Flag134:ドワーフ自治国の港町へ行きましょう
予定通り沖で一夜を明かし、翌日朝にドワーフ自治国の港町ガルへとやってきました。
これで4カ国目の港街となるわけですがやはりドワーフという普通の人間とは違う種族の国の港ということもありその姿は少々風変わりです。
まず目に付くのが建物の背の低さです。ノルディ王国やランドル皇国のそれと比べて半分程度しかありません。そしてその建物が金属らしき光沢を放っているのです。港町ですから潮の影響で錆びると思うのですがそのあたりは大丈夫なのでしょうか。まあ大丈夫だからこそ建材として使われているのでしょうが。
港へと近づいていきましたが今までのように検査官がやってくるようなこともなくそのままゆっくりとマイアリーナ号に続いて港へと船を進ませていきます。
「そこの2隻、こっちだー!!」
操舵室まで響くような大声に少し驚きながらそちらへと目を向けると岸壁に立つ小柄な人物が身の丈の3倍以上はあろうかという大きな旗を振っていました。
「アル君、お願いします」
「はいよ」
アル君に指示を出してゆっくりとその岸壁へとフォーレッドオーシャン号が近づいていき、弧を描いてその岸壁と平行に走りそして目的の場所でピタリとその動きを止めました。
「流石です」
「へへっ、まあな。じゃあおっちゃん後はよろしくな」
操舵室から外へと出て係留ロープを渡そうかと思いましたが既に獣人の方々が渡していたようで船はしっかりと岸壁に固定されていました。皆さん慣れてきていますね。指示されずとも動ける人材に恵まれたのは幸いです。
そのまま後部デッキへと向かうと既にミウさんが来航の目的を旗を振っていたドワーフの男性と話しているところでした。2人の視線がこちらへと向きましたので笑顔を向けながらそちらへと歩み寄ります。
「ドワーフ自治国、ガルへようこそ」
「歓迎ありがとうございます。この船、フォーレッドオーシャン号の船長のワタルと申します」
手を差し出し握手をするとそのドワーフの男性はゴツゴツとした職人や特定の種目のスポーツ選手のような手をしていました。背丈は120センチ程度だと思うのですが私の手などあっさりと握りつぶされそうな力強さですね。
「既にこちらの目的は知っていらっしゃるそうで代表の方がもうすぐいらっしゃるようです。どうやらセドナ国から詳しい日程等の連絡等が既に行われていたようですね」
「そうでしたか。しかしもうすぐとなると準備を急がなくてはいけませんね。エリザベート殿下のご用意はお済みでしたよね」
「ええ、しかし他の者の準備が終わったかは確認できておりませんので私はこれにて失礼します」
「はい。頑張ってください」
慌ただしく去っていくミウさんの後ろ姿を見送り後部デッキには護衛の獣人の方々数人と私、そしてドワーフの男性が取り残されました。
一応ミウさんはエリザさんのメイドではなくなったのですがやっていることはほとんど変わりません。今回のように対外的な外交となる日はメイド服を着ていますしね。まあそうでない日は新鮮な普段着の姿を見ることが出来るようになったので私としては嬉しくあるのですがね。
「ほっほっ、着いたようじゃな」
屋内から出てきたロイドナールさんが少し眩しげに目を細めながら後部デッキへとやってきました。その後ろには秘書のごとくトリニアーゼさんが従っています。
「はい。もうすぐ代表の方がいらっしゃるそうです。セドナ国から連絡がされていたようですね」
「そうじゃな。まあどちらにせよあ奴のことじゃ。事前の連絡など忘れて酒でもかっくらっておるじゃろう」
「あん? 誰が酒をかっくらってるだと。この陰険じじいが!」
そう言いながら岸壁から降りてきたのは60代すぎと思われる初老のドワーフの男性でした。顔に刻み込まれたシワやその白髪から年齢は推察しましたが先ほどのドワーフの男性より一回り大きいその体は筋肉で覆われており物理的な圧を感じるほどです。
「おやおや、約束を忘れん程度には成長しておったようじゃな、テイラー坊」
「坊って呼ぶんじゃねえよ、くそじじい」
怒りを湛えながら向かってくるドワーフの男性とそれを受けながら飄々とした顔で挑発を続けるロイドナールさんを眺めながら少し離れアワアワとしているトリニアーゼさんのそばへ立ちます。
「仲がよろしいようですね」
「えっ、止めなくても良いのでしょうか?」
「止めるように言われましたか?」
「いえ、何があってもしばらく何もするなと言われました。まさかこんなことになるとは思いませんでしたけど」
困惑した表情をしているトリニアーゼさんの隣でのほほんとした顔をしながら2人のやり取りを眺め続けます。喧嘩しているように見えてじゃれあっているようにしか思えませんから放置して問題ないでしょう。ロイドナールさんもこうなることを予想していたようですからね。
