Flag113:パーティを終わりましょう
仲を深めることを目的とした今回のパーティで私が重点を置いたのは料理や酒の美味しさなどではありません。もちろんそれは重要ではあるのですが、最も重要視したのは話題性です。
互いに知らない者同士が仲良くしようとするときに最も困るのがそのきっかけです。会話をするにしても共通する話題があった方が良く、なおかつその話題について共感が出来ると更に良いというのは言わずもがなです。
幸いにしてこのフォーレッドオーシャン号にはそのための設備が、そして物がありました。ウェルカムドリンクのシャンパンにしてもそうですし、カクテルのような珍しいお酒を提供したのもそうです。
そして料理でなにか話題性のあるものと考えた時に思い浮かんだのが目の前で調理を披露するという今回の試みでした。
この世界に来て色々な場所で食事をしましたが調理過程を魅せるということをしている店はありませんでした。調理過程が見えてしまう店はありましたけれどね。ミウさんやエリザさんに確認したところそういったものは見たことがないという話でしたので調理過程を魅せるという概念がないのでしょう。エリザさんにも「なぜわざわざ調理しているところを見せるのですか?」と聞かれてしまいましたしね。一度実際に私がやって見せてその効果に納得していただきましたけれど。
そのまま本番でも私が行う予定だったのですがマイアリーナ号のシェフのイマウルさんがパーティを手伝っていただけることになり、その役目をお願いすることに決めました。どうせなら素人料理よりもしっかりとしたプロの美味しい料理の方がより話題性がありますからね。
とは言え最初から成功したわけではありません。確かにシェフが作ることで美味しいステーキが出来ました。しかしそれでは意味がありません。招待客を魅せなければいけないのですから。
肉の置き方から始まる調理方法は言うに及ばず、匂い、音、そしてその時のシェフの表情まで私は細かく注文を付けました。プロに素人が指図するなどおこがましいことこの上ありません。怒られる覚悟もしていたのですがシェフは笑ってそれをすべて受け入れて下さいました。そのことには本当に感謝しかありません。
誤算はシェフがこの魅せる調理を思いのほか気に入ったようで、シェフの満足のいくまで練習に付き合わされたということでしょうか。もともと私からお願いしたことなのでお断りすることも出来ず、獣人の護衛の方を含めて我々の胃は犠牲になったのです。まあその成果はあったようですがね。
会場へ視線を巡らせて眺めます。目の前に広がっているのは人間エルフ関係なく料理の話題に花を咲かせ、カクテルなど飲みながら談笑している招待客の皆さんの姿です。そこには最初のようなお互いに敬遠するような姿はありません。
もちろん今回のこのパーティで会談が進むと言うことは無いでしょう。しかしお互いに理解することで相手を思いやることが出来るようになるはずです。
実際あのエリザさんでさえ進まない今の状況にかなりイライラとしていましたからね。皆さんエルフの方々に対するわだかまりも募っていたでしょう。そういった相手に対する悪感情は交渉と言う場においては最悪の要因にもなりかねません。だからこそお節介ながら今回の事を企画した訳ですがね。
パーティも佳境に入り、日も落ちて照明の照らす柔らかな灯りの元で招待客の方々がまったりと過ごしています。お酒を取りに来る方もほとんど来なくなって久しいのでもうバーテン稼業は終わりですかね。
そんなことを考えていた私の所へ1人のエルフの女性がやってきました。トリニアーゼさんですね。
「パーティは楽しんでいただけましたか?」
「ええ、驚きの連続でした。局長も含めて皆楽しんでいましたよ」
会場を振り返ったトリニアーゼさんの視線の先を追えばエリザさんとアイリーン殿下と談笑しているロイドナールさんの姿がありました。アルコールにより赤くなったその顔に浮かんでいるのは笑顔です。その笑顔の100%が心からのものとは思いませんが、それでも自然と浮かんでいるところはあるはずです。
そんなロイドナールさんの姿に少し口角が上がるのを感じます。
「そうですか。それは良かった。さて、何か作りましょうか?」
「では、先ほどのホワイトレディを2つお願いします」
「はい」
ジン、ホワイトキュラソー、レモンジュースをシェイカーに入れて上下に揺らしシェイクしていきます。今日だけで何十と作りましたので少しは様になっていますかね。
