Flag150:様子を伺いましょう
4階のスカイデッキから望遠鏡で確認するとランドル皇国の船団が一列になってガルへと向かって進んでいるのが確認できました。先頭の船から炎やら岩やらが海面へと定期的に飛んでいますので除去をしながらガルへと向かう方針になったのでしょう。
昨日1日はほとんど動きがありませんでしたので少々期待していたのですが。
「ふむ、やはり帰ってはくれませんか」
「まあ当然でしょう。彼らも遊びで戦争をしているわけではありませんから」
私の言葉にトッドさんが苦笑しながら返してきました。軍人の彼からしたら冗談のように聞こえたのかもしれませんがまぎれもない本心なのですがね。
「しかし想定内です。おそらく水兵の中で魔法の使える者を先頭の船に集中させているはずですから対処はしやすくなります」
確かにミウさんの言う通りです。先頭が道を作りその後ろを進んでいるのですから道を切り開いている先頭の船さえどうにかしてしまえば追い返すことの出来る可能性は高くなります。
「そうですね。では操舵室へと戻りましょう。ハイ君、ホアちゃん、引き続き監視をお願いします」
「わかったー」
「任せてー」
双眼鏡と尻尾を振りながら返してくれた2人に微笑み返し、そして3人で連れ立って操舵室へと向かうとアル君が【環境把握】の立体地図を確認しながら船団と並走するように器用に操船していました。
「どうだったんだ、おっちゃん?」
「方針は変わらずですね。先頭の船を沈めます。それで引き返してくれれば一番良いのですが」
「ふーん」
アル君が少し不満そうな顔をして曖昧な返事を返してきました。
「納得いきませんか?」
「まあな。だって機雷を使えば簡単に船を沈められるってわかってんだし全部沈めた方が早くねえか?」
だろ、と同意を求めるアル君に苦笑を返します。うーん、確かに単純明快な解決方法ですしその方が確実性は高かったでしょうね。ローレライの方々に手伝ってもらって夜間に機雷を使って襲撃を行えば全滅させることさえ出来たかもしれません。でも……
「あまりランドル皇国の力を落としたくないのですよね」
「それがわかんねえんだよな。敵は全部沈める。それで解決じゃね?」
「アル君、エリザさんが望んでいるのは平和であって戦争で勝つことではないんですよ。彼女にとってはランドル皇国も敵ではないんです。確かに船をすべて沈めてしまえばこの戦いは終わるかもしれません。しかしあまり完勝しすぎるとそれは新たな欲を生み、そしてまた争いを生む。人間とはそう言ったものなのですよ」
「ふーん、めんどくせ」
「ふふっ、確かにそうですね。平和が一番だとは私も思うのですがその平和を得るためには武力の均衡が必要。何とも面倒な話です。まあ付け加えるならこの大陸だけが世界ではありませんしね。周りの海にはアル君たちローレライの方々がいますし、他の大陸にも国があります。ランドル皇国の国力が下がると言うのはこのバーランド大陸の大陸としての力が下がるとも言えますから大きな視線に立てばやはり船を沈めすぎない方が良いのです」
むむっとアル君が眉根を寄せて考えていますが、まあこの考え方はあまりローレライの方々には当てはまらないでしょうからわかりづらいかもしれません。
ローレライの方々は言ってみれば専守防衛を徹底して行っている国ですからね。海で生活していますから大陸にある国を攻めるメリットもほとんどありませんし。まあわからない方が幸せなのかもしれませんね。
さてそろそろ戦いを終わらせに行きましょうか。十分引き込むことは出来ましたしね。
「では先頭の船を沈めに行きましょう。奇跡の船の降臨です。アル君お願いしますね」
「んっ? おう!」
悩むのが面倒になったのかのように思考をすぐに切り替えて元気よく返事をしたアル君の頭をなでながら横目に見えるランドル皇国の船団を眺めます。
何事も無く終われば良いのですがね。
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ランドル皇国の先頭を行く外輪船の甲板上は空気が張りつめ緊迫した状態のまま航行していた。この船を指揮するのはランドル皇国海軍の中でも俊英との呼び声高いベネディクト少将だ。若干18にして船長となり齢30にして少将にまで上り詰めた、ガウェインと共に戦場を潜り抜けてきた副官とはまた違った意味でガウェインの右腕とも呼ぶべき存在である。
