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Flag13:漁船を調べてみましょう

 アル君を追って漁船へとたどり着いたのは良いのですが、現状目の前の漁船は海の上へと浮かんでおり、今いる側面から船に乗り込むことは難しいです。


「あの、アル君どうやって乗るのですか?」

「んっ、おう。じゃあちょっと見本を見せてやる」


 そういうが早いかアル君がかなりの速さで海中へと潜っていき、しばらくして大きな水音と水しぶきをあげながら水中から飛び出していきました。そして側面の船の縁を越え乗り込んでしまいます。

 水中から氷河に飛び乗るペンギンのようです。


「ほら、おっちゃんも早く来いよ」

「……いえ、私はおとなしく後部の梯子を登りますよ」


 船上から体を乗り出し手を差し出してくるアル君には見本まで見せてもらって申し訳ないのですが、あんな動きは人間には不可能です。

 後部についている金属製の梯子を登り船上を見回します。本当に何もありません。使用感はあるのに使っていたはずの道具がないということがこれほど違和感を覚えるとは思ってもみませんでした。後部の物入れを見てみましたが何も入っておらず、前部の物入れはもちろん、生け簀にも何もいませんでした。

 操舵室は人一人が座れるだけの椅子とその目の前に魚群探知機などの少々分厚い液晶のモニターが2つ備わっています。無線もありますが使い道は無いのでしょうね。

 その脇をくぐって入る休憩用の部屋にも何もありません。法定装備さえ全くない漁船を見るのは初めてかもしれません。


「どうだ? 使えそうか?」

「はい、このタイプでしたら操船したことがありますし1人でも大丈夫だと思います。少々「補給」する必要がありますが」


 アル君が魔石の入った袋を差し出しながら私を覗き込んで来ましたので安心させるように微笑みます。まあ漁船を操船した経験があるかと言われればそこまでではないのですが全く経験のない船を動かすよりはよほどましです。

 アル君にもらった魔石をハンドルの中央に押し付けると、その魔石が吸収されていき、液晶画面に私の船と同じように表示が現れます。


「ふむ」

「どうしたんだ?」

「いえ、ちょっと私の船の時と表示が違うので驚いてしまいました」


 目の前の画面に表示されたのは「補給」「保全」のみ。私の船で出ていた「成長」「その他」の項目がありません。自分が所有している船ではなく借りものだからなのでしょうか?正解などわかるはずがないのですがしばし考えます。

 いくつか予想を立てることは出来ますが、まあどうしようもないですね。諦めましょう。

「補給」の項目を押し、航海に使うあれこれを補給しようとして出てきた項目に目を疑います。そこに表示されていたのはただ1つ。


 軽油 1リットル 110P


 それだけでした。一度画面を元に戻してから再度「補給」画面を押してみましたが結果は変わりません。


「これはまたどういうことでしょうね? アル君、この船は最初からこんな状態だったのですか?」

「さあ? 俺が子供のころにはもうあったから知らない」

「ふむ。そうですか」


 首を横に振って答えてくれるアル君に、まだまだ子供ですよね、と言う突っ込みはしない方が無難でしょう。

 しかし補給出来るのが燃料のみと言うことであれば航海に必要な様々な物品はフォーレッドオーシャン号から持ってくるほか無さそうです。あちらは持ち出しても補給できることは確認済みですから。

 続いて「保全」を見ていきます。こちらには項目がずらっと並んでおり、特に問題はなさそうに見えます。風雨にさらされ整備もされていなかったせいで傷みが激しいようですがポイントで修繕できる範囲内です。

 受け取った魔石を取り込みながら「保全」を行っていきます。煤けていた外装も保全した瞬間に美しさを取り戻しています。操舵室内も綺麗になっていきますが傷が残っているのはこの世界に来た時にすでについていた傷だからでしょうね。


「おぉー、すげえ! めっちゃきれいになってくな!」


 アル君が私が「保全」していくごとに嬉しそうにはしゃいでいます。そういえばここはローレライの子供たちの遊び場と言っていましたね。アル君にも懐かしい思い出があるのかもしれません。


「そういえば、ここで子供たちが遊ぶと聞いたのですが何をするのですか?」

「日向ぼっことか昼寝とかだな。あとは海に飛び込んだりとか。一応遊び場ってなってるけど、大人たちが漁とか見回りに行ってる間チビたちを集めて危ないことをしないように見張っているんだ」

「あぁ、保育園のようなものですか」

「保育園?」

「いえ、こっちの話です」


 ローレライの方々は人間から狙われているという話も聞きましたし、ソードフィッシュのような危ない魔物もいるのでふらふらとどこかへ行ってしまいそうな子供の面倒を見るのは当たり前ですか。

