Flag145:機雷の開発を始めましょう
オットーさんと今後の交易について話を詰めつつ過ごしているうちにあっという間に20日は過ぎていきました。そしてその過程でルムッテロの町の主要な商人の方々と知己になることも出来ました。今のところの感触としては上々と言ったところでしょうか。
オットーさんを通してそれぞれの方に取り扱っていただく商品について説明するためにフォーレッドオーシャン号にご招待したことも良かったのでしょう。特別と言うのは誰にとってもステータスになるものですが商人にとっては特に重要ですからね。もちろん入ってもらったのは最低限の部分だけですが。
取引に関してはまずは小規模から始めることに決まっています。商品が売れないと言う訳ではなく希少価値の演出ということと他への影響を最小限に抑えつつ広めていくためです。
一挙に売り上げた方が個人の商人としてはメリットも大きいのですがオットーさんが選別してくれた商人の方々だけあり私がそうしたい理由も含めて納得していただけました。自先の利益に目がくらむ方がいなくてほっとしました。おそらく当面の間は大丈夫でしょう。
商品の取引に関してはオットーさんへと卸す生地と同様にアリソンさんとのローレライの涙の取引の時に運んでいただくことにしました。まあその関係でアリソンさんにローレライの涙の取引量を増やすように言われましたがね。それについては小粒のローレライの涙を新たに取引するということで落ち着きました。
ローレライの涙は子供の時にしか宝石のように結晶化しない不可思議なものですがその大きさは一定ではありません。どうやらローレライの子供の成長に従ってだんだんと大きくなっていくようなのです。
アル君のローレライの涙は直径1.5センチほどの大きさなのですが赤ん坊のローレライの涙は直径0.5センチほどの大きさしかありません。とは言えその海のような美しさに変わりはありませんがね。
この小粒のローレライの涙なのですがローレライの方々が住んでいる海底などにはいたるところに落ちています。まあ赤ん坊は泣くものですので当たり前ですね。
ローレライの方々にとっては大した価値が無いようですがアリソンさんが見たら狂喜乱舞しそうな光景ではあります。私個人の感想としては非常にキラキラとしていて幻想的で美しかったといったところでしょうか。
まあとりあえずこれからのノルディ王国との交易についてはある程度形になりましたので良しとしておきましょう。
そして再びルムッテロへとやって来たマイアリーナ号と連れ立って各国を回ったのですがアイリーン殿下はいらっしゃいませんでした。まあ1度は各国を訪問して誠意を見せていますし、今回は同盟の締結文書を渡すことが主目的ですから外れたのでしょう。
王族が動くとなればその護衛などで費用がかなりかかるでしょうしね。
セドナ国、ドワーフ自治国と巡り、同盟の締結文書を渡してそのままマイアリーナ号は引き返していきました。ユミリア国、フルー王国それぞれにはノルディ王国から外交担当の文官を派遣して駐在させているそうですのでその方々から連絡が来たらまた私に連絡が来るそうです。
とりあえず同盟に関してはこれ以上私たちに出来ることはありませんので国家間での交渉を頑張っていただくしかありませんね。
と言うことで私は私の出来ることに専念すればよくなりました。その第一弾が……
「一応これが試作品第一号だよ」
「海水に浸けても水が中に浸み込まないことは確認している」
「そうですか」
マリサさんとノシェフオードさんが研究しているガルにあるマリサさんの鍛冶場兼住居を訪れた私に2人が見せてきたのは直径40センチほどの黒い球から棘が飛び出したまるで巨大なウニのような物体でした。その中央にはまるで小さな目玉のように魔石がはまっています。
「動作実験はされましたか?」
「爆薬とかは抜きで動かしたけど動作はしたはずよ。爆薬代わりに詰めておいた布が焦げていたから。今のところ失敗したことはないわ」
「すばらしいですね」
うーん、まさか試作品の第一号でここまで完成度が高いものが出てくるとは思いませんでしたね。形状や爆薬の種類、量などまだまだ検証すべき点は多いですが望み通りの動作をするという最も大切な部分が既に出来上がっているのですから。
私がアドバイスできたのは基本的な概念だけでした。そこからイメージし作り上げていったのは紛れもなく2人の力です。
「では少し実験してみてもよろしいですか?」
2人がうなずいたのを確認し部屋に用意してあった機雷の試作品をそれぞれ1つずつ持ちフォーレッドオーシャン号へと向かいます。木組みの台座ごと運ぶのでなかなかずっしりとした重さです。
そして船に乗って港を離れ、1時間ほど離れた位置で止めて持ってきた試作品の機雷を1つ海へと軽く放り投げます。
「「あっ!」」
2人が同時に声をあげたので何事かと思いその視線の先の試作品へと目を向けるとしっかりと海に浮かんでいるし問題はなさそうに……んっ?
