Flag148:ローレライの方々に協力してもらいましょう
ドワーフ自治国を出たのは昼過ぎでしたのでキオック海へと向かう途中で日が落ちてしまいましたがアル君と操舵を交代しながら航行を続け翌日の昼前にはキオック海へと到着することが出来ました。
相変わらず穏やかで美しい海です。ここに戻ってくるとまるで故郷に戻って来たかのように思えてきます。まあこの世界で私が降り立った最初の場所ですので本当に故郷と言えるかもしれませんが。
アル君にお願いしてガイストさんとリリアンナさんを呼んでいただき、その間に私は島を巡って漁船を動かしていたダークエルフのアナトリーさんを船へと迎え入れます。そして全員がそろったところで戦争が起こることを伝えました。さすがに皆さん渋い顔をしていらっしゃいますね。
「こちらが主戦場になることはないとは思いますが可能性が全くないとは言えません。予定通り準備だけは進めてください」
「わかりました。では私は獣人の方々の島を巡ってきます」
そう言ってアナトリーさんは漁船へと戻っていきました。アナトリーさんの役目はランドル皇国と戦いたいと希望した獣人の方々をルムッテロへと送ることですからね。何度も往復する必要がありますので時間がかかりますから。
これは私たちが考えた作戦というよりランドル皇国が攻めてくるのであれば一矢報いたいという獣人の方々の気持ちを酌んだ結果です。ルムッテロの領主のスチュワート様にも事前に話を通しており参戦希望の傭兵扱いということになっています。くれぐれも奴隷として使い潰すことのないようにお願いはしておきましたが……こちらで戦争が起こらないのが一番なのですがね。
アル君はリリアンナさんと笑いながら会話を交わし、そして抱擁しています。アル君のような子供を戦場に連れていくことは避けたかったのですがローレライの基準では既にアル君は一人前の大人であり、本人そして両親からも連れていくように言われて断ることは出来ませんでした。
アル君がいるかいないかで私の負担がかなり変わってくるので助かったのは確かなのですがどうしても嫌という感情が消えることはありません。多くの時間を共に過ごしたこの世界で初めての友人を危険に晒したくないのです。今は一人でも戦力が欲しい時ですし矛盾しているのはわかっているのですがね。
「ドワーフ自治国側へと向かう人員の選定は既に終わらせてある。予定通り30名だ」
「ありがとうございます。こちらの防備にも人を割かねばいけない状態なのに申し訳ありません」
「気にするな。ワタル殿に受けた恩を返すまたとない機会だ」
その言葉に思わず苦笑します。恩を受けているのはむしろ私の方なのですがね。異物であるはずの私を受け入れてくださり、その後も折に触れて何度も助けていただいているのですから。
この世界で初めて会ったのがアル君で、ローレライの方々で本当に私は運が良かった。そうでなければ今頃私は捕らえられ、船は奪われ、下手をすれば殺されていたのかもしれません。
「本当にありがとうございます」
「連れて行く者たちにはこれから知らせてくる。そしてその指揮は俺が取る予定だ」
「えっ、何言ってんだよ、親父。こっちはどうすんだよ。親父は族長だろ!」
ガイストさんの予想外の言葉にリリアンナさんと一緒にいたアル君が食って掛かります。その背後に立つリリアンナさんの表情は穏やかでそれが事前に話され、決まっていたことであることを察しました。
詰め寄ってきたアル君の肩をガイストさんが掴み、その顔をじっと見つめます。アル君も真剣な表情でガイストさんを見返していました。
「族長だからこそだ。この戦いはローレライの未来を変える可能性がある。それに戦場に向かう仲間を率いず引きこもっている者が誇り高きキオック氏族の族長と言えるか?」
「それは……そうかもしれないけどよ」
アル君が悔しそうに顔を歪ませ、ギュッと拳を握り締めます。普段は憎まれ口をガイストさんに叩いていますが大切に思っていることは誰の目にも明らかでしたからね。
そんなアル君を背後からリリアンナさんがぎゅっと抱きしめました。
「一族のみんなで決めたのよ。それにお父さんがそんな簡単にやられるわけがないでしょう」
「そうだ。子供に心配をかけるほど老いてはいないぞ。それにここには頼りになる仲間が大勢残るんだ。俺一人いなくてもどうにかなる」
「うん、わかった」
ガイストさんが2人を覆うようにして抱きしめます。とても温かくそして美しい光景です。私が今まで見てきた中で最も理想の家族はアル君の家族かもしれません。そう思わせるほど3人の姿は綺麗でそして大切なものに思えました。
この光景が失われることないようにしなければと一層気合を入れます。
3人の抱擁も終わり、少しだけ赤くなったアル君の瞳には触れずにそれぞれが行動を開始していきます。
日が暮れる前にはドワーフ自治国へと向かう30名のローレライの方々が集まり、そして一族のほとんどが集まって戦場へと向かう私たちを見送ってくださいました。アル君とガイストさんは小さくなっていく皆をじっと見つめていたそうです。
