Flag12:町へ行く準備をしましょう
ガイストさんに相談した後、私の生活は少しずつ変わっていきました。
1つ目の相談である魔石については、ローレライの方々にとってはあまり利用価値のないものらしく、さらに食事としてや、襲ってきた魔物を撃退してなど魔石を手にする機会も多いそうで大量の魔石を頂いてしまいました。
具体的に言うと燃料の軽油を含め、すべての物資を補給した上で、保有ポイントが500万を超えています。まだまだあるということだったのですが、流石にお返しの品が用意できないということで遠慮しました。一方的な借りは良い関係を崩す原因にもなりかねませんからね。
そうそう、お返しの調理道具などですが今まで補給していたのはいわゆる消耗品であり、包丁などが補給できるのかと少し心配ではあったのですが船外へと持ち出した段階で「補給」のリストへと載ってくることが確認でき、補給を行えば持ち出した包丁が消えるといったこともなく普通に同じ包丁が船の元の位置へと出現していました。非常に便利です。
お返しとして調理道具や食料をローレライの方々にお渡ししたので、リリアンナさん以外にも料理を習いに来るようになり現在はリリアンナさんを含めて4名の方に料理を教えています。
2つ目の相談である一般常識については、ガイストさんが請け負ってくれました。
ガイストさんが一番歳をとっているというわけではもちろんないのですが、族長をしている関係でいろいろな情報がガイストさんの元へと集まるようになっており、族長のみに代々伝わる話などもあるためローレライ以外の一般常識について一番理解があるのがガイストさんとのことでした。
まず暦について。
1年は360日で1月から12月までそれぞれ30日あります。昔は神様の名前が月の名前になっていたりしたそうですが現在は特別な場合や特殊な職業の人以外は使っていないそうです。
1日は一応24時間だそうですが、そこまで時間を気にしているような者はいないそうです。普通の人は朝、昼、夕方、夜のそれぞれ早い時間とか遅い時間程度の感覚で過ごしているのだそう。時計は普及していないのかと聞けば海に沈んだ者でそういった物を持っている奴はいなかったとの何ともブラックな回答が。まあ聞かなかったことにしましょう。
1週間は6日で、光の日、火の日、水の日、風の日、土の日、闇の日という曜日で構成されており、いわゆる日曜日に該当するのが光の日だそうです。まあローレライの方々にとっては日曜日だから休むという習慣はないそうですが。この曜日の並びは創世神話から来ているということですが詳しいことは人の町の教会でも言って聞くようにと言われました。
次にお金に関してです。
お金に関しては知っている範囲ということでしたが実物を見ながら説明をしてもらえました。
見せてもらえたのは直径2センチほどの銅貨、銀貨、金貨と直径4センチほどの銅貨と銀貨でした。大きい方はそれぞれ大銅貨、大銀貨と言うそうです。
価値としては銅貨<大銅貨<銀貨<大銀貨<金貨となっており、下の価値の硬貨10枚でその次の硬貨の価値と等しくなるそうです。つまり銅貨10枚と大銅貨1枚が同じ価値と言うことです。
実物は無かったですが金貨の上に大金貨というものもあり、かなりの価値があるのだそう。ここで断定が出来ないのはガイストさん自身、陸での買い物の経験があるわけでないため物価がいまいちよくわかっていないそうな。
ちなみに単位はスオン。銅貨1枚で1スオン、銀貨1枚で100スオンと言うわけですね。ここから西にある一番近い大陸では使えるはずだが、それ以外の場所についてはガイストさんも知らないとのこと。
その他にもいろいろなことを聞きましたが、全体として感じたのはローレライの方々は人間についてほとんど知らないということでした。
それなりの知識はあるのですが、詳しく聞いてみるとあやふやな部分がかなり多い印象です。まあ陸と海。住む場所が全く違い交流も無いようですので仕方のない面もあるのですが。
現地で確認するしかないというのが実際の所でしょうか。
そして最も懸念されたどうやって西の大陸の町へと行くかというと……
「本当によろしいのですか?」
「ああ、我々にとっては子供の遊び場以外に用途がないからな。ワタル殿が使用している間、ワタル殿の船を貸してもらえるなら何も問題はない」
ガイストさんが提案してくれたのはローレライの方々が保有しているというギフトシップを使うということでした。
保有しているギフトシップはフォーレッドオーシャン号の4分の1程度の大きさで、ガイストさんが知る限りギフトシップとしては一般的な大きさなのだそうです。
ギフトシップ自体が珍しいのではないかとも思ったのですが、ローレライの住処であるこのキオック海の付近を通る船を監視していると毎日ではないにしろたまに見かけるのでそこまでではないのではというのがガイストさんの考えでした。
知識のない私にはその判断を信じるほかありません。
私の船が目立つのは確定していますので、町の様子などを知るために行く今回のような場合には適していません。他の方法で向かうしかないのは確かなのですが、泳いでいくなど現実的ではありませんし、遭難者を装って航行中の船に拾ってもらうというのもリスクが高すぎます。そうなると必然的に自力で船で行くということになります。