 保育園のみならず昔の日本でも同じようなことがされていましたし、理由はどうあれ子供をまとめて面倒を見るというのは男女ともに働く者に共通するものなのかもしれませんね。


 そんなことを考えながら「保全」を終え、軽油を「補給」します。おそらくこの船の最高速力は20ノット程度。つまり時速37キロほどで走れるのですが、船の特性として速度が速くなるほど燃費が悪くなるという性質がありますのでそんな速度は出せません。燃費と時間を秤にかけるなら15ノット、つまり時速27キロ弱がいいところでしょう。

「補給」や「保全」が出来るからそんなことは考えなくてもいいのかもしれませんが、個人的にペイとリターンのバランスを崩すのには抵抗があります。一度崩れてしまえば戻すのに相当な労力が必要になりそうですしね。


 調べているうちにこの船の製造年月日は2001年であることがわかっています。アル君が子供のころにはもうあったと言うことですし、船の状態も新品とは言えないまでもそれに近しい状態ではありますので、ここに来たのは使用し始めてすぐなのかもしれません。まあ時間の進みが地球とこちらで同じとは限らないのですがね。


「よし、これで完了です」

「おっ、じゃあ早速動かそうぜ。俺、縄を外してくるよ」


 軽油の補給が完了したと告げれば、アル君が言うが早いか海へと飛び込んでいき水中へと潜っていってしまいました。その様子を船上から見下ろします。

 この船の下には沈没した木造船のなれの果てが沈んでおり、そこへと縄を結びつけることで錨代わりにしているのです。泳いでいるときに見つけて少々驚いてしまいました。

 アル君が少し悪戦苦闘しながら縄を外していきます。まあすぐに外れてしまっては意味のないものですから仕方がありません。そしてしばらくして縄を外したアル君が手で丸印を作りながら海面に向かって泳ぐのが見えました。すかさず操舵室へと避難します。

 バシャっという水音と先ほどまで私がいた位置に水が落ちるボタボタと船を打つ音が響きました。避難して正解です。


「よし、いいぞ!」

「はい、では行きますよ」


 ハンドルを左右に動かしそれぞれの回転数から中立位置を割り出すとともにガタが無いかを確認し、リモコンレバーを動かして問題がないことを確認して中立にします。

 スターターモーターのスイッチを入れエンジンを始動させ、残燃料を確認。うむ、問題なく補給出来ているようです。

 続いて暖機運転のために回転数を1300回転まで上げしばらく様子を見ます。異音などもしませんし問題はなさそうです。


「おい、おっちゃん。まだか?」

「もう少し待ってくださいね」


 すぐに発進すると思っていたらしいアル君が焦れたように尋ねてくるのに、苦笑しながら返します。

 本当ならこの作業はロープを外す前に行っておくべきことなのですがまあ船舶免許など持っていないアル君に言っても仕方のないことでしょう。

 日中には30度を超えることもあるこの暑い地域で暖機運転をする必要があるかは少し疑問が残るところですがエンジンの不調などが無いかを確認するためにも様子見は必要だと個人的には思います。特に今回は初めて乗る船な訳ですし。

 全てがクリアになったのでいよいよ発進です。回転数を下げ船尾などの安全確認を行います。


「では発進です」


 船がエンジン音を響かせながらゆっくりと動き始めます。


「おぉー!!」


 後方からアル君が楽しそうに歓声を上げるのが聞こえてきました。喜んでもらえたようで何よりです。

 しばらく船舶免許の試験のように、直進、停止、後進、変針、蛇行をそれぞれ行い、この漁船の操船の癖を掴んでいきます。これを怠ると着岸時にうまく操船できずぶつけてしまったりして手痛い代償、まあ修理費を払うことになったりします。

 操船してみた印象としては……特に癖がなく素直に反応してくれる運転しやすい船ですね。気に入りました。


 おやっ、そういえばアル君の声が聞こえませんね。最初のころは楽しそうにはしゃぐ声がしていたのですが。


 少し心配になり後ろを振り返ればそこにはうずくまって下を向いているアル君の姿が。まさかどこかをぶつけてしまいましたか!?


