Flag144:ノルディ王国を任せましょう
人選にはもう少々時間がかかりそうですのでもう一度各国を回って先に物件のあたりだけでもつけてこようかとも考えたのですが、ちょうど商人ギルドに20日後辺りにはルムッテロにいるようにと言う国からの伝言があったということをアリソンさんの商船経由で聞いたためそれを取りやめます。
条約締結の話し合いが終わったか煮詰まってきたのでしょう。予想より少々早かったですね。
10日間ほどは余裕がありますのでドワーフ自治国へ行ってマリサさんとノシュフォードさんの様子を見てきても良いのですが研究を始めてまだ間もないですしあまり急かすようにしても良い結果になると思えませんので久しぶりにルムッテロの町の知り合いの店を訪ねてみることにしました。ちょっとお願いしたいこともありますしね。
商人ギルドを通り過ぎ高級店の並ぶ通りを護衛の獣人の方々4人に囲まれながら歩いていきます。そこまでの道中で知り合いのおばさま方がこちらを見ていたのでにこやかに笑って返しておきました。いつかかつてのように世間話に花を咲かせたいものですがね。
その通りの中でもひときわ目立つガラス張りの店構えから見える光景に頬を緩めます。そう言えばここに直接来るのは久しぶりでした。私が世間話程度に話したことを覚えていたのですね。
ドアを開けるとチリンと言う透き通る音が響き、お客様の対応をしていた店員の青年と目が合いました。彼がこちらへと来ようとするのを微笑みと広げた手のひらを見せて抑え店内を見て回ります。並んでいる商品は相変わらずセンスの良いものばかりです。
しかしその中でもひときわ目を引くのはその服をびしっと着こなした人形、マネキンの姿です。
私がこの店へと初めて来た時、その裁縫技術などに感心する一方でもったいないという思いを抱きました。綺麗に折りたたまれていたり、丁の字の棒に掛けられて服が陳列されていたからです。他の店に比べればそれははるかに洗練されたものではありましたが、服が最も魅力的に見えるのはしっかりとフィットして着られた状態だからです。
いつかの取引の時にそのことについて世間話程度に話し、同意したオットーさんとよりよく見せるだめにはどういう方法があるのか少々意見を交わしましたが……
「どうです。なかなかのものでしょう」
いつの間にかやって来ていたオットーさんが自慢げに笑みを浮かべています。
「はい。やはり服は着られてこそですね。まさかここまで早く動かれるとはおもいませんでした。お久しぶりです、オットーさん」
「商人は動きの早さが命ですからな。それにしてもずいぶんと噂になっているようですな、ワタルさん。さあ、奥へどうぞ」
オットーさんと握手を交わしそして店の奥へと案内されます。
いつもの部屋へと入るとそこにはイザベラさんもいらっしゃいました。椅子に腰かけながらゆったりと編み物をしていたようです。何というか雰囲気が柔らかくなったように感じますね。
私たちが入ってきたのを見て立ち上がろうとするイザベラさんをオットーさんが制します。
「そんなに心配しなくても大丈夫ですよ」
「そんなことはない。大事な体なのだから安静にしないといけないよ」
苦笑いを浮かべているイザベラさんに比べ、オットーさんは真剣な表情です。体調は悪そうには見えませんが……
「体調が悪いのでしたら日を改めますが」
「いえ、そうではなくてですね……」
頬を赤く染めて言いにくそうに口ごもるイザベラさんの姿からは深刻な病気であるようには思えませんがプライベートの中でも深い部分ですからね。あまり踏み込みすぎてもいけませんし。
そんな私の杞憂をよそにオットーさんが満面の笑みのまま口を開きました。
「いやー、イザベラがこの度妊娠しましてな」
「それは、おめでとうございます」
「久しぶりですけれど初めてじゃないんだからそんなに気を使わなくても良いって言っているんですが」
「何を言う。25年ぶりなんだ。初めてのようなものだよ」
そう言いながらもイザベラさんも嬉しそうにしています。幸せそうに顔を見合わせて笑う2人を見て心の奥の方からじくっと濁った感情が湧き上がりそうになるのを抑えて笑顔で祝福します。
もうこんな感情が湧き上がることは無いと思っていたのですが。肉体が若返ったせいか……いえ、ミウさんと言う相手がいるからこそなのでしょうね。
2人の年齢は確か40代後半だったはずです。かなりの高齢出産になってしまいますしオットーさんが気を使うのもわからないではないですが。
「確か運動をしなさすぎるのは母体には悪いと聞いたことがあります。出産時に体力が不足してしまうとのことで。私自身あまり詳しくないのでうろ覚えの知識で申し訳ないのですが」
「ほらワタルさんもこう言っていますよ」
