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Flag127:「環境把握」を知りましょう

 しばらくしてノシュフォードさんは食べ終えた食事を片付けるために操舵室を出て行きました。まあすぐに名案を思いつくわけがありませんからね。子供たちに会うとしても最低でも数日後でしょうから考える時間はまだまだあります。そう思って油断していると何も思いつかないまま日々が過ぎてしまう可能性もありますがあの様子なら大丈夫でしょう。


 私自身も考えなくてはいけないのですが、少々疲れました。一応軽く考えては見たのですが流石に子供に対する心のケアについての専門的な知識はありません。まあ知識があったとしても結局はその子供ごとにケアの方法は違うのでしょうからその子としっかりと向き合うことが大事だということはわかりますがね。


 今日このまま考え続けていても良い案が浮かぶ様には思えませんので先に他事を済ませてしまいましょう。

 立ち上がり棚に収納してある航海日誌を取り出し操舵席へと向かいます。今日は書くことが多いですからね。プレゼンの事もそうですし、新しい機能についても記入しなければいけません。


 さらさらと航海日誌にペンを走らせつつ、新しい機能について考えを巡らせます。「環境把握」と「快適空間」という名前しか今のところわかっていません。何の説明もないためその機能が何を意味しているかは自分で検証するしかないのです。


「説明書でもついていればありがたいのですがね」


 そんな愚痴が自然と口から零れます。まああるはずもないことは重々承知しているのですが成長するのに5億以上のポイントを使用しているのです。少々サービスが悪いと思うのは仕方ないでしょう。


 まあ言葉からある程度の機能の予想がつくのが救いですかね。

「環境把握」についてはレーダーやソナーによる周辺の環境把握、もしくは船内の環境把握と言う可能性が考えられます。現状として必要なのは周辺環境の方ですね。

「快適空間」についてはおそらく船内の空間が快適になるということでしょう。どの程度の範囲の事を快適と言っているのかわかりませんが。今までも快適でしたしね。

 いずれにせよ「共通空間」のことを考えると常識では考えられない機能である可能性が高いですからね。しかし「自動操縦」のことを考えるとそうとも言えないのかもしれません。駄目ですね。思考が鈍っています。検証についても明日以降にして今日は日誌を書いたら寝てしまいましょう。


 書き終えた日誌を閉じ棚へともどそうと椅子から立ち上がろうとした時、いきなり目の前の空中に球体が浮かび上がりました。ビクッと身体が跳ねましたが驚きすぎて声は出ませんでした。


「ふぅ、なんですかね?」


 息を吐いて心を落ち着けじっくりとその球体を観察していきます。1.5メートルほどの半透明の球体の中心部にはフォーレッドオーシャン号らしき船のミニチュアが湖に浮かんでおりその外側には森が見えていました。セドナ国の港や町の姿もあります。それは非常に精巧でまるで実際の風景を映したホログラムのような……


「いえ、これは実際の周囲の状況の可能性が高いですか。しかしなぜ突然……」


 そんな疑問を口に出そうとしたところでそのホログラムの湖の中でこの船に向かって近づいてくる青い光点があることに気づきました。しっかりと見てみるとその青い点以外にも青や赤、白の点がところどころに存在しています。セドナ国の町に白い点が集中しているところを見ると考えられる可能性は1つしかありません。

 そして青い点の数と今の状況から考えて、この湖に潜って近づいてくるのはまず間違いはないでしょう。


 操舵室を出て後部デッキへと向かいます。そしてそこにたどり着いた私は、ちょうど湖から顔を出してこちらを観察しようとしているアル君と目が合ったのです。


「おっ、おっちゃん早いな。まだ合図する前だったのに」

「合図を決めた覚えはないのですがね。しかしやはりアル君でしたか」

「んっ?」


 意味がわからずに小首をかしげているアル君に笑い返しながら後部デッキへと座ります。アル君が湖から後部デッキへと昇り、いつも通りタオルで体を拭いている姿を眺めながら考えをめぐらせます。


 おそらくあれが「環境把握」の機能なのでしょう。レーダーとソナーの機能の拡張と言ってしまえば簡単ですが拡張され過ぎな気もします。まあ私にとって都合は良いので問題ないのですが。


 先ほどのホログラムは周辺の環境を映像のように映していました。レーダーやソナーというものは結局反射を利用していますので例えば高い壁のような遮蔽物があった場合その後ろについては全くわからないのですし画像も鮮明にはなりえません。

 そして青い点の数と今の状況から考えて人もしくは生き物に関して表示する機能まであるようですね。しかも色違いで3色あると言うことはなにがしかの分類をしていると言うことです。青はエリザさんたちや獣人の方々などこの船に乗っていた人の様ですし、白はその固まり具合からしてセドナ国のエルフの方々でしょう。森や湖に点在する赤色の光点については予想はつきますが確かめる必要はあるでしょうね。


