Flag120:プレゼンの準備をしましょう
夕食を作り終え配膳した時、ピーマンの肉詰めを見たノシュフォードさんが非常に苦々しい顔をしていました。本当にダメなようですね。美味しいですよ、と言ったのですが一口も手をつけませんでした。まあ元々私用に作ったので問題ないのですが。
食事を終えてそれからしばらく鉄砲や自動車の詳細について聞いていったのですが、1時間ほどするとノシュフォードさんのまぶたが落ちていき誰の目から見ても限界であることがわかる状態でしたのでそこでお開きになりました。
休むのであれば部屋を用意するとは言ったのですがノシュフォードさんはそれを頑なに断りリビングにあるソファーで横になるとすぐに寝息を立てはじめました。本当に限界だったのでしょう。
私はロープで拘束されることも無く自由な状態です。はっきり言って逃げようと思えば逃げることが出来ますし、船を港へ向けて走らせることも出来ます。それについてはノシュフォードさんも承知しているのでしょうがこれまでのやり取りで多少は信頼していただけたと言うことでしょう。まあリビングで寝ると言う選択をしたのですから完全に信頼していると言うことではありませんが。
料理の片づけを終えた私は1人でパソコンに向かっています。ノシュフォードさんの話をまとめると言うこともあるのですが、明日以降の話し合いの時に相手側に提供する資料を作成しているのです。何というか会社時代のプレゼンテーションの準備を思い出しますね。
相手を説得する話し合いにおいてプレゼンテーションと言うのはかなりの重要な意味を持っています。いくら良い商品でもこのプレゼンテーションを失敗してしまえば相手にその良さをわかってもらえないのですから当たり前ですね。逆に言えばプレゼンテーションをうまい人がすればそう大したことのないものであったとしても良く見えてしまうと言う危険性があるのですがね。それを見抜くのも重要なスキルなのですが。
まあ日本ではそんなことは知れ渡っていますから相手方もあの手、この手でプレゼンテーションのうまさに騙されないように対策をとってきます。プレゼンテーションのうまい営業の人間ではなく、実際にそのものに関わっている担当者にプレゼンテーションする者を限定したりなどですね。まあそれを見越して会社側も担当者にプレゼンテーションの研修などを受けさせたりしていたりするのですがね。
おっと思考が別の方向へそれてしまいました。
プレゼンテーションの資料を作りながら思考をまとめていきます。現状ではノシュフォードさんの話を聞いただけの状態ですので完全な資料と言うのは出来るはずがありません。
ノシュフォードさんの話を聞いた結果、私は危険だと判断しましたがそれはあくまで私の中の常識と今まで見てきたこの世界の現状を照らし合わせてみた結果そう判断したに過ぎません。
なぜノシュフォードさんの話を聞いてセドナ国の上層部は危険だと判断しなかったのか?
本当に鉄砲の開発はされてこなかったのか?
それとも開発されたが普及しなかったのか?
普及されなかったとしたらその理由は?
自動車と同じような物の発想が以前からあったのか?
その燃料は?
そして……
視線をパソコンから外しぐるりと周囲を見回します。そして再びパソコンへと向き合い次々と浮かんでくる疑問をまとめます。
現状相手の思いがほとんどわかっていないのです。これで相手の心に響くプレゼンテーションが出来るはずがありません。話し合いの過程でそれを聞きだし解消していくしかありませんね。
「ふぅ」
いつの間にか結構な時間が過ぎていました。とは言えプレゼンテーションに使う資料としてはまだまだです。今夜は久しぶりに徹夜になってしまうかもしれませんね。
気分転換を兼ねて部屋から外へ出て空を見上げます。星々が瞬き、光のカーテンが天に揺らめく姿はいつ見ても素晴らしいものです。自分の小ささを確認できますしね。戦争をしようなどと言う人間もこの景色をしっかりと見つめればそんな気も無くなると思うのですがね。まあ完全に愚痴なのですが。
その時後部デッキの方からパチャンと水の跳ねる音がしました。もしかしてと思いそちらへと向かうと予想通りの姿がそこにありました。
「やはりアル君でしたか」
「おっちゃん、無事か!?」
「しー。今はノシュフォードさんが眠っていますのでお静かに」
「あ、あぁ、わりぃ」
少し気まずげに小さな声で返事をしたアル君の元へと歩いていきます。水に濡れた体が月や星の光を受けてうっすらと光るアル君の姿は幻想的で正に人魚と言う名にふさわしいと言えますね。
そんな幻想的な存在の隣へとゆっくりと腰を下ろします。そういえばいつかもこんな風に話したことがありましたね。確かエリザさんが来たころだったでしょうか。ほんの一昔前の事のはずなのに懐かしく感じます。