「魔石がなくなっていますね。もしかして外れてしまいましたか?」
「いや、海へと投げ込んだ衝撃に反応してしまったようだ。装置が起動して魔石が消費されたから消えたんだ」
「……改良点見つかりましたね」
あまりの事態にしばしの間言葉が出ませんでした。放り投げたと言っても後部デッキから船に当たらない程度に軽く海に落としたくらいです。海面からの高さは2メートルもありません。中に爆薬が詰まっていなくて本当に助かりましたね。
1つ目を回収し、心の中で苦笑しながら2つ目の試作品を慎重に海へと下ろします。一応どの程度でぶつかれば反応するかを見ようかと思っていたのですがその実験の必要性は無くなってしまいました。とすると次は……
「アル君! ちょっとこっちに来てください」
ここに着くなり海へと飛び込んで船の周りを泳いでいたアル君に手を振り呼びます。
「なんだ、おっちゃん?」
「この球を海の中へ引きずりこんでいってくれませんか?」
「いいぞ。だいたいどれくらいだ?」
「うーん30メートルくらいですかね。無理そうなら出来るところまでで大丈夫です」
「いいぞ」
アル君が試作品の棘をもった瞬間、はまっていた魔石が見る見るうちに小さくなっていき消えてしまいました。先ほどもこんな感じだったのでしょうね。
そしてアル君が勢いよく海の中へと潜って行きます。しばらく海面をじっと見ながら待っているとザバンと波しぶきを上げてアル君が戻ってきました。しかしその顔は先ほどまでと違い少々気まずげです。
「どうしましたか?」
「おっちゃん、なんか途中で重くなったんだけど」
「「えっ?」」
アル君が差し出した試作品は見た目は変化があるようには見えませんが持ち上げてみると確かに重くなっています。おそらく海水が中に入ったのでしょう。
「問題ありませんよ。こういうことが起きないか確かめるための実験ですしね。おそらく水圧に耐えらずに水が入ったのでしょう」
「ほっ。壊しちまったかと思ってビビったぜ。というかそう言うことは先に言っておけよな」
「すみません」
アル君の意見は最もですので素直に謝ります。そんな私たちのやり取りを見ていたマリサさんが試作品を持ちそれを振って確かめていました。
「水圧とはなんだ?」
「うーん、水に潜った時に周りからかかる力の事ですよ。深く潜るほどにその力は強くなります。聞いたことありませんか?」
「ないな」
ノシュフォードさんの答えを聞きマリサさんへと視線を向けますがマリサさんも首を横に振っています。うーん、確かに海にあまり潜る機会のない人は知らないのかもしれません。海女さんなどをしていれば経験則で知っている可能性もありますがね。
「とりあえず接合部の改良と接触部の改良が必要ですね。引き続きよろしくお願いいたします」
「わかったわ」
「わかった。しかしあと1つは何か確かめなくても良いのか?」
「うーん、そうですね。試験しようかとも考えたのですがやめておきます。あの1つは取っておきましょう。いつか貴重な資料になるかもしれませんし」
頭に疑問符を浮かべている3人に苦笑しながら船を港へと向けて走らせます。
良い結果になるか悪い結果になるか、それとも間に合わないかわかりませんが機雷を作ったと言う歴史的な資料であることは確かです。残せるものであれば残しておいた方が良いでしょう。
いつか我々の子供たちがそれを見て何を思うようになるのか、そんなことを考えながら船を操っていくのでした。
役に立つかわからない海の知識コーナー
【アストロラーベ】
アラブの船乗りに広く使われていた緯度を測るための道具の名前です。外側の大きい輪と内側の小さい輪で構成されています。
外側の輪で日付と時刻をセットし、内側の輪はその時に見える範囲の空を表示しています。航海士はその中心部分にあるアリダートと呼ばれる水平メモリ環を動かして太陽または北極星に合わせることで緯度を測っていました。
***
お読みいただきありがとうございます。




