Flag10:色々調べてみましょう
「おい、おっちゃん。なんだよ今の声。おっちゃんの声だったよな!?」
「ええ、そうですね。この船の操縦などを助けるナビの声です。私も久しぶりに聞きましたが」
アル君は意味がわからないようで私を見たり、その声の出てきたスピーカーの方を不思議そうに眺めたりしています。さすがに機械の知識もないアル君にナビのことを説明するのは大変そうなので立て込んでいる今の状況では我慢してもらいましょう。
私自身、ナビの声を聞くのはこちらに来てから初めてです。初日にアル君と別れ、ローレライの方々が去ってから航海日記を書こうとした時にいつも通り燃料の残量などを確認しようと呼びかけたところ全く反応せず、それ以降も何をしても応答がなかったのでてっきり壊れてしまったのだと思っていたのですが……。
いえ、それよりも今はこの目の前のディスプレイに浮かんだ表示の方が重要です。
ディスプレイの一番上には保有ポイントという項目があり、そこに50,000という数値が表示されています。
そしてその下には幾つかの項目があり、それぞれ「補給」「保全」「成長」「その他」の4項目がありました。とりあえず現状一番必要なのは「補給」なのでそれをタッチします。すると画面が切り替わりずらずらと物の名前とその補給にかかるポイントと思われるものが羅列されました。
・清水 1,000リットル 300P
・軽油 1リットル 110P
・水 500ミリリットル 100P
・食塩 1kg 200P
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項目に目を通していきます。日常的に使う消耗品だけではなく釣り針なども入っています。白ワインや赤ワインも入っていますので補給できる物資の範囲は広いようです。
このポイントで本当に補給できるのであればかなり状況が改善されます。しかし清水が1,000リットルで300Pであるのに対し、水が500ミリリットルで100Pというのはどういうことでしょう? いえ、どちらにせよ試してみないことには始まりません。とりあえず清水は怖いので水から補給してみましょうか。
画面をタッチし、水を選択します。「本当によろしいですか?」という確認のポップが上がり、「はい」を選択しました。すると画面の保有ポイントが49900へと減り、そして水の項目が一覧から無くなります。しかしどこにも水など見当たりません。
「どういうことなのでしょう?」
「おい、おっちゃん。何やってんだよ。俺にも説明しろよ」
ああ、しまった。思わぬ事態にアル君を放置しすぎました。こちらに身を乗り出して、今にも椅子から飛び降りそうになっているアル君を抱き上げディスプレイが見えるように案内します。
「魔石の使い方は何となくわかりました。ここにある項目が補給できるようなのですが、補給したものがどこにもないのです」
「そうなのか? じゃあどっか別の場所にあるんじゃね?」
「そうなのですかね?」
私のイメージとしては目の前に補給物資が現れるようなものだったのですがそうでは無いのかもしれません。確かにアルくんの言うとおり別の場所に補給された可能性もありますね。清水1,000リットルが目の前に現れても困ってしまいますし。
「ちょっと探しに行ってきます。アルくんも行きますか?」
「この船の中はほとんど案内してもらったんだろ。じゃあ俺はいいや。そこで休んでるわ」
肩ごしに指さした操縦席後ろのソファーにそっと置くと、アル君はそのままソファーに横になってくつろぎモードです。確かに今の時間はいつもなら昼寝している時間ですからこのまま寝てしまうかもしれませんね。
「では行ってきます」
「がんばれよー」
手だけを上にあげ気だるげに振っているアルくんの姿に、少し苦笑しながら私は操舵室を後にしました。
船の中で水と聞いてイメージするのは清水なのですが、わざわざ別項目にあったという事は清水タンクに入っているということは無いでしょう。そしてその分量から言って、おそらくこの水というのはペットボトルの水ではないかというのが私の予想です。というより容器に入っていないただの水だった場合、床を濡らすだけですからね。
ペットボトルの水が保管されているギャレーやバーラウンジなどを見回ります。しかしどこにも増えているような様子は見受けられません。そもそもペットボトルの水など寝込んでいた時くらいしか使用していなかったですし……
