Flag15:審査を受けましょう
私が呼ばれた停泊する場所の付近は私の漁船と同じくらいの大きさの船が数隻泊まっていますが、空いている箇所も多く余裕をもって泊められます。
船と接触する桟橋の端の部分にはショックを吸収するためか動物の皮のようなものが厚く巻かれています。腐ったりしないのでしょうかね?そんなことを考えながらゆっくりと桟橋に近づいていき、軽くタッチする程度で船を泊めることに成功しました。そして係留のためのもやいロープを用意していると桟橋の上から声をかけられます。
「上手いですね」
「ありがとうございます」
内心久しぶりに操船した漁船が上手く桟橋につけられるかひやひやものだったのですが当然のような顔をしておくことにしましょう。なにせ私のギフトシップということですからね。
フューザーさんとは違い桟橋の上から声をかけてきたのは私と同じ普通の人間の男性でした。年齢は30代でしょうかね。日には焼けていますがひょろっとしており海の男と言うよりは事務職をしているような雰囲気の男性です。
ニコニコした顔でこちらに手を差し出しているところを見ると手伝ってもらえるようです。もやいロープを投げるとそれを桟橋から突き出した木の棒へと手早く差し込んでいます。ロープが直接こすれないように4本のロープが数本の木の棒につけられたのを確認し私も桟橋へと降ります。
「ようこそルムッテロの町へ。ワタルさんですね。審査を担当しますエドワードです」
「よろしくお願いします」
差し出された手を握り返し挨拶を交わします。そのままついてくるように言われた私はエドワードさんの後を追い桟橋の先にある2階建てのレンガ造りの建物へと入りました。
そこは私のように寄港した人を審査する建物のようで、フューザーさんやエドワードさんと同じ薄緑の服を着た職員らしき人々が働いていました。まあフューザーさんとは違い長そで長ズボンですが。どうやら制服のようですね。
そんな彼らを横目で見ながら廊下の奥の一室へと入ります。そこは飾り気のない木製の机と椅子があるだけの簡素な部屋でした。椅子に座るように促されたため、礼を述べて座ります。そして対面にエドワードさんが座りました。
「さて改めてようこそ。審査と行きたいところですがワタルさんは身分証明が無いということでしたね」
「そうですね。故郷の証明書ではダメだと言われましたので」
「一度見せていただけますか?」
保険証を取り出し、エドワードさんから見やすいように机の上へ差し出します。プラスチックの感触が珍しいのか、それとも文字が珍しいのか保険証を上下左右にくるくると動かしながら眺めています。
「いやはや全く読めませんね。初めて見る文字です。ワタルさんの国はここから西の島国なのですよね」
「そうです」
「他の国々との交易などもほぼないという話を聞きましたが?」
「そうですね」
「では……なぜワタルさんはこの大陸の言葉が話せるのでしょうね?」
エドワードさんが保険証から視線を外し、なめるようにして私を眺めています。先ほどまでの穏やかな雰囲気が嘘だったかのように冷たい視線です。
ここで来ましたか。
はっきりと言ってしまえば私にもわからない、としか言いようがないのですがそれが通じるはずはありません。エドワードさんたちの役目は不審人物を町へと入れないということなのですから。
しかしこの質問は想定の範囲内です。私は黙って自分の胸ポケットからポケットチーフを取り出し、それを机の上に置くとゆっくりと開いていきます。包まれていたのは淡い青色の髪の毛をひもで縛ったものです。
「私の故郷へ流れ着いたジョンの髪です。乗っていた船が難破したと言っていました。私の家に10年ほど住んでいまして言葉については彼に教わりました。昨年はやり病で亡くなってしまいましたが、彼の遺髪だけでも故郷の地に埋めてやりたいと思い持ってきました」
「それは……」
「もちろんそれだけでなく交易が主目的です。たまたまギフトシップを手に入れる機会に恵まれましたので話に聞いていた東を目指したというのは確かですけれどね」
少し悲し気に笑います。そんな私と机の上に置かれた髪の毛を見るエドワードさんの瞳に同情の色が浮かんでいることに内心でガッツポーズします。
表情のコントロールは相手と交渉する上での基本中の基本です。これが出来ないようでは交渉をスムーズに進めることは難しいですからね。内容がいかにしっかりしていたとしても、相手にこいつはいい加減そうだし信用できないと思われてしまえばまとまるものもまとまらなくなってしまいます。
エドワードさんの視線を表情を変えずに受け止めます。それが10秒ほど続いたでしょうか。エドワードさんが視線をそらしました。
「わかりました。とりあえず信用します。こんな言い方になってしまって申し訳ないのですが」
