Flag116:人質として様子を見ましょう
アル君たちは部屋の外へと連れ出されていきましたが、人質が私になっただけで状況としては特に好転していません。ピリピリとした空気が両者の間で広がっています。これがこのまま続くのはまずいですね。
「座ってもよろしいですか?」
「勝手にしろ」
視線は獣人の方々に向けたままですがしっかりと返事をしてくれています。しかも座る許可まで。うーん、話が通じないと言う訳ではないのですよね。
子供たちを開放したことと言いこのエルフの男も根っからの悪者と言うようには感じません。まあやっていること自体は犯罪に他ならないのですがね。
とりあえず言葉のキャッチボールを続けますか。聞きたいことはいろいろありますし。
男の言葉に従いゆっくりとソファーへと腰を下ろします。非日常な空間の中でその感触だけがいつも通りで、しっかりと私の腰を支えました。それが少しだけ不思議です。
細かく自分の目の前で震える剣先から視線を上げて男を見ます。
「お名前をお聞きしても?」
「言う必要があるか?」
「そうですね。しばらくは一緒に居るのですし、あなたとか犯人さんと言うのもどうか思ったので。まあ、あなたの知り合いが来ればわかることですから言う必要があるかと聞かれればないかもしれませんね」
「……ノシュフォードだ」
しばらく間を開けた後、渋々と言った表情のままノシュフォードが答えました。うーん、律儀ですね。そんな方がどうして……あぁ、そう言えば初めに聞くべき質問を忘れていました。
「ノシュフォードさん。なぜこの船にやって来たのですか? そして何か要求があるのであればお教えていただければありがたいのですが。出来うる限りは応えさせていただきますよ」
「必要なのはこの船だ」
「この船ですか? それはどう……」
「ノード!!」
私の言葉を遮るように部屋にトリニアーゼさんが飛び込んできました。そして彼女に続いてロイドナールさんや私の見たことのないエルフの方々も駆け込んできます。先ほどまでは少し離れていた剣先が私の首のすぐそばに寄せられます。これは思いのほかきついですね。アル君と代わっておいて正解でした。
「ワタルさん!? ノード、馬鹿なことはやめて剣を捨てて」
「それはできない。俺はこの同盟には反対だ。俺の報告を聞いただろう。このままではセドナ国は他の国共々滅ぼされる運命だ」
「それはお前の妄想じゃ」
何かを言おうとしたトリニアーゼさんの肩をロイドナールさんが叩き言葉を止め、そしてエルフの集団の先頭へと立つと冷たい瞳でノシュフォードさんを見ながらその言葉を切り捨てました。聞く耳はないようですね。
「ロイドナールか。お前も引きこもり過ぎて現状が見えていないようだな」
「少なくともお主よりは見えておるわい」
2人はお互いのことを見つめあったまま無言で身じろぎ1つしません。互いに主張を譲るつもりは全くないのでしょう。
しかし話の内容からするにセドナ国の全体としてはパーティの時にトリニアーゼさんの独り言で聞いたように同盟には前向きであり、それに反対したノシュフォードさんが今回の凶行を引き起こしたと言うのが事の顛末のようですね。
報告とも言っていましたからノシュフォードさん自身がなにがしかの情報を提供しており、その事実からノシュフォードさんは反対の立場になり、他の方はその事実があったとしても同盟の方がメリットがあると考えたわけですね。
短いですが今までのノシュフォードとのやり取りから推察するに彼なりに説得しようと努力し、それでも受け入れられなかったからこんな凶行に及んだのでしょう。なぜこの船が必要なのか明確な理由はわかりませんがね。
しかしこのままお互いにヒートアップしていってもらっては困ります。熱くなると人は思わず、と言う事が多くなりますからね。思わずで殺されたりするなんて真っ平ごめんです。
「あの、申し訳ないのですが少し冷静になっていただければありがたいのですが。人質もいることですので」
何というか人質自身が言う事ではないと思うのですが、2人の目からは私が消え去っているように感じましたしね。その証拠と言って良いのかわかりませんが2人の視線が一瞬私の方を向き気まずそうにしていますし。
「とりあえず大まかな事情を教えていただければありがたいのですが。突然人質になりましたし現状をお互いに確認する意味でも有効だと思いますので」
「確かにな」
「そうじゃな。トーゼ、説明を頼む。お主が最適じゃろう」
「わかりました」
