Flag118:話すように説得しましょう
「お前は何を知っている?」
治療していた椅子から立ち上がり、そう言いながら私を見るノシュフォードさんの姿からは警戒心以外の感情を読み取ることが出来ないほどです。やはり話し方を間違えたかもしれません。しかし聞きたい内容からして話さない訳にはいかないことですしね。
「何を知っているとお思いですか?」
「それは……」
続きの言葉を発しようとしたノシュフォードさんが慌てたように言葉を止めます。血を失って判断能力が落ちているだろう状態であるにも関わらず大したものです。確証になるかと思ったのですがそんなに簡単にはいきませんか。しかしそうすると順序立てて話す必要があるでしょう。結論だけ話しても納得しないでしょうしね。
疑いつつも治療などの恩義は感じていただいているのか剣を突き付けられるようなことはありませんでした。話しやすくて助かりますね。
「そんなに警戒しなくても大丈夫ですよ。私は何も知りません。予想はいくつか立てていますが事実かどうかの確認は出来ませんしね。私の予想でよろしければお話ししますがお聞きになりますか?」
「ああ」
「では、どうぞ」
うなずいたノシュフォードさんに座るように促したのですが、彼が座ろうとすることはありませんでした。すこしふらふらとしながらも私のことをじっと見つめています。私の真意を見逃さないようにと考えているのかもしれません。
ふぅ、と小さくため息を吐いてそして彼の瞳をじっと見返します。そんなに見たいのであれば存分に見ていただきましょう。
「私たちがこの国にやってきてからしばらく会談自体をかわされていました。それが変わったのが先日行われたパーティーの時。その時に内々に会談がしばらくしたら始まり同盟が成立すると話を聞きました。しかしそれはすぐではなく3日後。さて他国の王族と皇族に対してこのような対応を行ったのはなぜでしょうか?」
「……」
ノシュフォードさんは私の質問に答えませんでした。答えられる立場ではないのかもしれませんし、答えられないのかもしれません。まあ答えてくれるとは最初から考えていませんのでどちらでも良いのですが。
「相手の心証が悪くなる可能性を考慮しなかったとは思えません。それでも時間が必要だった。何のために? 考えられるものはあまりありません。その中でも一番可能性が高いもの、それは情報です。もたらされた情報が正しいかどうかの確認を行いたかったと考えるのが最も自然です。相手の言う事を鵜呑みにして同盟を結ぶわけにもいきませんから当然ですね。私としては初めからそう言っていただけた方がスムーズに進んだのではないかと思いますが、まあこの辺りは国としての考え方というものがありますので何とも言えません」
もしかするとエリザさんとアイリーン殿下と言う2人が来てしまったためにそうせざるを得なかったのかもしれませんがね。こちらとしては本気であることを示すための手段と考えていましたがそれがプレッシャーとなってすぐに同盟を結ぶかどうかの判断をしなくてはいけないと言う結論になったのかもしれません。まあその辺りはどうでも良いでしょう。
「エルフがどうやって情報を手に入れると言うんだ。我々が目立つのはお前だってわかっているだろう」
「そうですね」
ノシュフォードさんの言葉を肯定し肩をすくめます。自分の言葉をあっさりと肯定されるとは思っていなかったのかノシュフォードさんが意外そうな顔に変わりました。
確かにエルフの方は目立ちますからね。みなさん端整な容姿をしていらっしゃいますし、耳も人より長いですしね。普通の人に紛れればそんな特徴だらけのエルフの方が目立たない訳がありません。たとえ耳が長くなかったとしても美女、美男は印象に残りやすいですから情報収集には向かないでしょう。
「エルフ以外の協力者がいるということも考えられますけれどね。まあその可能性は高くは無いかなと思っています。ところで唐突ですがノシュフォードさん。私はこれまでいくつかの国を船で巡ってきたわけですがその国、その町ごとに特産や料理は違っていました。これはなぜだと思いますか?」
「脈絡がなさすぎるな。今の話に関係があるとでも言うのか?」
「ええ。まあおそらくですが」
唐突な話題の切り替えにいぶかしげに私の方を見ているノシュフォードさんに答えを促します。話の流れ的にはこういった話題の飛び方は望ましくはないのですがあまり長時間話すと言うのは今の体力の低下しているノシュフォードさんには厳しいですからね。
「気候、土地、文化、風習などが違うからだろう」
「そうですね。情報が手に入らないにしては良くご理解しているようで」
「っ!」