「いえ、お仕事上仕方のないことだとは理解していますので」
エドワードさんが表情を緩め、私の言葉に感謝されました。まあ全くの作り話ですので感謝される必要は無いのですがそんなことを言えるはずがありません。髪の毛もガイストさんにお願いして用意してもらったローレライの誰かの毛ですしね。
「それではこれからのことについて説明させていただきます。まずワタルさんの船ですと停泊料として1週間1000スオン。これはこれより短い期間で出港したとしても必要になります。延長する場合はこの建物で申請後、料金を払えば可能です」
「1000スオンですと大銀貨1枚でしたね」
財布から大銀貨を1枚取り出し机の上へと置きます。エドワードさんが何かを言おうとしてやめました。おそらくなぜ私が大銀貨を持っているのか聞こうとして、その前に先ほどの話のジョンが漂着した時に持っていたお金だと気づいたのでしょう。まあ実際はガイストさんに借りたお金なのですが。
「次に仮の身分証ですがこちらの書面への記載が必要になります」
私の目の前に出された書類を見ます。紙の質はそこまで良くありませんが植物紙のようですね。そこには氏名や生年月日などの質問事項が書かれているのですが……困りましたね。
そこに書いてある文字は私が全く知らない文字です。それなのになぜか読むことは出来るのですが、さすがにこの文字で回答を書くことなど出来ません。
「すみません、文字はちょっと……」
「あぁ、文字は習わなかったんですね。では私が代筆しますので質問に答えてください」
エドワードさんが質問を読み上げ、私が答えて、それを代筆してもらいます。変なことが書かれていないかじっくりと書面を見たいところですがそれをしては文字が読めることに気づかれてしまいますのでこそっと見る程度に留めておきます。
こちらが文字を理解できないとみると無茶苦茶やろうとする悪い奴はどこにでもいますからね。エドワードさんは大丈夫なようですが。
「はい、これで大丈夫です。後で仮の身分証をお渡しします」
「ありがとうございます」
「いえいえ。最後に交易品の関係ですが、いくつかの品に関しては持ち込みに税がかかりますので注意してください。代表的なものとしては塩ですね。まあ塩に関しては商人ギルド以外への販売が禁止されていますのでそちらにも注意が必要なのですが」
「そうなのですか。一覧のようなものはありませんか?」
「管轄が違いますのでこちらにはないですね。町へ入る門の番をしている兵士に聞けば良いのですが……」
エドワードさんが顔を少ししかめ、言葉を濁します。そしてわざとらしくごほんと咳をすると「仮の身分証を持ってきます」と言って出て行ってしまいました。
部屋に1人になったので一息つきたいところではあるのですが、壁に耳あり障子に目ありと言いますし最後まで気を抜かないように気を付けます。
とりあえず普通に町に入ることが出来そうで一安心です。まあ多少の不安要素はありますが、どうにかなるでしょう。
しばらくしてエドワードさんが1枚の書類を持ってきました。頭に仮身分証と書かれており私の氏名や生年月日などが書かれています。最後に入港審査官エドワード・ウィレムとサインが書かれていました。ウィレムと言う姓だったのですね。
「これをもって各種ギルドもしくは中央の官舎へと行けばそれぞれの身分証明が発行されます。今後も船で交易を続けるつもりならば商人ギルドが良いでしょうね」
「はい、私もそのつもりです」
エドワードさんが座る気配が無いのでこの書類を渡して終わりのようですね。仮身分証を受け取り、立ち上がって右手を差し出し握手をします。
「いろいろと親切にありがとうございました。フューザーさんにもよろしくお伝えください」
「はい。伝えます。ワタルさんもお気をつけて」
イントネーションを変えて伝えられたその警告に、笑みを浮かべて返します。これで十分伝わるでしょう。予想通りエドワードさんも口角を上げにやりとした笑みを浮かべて返してきました。
エドワードさんと別れ、建物を出ると特に何も持たずに門へ向かって歩いていきます。人がいれば船に見張りとして残しておくべきなのですがいないものは仕方がありません。
さあ鬼が出るか蛇が出るか、何が起こるのでしょうね。少しだけワクワクしながら歩けば、目的の門はすぐ目の前です。
役に立つかわからない海の知識コーナー
【橫帆船】
某海賊の漫画でよく出てくるタイプの船と言えばイメージがしやすいでしょうか。マストに長方形の帆が張られている船になります。
追い風時の帆走性能が良くその歴史は古代エジプトまで遡るとか。ちなみに逆風時の帆走性能は一般的に縦帆船に劣ります。
***
ブクマありがとうございます。執筆の励みになっています。