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Flag115:アル君と代わりましょう

 アル君とその若いエルフの男のテーブルを挟んだ対面にはこの船の護衛をしてくださっている獣人の方々が抜身の剣を持った状態で対峙しており、憎々し気な表情でエルフの男を見ています。今にも襲い掛からんばかりの勢いですがアル君を人質に取られてしまっているため動けません。獣人の方の中にもちらほらと傷を負っている方がいらっしゃいますが大事はなさそうです。


 状況は把握しました。元の世界でもこういった場合の訓練は受けたことがありますし、この世界に来てからも何度も想定しました。


 だから大丈夫です。


 怯えた顔で私を見つめるアル君の姿に歯がギリッと鳴り、握りこぶしに力が入るのを止められませんがこの怒りは事態を悪化させることしかありません。冷静にならなければならないのです。

 ゆっくりと深く二度呼吸を繰り返します。そしてゆっくりと口と手から力を抜いていきます。慎重にこの状況を打開する手段を考えなくてはなりません。そのためには何より冷静に思考を続けなければ。


 人質が有効な現状ではこちらが何らかのアクションを起こさない限りアル君が危害を加えられる可能性は少ないはずです。

 そしてあの若いエルフの男の状態から言って時間は私たちの味方です。致命傷は無いようですが血を流しているという事は着実に体力を奪っていくのですから。

 しかしアル君やその後ろで震えているハイ君とホアちゃんの体力、そして心的な負担は心配ですね。だからこそまずはそれを減らすために動きましょう。


 注目を集めるためにゆっくりと子供たちの元へと歩を進めます。子供たちを安心させるように笑顔を浮かべているつもりですがうまく出来ているかは判断できません。

 男はアル君ののど元に剣を突き付けたまま動きません。獣人の方々を警戒しているようです。私にもちらちらと視線を向けては来ていますが非武装の私と剣を持った獣人の方では脅威度が違いますからね。当たり前ですが。


「そこのお前、止まれ!」


 およそ3メートル程度の距離まで近づいたところで男が声を上げました。思ったよりも近くまで来ることが出来てしまいましたね。良いか悪いかは今のところ判断がつきませんが。

 とりあえず私に意識を向けさせることには成功しました。では話し合いを始めましょうか。


「この船、フォーレッドオーシャン号の船長のワタルと申します。あなたが剣を突き付けているその子は私の恩人である方々の子供で私の大切な友人でもあります。もし可能であれば解放していただければありがたいのですが」

「出来るはずがないだろうが。解放すればそこの獣人たちが俺を襲う。それとも何だ、お前が代わりに人質になるってのか?」


 そう言いながらどこか疲れた笑みを浮かべる男のその姿に違和感を覚えます。まだまだ判断材料が少なすぎて明確にはわかりませんが何とも言い難い感情が心の中で渦巻いています。

 焦燥感に似ているようでどこか違います。この感情はいったい……いえ、今はそんなことを考えている場合ではありませんね。せっかくこちらに都合の良い話をあちらから出してくださったのですからこの好機を逃してはいけません。


「ではそうしましょう」

「はっ?」

「私が代わりに人質になるという意味ですよ。もちろん抵抗はしません。不安でしたら手と足を縛ってもらっても構いませんが」

「おっちゃん、何言ってんだよ!」


 男は私の言葉に混乱しているようですね。私のことをいぶかし気な目でじっと見つめています。私が何を考えているのか推し量っているのでしょう。自ら人質になるなんてことは普通ならありえないですし、目的があると考えるのは当たり前です。


 実際、目的もありますしね。

 自分自身が一番つらい状況であるのにも関わらず私に向かって怒鳴りつけてくるようなこの世界で最初にできた優しい友人、大切な存在であるアル君を助けると言う何よりも大切な目的が。


 こうして近くで見ると男の体は細かく震えていました。思ったよりも限界が近いのかもしれません。しかしその瞳には力がありました。疲れ切ったような男の表情の中でその決意を秘めた強い瞳だけがやけに印象的で引き込まれそうになります。

 私の中でまた何かがうずいていきます。

 正体不明の感情を振り払うように言葉を続けます。


「どうですか。子供を人質にとるというのはあなたの本意ではないのではないですか?」

「お前に何がわかる!」


 大きな怒鳴り声が私に投げかけられます。しかしそれは私の心胆を寒からしめるようなものではありません。男のその怒りが心からのものでないとどこかで感じているからです。本気でない虚像の怒りに怯えるほど私も若くはありません。


 何も言わずじっと男を見つめます。揺れる男の瞳はその心を写しているようでした。もう一押しですか。

 視線を彼から外して獣人の方へと向けます。全員が男の一挙手一投足へと瞬時に対応できるようにこちらを注視してくれています。そのことがとてもありがたく、そして私の背を押します。


