは最愛の人ではなく、肩で息をしながらポーションの入った瓶を掲げているホアだった。


「ミウ、ワタルは?」

「いません」

「どゆこと?」


 ホアに悪気がないことは重々わかっている。でもその言葉がワタルがいないと言う現実を私へと知らしめているようでどうしようもなく心をかき乱して苦しい。


「いない、いないのよ! どこにもいない。どうして、どうしていなくなったの? ねえ、教えて。なんで私を置いて行ってしまったの。教えて! お願い……だから……」


 自分自身の思考が制御できずに泣きじゃくる。そんな私をおずおずとしながらもぎゅっと誰かが抱きしめてきた。ワタルではない、私を覆うことさえ出来ない小さな体が。


「悲しいよね。悲しい。でもワタルはいるよ。よくわかんないし薄くなってるけどここにいる」

「えっ?」

「お母さんは消えちゃったけど、ワタルはいるよ。ミウならわかるんじゃない?」


 ホアの言葉に視線を上げる。周りを見回してもワタルの姿などどこにも見えない。


「見ないで、感じるの」


 ホアの言葉に従って目を閉じる。暗闇が広がるだけで何もわからない。首を横に振ろうとしてふと気づく。じんわりと心が温かくなるのを。幸せだった記憶に包まれているようなそんな気持ちになることを。

 そして目を開ける。私が目を開けるのを待っていたかのように視線の先の操舵席にあるディスプレイが起動し勝手に動き始めた。そして……


「ようこそ、フォーレッドオーシャン号へ。あなたの快適な旅をナビゲートさせていただきます」

「ワタル!」

「はい、ミウ。心配をおかけしましたが何とか生きていますよ。まあ生きていると言って良いのか判断に迷う状態ですがね。さて、ローレライの方々が危ないので少々急ぎますね」


 何も触っていないのに船が勝手に動き出す。そこに姿は無いはずなのにハンドルを握りこちらを振り返りながら笑っているワタルの姿を私は幻視した。そのそばに居たくて私は立ち上がると操舵席へと座りまるでワタルが握っているかのように自動で動くハンドルを眺める。


「ただいま、ミウ。そして……」

「そして?」

「愛していますよ」

「はい、私もです」


 最も聞きたかったその言葉に私は笑顔で返し、ワタルはそんな私の様子にふふっと笑った。



 **********



 ぐちゃぐちゃだった思考が落ち着いていき、私が形づくられていく。私は海原航なのかと言われればそうだとも言えるし、そうではないとも言えるでしょう。人格を形成していた記憶が抜け落ちてしまったためにこれから徐々に変わっていくのかもしれません。でも本当に大切な記憶だけは残すことが出来たはずです。


 ミウとの再会を喜びたいところではありますが今は時間がありません。すでにローレライの方々のところまで毒が届いてしまっており、数人のローレライの方がぐったりとしている様子が【環境把握】で見えているからです。ガイストさんが片手にぐったりとしているアル君を、もう片手に同じく気を失っているらしきローレライの男性を抱えながら逃げているのですが自身も苦しそうな表情をしています。


「【快適空間】起動。海に撒かれた毒の除去、およびローレライの方の体内からの毒の消除実行」


【環境把握】にて言葉通りの効果が発揮したのを確認します。アル君も目を覚ましたようでガイストさんに抱き着いて泣いているようですね。間に合って良かった。

 しかしのんびりしている暇はありません。ローレライの方々の機雷攻撃が無くなったためランドル皇国の船団が集まり、デッドラインを越えて進軍を開始し始めたからです。どうやら黒い球はブラフであることが見抜かれたようですね。まあ素人考えでここまで騙すことが出来たのは上出来だったのかもしれません。


 再び機雷攻撃をローレライの方にお願いしても【快適空間】があるので危険はないのですが一度傷ついたローレライの方々にこれ以上の負担をかけるのも考えものですし。とりあえずはったりでどうにかできないか試してみましょうか?

