Flag11:お礼をしましょう
とりあえず当面の見通しは立ったことに安堵した私は、そのきっかけを作ってくれたガイストさんたちにお礼をすべくキッチンで少し考え込んでいました。
とりあえずお昼をご馳走するとして何を作ろうかと。
調味料だけでなく冷凍の食材もポイントさえあれば補給が出来ることが確認できたので、久しぶりに肉を使った料理でも作ってみましょうか。海に住むローレライの方々にとっては魚以外の肉を食べる機会なんてほぼないでしょうし。
現在この船にある食料は米や小麦、缶詰などを除けばほとんどが冷凍されたものです。もちろん最初は普通の冷蔵庫に入った食材などもあったのですが、それらは消費期限の長いものを除いて優先的に使ったのでこちらに来る前に使い切っています。
そういった関係で少し困っているのが作ることのできる食事のレパートリーが狭まってしまっていることですね。特に卵と牛乳が無いのは痛手ですし、冷凍したものはあるものの野菜も種類が限られてしまっています。
現状あるものの中で作れるものとしたら……
冷凍庫の中身を思い出しながら缶詰の入った棚を確認します。そしてホールトマト缶を取り出し調理台へと置くと、冷凍庫から豚ひき肉とみじん切りの玉ねぎと人参を取り出します。
作るのはミートスパゲティです。ステーキも一応あるのでどうしようかと思ったのですが、いきなりステーキというのもなんですので様子見も兼ねて決めました。パスタはアル君の好物でもありますからちょうど良いでしょう。
冷凍された玉ねぎ、人参を電子レンジで解凍し、オリーブオイルを入れて熱しておいた鍋へと投入します。火加減は中火から弱火の間といったところです。
焦がさないように様子を見ながらしんなりするまで炒め、同じく電子レンジで解凍した豚ひき肉を加えて、塩コショウして味を整えます。久しぶりに嗅ぐ肉の焼ける匂いに思わず鼻が動いてしまいます。
ひき肉の色が完全に変わったら一度火を止め、ホールトマト缶のトマトを手で握りつぶして鍋に投入します。私としては完全に潰してしまうよりも多少なりとも形が残ったほうが食感も楽しめて美味しいと感じますがこれは人それぞれでしょうね。
続いてケチャップ、コンソメを加えたら、弱火にして煮込みを再開し、混ぜながらウスターソースを加えていきます。水は加えませんので、鍋に蓋をし、焦げ付かないようにたまにかき混ぜながら8分ほど煮込みます。
その間にフライパンでにんにくを細かく刻んだものとバターを炒め、最後に鍋に投入します。これを入れるか入れないかでコクやまろやかさが全く違いますからね。3分ほど煮込めばミートソースの完成です。
後はパスタを茹でれば出来上がりますが、流石にこれ一品というのもさみしいような気もしますね。
そんな私の目に止まったのは先ほどミートソースの仕上げのためににんにくとバターを炒めたフライパンでした。そうですね、ソードフィッシュから採れた魔石で見通しが立ったのですから記念にソードフィッシュの照り焼きでも作りましょう。
照り焼きを作り始めるその前に、操舵室へと戻り、寝ているアル君を申し訳ないながらも起こしてガイストさんたちを呼びに行ってもらいます。
起こした当初はちょっと不機嫌そうでしたが、皆さんに新しい料理をご馳走するといえばすぐに機嫌を直し、海へと飛び込むとあっという間に見えなくなってしまいました。この分だとそう時間もかからずにやってきそうです。急がなくては。
お湯を沸かしパスタを茹でる傍ら、冷凍してあったソードフィッシュをレンジで解凍し、バターと細かく刻んだにんにくをフライパンで熱し、両面に片栗粉をまぶしたソードフィッシュに火を通していきます。
両面を焼いたら、一度フライパンからソードフィッシュを取り出し、酒、醤油、みりん、砂糖を2:2:1:1の割合で混ぜたものをキッチンペーパーで軽く拭いたフライパンに入れ、少々とろみがつくまで煮込みます。ポイントは煮詰めすぎないことですね。照り焼き独特の甘辛い匂いが食欲をそそります。
ソードフィッシュをフライパンへと戻し、タレとしばらく絡めればソードフィッシュの照り焼きの完成です。
所要時間は10分。簡単で美味しい照り焼きは私の得意料理の一つです。
パスタもそろそろいい感じですのでそろそろ来てくださると……
「おっちゃん、呼んできたぞー!!」
アル君の声が聞こえました。本当に丁度良いタイミングですね。パスタを湯切りし各々の皿へと盛り付け、少々冷めていたミートソースを軽く温め直してパスタへとかけていきます。照り焼きも人数分の皿を用意してっと。
一式をお盆に乗せ、3人がいるであろう後部デッキへと歩いていきます。階段を下りれば、そこにはいつも通りアル君を真ん中にして三人が座っていました。私を見たアル君が大きく手を振ります。