「おっちゃん、ごめん」
「んっ、何がでしょうか?」
いきなり謝ってきたアル君の意図がわからずに聞き返します。特に謝られるようなことをされた覚えはありませんし。
「いや、俺が捕まったからおっちゃんが身代わりに……」
アル君の顔が歪み瞳は今にも泣きだしそうなほどにうるうると潤んでいます。確かにアル君からしてみたら私が身代わりになって捕まったように見えるかもしれません。
しかしそれは勘違いです。助けたいと思って行動はしましたが、それ以降の捕まったままの状態を選択したのは私の判断なのですから。
「違いますよ。アル君の責任ではありません。むしろアル君たちに怖い思いをさせてしまって私こそすみませんでした。エルフの方々が比較的友好的でしたので、まさか交渉相手の船に乗り込んでくるような者がいるとは考えていなかった私のミスです。今後も外交を続けるとしたらその辺りもしっかりと計画しないといけませんね」
アル君に向けて頭を下げます。今回の事は本当に私のミスです。気が緩んでいたというのは確かですしね。船長として船と乗員を守る義務を怠ったのですからその責は私にあります。アル君に謝られるようなことではないのです。
「やっぱ、おっちゃんはおっちゃんだな」
私の言葉を聞いて少し驚いていたアルくんでしたが、目にたまっていた涙を乱暴に腕でぬぐうとぎこちないながらもニコリと笑ってくれました。うん、やはりアル君は笑っていた方が可愛いですね。
「それはそうと1人で来たのですか?」
「ああ、ちょっとこっそり抜け出してきた」
「後でしっかりと怒られてください」
「大丈夫だって。ちゃんと水の奥底を通ってきたから誰も気づかないって」
体を預けてきたアル君を支えながら、ニシシと笑っている姿を眺めます。ここは私が代わりに怒るべきところなのでしょうがやめておきましょう。アル君の心遣いは嬉しかったですし、それにきっと誰かが気づいているような気がするのですよね。その誰かにアル君を怒る役はお譲りしておきましょう。
機嫌の良さそうなその姿からは特に今回の事がトラウマになっているような様子は見えません。慎重に経過を見る必要はあるでしょうが一安心です。
「皆さんはどうしていますか?」
「エルフたちはばたばた走り回っていたぞ。ハイとホアはおっちゃんを心配してた。エリザは会えなかったけど……ミウがたぶん悲しんでたぞ。あんまり顔は変わんなかったから何となくだけど」
「ミウさんがですか」
その言葉に心がギュッと締め付けられるのを感じます。感情をあらわにしないことに長けたはずのミウさんがアル君にそのことがわかってしまうほど動揺したと言うことです。
申し訳ない気持ちが沸き起こり、そしてそれと相反するように愛しい気持ちが溢れてきます。今ここに居れば全力で謝罪し、抱きしめていたでしょう。
零れそうになる涙を堪え、空を見上げます。もしかすると今、ミウさんも同じように空を見上げているかもしれません。近いはずなのに遠いこの距離がとてつもなく恨めしい。
あぁ、私はこんなに感傷的な人間だったでしょうか? いえ、ミウさんと出会ったからこそそうなったのかもしれません。
「アル君、皆に私は元気であること、そして心配をかけてすまないと伝えてください」
「わかった」
「あと、ミウさんにですが……いえ、これはやめておきましょう。自分で言うべきですから」
「何だよ、おっちゃん。気になるじゃん」
アル君がうりうりと私の胸をこづいてきます。そんな姿に少しだけ癒されながら、しかしこの状態のアル君が要望を聞くまであきらめないことを知っている私は少しためらいつつも言葉を続けることにしました。
「……ミウさんには愛していると伝えてください」
「よし、絶対伝えるからな!」
アル君が良い顔をして湖に飛び込んでいきました。顔が熱くなっていくのを感じます。きっと私の顔は今は真っ赤になっているのでしょう。本当ならばプレゼンテーションの資料を早く作るべきなのでしょうが……しばらくはこのほてりを取ることにしましょう。
セドナ国の町の灯りをぼんやりと眺めながらそんなことを考えるのでした。
役に立つかわからない海の知識コーナー
【ハルク】
この言葉でイメージするものは人によってさまざまだと思いますが今回は船のハルクについてです。
ハルクは1130年ごろにヨーロッパの一部で使用されていた船であり、竜骨が無く船首と船尾の板張りが船首と船尾の柱と平行に持ち上がって終わるところまで続いている珍しい形の船です。
これは地中海で良く見られた形の船の形式に従っていますがイギリスのヘンリ一世の絵にこの船が書かれておりヨーロッパの北部、イギリス辺りでも使用されていたことを示しています。
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