シェイカーの蓋を開けて2つのグラスへとホワイトレディを注いでいきます。ほんのわずかに黄みがかった、まるで霧のようなその姿は清楚で上品。まさしく白い貴婦人の名にふさわしいカクテルです。飲みやすさに比べてアルコール度数は高いので注意が必要ですがそんなところも似ているのかもしれませんね。
「では、どうぞ」
差し出した2つのグラスを受け取ったトリニアーゼさんがそのうちの1つを私へと差し戻してきました。少し首を傾げた私に
「少しの間お付き合いいただけますか?」
「はい、喜んで」
にっこりと笑ってそう言ったトリニアーゼさんからグラスを受けとり、私はそう答えたのでした。
トリニアーゼさんについてテラス席へと歩いていきます。柔らかな照明の灯りと宵闇が交差するこのテラス席はどこか非現実的な雰囲気をまとっています。今は私たち以外には誰もいないようですね。
心地よい風がほてった体を冷ましていきます。バーテンをしながらも付き合いでちょくちょくお酒を口にしていましたので思いのほか酔いが回っていたのかもしれません。
トリニアーゼさんがテラス席の最後部へ行き、そこからじっと景色を眺めていました。月明りのない今日、湖の方を向いたそこからはほとんど何も見えないはずです。いえ、景色を見ているわけではないのかもしれませんね。
その隣へとゆっくりと立ち、同じように景色を見つめます。そこから見えたのは降って来るかのような満天の星々。あぁ、本当にこの世界は美しいですね。
隣でトリニアーゼさんが身じろぎした気配を感じ、視線を彼女へと戻します。ためらいがちに何かを言おうとしているのですが言葉が出てこないようです。ここはお節介ながら手助けしましょう。手に持ったグラスを胸の前に掲げます。
「お誘いいただきありがとうございます。それでは乾杯」
「はい」
グラスが軽く触れあい、チンッと小さな音を立てました。唇を湿らす程度に軽く口に含んだ私とは違い、トリニアーゼさんは一気にグラスを空にします。危ない飲み方ですが勢いをつけたいのでしょう。ホワイトレディを飲み干したトリニアーゼさんが大きく息を吐きました。そして私をじっと見つめます。
お酒が入っているせいかその顔は赤らんでおり、瞳は潤んだようにキラキラと光っていました。端麗な容姿とも相まって非常に魅力的です。適度な酒は女性を美しくする、と言ったのはヒロだったでしょうかね? 懐かしい思い出です。
「すみません、どう話そうかと思いましたがどう言って良いのかわかりませんので私の独り言を聞いてください」
その言葉に黙ってうなずきます。独り言なのですから返事は必要ありませんしね。トリニアーゼさんが私から視線を外し、星空を見上げました。
「おそらく後3日ほどです。それで問題は解決し会談が始まります。会談は問題なく進むでしょう」
トリニアーゼさんのその独り言に様々な疑問が頭に浮かびあがります。しかしそれを聞くことはしません。聞かれても答えることが出来ないからこそ独り言としたのでしょうから。
こちらを見ないトリニアーゼさんに笑いかけ、そして小さく呟きます。
「では私も独り言を。たまたまトリニアーゼさんの独り言を聞いてしまいました。内容の重要性からエリザベート殿下にお伝えせねばなりません。しかしあくまでこれは独り言ですので情報の信頼性はわかりません。公式な発言ではありませんからね」
星空を眺め続けるトリニアーゼさんの口元が緩んだのを確認し、その場を後にします。
去り際に「ありがとうございます」と言う小さな声が聞こえたような気がしました。きっと空耳でしょう。
役に立つかわからない海の知識コーナー
【タートル号】
アメリカの技師デイビット・ブッシュネルが設計した潜水艦の前進とも言える潜水艇であり、その形は人一人が入れるくらいの卵型で木で主に作成されています。そしてその上部と下部に真鍮の部位をとりつけて垂直方向と水平方向へと動くためのプロペラを中で人が手動で動かすことで水の中を移動することが出来るようになっていました。
この潜水艇がなぜ作られたかといえばやはり軍事目的であり、タートル号には吸着機雷が装備されておりそれを取り付ける機構も作成されていました。
実際1776年にエズラ・リー海曹がイギリスの旗艦イーグル号へと機雷を取り付けようとしましたが銅板で覆われたその船底に着けることが出来ず計画は失敗に終わったそうです。
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お読みいただきありがとうございます。
まさかの日間ジャンル別4位です。自分でも信じられません。とは言え見ていただける方が増えたのはとても嬉しく思っています。
船に興味を持っていただける方が増えれば幸いです。今後もお付き合いよろしくお願いいたします。




