OS3:ランドル皇国海軍
悪夢のような一夜が明け、朝日の照らす中ランドル皇国の船団は再び昨日の海域まで戻って来ていた。しかしその数は40隻に過ぎない。戻ってきているのは偵察及び救助の任を受けた4部隊だけであり本隊はそこから2キロほど離れた海上で待機しているからだ。
任務を任された4部隊は慎重に慎重を重ね船を進めていた。何せ相手は昨夜2部隊を反撃することも許さず壊滅させた未知の相手だ。
2部隊20隻の内2隻は撤退することが出来たがその2隻でさえも1隻は浸水を抑えきれず結局沈没してしまっており、もう1隻も攻撃を受けた僚艦を避けきれずにぶつかり右舷に大きな傷跡が残り、さらにはマストが1本折れてしまっていた。大破とまではいかないがそのまま他の隊へ組み込むことは難しく現在応急修理を行いそれが済み次第けが人を乗せて本国へと帰還予定になっていた。
4部隊が索敵しながら進んでいくが広大な海が広がるばかりで敵影は全く見えなかった。そのことに少し安堵しつつも警戒は解かないままそれぞれの船から全長5メートルほどの少し幅広の木製のボートがひもに釣られて海面へと降ろされ、その後を追うように数人の海兵が縄ばしごを下り海へと飛び込んでいく。
通常であればこういった作業は船を止めて行うものだ。しかし正体不明の敵がいるかもしれないという状況下で船を止めるという行為は自殺行為に等しい。水をかき分けて進む船の性質上、動き出しの抵抗が大きいため車のようにすぐにスピードが出ないのだ。そのため船足を多少落としてはいるものの止まらないという危険な状態でそれは行われた。
そして数人のけが人を出したがボートへと水兵たちは乗り込みオールを漕いで船の残骸が散らばる水域へと向かったのだった。
「おーい、こっちだ!」
木片に掴まっていた水兵がボートへと向かって大きく手を振る。その顔からはかなりの疲労が見て取れるがその声には張りがあり命の危機と言うほどのものではなかった。
「最終報告が来ました。救助できたのは338名です。重症13名、軽症169名。軽症の者については他の船へ組み込むことも可能ですが助かったのはほぼ水兵ですので意味はあまりないかと」
「了承。采配自由」
「了解しました。人手の足りない船がないか確認し、なければ帰還させます」
半日かけて救助を行った結果報告を聞いたガウェインと副長が話している。ガウェインの表情にはあまり変化はないが副長の顔色はあまり良くない。
18隻の船にはそれぞれに陸軍兵士が200名程度、水兵が100名弱。つまり合計すると5000人以上の兵士たちがいたのだ。救助されたのはその1割にも満たない。その被害が想定以上だったということもあるのだがそうなった理由が副長の顔を曇らせた原因だった。
船が沈没した場合、時間が経過するごとに生存率が下がるのは当たり前だが今回は半日にも満たない時間で救助されている。そこから考えればもっと助かっても良かったのだ。しかしそうはならなかった。正体不明の敵が海に引きずりこんだ訳ではない。味方同士で文字通り足を引っ張ったのだ。
沈没した船に乗っていたのが水兵だけであればこんなことにはならなかったのだが、今回沈没した船は陸軍の兵士を運ぶのが任務だ。陸軍の兵士の中で泳げるものはごく一部しかいない。当然海へと投げ出された陸軍兵士たちは溺れ、手近なものへとすがりついた。手近な浮いているモノ、水兵たちへと。
副官が救助された水兵たちから聞いたその当時の様子は言葉にするのもはばかられる様なまさに地獄絵図だった。しかしその事だけが副官の顔色を悪くしているわけではない。この船団の半数以上には陸軍兵士が乗船しているのだ。もし沈没すれば同様のことが起こるのは疑いようもなかった。
救助された水兵の話を聞いたのは救助した船の乗員の、ガウェイン、副官などの一部の人間だけだ。そして聞いた内容については広げないようにかん口令が敷かれている。このことが広がれば今でさえ下がっている士気がさらに低下するだけでなく陸軍兵士と海軍兵士との間に隔意が生じる可能性が高いからだ。
ガウェインの許可の元、副官が指示を飛ばす。各分隊に人員の補充が必要かの確認を行うようにと。そして各分隊からの返答は当然「否」だった。
航海するにあたって必要な人員は既に配置されており、その役割もワッチも決まっているのだ。必要のまったくない余計な人員という要素は危険を増やすだけと経験から知っているためその返答は当たり前だったし、副官もそれを重々承知しているのでわざわざ聞いたのだ。そもそも情報の拡散を防ぐために今回救助された者を再配置させる気は副官には全くない。ただ再配置しない理由付けのためだけに聞いただけだった。