そこまで考え、不意に思いついたことがあり体の向きを変え目的地へと向かいます。階段を降り、扉を開け、見慣れた広い部屋の一角へと目をやります。そこには先ほど見回った時にはなかったはずのペットボトルの水がでんっと鎮座していました。
その場所は私の主寝室。私がここへ来た朝にペットボトルの水を一気に飲み干したその場所でした。
「本当にありましたね」
信じられない光景に夢を見ているかのようなフラフラした足取りでペットボトルへと近づきます。そしてペットボトルを持ち上げ観察してみれば、封の切られていない新品のペットボトルに透明な水と思われる液体が入っています。キャップをひねり蓋を開け、少量を口に含めば無味無臭の紛れもない水であることがわかりました。
「これはすばらしい。いや、しかしこれは……」
ふと考えついたその予想を確かめるべく急いで操舵室へと戻ります。アル君は既に眠っているようでくー、くーと静かな寝息が聞こえてきました。起こさないように気をつけなくては。
再びディスプレイを操作し、今度は清水 1,000リットルを選択します。先程とは違い、すぐに確認のポップが上がるわけではなく、どれだけの分量を入れるのかの確認画面が出てきました。項目としては「満タン」と自分で10リットル単位で入力する欄がありますね。もちろん満タンを選択し、確認画面を押して清水を購入します。
保有ポイントが49,270へと減り、購入画面から清水の項目が消えています。それを確認した私は別のディスプレイを見ながら航海日誌をペラペラとめくり予想が合っているのかを確かめます。
やはり……そうですか。
航海日誌は動けなくなってからは記載が出来ませんでしたので、ここへ来た時の正確なこの船の残燃料などはわかりません。しかし倒れる前に記載したものとここへ来て記載したものを付け合わせればおおよその数値は推定可能です。
その予想数値は、燃料は約25,000リットル、清水は約8,000リットルほど。さきほど私が補給した清水は630P分ですから量に換算して2,100リットル。補給する前の残清水量は約5,900リットルでしたからほぼ合致することになります。
改めて補給可能なリストに目を通していきます。それはどれもこれもここ最近目にしたものばかりです。具体的に言えばここに来てから使ったものばかり。
「補給とはここへ来た時の状態へと戻すということですか」
考えをまとめるために小さな声で呟きます。
完全に合っているとは言い切れませんがその確率は高いと言えるでしょう。なにしろ普通に太平洋で過ごした時に飲んだお酒や食べた食料、消費した水や燃料は項目に上がってこないのですから。
ポイントについてはおおよそ1Pが1円という基準のようですね。清水がペットボトルではなく水道水換算だったのは非常に助かります。まあその分、白ワインと赤ワインが両方とも5万Pを超えていますのでこれを補給するのはポイントに余裕が出てからということになりますが。まあ必需品ではありませんので問題はありません。
調味料等はまだまだ余裕がありますので大丈夫ですし、余ったポイントは燃料を買うとして、先にほかの項目も見ておきましょう。
次は重要そうな「保全」の項目ですね。これも予想通りであるのならば……
ボタンを押して画面が切り替わるとそこにはエンジンから室内へ設置されているエアコン、はては外装の塗装まで項目がずらずらっと並んでいます。
現状としてはそこまで大きなポイントが必要なものは無いようですね。一番大きいのはエンジンの1520Pです。
しばらく項目を眺め保全してしまうかを悩みます。これも補給と同じだと考えるならばこちらへ来た時と同じ状態へと戻るはずです。そうそう壊れるとも思えませんが、壊れた場合にかかるポイントがわからないため万全の状態を保っておきたいというのは確かなのですよね。
そう考えながら眺めていると、画面上で動きがありました。エンジンの項目のポイントが1520Pから1521Pへと変わったのです。
それを見て私は即座に全ての項目を保全することを決定し次々と選択をしていきます。ポイントが増えるという事は状態が悪くなるごとにかかるポイントが増えていくということですから。保全にかかるポイントが一定でないならばわざわざ放置して故障のリスクを大きくさせる必要はありませんしね。
