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Flag105:マイアリーナ号と交流しましょう

 マインさんを先頭に私、エリザさん、ミウさんの順に桟橋へと降ります。船にはアル君を始め数名が乗り込んでいますが今回については降りる必要がありませんしね。桟橋にはアイリーン殿下の他、スチュワートさんやカールさん、そしてマイアリーナ号の船長と思われる40絡みのパイプをくわえた男性、その他護衛の方などを含め10名以上の方々が私たちを出迎えていました。


 本来であれば私たちに歓迎のあいさつなどがされる予定だったのでしょうが、皆の視線は私たちではなくフォーレッドオーシャン号へと注がれてしまっています。誇らしい気持ちにはなるのですが……えっと、どうしましょうかね。

 そんなことを考えていると、マイアリーナ号の船長と思われる男性のくわえていたパイプが半開きになっていた口から零れ落ち桟橋に当たって乾いた音を立てました。その音に皆がびくりと体を震わせます。


「はっ、すみません。エリザ様。ノルディ王国ルムッテロへようこそ」

「大勢で歓迎していただきありがとうございます」


 はっと皆が一斉に意識をこちらに向ける様子は何と言うか笑いを誘ってきたのですがそれを表に出すことはもちろん出来ませんししません。アイリーン殿下とエリザさんがあいさつを交わす後ろでしれっとした顔をして立って待ちます。


「エリザ様、こちらの船は?」

「ええ、私が今回の外遊で乗せていただく船でフォーレッドオーシャン号と言います」

「フォーレッドオーシャン号……」


 アイリーン殿下がうっとりした顔でフォーレッドオーシャン号を見つめます。そして自分が乗るマイアリーナ号へと目を向けました。それにつられるように私もマイアリーナ号へと目を向けます。

 鳥の下くちばしのように形をした真っ白なボディ。その無駄のないフォルムはフォーレッドオーシャン号のようにオーダーメイドで作られたわけではないためわかりやすい特徴というものはあまりありませんが、そのぶん乗る人が誰でも使いやすい船を目指した設計者の意志が感じられるデザインです。そしてそれだけでなくその磨かれた船体を見ればこの船に乗っている人がどれだけこの船を大事に思っているのかがわかりました。船長とはこの航海の間にぜひ一度は酒を飲み交わしてみたいですね。


「私もエリザ様の船に乗りたいです」

「リーン様。それは出来ません」

「でもこちらの船は……」

「リーン様」


 不満そうな顔で文句を言おうとしたアイリーン殿下をエリザさんが静かに、しかし有無を言わせない口調で止めます。良い判断です。

 フォーレッドオーシャン号にアイリーン殿下を乗せて外遊を行うことはもちろん出来ません。人数的な問題ではなく、もしこの船で航海中にアイリーン殿下に何かあった揚合に問題になりますからね。それは事前の話し合いの最中にも確認したことです。

 それだけでなくアイリーン殿下が発しようとした言葉は本人にそういった意図がなかったとしても自国のギフトシップであるマイアリーナ号を貶める発言でしょう。そんな発言を上の立場であるアイリーン殿下が行うべきではありません。一応エリザさんのおかげで決定的な言葉までは発しませんでしたが、船長たちの視線が少々厳しいものになっていますしね。自分たちの努力を見ない上司を部下が嫌うのはどの世界でも一緒でしょう。


「わかりました」


 しぶしぶと言った形でアイリーン殿下が引き下がります。うーん、空気が悪いですね。別にこちらが悪いわけではありませんがギスギスした空気を感じます。まあ自国の王女にそのような態度をとられてしまえばこうなるのは当たり前ですが。エリザさんは出会ったころからその辺りは十分に理解されていたのですが国による教育の違いというものでしょうかね。


 とは言え共に航海する予定の船同士でこの状態はまずいですね。アイリーン殿下の機嫌が悪いままでは出発後に船で何か問題が起きてしまうかもしれません。気にしすぎかもしれませんがそういった小さなことから大きな亀裂が入ることはままありますからね。はあ、仕方がありません。


「エリザベート殿下。提案なのですが皆さまをフォーレッドオーシャン号へ招待する機会を設けてはどうでしょうか?」

「招待ですか?」

「はい。現状では準備も出来ていませんし、中に入るにあたっては契約を交わしていただきたいと思いますので今は無理ですが、外遊で港に停泊中の時などに食事にお招きすることは可能だと思います。私としてもこれだけ丁寧に使われているギフトシップを操る船乗りの方とは交友を深めたいところですので。いかがでしょうか?」


 エリザさんが私からアイリーン殿下へと視線を移します。その先ではアイリーン殿下はこくこくと首を縦に振っていました。


「わかりました。セドナ国へ会談を申込んだ後に日程を調整して機会を作りましょう。リーン様もそれでよろしいですか?」

「はいっ! パーティ楽しみにしていますね」


 満面の笑みを浮かべて返事をするアイリーン殿下は良いとして、船長たちの顔色をうかがうと先ほどよりは多少ましな空気に変わっていました。お世辞と捉えられたかもしれませんがそれでも自分たちの努力を認めてくれたと言うことで少しは溜飲が下がったのでしょうか。もしかするとフォーレッドオーシャン号を実際に見ることが出来ると言う興味の方が勝ったのかもしれませんが。

