Flag103:会談を行いましょう
抱き合いながら笑う2人はとりあえず置いておいて、近くにいたカールさんへとスススッと近寄ります。そして視線は2人に向けて口を開きます。
「やはりアイリーン殿下でいらっしゃいましたか」
「知っていらしたのですね」
「ええ、スチュワート様やカールさんの態度もそうですが、殿下の姿や護衛の方の態度からおおよそ。エリザベート殿下に関わりのある方についての情報は集めていましたので。私としてはキュレーヌ伯がいらっしゃると予想していたのですがね」
カールさんが私に合わせるように視線は2人に向けたまま小さな声でぼそぼそと返してきます。そして私の予想を聞いて小さくため息を吐いたところを見るとアイリーン殿下がなにがしかしたということなのでしょうね。
キュレーヌ伯は外交を専門に行っている部署のトップの貴族の方です。スチュワートさんとは違い領地をもたないいわゆる文官の貴族だそうです。エリザさんとも何度か面会したことがありミウさんの予想では来るのはこの人でしょうと言う人物だったのですが。
一方でアイリーン殿下についてはノルディ王国の第二王女でエリザさんが訪問した時に何度か話したことはあり、慕われているらしいという大まかな情報しかありません。実際にミウさんはお会いしたことはないという事でしたしね。
ルムッテロの町でも王様や第一王子様の話は聞くことはありましたがアイリーン殿下については全く情報がありませんでしたしね。下手に探って目を付けられるのも困りますので積極的には情報を集めなかったせいもあるのでしょうが。
外交の責任者ではなく第2王女が来る。何とも判断に迷う状況です。とりあえず話を聞いてからですね。
しばらくしてアイリーン殿下が落ち着き、席へと促されて座りました。それを見てエリザさんとスチュワートさんも席に着きます。私やマインさん、カールさんと護衛の兵士の方の内、中に入ってきた1人の方がそれぞれの背後へと立ちます。
3人の前にミウさんがお茶を用意し、それを護衛の兵士の方が確認して話し合いが始まりました。
「本日は急な会談の申し出を受けていただきありがとうございます、エリザベート殿下。私はルムッテロの町で領主をしておりますスチュワート・アイル・ルムッテロと申します」
「こちらこそお忙しい中ご面倒をおかけして申し訳ありません」
「そんなことありませんわ。エリザ様の情報のおかげでノルディ王国は事前の対策をとる時間が出来たのです。それを誇ることもせず謙虚な姿勢で……やはりエリザ様は素晴らしい方ですわ」
アイリーン殿下はキラキラとした尊敬の眼差しでエリザさんを見つめています。ミウさんの話では好かれているという話でしたが、ただ好かれているというより憧憬という言葉が似合いそうです。情報をポロポロと漏らしてくれそうですのでありがたいと言えばありがたいのですが、逆にこういう事に慣れていない分、交渉がめちゃくちゃになる可能性もありますし。
真剣な表情をしているスチュワートさんと嬉しそうな顔をしているアイリーン殿下、そしてそれを背後から心配そうに見つめるカールさんに鋭い視線で周囲の警戒を続ける兵士の方。見事にバラバラですね。
「今回お伺いしたのは先ほどアイリーン殿下がおっしゃったようにエリザベート殿下からいただいた情報を精査した結果それが正しいだろうとわかりましたのでその対応についてお願いしたいことがあったからです。無理を承知で申し上げますが……」
「エリザ様、私と一緒に旅行に行きませんか?」
スチュワートさんの言葉を遮ってアイリーン殿下がまるで遊びに誘うように言い放ちました。スチュワートさんの顔が険しくなっていますがさすがに不満を口に出すことはしていません。うーん非常にやりにくいですね。別の意味で。
「旅行ですか?」
「はい!」
エリザさんが首を傾げながら聞き直すとアイリーン殿下がこくこくと首を縦に振ります。犬だったら尻尾がブンブンと振られているような感じですね。まあそれは見ていて微笑ましいのですがこのままでは話が先へと進みません。こちらの視線が2人の後ろに立っているカールさんへと集中します。カールさんがこほんと1つ咳払いしスチュワートさんの横へと立ちました。
「それでは軽く説明させていただきます。今回の調査の結果我が国は早ければ1年以内、遅くとも5年以内にはランドル皇国がかつてない侵攻をかけてくるだろうと想定しました。我々も対抗するために準備は進めますが出来うるならば戦争自体を止めたい。そこでこの大陸の各国に状況を伝え同盟を組むことに決めたそうです。既に使者は走らせているそうですがそれだけで同盟が組めるはずもありません。とくに北部はランドル皇国とは接していない分危機感が薄いでしょうから」
「だからこそ私たち、ということですね」
「その通りです。エリザベート殿下、アイリーン殿下に直接各国を訪問していただくことでこちらの情報が正しく同盟について我が国が本気であることを伝える必要があるのです」
カールさんの言葉には熱がこもっていました。必ず提案を受け入れさせるようにと命令が下っているのでしょうね。このままいけばまず間違いなく大きな被害が出るでしょうから。とは言えこの提案については予想の範囲内です。アイリーン殿下と共にという部分は除いてですがね。