「おっちゃん、遅いよ」
「すみませんね。最後の仕上げがあったので」
ガイストさんに軽くコツンと頭にげんこつを落とされながらもアル君は笑顔です。隣のリリアンナさんが申し訳なさそうに頭を下げています。本当に良い家族ですね。
リリアンナさんに会釈を返し、気にしないでくださいと伝えます。
「ガイストさんたちのおかげで魔石の使い方がわかりまして、心配事が減りましたのでお礼にお食事をと思いまして。何度もお呼び立てして申し訳ありません」
「いや、気にしなくてもいい。世話になっているのは我々も一緒だ」
「心配事が減ったのなら良かったです」
軽く頭を下げる私に、2人が優しく声をかけてくれます。ここに来てアル君たち家族に会うことが出来たのは私にとってとてつもない幸運だったのでしょう。
「そんなことよりおっちゃん、飯にしようぜ。なんかいい匂いがするし、うまいんだろ!」
「そうですね。今までとはちょっと変わった料理にしてみました。お口に合えば嬉しいですね」
待ちきれないのかアル君が背伸びして私の持ったお盆を覗き込もうとしています。まあ背が足りませんので全く見えないのでしょうが期待しているのは嫌でも伝わりました。
あまり待たせても料理も冷めてしまいますのでそれぞれの前にミートスパゲティとソードフィッシュの照り焼きを置いていきます。トマトの香しい匂いに3人の目が一段と輝いていますね。そして手を合わせてじっと私を見ています。
「それでは……」
「「「「いただきます」」」」
4人の声が合わさり、そして各々が自分の皿へと手をつけていきます。フォークの扱いも慣れたもので、くるくるとパスタを器用に巻いては口へと運んでいます。
「うおっ、うまっ!」
「うむ。確かにうまいな」
「そうね。酸味とこの小さなコリコリしたものから出る独特の味が絡み合ってとてもパスタに合うわ」
アル君とガイストさんは夢中で食べていますが、リリアンナさんは料理の勉強をしているだけあってじっくりと味わって食べているようですね。どれ、私も一口。
やはり最初に来るのはトマトの酸味、しかし口の中で咀嚼するにしたがって豚ひき肉から出た肉汁のジューシーさ、玉ねぎや人参の甘みを感じ、そして隠し味のにんにくとバターが深いコクとちょっとしたアクセントを効かせながらパスタに絡みついて口の中へと広がっていきます。
久しぶりに食べた肉はやはり美味しいですね。年を取ってからはどうも肉の油がしつこく感じてしまって魚寄りの食事になっていたのですが、そんなくどさは全く感じません。
一口、また一口とパスタを口へと放り込みます。
「あの、ワタルさん。こちらの料理はなんという料理方法なのですか?前に教わったムニエルと似ていますが味付けは違うようですが?」
リリアンナさんが一口分欠けた自身の照り焼きを指さしながら聞いてきます。確かに調理方法は似ていなくもないですね。味付けは全く違いますが。
「これは照り焼きという料理ですね。いただいたソードフィッシュで作ってみました。ご希望であればまた今度お教えしますよ」
「はい、ぜひお願いします」
嬉しそうに微笑んだリリアンナさんが照り焼きを一口分切り出して口へと運び、顎を上下させながら幸せそうにうっとりとしています。
調理方法は簡単お手軽ではありますので教える分には大丈夫なのですが、今までは調味料や料理に使う道具などが問題だったのですよね。
しかし今回の魔石のことがあって補給できることがわかりましたので調味料や料理に使う道具などを差し上げても大丈夫でしょう。これでローレライの方々にも料理が広がるかもしれません。
そんな事を考えながら私もソードフィッシュの照り焼きを頬張ります。魔物の肉ということで以前は少し警戒していたのですが、クセのない淡白な身がゴロっとしており、その身に甘辛い照り焼きのタレがマッチしています。
うん、本当に普通のメカジキと変わりませんね。いえどちらかといえば旨みが凝縮されているこちらのほうが美味しいと言えるかもしれません。噛むごとに溶け出してくる旨みが飲み込みたくても飲み込めないという葛藤を引き起こすくらいです。
「ごちそうさま!」
「相変わらずワタル殿の料理は美味しいな」
「ええ、私も頑張らなくっちゃ」
麺一本残さず綺麗に食べられている皿を回収しつつ「どういたしまして」と返します。これだけ嬉しそうに食べていただけるのでしたら作ったかいがあるというものです。
食事を食べ終わったアル君がウトウトしているのを優しく見守るリリアンナさんを横目に、ガイストさんへと視線を向けます。少しお話をしなければいけませんからね。
「ガイストさん、折り入って3点ほど相談があるのですが」
「なんだ?」
「まず1つ目は魔石をいくらか融通して頂けないかということです。対価としては調理道具や食材の融通を考えています」