 交渉を行う文官の方々も含めてエリザさんたちが話し始めましたので私は少し外れて相手の船長の方へと歩み寄ります。近づいてきた私を見てニヤリとした笑みを船長が浮かべました。


「フォーレッドオーシャン号の船長のワタルと申します」

「マイアリーナ号の船長のエドモンドだ。先ほどは悪かったな」


 その言葉に苦笑いを浮かべます。とりあえず後には引きそうに無さそうな感じですので一安心と言った所でしょうか。


「いえ、心中お察しします。ところで航路についてお話しさせていただきたいと思いますがよろしいですか? 一応海図もお持ちしましたので」

「そうだな。こちらの船へ来てくれ」


 エドモンドさんに連れられマイアリーナ号へと乗船します。1階のサロンスペースのL字のソファーに腰を下ろしたエドモンドさんの斜め横へと座り、目の前のテーブルへと手書きした海図を置きます。

 船と同じ白色を基調としたソファーにウッド調の光沢のあるテーブルや壁面が非常に良く似合っています。外だけでなくやはり内部もかなり丁寧に掃除されていますね。


「やはり良い船ですね」

「ふっ」


 思わず出た呟きにエドモンドさんが笑って返してきました。やはりこの船の船長であることに誇りを持っているようですね。与えられた仕事と言うだけでなくエドモンドさん自身がこの船の事が好きなのでしょう。そうでなければ船からこんなにも温かみを感じることはなかったでしょうから。


「次はそちらの船で打ち合わせをしよう」

「はい、喜んで」


 その提案にうなずきエドモンドさんと航路について決めていきます。風にあまり左右されないギフトシップですので寄港については最低限。岩礁地帯を避けながら沿岸を進みラミル川をさかのぼった国境に最も近い町で一泊。翌日にセドナ国へと入り、この大陸中央にあるセドナ湖の湖岸にあるというセドナ国の首都へと向かうと言う日程です。

 川をさかのぼると言う経験はフォーレッドオーシャン号ではないのですが川幅は十分に広いですし、深さもフォーレッドオーシャン号が十分に通ることのできる深さであることは確認済みです。一度漁船で下見に行きましたしね。


「こんなところだな」

「そうですね。進んだ先で何かあればその時に判断しましょう。それではよろしくお願いいたします」

「ああ、こちらこそ」


 エドモンドさんと握手を交わしマイアリーナ号を後にします。さすがに操舵席などは見せてもらえませんでしたね。部外者に見せるわけにはいかないでしょうし仕方がありませんか。

 マイアリーナ号の造りとしては私が今話していた乗り込んですぐの階を1階だとすると2階に操舵室と展望シートがあり、1階がサロンと食事などをするくつろぎのスペース、地下1階に個室やギャレー、シャワールームなどが設置されています。おそらく今後も入ることの出来るのはこの1階部分だけでしょうね。残念ですが。


 桟橋へと戻るとちょうどアイリーン殿下たちがマイアリーナ号へと戻ってくるところでした。頭を下げそれを見送りエリザさんたちの元へと向かいます。エリザさんは笑顔なのですが若干疲れた空気を感じますね。久しぶりの外交と言うこともあるのでしょうがその視線が向かっている先を見れば何が原因か察することが出来ます。


「お疲れ様でした、エリザベート殿下。航路についての話し合いは終わりましたので船に戻りましょう」

「はい、そうですね」


 ミウさんに視線を向けるとマイアリーナ号をちらっと見ながら小さくうなずいてきました。やはりですか。

 うーん、確かに王族と言うネームバリューは必要だったのでしょうが大丈夫でしょうか。まあ交渉については文官の方が主導で行うのでしょうから問題はないと信じたいところです。後は私達が出来る限りフォローするしかありませんね。

 とりあえず先のことを考えすぎて暗くなっても仕方がありません。フォーレッドオーシャン号での公の航海の始まりなのです。さあ、気を取り直して出発しましょうかね。

役に立つかわからない海の知識コーナー


【海図の改補】


車のカーナビなどで新しい道路が表示されないことがあることと同じように海図についても出版されて以降に埋め立てが行われたり、定置網の位置が変更になったりすることで海図を書き換える必要が出てきます。この作業の事を改補と呼びます。

基本的に海図は印刷物なので頻繁には改訂されません。思わぬ事故を防ぐためにも改訂されるまで海図を最新の状態に保つ必要があり、この作業は三等航海士の重要な仕事になっています。


***


お読みいただきありがとうございます。

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シンデレラが一人の女の子を幸せにするために奔走する話です。

「シンデレラになった化け物は灰かぶりの道を歩む」
https://ncode.syosetu.com/n0484fi/

少しでも気になった方は読んでみてください。

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