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Flag126:ケアを考えましょう

「……い、……ぶか? おい!」


 呼びかける声にゆっくりと意識が浮上していきます。ゆさゆさと揺れる体の動きに合わせるかのように響く頭痛に顔をしかめながら目を開くと普段あまり見ない換舵室の天井の景色と私を心配そうに見つめるノシュフォードさんの顔がそこにはありました。成長させて新しい機能を実装したところまでは覚えているのですが……状況から考えてどうやら気を失って倒れていたようですね。


「ああ、すみません。今起きますね」


 起き上がるために体を動かそうとしましたが頭痛がひどく動くのが非常におっくうです。それが表情に出てしまっていたのでしょう。ノシュフォードさんが私の体を手で押さえゆっくりと首を横に振りました。


「やめておいた方が良い。額が赤くはれている。どこかでぶつけたようだな」

「そうでしたか。どおりで頭が痛いわけですね」


 体の力を抜き、だらんと床へと体を預けます。頭痛がする以外は特に体のどこかが痛いという感覚はありません。手や足をゆっくりと動かしてみますが動きに違和感はありませんし、しびれを感じるようなこともありません。

 頭をぶつけているということが少々気がかりではありますが、言葉が話しにくいということもありませんし少し様子見ですかね。脳の治療が可能かどうかわかりませんが悪化するようであれば助けを求める他ありません。まあ魔法やポーションがあるので何とかなると思いたいですが……そういえばポーションは在庫がありましたね。


「あちらのソファーの所の棚にある箱にポーションが入っていますので取っていただけますか?」

「少し待ってろ」


 視線をソファーの奥へと向けながらそうお願いするとノシュフォードさんがすぐに動いてくれました。だいぶ心配させてしまったようです。それも当たり前かもしれませんね。

 視線をソファーとは逆側、操舵席の窓から見える外へと向けると既に日は落ちてしまっています。会談が終わって私がこの操舵室へと来たのは午後4時過ぎでしたから最低でも2時間程度は気を失っていたのでしょう。

 時計を見ようと視線を再び動かそうとして少しの違和感を覚えます。何でしょうか?


「ポーションだ。飲めるか?」

「ありがとうございます。少し待ってくださいね」


 違和感の原因に思い至る前に掛けられたその声に思考を中断します。さすがに寝ながら飲むわけにもいきませんのでゆっくりと体を起こそうとしているとノシュフォードさんが私の体を持ち上げ無言のままソファーへと運び始めました。いわゆるお姫様抱っこと呼ばれる体勢で私がいつもアル君を移動させるときにしているものですがまさか自分がされることになるとは夢にも思いませんでした。その外見に見合わずノシュフォードさんは力持ちの様ですね。


 ゆっくり慎重にソファーへと降ろされた私がお礼を言う前に、目の前にポーションが突き付けられました。先に飲めと言うことでしょう。その優しい気遣いに口元がにやけそうになるのをなんとか止めながらポーションを受けとり、蓋を外してその少しどろりとした液体を口へと流し込みます。


「苦いですね」

「ポーションだからな。当たり前だ」


 思わず感想を漏らしてしまう程度に苦いその味に顔をしかめます。そういえばポーションを飲ませたり傷口にかけたりしたことはあっても自分自身で飲んだのは初めてですね。こんなに苦いものだとは思ってもみませんでした。

 ポーションの効果かそれとも苦みに意識がいったせいか頭痛については少々落ち着きをみせてきました。ふぅ、と息を吐き少し落ち着きそしてノシュフォードさんを見ました。


「ありがとうございました。心配をおかけしたようで申し訳ありません」

「平気ならそれで良い。死んでいるかと思ってさすがに焦ったからな」


 一向に戻ってこないので探しに来て、床に倒れて身動きもしない状態で発見したら確かに焦りますね。その場面を想像すると自然と苦笑いが浮かびました。


「重ね重ねすみませんでした。しかしノシュフォードさんは力が強いですね。まさかお姫様抱っこされるとは思いませんでした」

「男を抱く趣味はないんだがな」


 ふっと息を吐きながら軽く笑うノシュフォードさんの姿に私も笑みを返します。そしてふと時計を確認すると既に時刻は午後7時を回っていました。


「すみません。夕食の時間を過ぎてしまったようです。今用意を……」

「待て。頭の怪我は後で影響が出てくることもある。少し休んでいろ。食事は俺が適当に用意してくる」

「いえ、しかし……」

「大丈夫だ。食料のある場所はさきほどワタルを探していた時に見つけた。少し待っていろ」


 そう言い残すとノシュフォードさんは私を残して操舵室から出て行ってしまいました。確かに彼の言うことももっともですので今は好意に甘えることにしましょう。そこまで考えてふと気づきました。


