Flag102:会談に向かいましょう
フォーレッドオーシャン号へと戻りエリザさんたちへと説明を終え、ミウさんと現状と今後の可能性について話し合いし想定される状況や質問などを挙げていきます。交渉の決定権を持つのはエリザさんですので急な提案などに思考を取られ的確な判断が出来なくなってしまうのはまずいですからね。
交渉に向けての準備を10日間かけてしっかりと行い、そして私はマインさんと再びルムッテロの町へ向かいました。
領主の館へと向かい門番の方へと名前を告げるとそのまま中へと通されます。ふむ、あちらとしても準備は万端と言うところでしょうかね。いつもの部屋に案内され待機していると扉が開かれ、カールさんに続いて領主のスチュワートさん、そして10代後半と思われる女性が姿を現しました。マインさんと一緒に膝をつき頭を下げます。
「久しぶりだな、ワタル。前も言ったが謁見ではない。かしこまる必要はないぞ」
「お久しぶりです、スチュワート様。前回は無理を聞いていただきありがとうございます」
スチュワート様に挨拶を返しつつ視線の端で女性を観察します。白銀の髪をなびかせ、すました顔をしたままその黄色の瞳がこちらを見ています。派手な宝飾品などは身に着けていませんし服も華美なものではありませんがその背筋の伸びたすらりとした立ち姿から感じられる気品はこの女性がただ者ではないことをはっきりと示していました。
うーん、予想ではエリザさんと親交のあった外交を主にしている文官貴族の男性が来るかと思っていたのですが……。
「自己紹介をさせていただいてもよろしいでしょうか」
「許す」
ちらりと女性とマインさんへと視線を向け、スチュワートさんの許可に感謝を伝えてその女性に視線を向けて自己紹介を始めます。
「船の貿易を主に行っております商人のワタルと申します。少々縁がありまして今回の件に関わらせていただいております」
「マインと申します。お嬢様の奴隷で護衛の任についております」
私に続きマインさんが自己紹介をしました。別にマインさんの普段使っている言葉が荒いと言う訳ではありませんが、こうして丁寧に話しているマインさんを見るとやはり皇族の護衛として教育を受けていたのだなぁと実感しますね。
私とマインさんの言葉をスチュワートさんと女性が鷹揚にうなずいて聞いていました。そしてカールさんが一歩前に出て話し始めます。
「こちらはこのルムッテロの町の領主であらせられますスチュワート・アイル・ルムッテロ様です。そしてこちらにおわす方が……」
「リーンとお呼びください」
カールさんの言葉を遮って笑みを浮かべながらリーンさんが告げます。カールさんばかりかスチュワートさんまでもが声を出さずに表情を歪めて小さく苦笑しています。うーん、正式な名前を出すのを止めたとしても今までの対応なりカールさんの話しようなりからある程度のことは察せられてしまうのですが……まあ口に出さない方が良いでしょう。
「お初にお目にかかります。リーン様」
「様もいりませんよ」
キョトンとした表情で告げられたその言葉に視線をスチュワートさんとカールさんへと一瞬向けます。断るのは失礼に当たりますがしかしそれを鵜呑みにして様をつけずに呼ぶのも他人からの反感を買うでしょうし。
私の視線を察知したスチュワートさんがわざとらしく咳をして話を切りました。
「まずはお嬢様の話をしよう。約束の日付通りに来たということはお嬢様の都合は良いということで良いのだな」
「はい。いつでも問題はないそうです。とは言え会談は食事などを挟まない昼からの方が良いという意向です。食事を用意するとなると問題が起きる可能性もありますので」
「確かにそうですね。その場合はこちらからも料理人を同行させる必要が出てきてしまいますので」
カールさんの言葉にうなずきます。言い方は悪いですが毒殺の可能性はお互いに想定しているでしょうからね。そもそも調理設備があるとはいえ簡易的なものしかありませんし、専属の料理人がいるわけでもありませんから満足のいくもてなしが出来るかと言うことも疑問ですが。
「では明日の朝出発するとしよう。船上で食事を済ませ午後一番に会談ということにする」
「わかりました。そのように準備させていただきます」
「よろしくお願いしますね」
そう言い残してスチュワートさんに連れられリーンさんが部屋から出ていかれました。まあ自己紹介とおおまかな方針さえ決まれば後は私やカールさんのような事務方が話し合えば良いですしね。聞いていて面白い物でもないでしょうし。