しかしトリニアーゼさんにも詳しいことは伝えていなかったようですね。おそらく使者がすぐに来るということを私たちに伝えなかったのもこうやって絡まれることを予想していたからでしょう。
普通であれば伝えるところでしょうがまあロイドナールさんのことです。わざと伝えないことでこちらの対応を測っているのかもしれません。そんなことをしてなんの意味があるのかわかりませんからただ単に面白がってそうしたという可能性もありますが。
結局2人の言い合いはエリザさんがやってくるまで続きました。さすがに一国の皇女の前で言い合いを続けるほど熱くはなっていなかったようですね。そしてしばらくしてアイリーン殿下もいらっしゃり、4者での協議の結果この船でこのまま会談が行われることになったようです。まあ話の流れ的にそうなりそうだったので私とミウさんは途中で会場のセッティングに向かいましたけれどね。
2階のリビングスペースに4カ国の代表が集まります。この船からはエリザさんとミウさん、ノルディ王国からはアイリーン殿下とキュレーヌ伯、セドナ国はロイドナールさんとトリニアーゼさん、そしてドワーフ自治国からは先ほどの代表のドワーフの男性、テイラーさんと港で旗を振っていたマルコさんです。マルコさんは完全に数合わせのようで本人もオロオロとしていらっしゃって気の毒ではありますがまあテイラーさんの指示ですので頑張っていただきましょう。
しかし……
「本当にお酒で良いのですか?」
「ああ、儂らにとっては水と同じだからな」
そう答えたテイラーさんから視線を隣に座るマルコさんへと移すとこくこくと首を縦に振っていました。ロイドナールさんからも特に咎めるような言葉もありませんのでその通りなのでしょう。とは言えさすがにアルコール度数の高いお酒ははばかられますのでとりあえずビールを提供しておきます。ワインの方が良いかとも思いましたが度数が2倍ありますしね。
ジョッキに注がれた泡をかぶった黄金の液体をテイラーさんが受け取ってすぐに一気に飲み干していきます。ごくっ、ごくっという場に似つかわしくないのどごしの音が響き、そしてすぐにそのジョッキは空になりました。
「旨い酒だ。おかわりをくれ」
「テイラー坊、それは話し合いが終わってからの話じゃぞ」
ジョッキをこちらに突き出したテイラーさんへロイドナールさんの注意が飛びます。しかしその言葉に対してテイラーさんは鼻で笑って返しました。
「ふん、もうこちらの結論は出ている。同盟は結ぶ。細かい条件については話し合う必要があるがそれだけ決めれば今日は飲んでしまって構わんだろう」
「本当によろしいのですか?」
即断されたことに少々不安を覚えたのかエリザさんが問いかけるとテイラーさんが嫌そうな目でロイドナールさんを見ながら口を開きました。
「このじじいが直接出てきたってことは一刻も早くそうすべきだということだ。セドナ国の情報収集能力については俺たちもよく知っているからな。そこが同盟を組むと決めたんだ。よほどの事情があるんだろうよ。それに儂らの国でもランドル皇国の動きがおかしいとは思っていたからな」
そう言い終わってもう一度突き出されたジョッキを受け取り一応確認のために会談出席メンバーの顔を見てから再びビールを新しいジョッキへと注いで渡します。そして半分ほど飲み干しテイラーさんがぷはーと息を吐きました。
その姿に各代表者たちは様々な反応をしています。とは言え初日の成果としては考えられないほど良い結果ですので咎めるようなことはなさそうです。
「わかりました。では同盟をすることを前提に細かい条件について話し合いましょう。一応明日から詳しく詰めるとしても事前の案は話しておきたいと思いますので。ミウ、良いかしら」
「はい。それでは説明させていただきます……」
ミウさんがとうとうと説明を続け、会談と言うよりは明日以降の協議の事前説明をして本日の会談は終了するのでした。
役に立つかわからない海の知識コーナー
【パーシャ号】
キューナード・ライン社が運用していた鉄製の外輪蒸気船の名前で制作したのはスコットランドのネイピア社です。鉄製の船体の採用によりスピードが増しこの船は処女航海で大西洋を9日で横断すると言う新記録を樹立しました。
ちなみにこの船の設計当時の図面は現在も残されており、その作成者が製図主任のデイヴィット・カーカルディによるものだと言うこともわかっています。図面としては上段に横から見た外観、中段に船体を数か所横に輪切りにした状態の図面、下段に船体を縦に半分に切った状態の図が描かれています。
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