そしてそれからまた休みなく船を動かし、翌日の昼3時ごろにドワーフ自治国へと到着しました。岸壁にはマリサさんとノシュフォードさんが大量のおもりと紐つきの黒い球と共に待っていました。
「積み込みの準備は終わっているけどすぐに積むの?」
「そうですね。お願いできますか。時間がありませんし量が量ですので」
「わかったわ」
マリサさんが獣人の方々やドワーフの方々に指示を出し黒い球がどんどんと積まれて行きます。船の喫水を確認し最大まで積んだところでいったん取りやめ港から出発し国境線付近の海域まで向かい、次々とその黒い球を投下していきます。
軽く頭だけが見える程度の深さでぷかぷかと海面を漂っていますね。注文通りいい仕事をしています。
全ての黒い球を投下したら港へと戻り、そして再び積んでは投下していく。それをひたすらに繰り返していきます。交代で休憩してはいますがどうしても疲れは溜まっていきます。しかし弱音を吐く人は誰もいません。今が一刻を争う時だと誰もが知っており、そして今が踏ん張り時だと覚悟しているからです。
まるまる2日かけて予定通りの箇所に設置を終えることが出来ました。幸いなことになんとか侵攻には間に合いましたね。
ここまで準備が終わってしまえば後は待つだけです。いつ来るのか本当に来るのかはわかりません。私たちが知っているのはランドル皇国の皇都に主な臣下が集まっているという事と戦争の準備と思われる物価の変動具合だけです。
最悪を想定して動いてはいますが戦争が起こらない可能性だって残されています。希望的な観測ですが。
「お疲れ様でした。さすがにお酒は用意できませんが好きなだけ食べてゆっくりと休んでください」
私とミウさん2人で作った夕食を全員に振る舞っていきます。ローレライの方々が歓声を上げながら楽しそうに食べていますが今は作業が一段落したのでテンションが高いだけでしょう。確実に疲労は溜まっているはずです。
今回の作戦はローレライの方々の頑張りにかなり依存していますからね。せめて始まるまではゆっくりと過ごしていただきたい、そう思っています。
皆さんの食事風景を眺めているとトッドさんがこちらへとやって来ました。その背後からはミウさんもやって来ました。
「何とか間に合いましたね」
「そうですね。皆さんの頑張りのおかげです。トッドさんもお疲れ様でした」
「ははっ、久しぶりに体を動かしたので筋肉痛がひどいですけれどね。商人の真似ごとをしながら大将の訓練も受けていたんですが」
「私もですよ」
ミウさんが持ってきたコップを受け取り、注がれていた水を飲みほします。それだけの動きなのに全身のどこかしらがピキピキと痛みを発しますからね。そう考えると疲れていても平然としているローレライの方々や獣人の方々とはやはり鍛え方が違うのでしょう。
「いつ来るのでしょう?」
「わかりませんね。トッドさんはどう思われますか?」
「私も確証はありませんが陸の移動を踏まえて5日から10日ではないかとは思います。ワタルさんの作戦がうまくいけば良いのですが」
「どうでしょうか。しっかりと準備は進めてきたつもりですし出来ることはしたつもりですが私は素人ですからね。軍人としてはどう思われますか?」
そう聞き返すとトッドさんは少々困ったような顔をしながら少しの間考え、そして水を一口飲み話し始めました。
「私は海軍ではないので船には詳しくないし、海戦にも疎いですが聞いた限りでは有効な手段だと思います。懸念としてはあちらの新兵器にどのようなものがあるかということですかね」
「確かにそこは不安ですね。しかし心配ばかりしていても疲れてしまいます。トッドさんも今日はお腹いっぱい食べて休んでください」
「ありがとうございます。ではお言葉に甘えさせていただきます」
トッドさんが食事を食べに去っていき、私とミウさんが残されました。少し不安そうな顔をしているミウさんの手をギュッと握ると少し驚いた顔をした後、柔らかく微笑んでくださいました。
この笑顔を守るためにも、そして大切な仲間を守るためにも頑張らないといけません。そのためには……
「さあ、私たちも食べましょうか。急がないとなくなってしまいそうです」
「はい」
手をつないだまま私たちはさながら戦場のような様相を見せているテーブルへと向かうのでした。
役に立つかわからない海の知識コーナー
【ボルティモアの誇り】
1812年に始まった米英戦争においてイギリスの船を18隻も捕獲したシャスール号の愛称です。
このシャスール号はボルティモア・クリッパーと呼ばれる船であり縦帆艤装の2本マストであり比較的小型な船体にも関わらず帆の面積の大きい船でした。
1998年にこの船を再現したプライド・オブ・ボルティモアⅡが建造されています。
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