Flag124:プレゼンを終えましょう
そんな私の動きに気づいたのはマインさんでした。しばらく私の視線を追い、そしてハッとした顔で私の方を見てきました。どうやら気づいたようですね。無言でうなずき返して肯定しておきます。
「ギフトシップか」
「ええ、その通りです。この船も魔道具ではありませんが自動で動かすことが出来ます。似ているとは思いませんか?」
「つまりその自動車もギフトシップのように神の贈り物だとでもいうつもりかの?」
「否定しませんが可能性は低いと思っています。実際に私が見たわけではありませんのでノシュフォードさんの話を聞いた限りではという注釈がつきますがね。まあもしギフトシップのような希少な存在であれば数をそろえることが難しいでしょうから逆に安心かもしれませんが」
私の答えに「確かに」と複数人から同じ言葉が聞こえてきました。
まあ実際車を輸出するためのローロー船やそうでなくてもフェリーのような船が車を乗せたままこちらの世界に来てしまえばその前提から崩れてしまうのですがね。車両を乗せている船としては軍艦などもありますが、軍艦などが来てしまったら軍事バランスが一気に崩れそうです。そうなっていないと言うことは少なくとも軍艦は来ていないのでしょう。秘匿している可能性は無いわけではありませんがね。
しかし車を乗せた船はその車もポイントで購入できるのでしょうか。もしそうならかなり恐ろしいことです。まあ確認できないのでどうしようもないのですが。とりあえず話を進めましょう。
「多くのギフトシップを動かしている源は軽油または重油と呼ばれる魔力や魔石ではない燃料です。魔石と交換で手に入りますからこれをギフトシップから取り出すことで自動車の燃料にしているのではないかと言うのが私の予想です」
「そんなことが許されるのですか?」
「んっ、許されるとはどういう意味でしょう?」
トリニアーゼさんの言葉に違和感を覚えます。その言いようはまるでギフトシップに関して誰かが制約をかけているような意味合いが多分に含まれていたからです。
私の問いかけにトリニアーゼさんが言葉を続けました。
「セドナ国の伝承の中にギフトシップを調査しようとする者は神罰を受けると言うものがあるんです」
「それは真実なのでしょうか?」
一番そのことに詳しそうなロイドナールさんへと視線を向けます。ロイドナールさんはしたり顔で首をゆっくりと縦に振りました。
「真実じゃ。ギフトシップの構造を調べようとしたこの国の者は多い。魔道具を作る者として神の領域に踏み込みたいと言う欲は誰しも持っているものじゃからな。しかし誰もそれを達することは出来んかった。だからこそこの国ではそれを伝承として残し、法でもそれを禁止しておる。無駄な犠牲は必要ないからのぅ」
「そうなのですか。しかし私自身この船の備品をお譲りしたりしたことはありますが特に神罰を受けたことはありませんよ」
「どの範囲が神罰を受けるのか、か。それは過去の文献を調査するしかないのぅ」
「お願いできますか? 私の今後にとってもこの国にとっても重要なことになりそうですので」
「ジード……」
「わかりました。この会談が終わり次第調査します」
「よろしくお願いします」
頭を下げた私にジゼルフォードさんが静かにうなずき返してくれました。過去の文献と言うのがどれほどのものかはわかりませんがある程度の絞り込みが出来ると良いのですがね。
それにしてもギフトシップの構造を調査しようとすると天罰が下るとは思いもしませんでした。本当に神からの贈り物と言うことなのですね。だからこそこの名前だったのでしょう。知らなかったとは言え私の今までの行動は結構ギリギリの事だったのかもしれません。少々背筋に嫌な汗が流れるのを感じ、深く呼吸をして心を落ち着けます。
とりあえず話が横道にそれてしまいましたので戻しましょうかね。色々と気になる点はあるのですが話し合いが終わって一段落したらまた聞いてみることにすれば良いですし。
「話を戻させていただきます。私が言ったのはあくまで可能性の1つであり、ここで問題となるのは実際にノシュフォードさんが自動車の存在を確認していると言うことです。詳しく調査を行えばより正確な情報を得られるでしょうが現在は最悪を想定、つまり自動車がランドル皇国において普通に製造され、戦争に運用された場合を考える必要があります」
「……」
皆が押し黙ります。この状況で楽観視するような人はこの場にはいません。とは言え本気で攻めてくることを想定していただかないといけませんのでダメ押しはしておきましょう。
「更に言えば今回は鉄砲と自動車の報告だけでしたが海でも外輪船と言ってギフトシップではないのに帆を使わずに走ることのできる船の存在も確認しています。ですので今回の報告以外の新しい兵器もあると考えた方が良いでしょうね。そしてそれはもしかすると現在判明している新兵器よりも恐ろしいものかもしれない」
「……君には予測がつくのかね?」
キュレーヌ伯が私を見ながら聞いてきますので首を横に振っておきます。ここで下手な発言をすれば確実に厄介なことになるでしょうからね。
「私は商人です。軍事に関しては門外漢ですから」
「そうか……そうだな」
少し残念そうな顔をするキュレーヌ伯ですが本当はどう思っているのかはわかりませんね。まあ情報を少しでも引き出せれば上々とでも思っているのかもしれませんし。
皆さんが難しい顔をして考え込んでいます。現状の把握は十分に出来たようです。情報は不足しており、有用そうな未知の武器を手にしているランドル皇国がいつ攻めてくるかもわからない。同盟についてもどうすべきか再考が必要と考え始めているかもしれません。