「そういえば名前で呼ばれたのは初めてかもしれませんね」


 そんなことを考えついてふふっと笑いをもらすのでした。





 しばらくしてノシュフォードさんが持ってきた意外なほどしっかりとした食事をいただいたころには頭痛もだいぶ治まってきており、特に支障なく動けるようになっていました。しかし考えてみればこうして襲撃してきた犯人であるノシュフォードさんの用意した食事をおだやかに食べるようなことになろうとは始めは考えもしませんでした。


 船を脅かし、アル君たちを人質にとった憎むべき犯人であるはずの彼を手助けしようと考えてしまったのはあの時の彼の目が良く見知ったものだったからです。私がこの世界に来る前に鏡でよく見ていた瞳、何か大切なものを守るために自らを犠牲にしようとしている者の覚悟の色を含んだ瞳です。だからこそなぜこのようなことをするのか、その理由が私は知りたかったのかもしれません。


 もちろんどんな大義があったとしてもノシュフォードさんの行為は許されるものではありません。伝え方次第で結果が変わったであろうことは今の状況が証明していますしね。私のような方法以外にもやり様はあったでしょう。他人を巻き込むという最悪の選択をした時点でノシュフォードさんは道を誤っていたのです。半ば自決のような意志であったとしても。

 そんなことを私が考えながら食後のお茶を飲んでいると、ノシュフォードさんが深々と頭を下げてきました。


「ありがとう、ワタルのおかげでセドナ国は救われる。そしてすまなかった」

「その判断はまだ早すぎると思いますが感謝は受け取っておきます。しかし謝罪は私ではない方にお願いします」


 私の言葉に少しの間考え込んでいたノシュフォードさんが気まずげに表情を歪めました。私の言わんとしていることに気づいたようですね。


「子供たちか……」

「獣人の方々もですが……まあ、そうですね。あなたが彼らに負わせてしまった傷はとても深く、そして重いものです。私にも責任の一端がありますので私なりにケアはしますが……心の問題ですからね。どうなるかは予想がつきません。謝罪すれば済むという話ではありませんし、逆にその謝罪すら傷をえぐる可能性もあります」


 ノシュフォードさんの表情がどんどんと暗くなっていきます。とはいえ言わないわけにもいきません。自分が行った行為の責任を取るのが大人としてのけじめですから自覚してもらわなくては。

 まあ半分は自分自身に言い聞かせているのですがね。


「謝罪の方法については私からはアドバイスはしません。ノシュフォードさんなりにどうすべきか考えた結果をまた教えてください。子供たちが機会を与えてくれれば謝罪できるかもしれません」

「ああ、わかった」


 ノシュフォードさんが沈んだ表情のまま考え込み始めました。声をかけるべきではないですし、私自身どうするべきか迷っていますから声など掛けられるはずもありません。


 プレゼンなどよりよほど難題ですね。


 ポーションや魔法のような力で心の傷まで癒せれば良いのですがね。そんな都合の良い妄想を振り払いながらどうすべきか私も頭を働かせるのでした。

役に立つかわからない海の知識コーナー


【運賃同盟】


あまり知られてはいませんが1980年ごろまで定期船の航路ごとに船会社同士が協定を結び運賃を定めていました。

これは海運の長い歴史上の流れとして国際的な船会社同士の自由競争にした場合、運賃の乱高下が起こり、淘汰されて寡占状態になった場合にかえって運賃が高止まりすることがあった経験から必要悪として行われていました。もちろん独占禁止法に反するのですがそう言った経緯もあり見逃されていました。

規制緩和の進展や同盟に参加しない大きな船会社が出てきたこと、そして法の整備などにより状況は変わり現在では運賃同盟ではなく各社で運賃が決められるようになっています。


***


お読みいただきありがとうございます。

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シンデレラが一人の女の子を幸せにするために奔走する話です。

「シンデレラになった化け物は灰かぶりの道を歩む」
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少しでも気になった方は読んでみてください。

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