しかしここで問題になるのは私が1人だということです。
帆船の場合、私のメガヨットと同程度の大きさの船だとしても動かすのに必要な人員としては最低10名、それも経験のある水夫が必要になります。風と潮流を頼みに自分の望む方向へと進むというのはそれだけの労力がかかるのです。
そしてこの比較的穏やかなキオック海ならばおそらく出たとしても船足は5から6ノットほど。およそ時速10キロ出れば良い方でしょう。ただ時速10キロといっても風と潮流任せということを考えれば直進など出来るはずもありません。80キロ先の陸地を目指すのであれば最低2日はかかるでしょう。
いろいろな意味で無謀です。
ということで多少は目立つ可能性もありますが、ガイストさんの申し出は非常にありがたいものでした。ただどのようなギフトシップなのかは見てみるまでわかりません。私が操船出来るものであれば良いのですが。
ガイストさんから聞いたこの世界の常識などをノートにまとめつつ思考を整理しながら過ごすこと6日。「多分大丈夫だ。というよりこれ以上は俺に聞いてもわからん」という少々頼りないお墨付きをいただくことが出来ました。
そして本日ついにローレライが保有しているというギフトシップを見るためにアル君に誘導してもらいながらフォーレッドオーシャン号を走らせています。
「あそこだ。ちょっとした島があるんだ。こっち側は大丈夫だけど反対側は岩礁があるから気をつけろよ」
「了解しました。この船の喫水は3メートル弱ですので岩礁さえなければよほど大丈夫だとは思いますが注意します」
本来このクラスの船ならば操船は航海士と操舵手の2人で行うべき作業なのですが、私しかいませんので仕方がありません。操船をサポートしてくれるナビがいればもう少し楽ができたのでしょうがあれから全く反応なしですしね。
近づくにつれて徐々にスピードを落としていきます。船は車と違ってブレーキがありません。ではどうやって船を止めるかといえばプロペラを逆転させるというのが正解です。
しかしこの方法を用いたとしてもフルスピードで進んでいた場合は船の長さの5倍から15倍程度の距離が必要になってきます。私の船で考えれば200から600メートルといったところです。車が40キロで走行時の制動距離がおよそ25メートルであることを考えればどれだけ多くの距離が必要なのかがわかります。
つまり停止する予定があるのならばスピードはなるべく落としていくということが常識なのです。まああまりに速度が遅くなりすぎると風や潮流の影響を受けやすくなってしまうというデメリットもあるわけですが。
少しずつくだんのギフトシップの姿がはっきりと見えてくるようになります。そしてあと50メートルほどでその船だというところで私は少し安堵しました。
その船はとても見覚えのあるシルエットをしていました。全長は10メートル長、全幅は3メートルほどでしょうか。全体として白い船体に船底部が紺で塗られています。少々煤けたような印象がありますね。まあメンテナンスなんて受けていないでしょうから当たり前でしょうか。
正面から見ると両側に描かれた羽のマークが目のように見え、ヒゲの生えた男の顔のように見えるのですよね。船の中央よりやや後部に位置する操舵室は親亀の上に子ガメが乗ったようなシルエットをしています。本来の使用用途であるならば見えてしかるべき道具が全く見えないことを除けば、最もよく目にする種類の船と言えるかもしれません。
「漁船ですね」
船首に第18東海丸と書かれたその文字を懐かしく見ながら係留のために錨を下す準備を始めます。
ここの水深は10メートルほどですので錨についているチェーンを30メートルは繰り出さないとダメですね。
一般的に錨と言うとその重さで船を繋ぎ止めていると思われがちですが、実際は海底をひっかくことで止めているのです。短すぎるとひっかくはずの錨が引き起こされてしまい意味が無くなってしまいます。錨がロープではなくそれ自体に重みのあるチェーンを使っているのも同様の理由です。
最大で半径30メートルは動く可能性があるため場所選びを慎重に行い投錨し、風向きや潮流を考えながら船を操作して停泊が完了しました。漁船からは20メートルほど離れていますがこの程度なら泳いでも問題ありません。
「じゃあ行こうぜ」
後部デッキから海へと飛び込んでいくアル君に続いて、水着に着替えた私も海へと飛び込みます。
海で泳ぐのは久しぶりですが、海底が見えるほど透きとおり、冷たくもない海を泳ぐというのはとても気持ちが良いものです。特にこの辺りはサンゴ礁がありますのでシュノーケリングをするのも楽しそうです。
そんなことを考えながらアル君の後を追い、しばらくして私は漁船へとたどり着くのでした。
役に立つかわからない海の知識コーナー
【航海士と操舵手】
役割が被っているように思えるこの二つですが実際は違います。航海士が船の周囲の状況等を判断して指示を出し、操舵手がその通りに舵を切るのです。基本的に操舵手が自分の判断で操船することはありません。
もちろん小型内航船などでは船長や航海士が舵をとることもあります。
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