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退職記念のメガヨットは異世界の海を今日もたゆたう  作者: ジルコ
第五章:新たな出会いと開発と
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Flag152:ある船に乗りましょう

 ゆらゆらとした心地よい揺れと温かな空気にまどろんでいるとバカンという良い音と共に頭へと激痛が走りました。うめき声をあげながら目を開ければ手漕ぎボートのような船の上であり、そして対面には非常に懐かしい顔がありました。非常に険しい顔をしていますね。あの顔で良くヒロと一緒に怒られたものです。


「お久しぶりです。雄一郎おじさん」

「ワタ坊、こんな時にのんきに挨拶かよ」

「ええ、挨拶を出来ないやつはエチゼンクラゲ以下だ、とどこかの誰かに教わりましたので」

「誰だよ、そんなくだらねぇこと言った奴は」

「鏡を見ることをお勧めしますよ」


 雄一郎おじさんが呆れたように息を吐きます。その外見は最後に見た74歳の病室でやせ細ってしまった姿ではなく私が子供の時分に会った頃のような30代前半のように見えます。先ほど私の頭を叩いたのはあの太くて大きな手でしょうね。


「それでここはどこでしょうか? いまいち記憶が定かではないのですが。まあ雄一郎おじさんがいる段階でまともな場所ではないのですよね」

「まともじゃなくて悪かったな。まあご名答だ。ここはあの世の一歩手前、三途の川って奴だな。そして俺はその渡し守ってわけだ」

「あの世でも船に乗っているのですか。私も就職を斡旋してもらえませんかね?」

「やなこった。欲しいものは実力で手に入れろ。それにお前、こんなところで死んじまって良いのかよ?」

「こんなところ?」


 雄一郎おじさんの言っている意味が分からず首をひねります。意味はわからないのですが心のどこかでその言葉が正しいと理解しているのです。早く戻らなくてはそんな焦燥が私を急かすのですがどうして良いのか、何をすべきなのかがわかりません。

 困惑した表情を私が浮かべているのがわかっているのでしょう、雄一郎おじさんが船の下を指さしました。手漕ぎボートから身を乗り出して水面を見るとそこには血だまりで倒れている私の姿とそれを抱えながら叫ぶようにして泣いている黒髪の女性がいました。


「ミウさん! そうだ、そうです。雄一郎おじさん、戻してください。私にはやらねばならないことが……」

「戻してもいいけどよぉ、どうせすぐにここに戻ってくんぞ。ありゃあ致命傷だ。戻っても数十秒で死ぬだろうな」

「そんな……」


 絶望的な雄一郎おじさんの言葉に力の限りボートの縁を握り締めます。その言葉を否定したい。でもそれが真実であると自分自身が理解してしまっているのです。

 水面がゆらゆらと揺れてチャンネルが切り替わるように場面が変わります。そこに映ったのは砦の上に立つエリザさん、そしてその横に立つマインさんとユリウスさんの姿。その視線の先には地を埋め尽くすような人や車の大軍が見えます。

 ユリウスさんが何か大声で叫び、それを聞いた大軍がピタリと止まります。そしてエリザさんが魔道具を持ってその軍に向かって語りかけていました。

 陸でも戦争が始まる。そんな大事な時に私は……


「たわけが」


 うなだれた私の頭を大きな手が再び叩きました。遠慮の欠片も無く力いっぱいぶたれたのですが痛みよりもなぜか温かみを感じました。顔を上げると雄一郎おじさんが優しい笑みを浮かべて私のことを見ていました。こっぴどく叱った後、ぐしぐしと頭を撫でられたときにしていたようなそんな顔です。


「ワタ坊は諦めが良すぎんだよ。数十秒しか戻れねえんじゃねえ、数十秒も戻れるんだ」

「しかし数十秒で出来ることなんて。それに満足に動くことさえ出来ないのでは……」

「女房がいるだろ。夫婦ってのはな、目と目が合うだけで何をしてほしいかわかるもんなんだよ。あんなに良い女が女房なんだ、まだまだ若いし未亡人になんてすんじゃねえよ。子供だって生まれるんだしよ」