「皆さん、武器を納めてください」

「しかし……」

「お願いです。私に命令させないでください」

「ぐっ」


 獣人の方々が苦々しい顔をしながらもその手に持った剣を鞘へと納めていきます。

 私たちを想う彼らの気持ちに反するお願いをしてしまったことを申し訳なく思います。事態を無事に収束させることが出来たら精一杯謝らないといけませんね。


「感謝します」


 手短に感謝を伝えながら獣人の方々に微笑み、そして再びエルフの男を見ます。私を見つめる男の瞳が若干ですが柔らかくなったように感じるのは私の思い込みでしょうか。いえ、さすがにそんな考えは楽観しすぎですね。

 武装が解かれて緊張状態が和らいだから、そういったことでしょう。


「いいだろう。そこのお前、こいつの手足を縛れ。しっかりとな!」


 獣人の方の中でも一番背の低い猫耳の男性に向けて男が命令します。明らかに不服そうにしながら私を見た獣人の彼に黙ってうなずき返し、その通りにするように伝えます。

 あっ、呆れられたようですね。嘆息した猫耳の男性が腰につけていたロープを外してジト目で私へと向かって歩いてきます。獣人の方々の大半はロープを携帯しています。森で罠を張るときに使うそうです。今回は丁度良かったですね。ロープを取りに行く手間が省けました。


 手足を縛られながらそんなことを考えます。とりあえずアル君の安全は確保できそうなので心に余裕が出てきた証拠ですね。

 縛り終わったロープの感触を確かめてみますがどうやっても外れそうにはありません。縛られている部分に圧迫感は無いのですが、見事なものです。


「ありがとうございます」

「いえ。いざという時は……」

「はい」


 後半部分は私に聞こえるギリギリの声量で続けた彼にわかっていると伝えます。私だって死にたくはありません。その判断は私よりも彼らの方に任せた方が良いでしょう。とは言えそんなことにはならないように努力するつもりですがね。

 足を縛られているためピョンピョンと打ち上げられたエビのように跳ねながら男に近づいていきます。人質を変わると言うある意味で英雄的な行為のはずですが、現実はこうも締まらないものなのですね。まあ私に英雄性を求めるのが間違いでしょう。ただの一般人ですし。


「これで良いですよね」

「ああ、約束は守る。行っていいぞ」

「おっちゃん……」

「「ワタル様……」」


 男がアル君から私へと刃の先を変えます。そのことにほっとします。最悪約束を反故にされ4人ともが人質になる可能性もありましたから。まあその場合でも大人の私が行けば男の意識は私へと向くでしょうからどちらにしてもすることは変わらなかったのですがね。

 涙目で私を見上げる子供たちへと笑いかけます。


「大丈夫です。大変なことにはなりませんよ、きっと」

「きっとってなんだよ! もしかしたらおっちゃん、こいつに……」

「アル君、人をこいつなんて呼んではダメです。前に教えましたよね」

「でもこいつが……」

「アル君?」


 アル君がぐっと言葉を飲み込んでうつむき、ポロポロと落ちる涙が結晶となり床に転がっていきました。私の心が温かくなり癒されていきます。今言葉を尽くしてもアル君の涙を止めることなど出来ないでしょう。私の力不足であるというのにその事実がどうしようもなく嬉しいのです。

 アル君の頭に縛られた両手を置き、ぎゅっと抱きしめます。


「すみません、また泣かせてしまいました。後で私をたくさん怒ってくださいね」


 私の胸の中でアル君がぶんぶんと首を横に振りながら嗚咽に体を震わせています。もう少しこうしていたいところですがさすがにこの状況で許されるはずがありません。ゆっくりとアル君の体を引きはがします。


「ハイ君、ホアちゃん。アル君をお願いします」

「わかった」

「任せて」

「ありがとうございます。そして怖い思いをさせてしまって申し訳ありませんでした」


 頭を下げた私にハイ君とホアちゃんが一度ぎゅっと抱きつき、そしてアル君を支えるようにしてこの場から離れていきます。そして子供たちは男と対峙していた獣人の方に保護されましたのでもう安心のはずです。


 とりあえず第一段階である子供たちの解放は成功しました。さて次の段階へと進みましょうか。

役に立つかわからない海の知識コーナー


【単独世界一周】


船を1人だけで操り世界一周すると言うことは並大抵の難易度ではありません。これが史上初めて達成されたのは1898年の6月、ノヴァスコシアのジョシュア・スローカムが操るガフ帆装のスループ艇スプレー号によるものでした。

GPSによる位置情報や気象情報の手に入らない当時の事を考えればいかにこのジョシュア・スローカムが優れた船乗りであるかは自明の理です。

もちろん航海中全てが順調だったわけは無くアメリカ東海岸で竜巻に遭遇したりと危ういこともあったようです。この成功の裏には技術、経験、運全てが合わさっていたのでしょう。


***


お読みいただきありがとうございます。

誤字報告を有効にしたところ結構な頻度で報告をいただきました。ご協力いただき本当にありがとうございます。自分での見直しに気を引き締めつつ更新していきますので今後ともお付き合いをお願いいたします。

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シンデレラが一人の女の子を幸せにするために奔走する話です。

「シンデレラになった化け物は灰かぶりの道を歩む」
https://ncode.syosetu.com/n0484fi/

少しでも気になった方は読んでみてください。

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