Flag100:そろそろ動き始めましょう
ダークエルフの方々との交流が始まりおよそ半年が経過しました。ダークエルフの方々が襲った奴隷船に乗っていた獣人の方々は毎月1回くらいのペースで運ばれてきています。1回につき100名程度の方々が運ばれて来ますので人口の増加が激しいのですが何とか今のところ問題なく過ごせています。
そもそも島の大きさ的にはまだまだ余裕がありますし、アリソンさんを通じてローレライの涙の定期的な売却以外の時にも食料品や日用品などをトッドさん名義で購入するようになったことも大きな要因です。
獣人の方々の生活としては島の開発をするとともに人間の言葉や習慣などを学ぶようにしています。この教師としてはヒューゴさんにお願いして購入していただいた獣人の言語を研究していたと言う変わった経歴の人間の奴隷の方が喜々として教えてくださっています。
本当はリエンさんのような人間の言葉がある程度わかり話すことの出来る獣人奴隷の方をお願いしていたのですが、掘り出し物が見つかったと言われて訪ねたところ、その人物、エリックさんを紹介されました。
そんな変わった経歴を持つエリックさんですがどうやらヒューゴさんと同様にランドル皇国内部のごたごたによって奴隷になってしまったらしくそれをたまたま見つけたヒューゴさんが買い取ったという訳です。実際ツクニさんの店の従業員の奴隷も増えているのですがどうやら人間に関してはヒューゴさんの知り合いのようです。あまり集めすぎて警戒されないか少々不安ではありますが、そういう事に長けたヒューゴさんが仕切っているのです。大丈夫だと思いましょう。
エリックさんは30代前半のやせ形のまさしく研究者と言った感じの方なのですが、言語学者と言うよりは獣人の方が好き過ぎて話したいから言葉を研究しているのではないかと私は想像しています。そうでなければ様々な獣人の方々で溢れるトッドさんの島へ行き、その光景に涙を流しながら私に抱き着いてくるようなことはしなかったでしょうしね。
それ以来精力的に獣人の方々との交流を図っているようですし、教師としてもしっかりと教えているようですのでそう遠くないうちに島からルムッテロの町へと行くことの出来る人が出てくるかもしれません。それが少し楽しみですね。
かくいう私はと言えば周辺の海へと見つからない程度にフォーレッドオーシャン号で出かけたり、定期的にルムッテロやハブルクなどへと行ったりはしていましたが特筆すべき大きな動きはしていません。
漁船についてはアナトリーさんがもう手足を操るがごとく扱う事が出来るようになってしまいましたので基本的にアナトリーさんに使っていただきツクニさんとの取引やルムッテロのオットーさんの店へと商品を卸してもらったりしています。もちろん護衛として獣人奴隷で戦える方数人にお願いして一緒に行ってもらっていますが。まあそもそもルムッテロに関してはそういった種族の差別などをあまり聞きませんでしたし、ハブルクに関してもダークエルフについて好意的な噂が流れていますので問題はないようです。むしろ歓迎されて驚くとアナトリーさんが言っていましたね。
フォーレッドオーシャン号は素晴らしい船ですがそれでも1隻の船でしかありませんし、私もただの1人の人間です。出来ることには限りがあるのは重々承知していますから人が出来ることはどんどんとお願いしていかなくてはいけませんからね。
なんでもかんでも1人でやろうとすれば、その先に待っているのは失敗か、体を壊すか。まあ明るいものでは無い確率が高いです。その仕事が大きければ大きいほど暗い未来へと引きずり込まれてしまいますからね。いかに人を頼ることが出来るか。それも仕事をしていくうえで大切な資質です。若いときは私にもわかりませんでしたけれどね。
大きな動きはしていませんが、ただ単に怠惰に過ごしていたわけではありません。今は待ちの時でしたからね。焦って動いたとしても事態は好転しません。何かするにしても適切な時期と方法があるのですから。
とは言えこの生活もそろそろ終わりのようです。
「ワタルさん。ギルドから伝言を預かってきた」
「ありがとうございます」
ルムッテロの町から帰ってきたアナトリーさんが封筒を私に差し出してきました。裏返してみると蜜蝋で封をされたそこにはルムッテロの町の領主の紋章が蝋に浮かんでいました。
「アナトリーさん。しばらくしたら漁船を借りるかもしれません」
「わかった。しかしこの船はローレライのものだろう?」
「ははっ、そうですね。あまりに長く借りていますので忘れがちですが、これは失敗しましたね」
笑いながら封筒の封を破り、その中に入っていた手紙を目で追っていきます。アナトリーさんはそんな私の様子をじっと眺めていました。別に待つ必要はなかったのですがまあそこまで長い手紙でもありませんでしたし、内容も予想していた範囲内です。だからこそ私の取るべき行動もわかっています。
「3日後に船でルムッテロへ向かいます。その時までにまたここへ船を寄越してください」
「わかった」
そう言い残してアナトリーさんはフォーレッドオーシャン号から漁船へと飛び移っていきました。島の間の物資の移動や住民の要望を聞くためにいつも漁船で動いてくれていますので3日後まではその仕事を続けてくれるのでしょう。
「さて、そろそろ私も動きましょうかね」
アナトリーさんと話していた後部デッキから階段を昇り2階のいつもの食事スペースへと向かいます。あそこに行けばだいたい誰かがいますからね。一番多いのはハイ君とホアちゃんでしょうか。その次がエリザさんで、マインさん、ミウさんと続く感じですね。
案の定そこで勉強をしていたハイ君とホアちゃんに全員を集めてもらうように伝えます。元気よく返事をして走っていった2人のおかげで10分程度で全員が2階の食事スペースに集合しました。
全員が席に着いたのを確認し、私は机の上に封筒と手紙を置きます。その封筒に押された紋章の形を見た大人組3人の顔がはっと動きました。3人に向けてゆっくりと頭を縦に動かします。
「ルムッテロの領主から手紙が届きました。具体的な内容は全く書いていませんが出来る限り早急にエリザさんと面会をさせていただきたいというものです」
「という事は……」
「まだこちらの思惑通りの結果になったとは限りませんよ」
嬉しそうに話し始めたエリザさんの横から口をはさみその言葉を止めます。希望的観測は持たない方が良いです。特に下手をすればエリザさん自身の命がベットされてしまう今のような状況では。
私の言葉にエリザさんがしゅんとなっていますがそこまで落ち込む必要も無いのですがね。おそらく予想としては当たっている可能性の方が高いと私も思っていますし。
「とは言え、一歩前進したことには変わりありません。一応3日後にルムッテロの町へと向かいカールさんと話を詰めてきます。エリザさんとの会見の日程もその時に決めてきますね」
「よろしくお願いします」
全員に頭を下げられます。そんな彼らに笑い返しながらこれから嵐のような日々が始まるのだろうなと少し覚悟を決めるのでした。
役に立つかわからない海の知識コーナー
【印章】
中世の船の資料と言うとなかなか残っていないのですが、その中で比較的多いのが町の印章です。例えばイングランドのモールドンの印章には3本マストの横帆船の姿が丸い円の中に描かれています。もちろん写真のように細部にわたって描かれている訳ではありませんが当時の姿を残す貴重な資料といえます。
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