実際エリザさんに出来ることは少ないのですよね。ランドル皇国でエリザさんを支持していた派閥は壊滅状態ですし戦うことが出来るのはマインさんだけ、一応ユリウスさんやトッドさんたちもいますがそれは知らせていませんし。だからこそエリザさんに会談の申し込みがあった段階で求められそうなことに想像がつき応答を考えることもできたのです。
「わかりました。お聞きしたいことがいくつかあるのですがよろしいですか?」
「どういったものでしょうか?」
「各国を回る方法としては船でと言う理解でよろしいですか?」
「はい。その予定です」
カールさんがよどみなく答えます。この大陸にはノルディ王国やランドル皇国を含めて6つの国がありますがそのうち1か国を除いては海と接していますからね。陸地を移動するよりは乗っている人ははるかに楽ですし、盗賊や魔物だけでなく謀略と言ったものからも逃れやすいですから当然です。だからこそエリザさんも船に乗って来たのでしょうし。まあ味方に裏切られたわけですが。
「私が乗る船はどういったものになりますか?」
「今回は急を要するということもありますので我が国の保有するギフトシップ、マイアリーナ号に同乗していただく予定です。ワタル様が保有するギフトシップより大きく船室も整備されておりますので快適に過ごしていただけるかと」
「私と同じ部屋なんですよ!」
アイリーン殿下がはしゃぎながら伝えてきます。
漁船よりも大きな船ですか。船室もあるようですがアイリーン殿下と同室と言う時点でフォーレッドオーシャン号よりも小さいでしょうね。いや、アイリーン殿下が同室が良いとごねた可能性もありますか。いや、さすがにそれは止められるでしょうし……どんな船か見るのが楽しみですね。
「ありがとうございます、リーン様。しかしその条件では受けかねます」
「どうしてですか!?」
エリザさんはアイリーン殿下へ微笑み、しかしきっぱりと断りました。アイリーン殿下が慌て、スチュワートさんやカールさんの顔つきも少々厳しいものに変わります。
「私は祖国に裏切られました。リーン様のことは信頼していますが味方の少ない船に乗ることは出来ません」
「ならばどうするおつもりでしょうか?」
そう聞いてきたスチュワートさんをエリザさんが真っすぐに見つめます。
「船を分けていただきたいと思います。私はワタルが保有するギフトシップに乗船し、リーン様はマイアリーナ号で現地へ。目的の港で合流し会談を行うということでどうでしょうか?」
「そんな!?」
アイリーン殿下がしおしおと萎れていきます。少し可哀そうな気もしますがエリザさんを敵地に放り込むようなことは出来ませんからね。あまり考えたくありませんが暗殺の恐れもありますから。組織が一枚岩なんてことは考えられませんし。
スチュワートさんとカールさんは納得しているようですが、このままだとアイリーン殿下のエリザさんへの印象が悪くなってしまう可能性もありますね。それは少々もったいないのでフォローしておきましょう。
「すみません、少しよろしいですか?」
「何ですか?」
「少し差し出がましいかと思ったのですが補足させてください。エリザベート殿下は自身のことだけを考えてそんな提案をしたわけではありませんよ。アイリーン殿下のことやノルディ王国のことも考えているのです」
「どういうことでしょう?」
私の言葉にアイリーン殿下の顔が上を向き、私を見つめてきました。その目は純粋で、なんというか大きな子供に話しているような気になりますね。
「仮にエリザベート殿下の身に何かが起きた場合、それがランドル皇国へ知られればそれは戦争の理由になります。皇女殺しと言う、ある意味では正当な理由ですから他国から協力は得られないでしょう。まあ自分たちで謀殺しようとしておいて何を言っているんだと個人的には思いますがそういうものです」
「そんな!」
反論しようとしたアイリーン殿下が静かにうなずいたエリザさんを見て言葉を止めます。そして悔しそうに唇を噛み締めました。これ以上は言わずとも大丈夫でしょう。後でカールさんなりがフォローしてくれるでしょうしね。一礼して後ろへと下がります。
「そんな顔をしないでください。リーン様のお心遣いには大変感謝しております」
「……はい」
エリザさんの言葉にアイリーン殿下が少し落ち着いたところで話し合いが再開します。
「と言う訳で船を分けていただきたいというのが一点。そしてそれにあたっていくつかの事をお願いしたいと思います」
エリザさんの言葉を皮切りに再開されたその話し合いはおおよそ私たちの事前の想定通りに進んでいったのでした。
役に立つかわからない海の知識コーナー
【プレーニング】
聞きなれない言葉かもしれませんが見たことはある人が多い船の状態です。日本語に直すと滑走状態です。
小型船や小型艇では速度が上がると船首の底の圧力が高くなってきて徐々に舳先が持ち上がっていき船体の大部分が水面上に出るので摩擦抵抗や粘性抵抗が減ってスピードが出るようになります。モーターボートが高速で走っている時はこの状態になっており、こうなることを見越して船の設計がされています。
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お読みいただきありがとうございます。