「おい、おっちゃん。おいって!」

「あ、ああ。すみませんでした。少しよそごとを考えてしまっていました」


 いつの間にかタオルで体を拭き終えていたアル君がふくれっ面で私の方を見ていました。失敗しましたね。機能について考えるのは後でも出来ます。今はそれよりもわざわざ会いに来てくださったアル君に向き合うべきです。


「まあいいや。おっちゃん、なんか食いもんくれよ」

「夕食は食べなかったのですか?」

「いや、なんか泳いで来たら腹減っちまって」


 少し視線をそらしながらそう言ったアル君の姿に違和感を覚えつつも謝罪の意味を含めて食べ物を用意するためにギャレーへと向かい、軽食を用意して戻ります。わぁっと声を上げむさぼるようにそれを食べ始めたその姿に違和感が膨らんでいくのを感じつつ見守ります。

 そして数分足らずで私が用意した軽食はアル君の胃の中に姿を消しました。よほどお腹が空いていたようですね。


「いやー、食った、食った。さすがに1日ご飯抜きってのはきついよな。湖の魚も食ったけどやっぱ料理を知った後だと味気な……あっ!」

「アル君、詳しく話を聞かせてもらいましょうか?」


 しまった、と言う顔で私を見たアル君に笑いながら問い詰めます。しばらくどう言い訳しようか考えていたようですが、諦めの表情をしながらアル君が白状しました。どうやら昨日私に会いに来たことがミウさんにばれていて1日ご飯抜きの罰を受けたようです。

 うーん、自業自得ではあるのですが私からは強く言いにくい理由ですね。


「また明日もご飯抜きになるんじゃないですか?」

「大丈夫だって。帰ってきたエリザがミウを連れていって夕食の時も戻ってこなかったんだぜ。俺がここに居ることなんてわからないって」

「そうだと良いですがね。明日は来ても食事は用意しませんからね」


 笑っているアル君に一応釘を刺しておきました。ミウさんがアル君の行動を予想していないとは思えないのですよね。まあアル君にとっては良い経験かもしれません。

 アル君と取り留めのない会話を続けていきます。まあ主に食事抜きに対する愚痴が大半でしたが。その姿はいつもと全く変わらないように見えました。だからこそつい口からその言葉が出てしまいました。


「アル君は怖くありませんか?」

「……で底に居た魚は泥臭くって、んっ、何がだ?」

「いえ……この船にはアル君を人質にとったノシュフォードさんが乗っていますから怖いとか自然に体が震えるとかないのか心配でして」


 誤魔化そうかとも一瞬考えましたがやめておきました。直接聞いてしまうと言うのは下手な手と言うしかないのでしょうが。自覚することによって心の傷をえぐってしまったのではないかと心配する私をよそにアル君はあっけらかんと言い放ちました。


「ないぞ」

「そうですか?」

「おう。あいつがそうした理由もエリザから聞いたしな。あいつの行動って俺たちローレライが自衛のために人間の船とか沈めてきたのと同じ事だろ。まあ次会ったらぶっとばすけどな」


 くしくしと鼻の下をこすってからパンチを繰り出しているアル君の姿からは無理をしていたり嘘をついているようには見えません。事情を聞き、自分なりに考えて心の整理をつけているように思えます。

 子供、子供と考えていましたが私は少々アル君の事を幼く見過ぎていたのかもしれません。もちろん観察は続けるつもりですが。


「じゃあそろそろ帰るな。ミウたちが戻って来たらやばいし」

「ええ、気をつけて」


 時計を見るといつの間にか1時間近く話していたようです。湖に飛び込み一度水中に姿を消したアル君が再び顔を出しこちらを見ました。


「あっ、ミウから伝言。私も愛しているだってよ。良かったな、おっちゃん。じゃあな」


 顔をニヤつかせながら湖に潜って行ったアル君の姿を見送ります。心の中が満たされていくのを感じながら聞こえないであろう忠告を呟きます。


「伝言するということはアル君の行動が読まれているってことですけれどね」


 明日もご飯抜きにされるであろうアル君の事を思いながら少し足取り軽く自室へと戻るのでした。

役に立つかわからない海の知識コーナー


【フレットナー船】


流れの中で円柱や球を回転させると揚力が発生する現象をマグヌス効果と呼びますがこのマグヌス効果を利用した船をフレットナー船と呼びます。

船の形としては巨大な回転する円柱が帆の代わりに立っておりそれが回ることで揚力が働き、まるで帆船のように進むことが出来ます。

1926年には大西洋を横断した実績もあるのですが一般には普及しませんでした。しかし近年では補助推進装置として見直され始めています。


***


お読みいただきありがとうございます。

今年最後の投稿です。皆様、良いお年をお過ごし下さい。

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シンデレラが一人の女の子を幸せにするために奔走する話です。

「シンデレラになった化け物は灰かぶりの道を歩む」
https://ncode.syosetu.com/n0484fi/

少しでも気になった方は読んでみてください。

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