Flag147:戦争の準備をしましょう
バーランド大陸南部に位置するランドル皇国、そのほぼ中心部に位置する皇都には荘厳な宮殿が立っている。その宮殿の元には街が広がっており、活気に溢れながらもどこか浮ついた空気が流れていた。
皇都には名前が無い。皇帝の住む都はここだけ、唯一無二の街であると言うことからただ皇都とだけ呼ばれるのだ。
その宮殿の奥、皇玉の間と呼ばれる広々とした謁見室の中央に敷かれた金縁の赤い絨毯の両サイドに人々が並んでいる。ただの人ではない。その誰もが文官、軍、それぞれの方面でランドル皇国を率いている者達である。
「皇帝陛下のお成り」
高らかに騎士が声を上げるのに合わせて人々が膝を立て傅いていく。謁見室の扉が開かれ絨毯の上を50代前半と思われる白髪の男が威風堂々と歩いていく。その背筋はピンと伸びておりマントをなびかせながら歩くその姿は老いを感じさせない。しかしその姿を見る物は誰もいないのだが。
皇帝は一段高いところにある玉座へとどっかり腰を下ろすと肘をつき人々を見下ろした。
「皆の者、面を上げよ」
「「「「はっ!」」」」
皇帝の言葉に即座に反応した臣下たちが顔を上げていく。古い風習であればここで顔を上げるのは失礼にあたるのだが現皇帝はそれを望んでいなかった。それだけでしきたりは変わったのだ。
「オコーネル、報告せよ」
「はっ。物資等の用意は万全です。新兵器も数を揃えましたし補給線の確保も完了しています」
「レイダ」
「はっ。陸軍は奴隷兵、一般兵共に準備は完了しています。一般兵については予定通り第3方面軍を中心とし、そこに追加の兵を送る形になります」
「ガウェイン」
「準備万端。只待開戦」
皇帝の問いかけに眼鏡をかけた痩せた男、筋肉隆々の傷だらけの男、そして日に焼けた糸目の男が次々に答えていく。それぞれ文官、陸軍、海軍のトップだ。
3人の答えを聞きしばし皇帝が沈黙する。その間誰も咳ひとつせず静かなものだった。しかし熱は確実に広がっており、きっかけさえあれば沸き立ってしまうほどの張りつめた空気がそこにはあった。
「ルーカス。指揮をとれ。お前が始めた戦争だ」
「はっ、父上!」
皇帝のすぐそばで控えていた金髪の碧眼の20代中盤の男が立ち上がりその視線を一手に集める。それにひるむことなくルーカスはにやりと笑うと高らかに声を上げた。
「時は来た。今こそ不当に奪われし地を奪い返す時。奪え、全てを。捧げよ、皇帝に。示せ、全ての者にランドル皇国こそが覇者であると!」
「「「「おう!」」」」
ルーカスの掛け声に臣下が声を合わせて応じる。そして皇玉の間からそれぞれの役割を果たすべく出て行った。ルーカスも皇帝に一礼した後そのまま出て行く。
「ふん、老いぼれはのん気にそこで眺めていろ。戦争が終わればその椅子は俺のものだ」
小さくつぶやかれたその言葉を聞き咎める者は誰もいなかった。
先ほどまでの熱が嘘であるかのように冷え冷えとした皇玉の間に残されたのは皇帝とその近衛の騎士数人だけである。誰もいなくなった広間をしばらく眺めていた皇帝がぽつりと呟いた。
「新しいおもちゃを見つけただけの子供がどこまで出来るか楽しみにしておこう。夢に囚われる時ほど無駄なものは無いと知るが良い」
皇帝の呟きはしっかりと近衛騎士にも聞こえていたが、その言葉へと返す言葉を持たない騎士たちはただ黙して自らの役割を果たすことに専念するのだった。
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フォーレッドオーシャン号を限界まで成長させてからおよそ半年後、いつも通り各国を周回していたのですがロイドナールさんから気になる話を聞きました。
「ランドル皇国の主な臣下たちが皇都に集まっている、ですか」
「そうじゃな。最近ランドル皇国内の食料や魔石の値段も上がっておるし十中八九戦争が始まるじゃろう」
「やはり防ぐことは出来ませんでしたか」
その情報に肩を落とします。
わかっているつもりでした。ランドル皇国内の物価の動きについてはダークエルフの方々から定期的に報告を受けていましたので近々戦争が起こる可能性があるといういうことは。そのための準備も進めていましたしね。しかし心のどこかでこのままこう着状態を続けていけたのならばという思いが残っていたのです。
ふぅ、と息を吐き気持ちを切り替えます。ここからはスピードが勝負ですしね。
「情報ありがとうございました。それでは私はこれで」
「戦いが起こるであろう国については聞かんでもよいのか?」
「先に言わないという事は確定情報ではないのですよね。それにおおよその予想はついています。まあ裏をかかれた場合の準備も進めていますけれどね」