ベネディクトがこの船団の先頭と言う大役を任されたのはその卓越した操船技術もあるのだが何よりその海流や海風を予知しているかのように読む船乗りとしての勘の良さが決め手だった。
船団の先頭はただガルへと向けて直進すれば良いというものではない。後続の船が安全に無理なく進むことが出来る航路を切り開く必要があるのだ。
船団が全て外輪船であれば違ったのかもしれないがランドル皇国の船団の6割以上が帆船である。他の船によって乱れた風の影響下では万が一の事態もあり得る。だからこそそうならないような航路をベネディクトは選んでいた。
「取り舵、5度」
「アイサー、取り舵、5度!」
ベネディクトの指示をそばについている水兵が大声で復唱し後方の操舵手へと伝えていく。ベネディクトのいる船首の両側には魔法が使える水兵たちが並び、時折魔法の炸裂音とともに水しぶきを上げていた。
既にこの危険な水域を進み始めて2時間ほど経っており、ベネディクトや魔法を使える水兵たちの顔にもやや疲れが見え始めていた。しかしそれでもあと2時間ほどもすればドワーフ自治国のガルへと着く予定であるという事実が彼らの支えになっていた。
「前方船影確認!」
物見からの報告にベネディクトが顔を歪める。
この事態は想定されていた。この陣形で進む限り進路上の敵に対応できるのは1隻のみだ。さらに言えば船の構造上前方への攻撃手段は限られている。しかも後続がいるため攻撃を回避することも満足にできない。ランドル皇国海軍にとっては不利なことばかりだった。
しかしベネディクトは破顔した。
「結界魔道具起動、全速前進。我が船の精鋭諸君、そして選ばれし魔法水兵諸君、食らいつけ、獲物は目の前だ!」
「「「「アイアイサー!!」」」」
ベネディクトが振り返り、不敵な笑みを浮かべながら水兵たちを鼓舞した。水兵たちが大声で気を発し、そしてそれに合わせるようにして船足がぐんと早くなる。
状況は不利、しかし逆にいえばあの船のいる海域には危険な罠が存在しないということだ。ならば全速力で食いつく。それが『血に飢えた鮫』と呼ばれるベネディクトの決断だった。
そのあだ名の如く外輪船が蒸気をあげながら船足を上げていき、そしてそれと呼応するかのように魔法が海面を叩いていく速度も上がっていく。甲板上は戦闘準備に向けて水兵たちが忙しく動き回り熱気が辺りを包んでいた。
そして船影が徐々に大きくなっていった。だがそれが増えることは無かった。
「目標は1隻、それ以外見当たりません!」
「本当か、再度確認せよ!」
「繰り返します。目標は1隻、しかし巨大なギフトシップです。以前報告のあった連合側のギフトシップだと思われます。あいつら何してんだ……っ報告! ギフトシップ後部から何かが海に投げ入れられています!」
「何だと!」
見張りからの報告に甲板上のいたるところから驚きの声が上がる。そして皆の視線がベネディクトへと集中した。このまま進んでも良いのかと言う迷いが少なからず生まれていたからだ。
ベネディクトは口の端を釣り上げて笑っていた。そして遂には声をあげひとしきり笑うとくるりと振り返りぞっとするような笑みを皆に見せた。
「丁度良いですね。危険な海域も抜けられ、その元凶も潰すことが出来る。挑発のつもりか、ただ単に時間が無かったのかわかりませんがこれは好機。諸君、鮫の咢で血祭りにしろ!」
「「「「アイアイサー」」」」
ベネディクトの号令に迷いを消し飛ばされた水兵たちが気炎を上げる。件のギフトシップ、フォーレッドオーシャン号との距離は2キロを切っていた。
役に立つかわからない海の知識コーナー
【船の中の厩舎】
今では冷凍庫などが開発され食材の長期保存ができるようになりましたがその発明以前の長期航海時の食料問題は深刻でした。その食料問題を解決するためにあみ出されたのが船の中に厩舎を作ると言うことです。
1853年にオーストラリアへの航路就航の為に改装されたグレード・ブリテン号は船客の食料の為に牛舎と羊160頭、豚40頭、ニワトリ1200羽のためのスペースが作られていました。甲板を撮影した写真が残されており、そこにニワトリが2羽放し飼いにされている姿も映っています。
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