ロイドナールさんに促されトリニアーゼさんが事実関係を話し始めました。大まかな話は私の予想した通りですね。ノシュフォードさんが何の情報をどうやって手に入れて提供したのかなどは語られませんでしたが、同盟に反対し暴走したという事実は確かなようです。特にノシュフォードさんから訂正も入りませんでしたから客観的に見て誤りはないのでしょう。
しかし事実関係を聞いてもそこからなぜこの船が必要になるのかがわかりませんね。
「おおむね理解しました。簡単に言ってしまえばセドナ国としては同盟に賛成だが、ノシュフォードさんとしては反対と言うことですね。しかしなぜこの船が必要なのですか?」
「ランドル皇国が欲しているからだ」
「国防の取引材料に使えるほどにですか?」
「わからん。しかし皇国の手足とも言われるウェストス海運商会が巨大なギフトシップを血眼で探しているそうだ。どこまで通用するかはわからんがカードの1つにはなりえるはずだ」
「ふむ、そうですか」
久しぶりに懐かしい名前を聞きましたね。ウェストス海運商会ですか。アル君たちローレライの襲撃事件以降はあまり話を聞かなかったのですがね。
しかし巨大なギフトシップを血眼になって探しているという事が事実であれば、フォーレッドオーシャン号の情報が既に流れていたようですね。まあ通信の魔道具があるという事がわかった時点で座礁させた船の誰かから報告されている可能性は考慮していましたのでそこまで驚きはありません。
今となってはルムッテロでは巨大なギフトシップ、フォーレッドオーシャン号の存在は周知の事実になっているでしょうしね。
しかしいくらフォーレッドオーシャン号が素晴らしい船であると言っても外交の、しかも侵略しようとしてくる相手との交渉において役に立つとはあまり思えないのですがね。ランドル皇国は大陸の統一を目指しているのですからセドナ国と同盟を組むと言う可能性も低いでしょうし。
いえ、低いからこそ少しでも心証を良くして可能性を高めようとしているのかもしれませんね。私個人としては無謀だと思いますが。
ノシュフォードさんの要望通りランドル皇国にこのフォーレッドオーシャン号を渡すなんてことは到底看過できません。と言うより他のエルフの方を説得できていない現状でノシュフォードさんがこの船を手に入れたとしても全く意味がないのですがね。そこまで考えが回らないほど追いつめられているということでしょうか。
そこまで追いつめられるほどの情報とはいったい何なのでしょうか?
ソファーに座りつつノシュフォードさんの顔をうかがいます。先ほどの獣人の方だけよりはるかに多くの人数に囲まれているにも関わらず、その表情はどこか先ほどまでよりも穏やかで、その瞳に宿る意思は強くなっているように見えました。
なぜでしょう? なぜ彼はここまでしてしまったのでしょう?
改めてそのことを考えながら彼の表情を見たとき私は理解してしまいました。彼がなぜこんな行動をしたのかを。そして何を成そうとしているのかを。
彼の瞳を見たときに覚えた違和感が、既視感が何であったのかを。
それを理解した私はにらみ合ったまま沈黙を続ける両者に向けて声をかけました。
「とりあえず今日はもうやめましょう。お互いに一度冷静になる必要があります。すみませんが私とノシュフォードさん以外は船から降りていただけますか。あっ、もちろん獣人の方もです」
事態を打開するための私のそんな言葉に、その場にいる全員が驚いた顔で私の方を向くのでした。
役に立つかわからない海の知識コーナー
【ヴィクトリー号】
トラファルガーの海戦でネルソン提督の船として知られている船であり、海軍で現在もなお就役している世界最古の船でもあります。発注されたのは1758年の事で、進水式は1765年。実際に旗艦として就役したのは1778年という200年以上前に建造された船になります。
3本マストの帆船で乗員は850名。長さ57メートル、2142トンで、もちろん何度も改修を行っていますがその貫禄ある姿は歴史を感じさせます。一時は囚人用の病院船になっていたそうですがね。
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読んでいただきありがとうございます。
まさかのジャンル別日刊1位でした。見間違いか夢かと思いましたが現実でした。読んでいただき本当にありがとうございます。そして少しでも船や海に興味を持ってくださればと思います。