私が東へと視線をやりながらそう言うとロイドナールさんはニヤッとした笑みを浮かべながら去っていきました。正解という事でしょうね。
フォーレッドオーシャン号へと戻り、船内放送で呼びかけて全員にいつものリビングルームへと集合してもらいロイドナールさんから聞いた話を伝えていきます。その表情に驚いた様子はあまりありません。どちらかと言えば失望の色の方が大きいでしょう。
「やはりドワーフ自治国ですか」
「そうですね。今後のことを考えればドワーフ自治国を抑えるのが最も都合が良いですから」
エリザさんの言葉に同意します。
ランドル皇国と接する3国の中で最も戦争が起こる可能性が高いのはドワーフ自治国です。理由は簡単でそれが最も容易で効率が良いからですね。
ドワーフ自治国はこの大陸最大の金属の産出国です。蒸気機関を利用し金属の需要が高まっているランドル皇国にとっては喉から手が出るほど欲しい国でしょう。さらに海岸線はほぼ無防備なのです。外輪船で自由に動くことが出来るようになったランドル皇国からすれば非常に戦いやすい国と言えますしね。
「という訳で事前の打ち合わせ通りで本当によろしいのですよね?」
ゆっくりと視線を巡らせると全員が首を縦に振りました。決意は変わらないようですね。個人的には思うところが無いわけではありませんが、ここにいるメンバー、そしていないメンバーを含めて何度も打ち合わせて出た結論です。もう揺らぐことはないのでしょう。
「はい、私は船を降ります。それが私の、ランドル皇国第三皇女が果たすべき役割ですから」
エリザさんはそうきっぱりと言い放ったのでした。
ドワーフ自治国へと向かいガルの港でエリザさんそしてマインさんが船を降りました。ガルには既に獣人の方々など護衛としては十分以上の人材と拠点もありますのでエリザさんたちは今後そこから戦争に向けて動いていただくことになります。
2人を下ろしてすぐに私たちはユミリア国へと向かいユリウスさんとトッドさんを乗せてドワーフ自治国へと取って返します。ドワーフ自治国で戦争が起こるという事は2人のいた第三方面陸軍が動く可能性が非常に高いからです。
それにこの船に乗っている人員に軍人はいません。戦争が起こったときにこの船でその方面のフォローをする人材が必要だったのです。
「儂の復活を示すのに最高の舞台だ。ワタルよ。送り届けてくれて感謝するぞ」
「いえ、お気をつけて。エリザベート殿下をよろしくお願いいたします」
船内で頭や髭を剃り、出会った頃の姿へと戻ったユリウスさんが豪快に笑いながら手を差し出してきました。その手を取り握手をすると力強く握りしめられ、そのごつごつとした手から熱い想いが伝わって来るようでした。そして手を離すとユリウスさんは私を抱きしめました。鎧と鍛えられた腕がごつごつしていて抱かれ心地は良くはないですね。
「気を付けろ。勝ったと思った時が最も危険だと知れ。油断はするな。どこにいてもだ」
「はい」
私にだけ聞こえるように小さな声で呟かれたその重みのある言葉にうなずいて返事をすると満足そうな表情で離れてミウさんの元へと向かって行き、私と同じように握手とハグをしていました。内容は聞こえませんでしたがミウさんもうなずいていましたので同じようなことを言われたのでしょう。
私たちに挨拶を終えたユリウスさんがこの船に残るトッドさんへと向き直ります。
「今まで世話になった。今回の戦いではワタルの助けになるように励め」
「了解しました。大将もお気を付けを」
「ああ。では行ってくる」
2人が敬礼を交わし、そしてユリウスさんが後部デッキからエリザさんたちの待つ岸壁へと降り立ちました。エリザさん、マインさん、ユリウスさんがこちらを見る中、頭を下げそしてミウさんをその場へ残し操舵室へと向かい船を出発させます。
3人とはこの戦争が終わるまでもう会う機会はないでしょう。これから国境沿いの砦に移動する予定ですからね。私は私で海の防衛に力を注がなければなりませんし会う余裕があるとは思えません。
次に会う時は祝勝会ですからね。
そんな想いを胸に秘めながら私は一路キオック海を目指して船を走らせるのでした。
役に立つかわからない海の知識コーナー
【レスルガム号】
イギリスの聖職者ジョージ・ギャレットが作った水中で蒸気動力を使って動く船、いわゆる潜水艦のプロトタイプの船の名前です。
魚のような形をしており、船体の中央部分の一番太いところはオーク材の板張りで造られていました。造られたのは確かなのですがその船体のほとんどがボイラーで占められていたため実際に使用できたのかは定かではありません。
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