「まあオットーさんが心配される気持ちもわかりますが」
「そうでしょう、そうでしょう」
そんな会話を交わしながら勧められた席へと腰を下ろします。うーん、しかし妊娠ですか。大変な時期に来てしまいましたね。
「それで要件はなんでしょう? 見た限り布の取引関係ではないようですな」
「ええ、そうですね」
確かに新しい布素材を持って来ている訳でもありませんしね。一応話だけしてみましょうかね。無理ならアリソンさんの所へと話を持って行けば良いでしょうし。私としてはオットーさんの方が望ましいのですが。
「オットーさんに1つお願いがありまして。これから私は布以外の商品を取り扱う予定なのですがその窓口をしていただけないかと」
「ふむ。ご自分で店舗は出されないのですかな。ギルドで商会の手続きをしたと聞きましたが」
相変わらずのギルドの情報の筒抜け具合に苦笑します。まあオットーさんの商人ギルドのランクが高く、それに加えて伝手が色々な所にあるので耳が早いと言うことも関係しているのでしょうが。
「自分の店は他国で開く予定ですね。それもあってノルディ王国は信頼できる方にお任せしたいと思っているのです。オットーさんであれば細かな調整もしていただけそうですし」
「調整ですか?」
「ええ。私の利益分は全て魔石の購入に充てていただきたいのです。ただし市民の生活に影響が出ないように配慮しながら。今の状態で国力を下げたくはありませんし、その辺りも考慮していただけたらありがたいのですが」
「ああ、なるほど。確かにそうすると細かい調整が必要ですな。ある程度利益を分配せねば小さな店が潰れ結果として国力は落ちますしな」
「その通りです。難しいことをお願いしているとは理解しているのですがね」
やはりオットーさんはこういったことをお願いするには最適な相手です。情報収集能力が高く、商人だけでなく貴族などにも伝手があり、そして私の思惑を推察できる頭脳があるのですから。
「ちなみに私が断ったらどうするつもりですかな?」
「そうですね。アリソンさんへ話を持って行こうかと思っています。少々怖いですがね」
「ははっ、確かにそうですな」
オットーさんが口を大きく開けて笑います。アリソンさんも今回の依頼の相手としては申し分ない方なのですがその対価に何を要求されるかわからない怖さがありますからね。長年商人としていろいろなものと渡り合ってきた経験もありますし。
「取引可能な物品のリストはお持ちしました。品質は保証させていただきます。後はオットーさんの判断で私利私欲に走らない方を仲間に加えていただければと思っています」
「ふむ、私が自らの利益優先に走るとは思わないのですかな?」
からかうように言うオットーさんの姿に笑顔で返します。
「そんな人はそんなことは言いませんからね。それに自らだけが儲かることを考えればその先にあるのは破滅です」
「ふむ、それほど今回は危険ということですか」
「ええ。国を挙げて動いていただいてはいますが厳しい戦いになるでしょうね」
「そうですか……」
オットーさんが天井を見上げ、そしてその視線をゆっくりとイザベラさんへ。そしてそのお腹へと向け柔らかく微笑むと真剣な表情で私を見ました。
「我が子には平和な国で過ごさせてやりたいですしな。いいでしょう、不肖、このオットー出来うる限りのことをしましょう」
「ありがとうございます。よろしくお願いいたします」
握手したそのオットーさんの手からは今までにないほどの力が、そして思いが伝わってきました。それはこの人に任せればこの国に関しては大丈夫とそう思わせるだけの力を持っていました。
役に立つかわからない海の知識コーナー
【海のオリンピック】
1900年に開催されたパリのオリンピックにおいて実は魚釣りが競技種目として入っていました。2日間で釣り上げた魚の総重量を競うという競技でした。
2020年の東京オリンピックにおいてこの魚釣りを実施競技にしようという動きもあったそうですがそれは達成されず、その代わりではありませんがサーフィンが競技種目に入りました。
個人的には魚釣りの競技も見たかった気がしますがやはり目を引きわかりやすいという点で難しかったのかもしれません。
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投稿時間を変更しました。今後は2日に1度、19時30分頃に投稿させていただきます。朝に見ていただいている方は今回分が通常より先の投稿になりますのでいつも通りに見ていただければ新しい話が投稿されていると思います。
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