指を1本立てて話します。ガイストさんが何か言おうとしたのを2本目の指を立てることで制止します。とりあえずすべての相談を聞いてからの方が良いでしょうからね。
「2点目は私はこの辺りの常識に疎いので、誰か詳しい人にそのあたりの知識を教えていただきたいということ。そして3点目ですが……」
ひと呼吸置きます。まず間違いなく反対されるでしょう。しかし自分自身を騙すことなど出来ません。
「一度、人の住む町へと行ってみたいと思います」
「それは!」
「はい、ガイストさんに言われたとおりトラブルに巻き込まれる可能性は高いと思っています。ですのでなにかお知恵を拝借したいのです」
燃料を補給できると確信したとき、これでこのまま生活できるという安堵があったのは確かです。しかしそれ以上にその事実は私の心の奥へと火をつけてしまいました。
航海をする上で重要なものは様々です。物資、自船の位置は言うに及ばす適正な人員の配置など考えればキリがありません。
その中でも燃料の補給というのは最重要なものの1つです。燃料のない船などただの筏と同じですからね。他に誰もいない海上でそうなってしまえば行き着く先は死しかありません。
だからこそ航海に出る前に海図や港について調べるのです。海には道なんてありません。どのルートを選択するもその船次第です。どのルートを選択するのか? そこに障害は無いのか? 所要時間はどのくらいか? そこから逆算するといつ出港してどれだけの燃料を積めば良いのか?
それらには気象や海象の知識も必要になり、トラブルの時の寄港先も考えておく必要があります。
航海計画を立てる上で燃料というのは非常に重要なファクターになっているのです。その船に積める燃料は有限でありそれを基に計画を立てなければいけないのですからね。
しかし現状は全く違います。魔石をポイントとして変換し保持しておけば場所を取ることなくいつでも燃料が補給できるのです。しかも燃料だけでなく食材さえも。
それは今までの航海という概念を覆してしまうほどの変革です。十分なポイントさえあれば寄港することなくどんな海へも行くことが出来る。
それを理解したとき、私の胸に去来したのはまだ見ぬ未知の海へ行ってみたいという渇望でした。確かにここにずっといれば心穏やかな日々が過ごせるのでしょう。料理をご馳走したり、歌を一緒に歌ったり、魔石をたまにもらったりしながら過ごす日々。それはとても幸せな日々なのでしょう。
しかし私の心が騒ぐのです。本当にそれでいいのかと。この最高の船、フォーレッドオーシャン号と世界の海を旅してみたくはないのかと。
ガイストさんがじっと私の目を見つめてきます。私も目を逸らさず見返し続けます。厳しい表情をしたガイストさんはその鍛えられた体と相まって非常に威圧感があり、思わず顔を逸らしてしまいそうです。しかし私の覚悟を問うその瞳から逃げるという選択肢はありません。
沈黙が数秒続き、そしてガイストさんが肩を落としながらふぅっとため息をつきました。
「本気のようだな」
「はい。無論今すぐというわけではありません。出来る限り準備もするつもりです」
「当たり前だ。それにしても、そうか。良き隣人として過ごしていければと思っていたが残念だ」
「そうですね。そういう生き方もあったかもしれません。でもこの船で旅をしてみたいという気持ちが抑えきれそうにないのです。今、心を偽ったとしてもいつか旅立つことになると思います」
「ふっ、そうか」
ガイストさんがゆっくりと船を見上げます。その瞳に映るのは私の相棒であるこのフォーレッドオーシャン号の洗練された後ろ姿です。その瞳に寂しさが含まれているように感じたのは私のうぬぼれでしょうか?
ガイストさんがゆっくりと私へと視線を戻し、笑って手を差し出してきました。
「出来る限りのことをしよう。いつかの時までよろしく頼む」
「はい。こちらこそお願いします」
ガイストさんと握手を交わします。その力強くゴツゴツした手に頼もしさを感じるとともに、この人の恩に報いるためにどうすればいいのだろうとすぐには答えが出るはずのない悩みを抱えることになるのでした。
役に立つかわからない海の知識コーナー
【ムニエル】
洋食の魚料理の代表格です。ちなみにムニエとはフランス語で粉屋と言う意味になります。作り方は簡単で塩コショウで下味をつけ、小麦粉をまぶしバターで焼くだけです。コツは焼く直前に小麦粉を薄く均等にまぶすこと。
フランス料理と言うとなんとなくおしゃれな感じがしますので、恋人や狙っている人がいるならお家ご飯に誘ってはどうでしょうか?
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お読みいただきありがとうございます。