さて、それでは雰囲気も暗くなったところですし希望も示しておきましょう。暗い時ほど光は輝くものですしね。
「ただ私たちにはこの船があります」
「この船に全てを覆せるほどの兵器があるということかのぅ?」
「いえ、そういった武器は積んでいません。でも思い出してください。ノシュフォードさんが見たと言う兵器はこの船の映像に同じような物がありました。つまりこの船の映像を見れば開発されているかもしれない兵器の姿、運用方法、対策方法がわかる可能性があるということです。もちろんお見せするには同盟を組んでいただく必要がありますが」
「それは当たり前じゃな」
うなずくロイドナールさんの姿に安堵します。エリザさんやキュレーヌ伯も同意を示しています。やはり交渉の経験が豊富な方々は理解が早くて助かりますね。情報の重要性を承知していらっしゃいますし。
さてそろそろ締めに入りましょうかね。
「では最後に結論を話させていただきます。私とノシュフォードさんから提案させていただくのは3点。早急な同盟の締結、ランドル皇国へのより詳しい調査、そして新兵器への対抗手段の開発に即刻取り組むこと。以上になります。何か質問はございますか?」
しばらく沈黙が続き、とりあえず今日の所は終わりにしようかと私が考え始めたその時ロイドナールさんと目が合いました。目線で発言を促します。
「ノード、貴様はどうするつもりじゃ? 他国の賓客の船を襲撃、人質を取り、船を占拠したとなれば極刑は免れんぞ」
「承知の上だ。セドナ国が、同胞が生き残る正しい道を歩むのであれば悔いはない」
「ノード!」
「トーゼ、最初から覚悟していたことだ」
トリニアーゼさんが泣きそうな顔でノシュフォードを見ています。そしてそんなトリニアーゼさんを見るノシュフォードさんの顔はとても柔らかく慈愛に満ちたものでした。
トリニアーゼさんの瞳から涙が零れていきます。声を上げずに泣くその姿は痛々しすぎます。エリザさんに視線を向けると、ゆっくりとうなずいてくれました。ならば問題はありません。
ノシュフォードさんはある意味で救世主ですからね。その恩には報わなければいけません。
「少し待ってください。今回の事はこの船の上での出来事です。私の国の法律では船舶内での犯罪についてはその船の所属する国の法律によって裁かれると決まっていました。ちなみにセドナ国では船舶内での犯罪についての法適用について取り決めはあるのでしょうか?」
「いや、そんなものはないのじゃが……」
言いよどむロイドナールさんの姿に心の中で安堵します。そもそも川を上ってこなければいけないと言うセドナ国の地形上、大型の船舶が来ることはほぼありえませんから無いとは予想していましたが万が一と言うこともありますからね。
「では私の国の法によって裁かせていただきたいのですが。ちなみにノシュフォードさんの犯罪の罰としては50年間の強制労働になりますね」
「じゃがしかし……」
「良いではないですか? 直接被害を被ったワタルさんがこう言っているのですから。私はその意見を尊重します」
「ノルディ王国としては中立の立場を取らせてもらおう。その上で個人的に言わせてもらえば負い目がある今の状況でその提案を断る理由は無いと思うがね」
エリザさんはフォローしていただけると思っていたのですがキュレーヌ伯までそうしていただけるとは思ってもみませんでした。恩を売られた形になるのかもしれませんね。まあ無視しても問題ない程度のものではありますが機会があれば返すことにしておきましょう。借りっぱなしと言うのは性に合いませんしね。
「ふぅ、わかったわい。だが一応持ち帰らせてもらおう。最終決定権は儂には無いからのぅ。今後についても話し合わんといかんし老骨にはいささか辛いわ」
「ありがとうございます。それでは今回の会談はこれにて終わらせていただきます。次回の会談についてはそちらから日程の連絡をお願いいたします」
私の言葉を合図に皆さんが席を立ちぞろぞろと部屋から出て行きました。最後までトリニアーゼさんが名残惜しそうにノシュフォードさんを見ていましたが彼が声をかけることはありませんでした。
「良いのですか?」
「問題ない。俺はどちらにせよ犯罪者だ。そんな者に関わるべきじゃない」
「そうですか」
それ以上の言葉を求めていないことを示すように私に背を向けたノシュフォードさんのしぐさに言葉を続けるのをやめます。他人の色恋に口を出すべきではないですからね。
とりあえずプレゼンはうまくいきました。後はエリザさんやキュレーヌ伯がうまく交渉してくれるでしょう。
後、私がすべきことと言えば……やはり1つしかありませんよね。
やるべきことをするためにノシュフォードさんに断りを入れて私は1人操舵室へと向かうのでした。
役に立つかわからない海の知識コーナー
【船体の材料】
船を造るのであれば理論上は水が内部に入らない強度を保つことが出来るのであればどんな材料でも可能です。とは言え材料として使われるものはほとんど決まっています。
金属系としては鉄、鋼、アルミニウムなどであり、非金属系としては木、GRP(FRP)、ゴム、コンクリートなどが挙げられます。その中でも最もポピュラーなのは鋼です。
鋼は強度と重さ、そして材料価格のバランスがとれており、さらに廃船になった後のリサイクルも容易と言うこともあり普及しています。木造船は材料も加工費も高いですからよほどの理由がなければ作られません。
***
お読みいただきありがとうございます。
いよいよです。何がとは言いませんがいよいよです。