 船の機能の知識は十分把握できましたしね。やってやれないことは無いでしょう。


「【共通空間】起動。空間指定ランドル皇国海軍船団」


 空間を指定し、そして船内放送用のマイクを起動します。これでランドル皇国の船にも聞こえるはずです。


「こちらはヒノモト所属のギフトシップ。フォーレッドオーシャン号です。ランドル皇国海軍のみなさんごきげんよう」


 いきなり空から降ってきた声に船上で水兵たちが右往左往していますね。あっ、マストから落ちた間抜けがいます。かなりの高さでしたが途中の網に引っ掛かって何とか助かったようです。


「現在あなた方の船は私の船の監視下にあります。もっと端的に言えば生かすも殺すも私次第ということです。あぁ、ちなみにあなた方が海へ垂れ流した毒は除去させていただきました。船乗りならば毒ではなく、酒などで海への感謝を捧げていただきたいですね」


 いたるところの船から私の皮肉に怒声が上がっているようですね。まあ海に毒を撒くなんて言う馬鹿な兵器を使う海軍に何と言われようとも気にしませんが。

 静けさを保っているのは旗艦のみのようです。細い目をした船長が操舵輪の横で空を見上げるのを水兵たちが見守っています。その瞳に宿るのは視線の先の存在への絶対的な信頼。おそらく良い船長、そして良い船乗りなのでしょうね。

 こんな関係で無ければぜひ一度話を聞いてみたかったです。


「糸目のあなたがこの船団の総指揮でしょうか? 素直に帰っていただければ追う事はしませんよ。どちらが賢い選択か、あなたならわかるでしょう?」


 私の言葉に静けさを保っていた旗艦の水兵たちにも動揺が広がっていきます。きょろきょろと辺りを見回しているようですがそれではわかりませんよ。

 総指揮官の男性が眉を寄せ苦々しい顔を見せます。そしてほんの少し目が見開かれました。


「報告必要、対策必至。陸軍開戦、即時停止、早急伝令」

「良いのですか? 責任を取らされるかもしれませんよ」

「問題皆無、唯国富強、我渇望」

「わかりました。どこまでもお供します」


 旗艦が白旗を掲げ、そして白煙を立ち昇らせるとくるりと旋回してランドル皇国へ進路を変え進み始めました。それを見た他の船も同じように進路を変えて帰っていきます。

 足止めのためか数隻残った船と半日ほどにらみ合いを続け、そしてその船たちもランドル皇国へと向けて去っていきました。【環境把握】で確認しても付近に残っているランドル皇国の船はありません。当面の危機は去ったようですね。


 さてしかしこれからが大変そうです。問題は山積しています。戦後の処理があるでしょうし、ランドル皇国との関係やクレバヤシ商会の今後も考えなければいけません。ミウと私たちの子供のことも大切な問題です。私も出来ることならば体を取り戻して子供を抱いてみたいですからね。可能性があるとすれば「成長」からの新機能ですがいつになるのやら。


 とりあえずは今船に乗っている皆さんへの現状の説明からでしょうかね。


 海の中で哨戒を続けてくれていたガイストさんたちが船へと戻って来るのを確認しながらそんなことを考えるのでした。

役に立つかわからない海の知識コーナー


【海の日】


海の恩恵に感謝するとともに、海洋国日本の繁栄を願う、との理由で制定された「海の日」ですがもともとは7月20日であったのがハッピーマンデー法により7月の第3月曜日へと変わりました。

ではなぜ7月20日だったかと言うとその日が元々「海の記念日」だったからです。由来は明治9年に天皇陛下が東北地方巡航の帰途に横浜港へと帰還した日を記念して昭和16年に制定されたことからになります。

一応こういった由来があるので、個人的には海の日が月曜に変更されてしまったのは少々残念です。まあその連休で海に行っていただければと思います。


***


お読みいただきありがとうございます。

新作も投稿していますのでよろしければどうぞ。下にリンクを貼ってあります。

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シンデレラが一人の女の子を幸せにするために奔走する話です。

「シンデレラになった化け物は灰かぶりの道を歩む」
https://ncode.syosetu.com/n0484fi/

少しでも気になった方は読んでみてください。

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