あっさりとほぼ100%の回答を出してきたノシュフォードさんにそのことを指摘すると一瞬ですがしまった、という苦々しい顔をしました。普段ならば変わらずに流していたかもしれませんね。
そんなノシュフォードさんに軽く笑いかけながら話を続けます。
「冗談です。回答としては申し分ないものですよ。大雑把にいえば環境と人によって変化すると言うことです。そしてその環境と人によって生活が変わりますのでそれに伴い特産や料理が変わっていくわけです。そしてそのための道具も」
道具、という言葉を聞いた瞬間、ピクッとノシュフォードさんの目が泳ぎました。おそらく本人は無意識なのでしょうが。ふむ、やはり合っていそうですね。ここまでご高説を垂れて間違っていては恥ですが、なんとか今回は大丈夫なようです。
「私は商人ですから訪れた町のほとんどの商店の商品を確認しています。先ほど言ったように同じ用途の道具でも生活に合わせてその形状などは様々でした。そんな中、不自然すぎるほど同じものがありました。それは魔道具です。魔道具だけがほぼ同じ形をしているのです。ノルディ王国でもランドル皇国でも、そしてこのセドナ国でも」
「……誰か祖がいてその教えが脈々と続いているという可能性もあるだろう?」
ノシュフォードさんが思いの他早く別の可能性について指摘してきました。
確かにその可能性はあります。師匠が同じであれば弟子の作品が似たものになると言うことは確かにあります。しかし……
私は首を横に振ります。
「それはありえません。例え祖が同じでも年数が経つにつれその環境や人に最適なデザインへと変化していくはずです。食堂などが時代や代替わりなどで少しずつ味が変化するようにね」
「……」
ノシュフォードさんは何も話しませんでした。ただじっと私を見つめてきます。それが答えと言うことでしょう。
私の予測、それはこの魔道具の店を経営しているのがエルフの方々ではないかと言うものです。もちろんそうでは無い店もあるのでしょう。しかし少なくとも私が今まで訪れた町についてはおそらくその予測通りだと思います。
ノルディ王国とランドル皇国だけの時はたまたまかと思っていたのですがね。奴隷と言う大きな違いはあるとは言え気候などは似通っていますし、大陸も地続きで交易もしているのですから。
しかしこのセドナ国で魔道具を見て、そしてそれがほぼ同じと言うことを知って確信しました。他国とあまり交流がなく、しかも周囲を森で囲まれ泉のほとりに住んでいる全く環境の違うこの国の魔道具のデザインが他の国と全く同じなのですから当たり前です。
おそらく数十年と言う単位ではないでしょう。長い時間をかけて地元の店として定着させそこで情報を収集する拠点としていたのだと思います。その情報があったからこそ周囲を国で囲まれた不安定なこの土地でずっと独立を保っていられたのでしょうね。
「まあ他国のスパイなどどこでもやっていますので、その方法についてはどうでも良いと言えば良いのですがね。この推論を私が他人に話すつもりはありませんし。もちろんエリザベート殿下にも」
「ではなぜそんな話をした?」
「もちろんノシュフォードさんに事実を話してもらいやすいようにですよ。私は知りたいのです。ノシュフォードさんが何を見たのかを。それによっては私も同盟をただ結んでも負けると判断せざるを得ませんから」
ノシュフォードさんがじっと私の目を見つめます。その表情からは警戒心が薄れ、真剣にこちらを見ています。私が信頼できるかを確かめているのでしょう。
しばらく2人で見つめあったまま時が経ち、そしてノシュフォードさんがふぅ、とため息を吐くと椅子へと座り直しました。
「わかった。俺が見た物を話そう。信じられないかもしれないがな」
そう前置きしてノシュフォードさんは話し始めるのでした。
役に立つかわからない海の知識コーナー
【蒸気船登場後の帆船】
蒸気船が登場して帆船がすぐに無くなったかと言えばそうではありません。蒸気船が初めて外洋に乗り出した後も数十年は帆船の数は増えていたようですし、19世紀末には巨大な鋼鉄のバーグが建造され長距離貿易で使われました。
また漁師などもすぐに蒸気船に移行できるはずも無く1930年代まで帆船を多く利用していましたし、レクリエーションの場としても人気になりました。
使用目的が変わっても変わらずに海を走る帆船を見ることが出来るのは良いことですよね。
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お読みいただきありがとうございます。今日一万ポイントを超えるかもです。本当にありがとうございます。




