Flag138:ユミリア国へ行きましょう
ユミリア国の港であるホーミリアには概ね予定通りに到着しました。日も暮れる前でしたので検査なども滞りなく行われ現在は桟橋に停泊しているところです。
セドナ国、ドワーフ自治国と一風変わった国々を訪問したあとということもあり、ホーミリアの印象としては普通といった感想しか浮かびませんでした。まあ人間が主に住んでいる国ということですのでノルディ王国やランドル皇国と代わり映えしないというのは仕方がないのかもしれません。詳しく見ていけば風習や生活様式などによる細かな違いはあるのでしょうが港から見た限りではあまりわかりませんね。
とは言え興味深い物がなかったわけではありません。それは港に停泊している船です。今まで4か国を巡ってきた訳ですがその中では見たことのない搬送の船が数隻泊まっていたのです。
2本マストに横帆が張られ、操作性を上げるためにメインマストの後方にスパンカーが張られたいわゆるブリッグと呼ばれる船です。全長は50メートルほどでしょうか。このタイプの船は速度が速く操帆が比較的容易であることが特徴ですね。まあ横帆が多いので船員の数が比較的多く必要だったり風上へと走る性能が低かったりしますが。
ユミリア国の造船所で建造されているのでしょうか? ドワーフ自治国に来ていたユミリア国に所属している商船はスクーナーだったと記憶しているのですがね。
会談に関してはおよそ1週間後に開始されるようですね。ホーミリアに寄港する予定ということは伝えてはいますがもちろん詳細な日程などは伝えようがありませんので正式な担当者が来るのに時間がかかるようです。
まあドワーフ自治国が異常だったのであってこれが普通でしょう。皇女と王女を相手に会談するにはそれなりの格が必要になるでしょうしそんな人材がただ何もせずに待機し続けるというのもありえないでしょう。
一応もてなすための文官や用意などはされていたようで明日からしばらくはおもてなしの日々になるとエリザさんがため息をついていらっしゃいました。まあ頑張ってくださいとしか言いようがありませんが。
という訳で私は再び船で待機する日々が始まるわけです。セドナ国と違って入国が禁止されている訳ではありませんから町を見て回るというのも面白いのかもしれませんがエリザさんの護衛、船の警備、そして私の護衛と獣人の方々を分ける事になるといささか不安が残ります。
という訳で最低限の仕入れなどを除いて極力外出は控えることにしました。まあするべきことも他にありますしね。さて少し動き始めましょうか。
夕食を終え皆さんがゆったりと過ごしている中、紙にせっせと何かを書き込んでいるマリサさんのそばへと近づきます。その表情は真剣で一心不乱にペンを走らせる姿は声を掛けるのをためらわせるくらいです。まああえてかけますが。
「何を書かれているんですか?」
「えっ? あぁ。今日見た船の絵と感想」
「ふむ、見せていただいても?」
少し躊躇し、そして頬を赤らめながら差し出された紙に目をやれば私も注目したブリッグの絵が非常に精緻に描かれています。停泊しているため帆は張られた状態ではなかったのですがそれについても予想図として小さな絵が描かれています。おおよそ間違いはないでしょう。
おそらく初めて見た型の船だと思うのですがここまで正確に描くことが出来るというのは流石ですね。いえ、マリサさんがいかに今まで真剣に船を観察してきたかの成果といっても良いでしょう。
「すばらしいですね」
「いや、それほどでもないって」
「いえ、それほどのことですよ」
さらに顔を赤くするマリサさんを微笑ましく眺め、後ろにいるノシュフォードさんに視線で近くに座るように促します。そしてノシュフォードさんがマリサさんの隣に座ったところで話を続けます。
「マリサさんは金属製の船を作りたいのですよね」
「うん」
「本当に出来ると思っていますか?」
笑みを消し、真意を探るように真剣な表情でマリサさんを見つめます。私の変化に気づいたマリサさんもじっと私の目を見つめ返しそして力強くうなずき返しました。
「出来る。50センチ程度の金属の模型は浮かんだんだ。理論としては出来るはず。後は人手とお金と時間と許可さえあれば」
その答えに表情を崩し笑います。既にそこまで実験を行っているとは思ってもいませんでした。少々マリサさんの情熱を見くびっていたようですね。問題点もしっかりと把握しているようですし。まあ問題点が多すぎますけれど。
「私も個人的には可能だと思いますよ」
「本当に!?」
「ええ。ということで後は人手とお金と時間と許可をどうするかだけですね」
にこやかに言い放った私に対してマリサさんの表情が曇っていきます。自分で言ったことなのですが改めて言われるとその大きさを再認識してしまうのでしょう。
まあ既にいくつかの問題については目処が立っているのですがね。
「そんな顔をしないでください。既に問題の1つについては解決しているのですから」
「えっ?」
「時間ですよ。今マリサさんはドワーフ自治国に拘束されていません。自由な時間がいくらでもあります。そしてそれは私の船に乗っている限り消えることはありません。いつまでに帰るという約束はしていませんからね」