「子供、子供が生まれるのですか? しかし私は無精子症で子供が出来る確率などほぼないと……」

「うっせえな。奇跡だかなんだか知らんがいるもんはいるんだよ!」


 詰め寄った私が邪魔だったのか雄一郎おじさんの拳が頭へと落ちました。キーンと耳鳴りがするような痛みに頭を抱えたくなりますが、おかげで少し冷静になれました。

 子供、私の子供ですか。実感が湧きません。でも心が温かくなるそんな言葉です。

 雄一郎おじさんが試すような視線で私を見てきます。


「戻りてえか?」

「はい」

「生きてえか?」

「はい」

「子供の姿を見てえか?」

「はい!」

「女房と一緒に生きてえか?」

「はい!!」

「じゃあ、行ってこい。もう戻ってくんなよ」

「えっ?」


 雄一郎おじさんがそばにあったオールで私の体を押し、バランスを崩した私は手漕ぎボートから水面へと投げ出されました。反転する視線の中で最後に見た雄一郎おじさんはいたずらが成功した子供のように笑っていました。


「ありがとよ。紅林グループを、息子を、洋を救ってくれてな」


 そんな言葉が聞こえたような気がしました。私こそあなたに感謝を伝えなければいけないのに、返しきれない恩を今までも、そして今回も受けたと言うのに。


「ありがとうございます、雄一郎おじさん。大好きですよ」


 おそらく聞こえていないだろう言葉を口にして私の意識は沈んでいくのでした。





「カフッ!」

「ワタルさん、ワタルさん! 意識が戻ったんですね、今ホアが薬を……」


 口に溜まっていた血を吐き出します。体は動きません。かろうじて指先が動くような気がしないでもないですが確信が持てないくらいです。確かにこれはもって後数十秒なのかもしれません。

 目の前で泣いているミウさんの瞳をじっと見つめます。すべきことはわかっています、いえ最初からそれがわかっていたからこそ忌避したのかもしれません。

 私の様子にミウさんの目から涙が止まりじっと私を見つめたのを見て視線を一瞬操舵席へと向けます。ミウさんがそちらへと視線を向け、ハッとした顔をしたあと眉根を寄せて私を見てきます。そんなミウさんを安心させるように微笑みます。私は笑えているのでしょうか。わかりませんね。


 ミウさんが目を閉じ、私へと口づけをして体をぎゅっと抱きしめると操舵席へと向かいました。そしてディスプレイを操作していく様子を横目で眺めます。

 そう、そのボタンですよ。

 一瞬こちらを見たミウさんと目が合い、そしてミウさんが【解放】のボタンを押して機能は実装されました。


(あぁ、やはりそういう事ですか)


 自らの体から光の粒子が飛んでいき、それがハンドルの中央へと吸い込まれて行きます。人間であった感覚が何かに置き換わっていく。何とも言えない恐怖心が心から沸き上がります。

 でも大丈夫。私が変わるのはこの船なのだから。友に思いを託され、そしてこの世界で共に生きてきたこのフォーレッドオーシャン号なのだから。


【解放】とは私と言う人間からの解放。本来ならばこの世界に来るはずのない私と言う存在を様々なデメリットを受けながらも生かしてくれたこの船へとその権利を返す、私にできる最大の恩返し。


(今までありがとうございました)


 その言葉を待っていてくれたかのように私の体は全て光の粒子になりそしてミウさんが縋り付いて泣いているハンドルの中央へと吸い込まれて行きました。

 意識が混濁します。自分ではない誰かの知識を無理やり混ぜ込めて頭をかき回されるような気持ち悪さが広がっていきます。自分の記憶がポロポロと抜け落ちていくような喪失感が襲ってきます。

 そんな中で大事なものが消えてしまわないようにぎゅっと胸に抱き続けます。自分の体さえ不確かでどうなっているのかさえわかりません。でもそれだけは無くさないようにと……

役に立つかわからない海の知識コーナー


【死後の旅のための船】


日本では死んだ後に三途の川を渡ると言う話が知られていますが、死んだ後に船に乗ると言う考えは他の地域でも古くから存在します。

紀元前1900年ごろのエジプト第12王朝の王センウスレト3世のピラミッドの近くには6艘の木製の船が埋められており、ファラオの死後の旅に必要とされた品々の中に船が含まれていたことがわかっています。


***


お読みいただきありがとうございます。


《お知らせ》


この作品を書いている最中に気分転換のために書いていた別の話が5万字を超えましたので投稿しました。下にリンクを貼ってありますので宜しければ見てください。

「シンデレラになった悪役令嬢は灰かぶりの道を歩む」

という作品です。定番の悪役令嬢ものを書こうと思ったんですがねぇ……

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シンデレラが一人の女の子を幸せにするために奔走する話です。

「シンデレラになった化け物は灰かぶりの道を歩む」
https://ncode.syosetu.com/n0484fi/

少しでも気になった方は読んでみてください。

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