「止めますよ!」


 リモコンレバーを後進に切り替えプロペラを逆回転させます。がくんと速度が落ちるのを感じながら早く止まれ、早くアル君のところへ行けと騒ぎ立てる心を何とか自制します。ほぼ何もない海域とはいえ操船中にハンドルを離すなんて出来ません。

 停船するまでのじりじりと焦らせるような時間はやけにゆっくりと感じられ、それが更に焦りを呼びます。そして停船を確認すると一も二もなくアル君に向かって走ります。


「大丈夫ですか? どこかぶつけましたか!?」


 アル君は額に脂汗を流しながら辛そうに下を向いています。ちらっと私の方を見ますがすぐに視線を下へと戻して細かな呼吸を繰り返しています。とても辛そうです。

 覗き込んでみましたが特に赤くなっているような場所は見当たりません。いったいどこが……もしかして頭部ですか!?


「アル君、すぐにガイストさんたちを呼びに行きましょう。横になって楽な体勢をしていてください」


 医者ではない私には脳の損傷を治療する方法などありません。ローレライの方々に医者のような方がいるかはわかりませんが少なくとも私よりはましなはずです。

 そう言って船を動かすため操縦席に向かおうとした私の足をアル君が抱きかかえるように掴みます。しかしそこに力強さは全くありませんでした。


「どうしたのですか?」


 振り返るとアル君が小さく首を振りながら何かを呟いていました。体を折り曲げ、その言葉に耳を傾けます。


「どこも……ぶってない。……でも、何か、吐きそう。ううっ!」

「えーっと……」

「気持ち悪い。何だ……これ」


 青ざめた顔をしながらアル君が口を手で押さえています。これは完全に船酔いですね。

 考えてみればアル君が本格的に船に乗るのは今回が初めてでしたね。私の船に乗ったことがあると言えばそうなのですが、停船していたり、動かすにしても今回のように船の動きを確かめるための変な動きはしませんでしたから。それに大きさも違いますから揺れもだいぶ変わりますし。

 とりあえず落ち着くまで背中でもさすっておきましょう。水は持ち合わせがありませんしね。


「ううっ、ひどい目にあった」

「すみません。アル君が船に乗った経験があまりないのを失念していました。まさか船酔いするとは」


 涙目になりながら愚痴を言うアル君は既に船の上にはいません。少し症状が落ち着いたところで海へと飛び込んでしまいました。と言うことで現在私が船から身を乗り出して話している訳ですが。


「おっちゃんの船は平気だったぞ」

「今回は試運転でしたのでいろいろな動きを試したのですよ。普通はあんなに揺れませんから大丈夫です」

「本当かー?」


 疑わし気な目で私を見上げるアル君にうなずいて返します。しかしこの船に上がってくる様子はありません。これは少々根が深そうです。

 まあこの船にアル君が乗ることは無いでしょうし、私の船には乗ってくれそうな感じですので問題は無いのかもしれませんが。


「で、どうなんだ? 問題は無かったのか?」

「はい。これなら無事に町に着けると思います」

「えっと、すぐに行くのか?」

「いろいろと用意もありますので明後日くらいでしょうかね」

「そっか……あー、えっとな……」

「?」


 アル君がもごもごと口を動かしながら迷っています。思ったことをすぐ口にするアル君にしてはとても珍しいことです。焦らす必要もありませんしゆっくりと待ちましょう。

 しばらく視線をいろいろな方向へと動かしながら言葉を探していたアル君がこちらを見て口を開きました。


「うーんと……おっちゃん。帰ってくるよな?」


 不安を隠そうと強がりながらも、隠しきれなかったその態度に心が温かくなるのを感じます。思わず手を伸ばして海面から出ているアル君の頭を撫でてしまいました。


「なんだよ、おっちゃん。子供あ……」

「帰ってきますよ。絶対に」

「つかい……そっか、絶対だかんな。忘れるなよ」

「はい、約束です」


 もう一度頭を撫でようとしたのですが、アル君はすぐに潜って逃げてしまいました。少し残念です。

 しかし顔を赤くしながらも嬉しそうに笑っていたので良しとしましょう。それではアル君との約束を守るためにも準備を開始しましょうかね。

 漁船に積むべき物を考えながら、私はフォーレッドオーシャン号目指して操船を開始するのでした。

役に立つかわからない海の知識コーナー


【ノット】


船や飛行機の速さを表すときによく使われるノットですが

1ノット=1.852km/h

になります。もともとは1時間に1海里進む速さということなのですがその起源は16世紀頃「28秒砂時計の砂が落ちきる前にロープの等間隔の結び目(knot)をいくつ繰り出したか」で船の速度を測っていたことに由来するそうです。


***


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シンデレラが一人の女の子を幸せにするために奔走する話です。

「シンデレラになった化け物は灰かぶりの道を歩む」
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少しでも気になった方は読んでみてください。

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