本国へと帰還させる船団の編成を終え副官がガウェインの元へと戻る。ガウェインの視線の先には問題の海域へと向かう2隻の帆船が見えていた。そのうちの1隻はマストが1本無い。
「うまくいくでしょうか?」
「重要観測、損害前提」
「確かに他の船よりはましですが、中破とは言え航行できる船を実験のように使うのには抵抗があります」
「同意」
言葉を交わしつつも2人の視線は2隻へと向かったままだ。その視線は鋭く厳しい。
救助に向かった船からがれき以外に海面にかすかに見える程度に浮かんでいる何かがあるという報告を2人は受けていた。そして周囲へと火を放ち最後には自らにも火をつけ沈没していった外輪船の副官からは周囲が明るくなっても敵船は影も形もなかったという報告もあった。
これらのことから2人はその浮いている何かがドワーフ自治国が設置した新兵器ではないかと考えたのだ。
本心から言えばこのような方法を取りたくはなかった。船を沈めるという行為は船乗りにとって耐えがたいことであるだけでなく、船を動かす最低限の人員しか乗っていないとはいえその水兵たちにはかなりの危険を冒させることになるからだ。しかし既に戦争は始まっている。慎重に調べる時間は残されていなかった。
「信号旗確認! 目標を発見、前進する」
「いよいよですね」
操船に関わる人員以外の視線が勇敢な帆船へと向けられた。しばらく何もおきず船は進み、それに合わせるかのように旗艦ビクトリー号の甲板は波の音さえ聞こえないかのような静かな空気が広がっていった。
ドゥン!
そしてそれはその破裂音に破られた。帆船が徐々に傾いていき遂にはその船体を大海原へと横たえる。そしてゆっくりではあるが着実にその身を海へと沈めていった。
その船に向けてガウェインが敬礼をし、それにならい副官が、部下たちが次々と敬礼して勇気ある仲間を見送った。
沈んだ帆船へと乗っていた水兵たちを救助した船が戻り、彼らの報告を聞いたガウェインと副官、そしてビクトリー号に集められた各隊の旗艦の船長たちが議論を始める。水面に浮かぶ何かがドワーフ自治国の新兵器であることは疑いようがなかったが、それをいかに突破するかで意見が分かれていた。
「接触すると破裂するのだから魔法などで対処すればよいではないのか?」
「しかし魔法の使える兵にも限りがあります。陸軍兵士に手伝ってもらうことは上陸後の事を考えれば難しいですし」
「それよりもその兵器が無い場所を探すのが先ではないですか? さすがに航路上のすべてに配置は出来ていないでしょう」
「いやいや、ガルを諦めれば良いのだ。ドワーフ自治国の海岸線は崖が多いとはいえ上陸地点が無いわけではあるまい」
「しかし本国からの命令はガルの占拠だ」
「柔軟性のない堅物はこれだから困る」
「何だと貴様!」
「落ち着いてください。今は一刻を争います。ただでさえ予定より遅れているのですから」
いがみ合う2人の各隊の旗艦の船長の間に副長が入りなだめた。そして視線をガウェインへと向ける。ガウェインはその細いまなざしでゆっくりと皆を見た。先ほどまで討論を繰り返し騒がしかったその場の空気がぴたりと静まり返る。
「海岸危険。本来目標。魔法集結。航行一列。明日進軍」
「わかりました。今日中に魔法で対処が可能か確かめます」
「奮迅期待」
「「「「サーイエスサー」」」」
ガウェインにより方針が示され、副長の指示のもと魔法による兵器の除去確認が行われた。そしてその結果小規模の魔法では無理ではあるが中規模の魔法であれば除去が可能でありその海域を通れることがわかった。
そして翌日早朝、魔法の使える水兵を集めた外輪船を先頭にランドル皇国の船団はガルへと向けて一列に進軍を再開するのだった。
役に立つかわからない海の知識コーナー
【エリック・タバルリ】
20世紀のフランスを代表する偉大なヨットマンです。
子供のころに父親が19世紀のヨットを購入したことをきっかけにヨットの世界へと入って行き、1864年にオブザーバー単独大西洋横断レースにベン・デュイックⅡという名のヨットで出場し27日3時間56分と言う記録で優勝し国民的英雄となりました。
その後も数々のヨットレースで優勝を果たし、最後はヨットから転落して亡くなると言う本当にヨットを愛し、愛された人生でした。
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お読みいただきありがとうございます。
書き溜めが出来たのでしばらく連日投稿予定です。よろしくお願いします。