「あっ!」
そういえば、という顔をマリサさんが浮かべます。私がテイラーさんに承諾させたのはマリサさんをフォーレッドオーシャン号に乗せて旅をするということです。言ってしまえば旅が終わるまではマリサさんの所属はドワーフ自治国ではなくこの船になる訳です。
まあ屁理屈と言われるような手ですし限度はありますが……まあこの辺りは交渉次第でしょうね。
「そして人手とお金については我々が解決できるかもしれません。まあお金は材料の価格や人件費に左右されますので試算が必要ですが、人手についてはアイリーン殿下もいますからね。エリザさんから頼んでもらえばノルディ王国から必要な人材を紹介していただける可能性は高いでしょう」
「えっ、えっ?」
問題だと思っていたことへの回答が次々と出されるからか流れについていけない様子のマリサさんに笑いかけながら「あくまで可能性ですけれどね」と伝えます。
実際金属製の船を一から開発するとなればその費用は膨大なものになるでしょう。私がいくら稼いでいるからといってその費用を全て賄うことが出来るかといえば疑問が残ります。とは言え元々全額私が負担することになるとは考えてはいません。おそらく大丈夫だと思いますがね。
「そして許可ですが……マリサさんはなぜ許可されないのか考えたことはありますか?」
「それは……ドワーフにとって海は危険だし、金属が浮かぶなんて皆考えないから」
「そうですね。まあ危険は別にしても金属は沈むという常識があるようですから金属の船を造るといってもどうせ失敗すると考えられてしまうわけです。模型を作って実験したそうですがそれは誰かに見せましたか?」
「おじいちゃんに」
「結果は?」
「おもちゃと実物をごっちゃにするなって」
その時のことを思い出したのか肩を落とすマリサさんをノシュフォードさんが慰めています。今後のことも考えてなるべく一緒にいるようにノシュフォードさんにお願いしておきましたが今日一日で多少なりとも進展はしているようですね。安心しました。
「とまあ常識が邪魔をするわけです。さてここで問題です。常識外のことをしようとした時にどうすればそのプロセスまでたどり着けるのか。わかりますか?」
「……」
マリサさんがしばらく考え、そして首を横に振りました。うーん、意外と答えは簡単なのですがね。まあいいでしょう。
「それは常識の範囲から少しずつ外れていけば良いのですよ。今回のケースで行けばまずは船の外装を金属で覆うところからですかね。それだけでもいくつかメリットがありますしあくまで外装を覆うだけですので拒否感も少ないでしょう」
「でもそれじゃあ……」
「ええ、本当に金属製の船を造るまでにはかなりの時間がかかるでしょうね。しかしいくらなんでもいきなり金属製の船を造るのは無謀ですよ。木造船に金属を覆うことでその構造などをしっかり把握できるというメリットもあります。それにマリサさんは船内部の区画や船員の生活など知らないことの方が多いはずです。船の役目は水に浮かぶだけではありませんからね。それを知ってこそ良い船が作れるのではないですか?」
私の言葉にマリサさんが考え込みます。
極端なことを言えばドワーフ自治国の許可がなかったとしても別の国で作るという手もあります。しかし鉄などの金属の最大産出国はドワーフ自治国ですし、その扱いに長けている職人がいるのもドワーフ自治国です。良い金属製の船を造ろうと思えばドワーフ自治国で行うのが最適ということはマリサさんもわかっているはずです。
マリサさんがここでどういう選択をするのか? それによって私の協力の仕方は変わります。私はあくまで船を作ろうという考えに協力するのであって金属を浮かべるのに協力するわけではありませんからね。
5分ほど静かな時間が経過し、そしてマリサさんが閉じていた目を開きこちらを見ました。
「私が作りたいのは船よ」
「そうですか」
その力強い瞳とその言葉でマリサさんの覚悟は伝わりました。どうやら全面的に協力することになりそうです。とは言っても協力することになるのはしばらく後になりますがね。
ふぅと息を吐き、手を差し出します。その手を見つめながらしばらくぼーっとしていたマリサさんでしたが視線で促すとハッとした顔をして手を握り返してきました。
その握手の意味を理解しているのでしょう。嬉しそうに顔をほころばしています。
「さて、ではお金を金属製の船の研究費用を融資するためにお仕事頑張りましょうね」
「えっ、好意じゃないの?」
「もちろん好意もありますがそれだけでお金がもらえるほど私も人生も甘くありませんよ」
驚き、握っていたマリサさんの手から力が抜けていきそうになっていくのを感じながらその手を離さないように改めてギュッと握り笑うのでした。
役に立つかわからない海の知識コーナー
【イルカの言葉】
キュイキュイと鳴き声で会話をすることで有名なイルカですが地域によってその鳴き声は違います。同地域では鳴き声で意思の疎通が取れているのに違う地域のイルカとは鳴き声による意思の疎通が出来ないそうです。
まるで人間と同じようです。
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