2人が部屋から出ていかれて、カールさんが少し疲れたように息を吐きます。こんなカールさんの姿を見るのは初めてかもしれません。
「お疲れのようですね」
「いえ、申し訳ありませんでした。それでは持っていくものなどの細かい内容を詰めていきましょう」
気を取り直したカールさんと人員や物品について話し合います。リーンさんについては聞きません。意味がありませんしね。
そして今日中に積み込んで問題のないものを船に積み込んだりしている間にその日は過ぎていき、そして翌朝、リーンさんたち3人、そしてその護衛の兵士の方3人を乗船させ一路島を目指して走り始めました。
リーンさんとスチュワートさんが船上で海風を感じながら少し楽しそうにしているのを見ながら船を走らせていきます。なかなか海風を感じながら船に乗るという機会などないでしょうからね。会談に向かうためで遊びと言うわけではありませんが海を満喫していただけているということは私としても嬉しいことです。
それは良いのですが船を走らせ始めて問題も発生しました。もちろん積載重量がオーバーしているなどの問題ではありません。はっきりと言ってしまうと護衛として乗船した兵士の方3名全員が船酔いでダウンしたのです。最初は我慢していたようなのですが、一人が吐いたのを皮切りに3人が続けて倒れてしまい今は3人仲良く操縦席奥の休憩スペースで
横になってカールさんに介護されています。
船酔いは体を鍛えているからと言ってかからないわけではありませんからね。お3方ともさすが護衛と言う感じの普通の兵士の方とは比べ物にならないくらいの鍛えられた体をしていらっしゃいましたがこうなっては役目を果たすことは無理でしょう。
一度引き返すことも提案したのですがリーンさんもスチュワートさんも必要ないとのことでしたのでそのまま走っていますが本当に良いのか少々不安です。
この3人の護衛の方については装備も金属製の重そうなものでしたし、スチュワートさんのところにいた兵士の方とは全く違う装備をしていましたのでおそらくリーンさんに着いてきた護衛の方なのでしょう。元気だったころの警備の視線も主にリーンさんに向いていましたしね。その時点で若干嫌な予感はしていたのですがね。海に出るのに重い金属製の装備を外そうとしない時点で海に慣れていないことは明らかでしたから。
結局護衛の方3人は復活することなく島へと到着しました。スチュワートさんとリーンさんは船の旅を満喫したようで、カールさんに用意された食事を笑いながら食べています。護衛の方もよろよろと休憩スペースから出てきましたがやつれて真っ青な顔をしていました。一応桟橋の上に案内しておきました。会談までには多少は良くなるでしょう。
カールさんたちが食事を終えたところでちょうど予定の時間になりましたのでエリザさんたちが待っている浜辺の小屋へと案内します。
「こちらにいらっしゃいます。お3方をお連れしました」
「入ってもらってください」
エリザさんの声が聞こえ、その声に従いドアを開けます。カールさん、スチュワートさんが中へと入り、そしてリーンさんが足を踏み入れました。そこにはエリザさんとミウさんが立って待っていました。そしてその姿を見たリーンさんがいきなり走り始めました。
「あっ!」
誰かが声を上げる声が聞こえます。いきなりのことで誰も動けていません。そしてエリザさんに体当たりするようにぶつかります。エリザさんが少し驚いた顔をしながらもリーンさんを受け止めました。あぁ、やはりそういう事でしたか。
「エリザ様、お久しぶりです」
「リーン様ですか!? なぜこんな場所に?」
「それはもちろんエリザ様がいらっしゃると聞いたからですわ」
エリザさんに抱き着きながらリーンさんはいたずらに成功した子供のような笑顔を浮かべるのでした。
役に立つかわからない海の知識コーナー
【赤潮と黒潮】
たぶん知っている方は多いと思いますが赤潮はプランクトンの死骸が浮いて海が赤くなる現象です。一方で黒潮はフィリピン東方から日本の太平洋岸を通過していく大きな海流です。
黒潮は黒くありません。黒くないんだよ、高校生! 頑張れ、高校生! ちょっと不安になったぞ、高校生!
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