全てを保全し終えるのにかかったポイントは8,702ポイント。保有ポイントの表示は40,568を示しています。軽油を買うことを考えると多少心もとないですが仕方がありませんね。
続いては最も意味のわからない「成長」の欄です。
項目が出ているということはこの船に関することなのでしょうが皆目検討がつきません。言葉通りに捉えるのならばこの船が成長するのでしょう。しかしどうやって?大きくなるとでも言うのでしょうか?しかしメガヨットはオーダーメイドの色が強く、この大きさに最適な施設として作られているため大きくなるメリットがあまりありません。大きくなるならばそれ用の設備にしなければいけませんし。
とは言えここでうだうだ考えていても何も先へと進みません。思い切って「成長」の欄をタッチします。てっきり何らかの項目が出てくる思っていた私の予想に反して、表示されたのは「成長しますか? 必要ポイント 500」というコメントと「はい」と「いいえ」の選択肢のみでした。思わず頭を抱えます。
「ナビ、成長とはなんですか?」
「……」
「やはり反応なしですか」
最初の通知以降全く反応が無かったためそうではないかと思っていましたがやはりだんまりのようです。
困りました。これでは判断のしようがありません。「補給」「保全」の項目はこの船にとって必要不可欠なものでしたからこの「成長」もなにがしか必要なものだとは思うのですが。
仕方がありません。消極的ではありますが一度成長をしてみてその経過を観察してみましょう。かかるポイントも少ないので劇的な変化は起こらないでしょうし、このことについて相談できるような相手もいませんしね。
たまには自分の直感を信じてみるのも良いでしょう。
「はい」のボタンを選択します。その瞬間静電気が走ったようでピリっとした痛みを感じました。画面の保有ポイントは40,068に変わっており成長したことを示していますが見た目は特に変わったようには感じられません。後で船内を確認してみることにしましょう。
もう一度「成長」のボタンを押してみると成長にかかるポイントが1,000に変わっています。成長するごとにかかるポイントは増えていくようですね。もちろん「いいえ」ボタンを押してキャンセルします。しばらくは様子見です。
最後に「その他」の項目ですね。その他と言われても特に何も思いつかないのですが。まあとりあえず確認しないことには始まりませんので項目をタッチします。
「おやっ?」
項目が選択できないようですね。選択自体は出来ているようなのですが、画面が切り替わりません。現状では使えないということなのでしょう。
ふぅと軽く息をつきます。
とりあえず現状で出来ることの確認は終わりました。魔石さえ手に入るのならば現状の生活を続けるのに支障はなさそうです。安心しました。
まあ魔石を手に入れるためには現状ローレライの方々にお願いするしかないというところが申し訳ないところですがね。
それでも魔石さえあれば「補給」「保全」が出来るというのは大きなメリットです。特に清水と燃料に関しては助かります。
清水に関しては今まではどうしても残量を気にして節水を心がけていましたからね。これで軽くシャワーで体を清めるだけの日々ともおさらば出来そうです。
燃料に関してはこの世界では補給できそうにない物だったので非常に助かります。船を動かすのにも生活するのにも必要ですから。しかし燃料が寄港しなくても補給できてしまうのですね……いえ、考えるのはとりあえず後にしましょう。
ひさびさに気兼ねなくお風呂に入れそうなことに年甲斐もなくわくわくしながら、ガイストさんたちへのお礼に何か作ろうかとキッチンへと向かうのでした。
役に立つかわからない海の知識コーナー
【水】
陸上ではありふれたものですが海の上では本当に生命線とも言える貴重な物資になります。ちなみに本編ではわかりやすさを優先してリットル表記にしましたが、日本の場合、実際の水の料金請求では立米がほとんどです。
船への給水はいつも港にいるわけではないのでその料金は特別な計算で行われることもあるそうです。
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お読みいただきありがとうございます。