Flag99:少しゆっくりしましょう
ダークエルフの方々の為に奴隷船を襲い、沈没させられてからおよそ1か月が経過しました。この1か月の間に数回獣人の方々の船で奴隷船を襲い、それをダークエルフの方々が追い払うと言うことを続けました。もちろん船に余裕はないので沈没させるなんてことは出来ませんでしたがそこは仕方がありません。
一度、ツクニさんへ会うことも兼ねてハブルクの町へと行きましたがそこでも既に奴隷船を守るダークエルフの噂でもちきりでした。まあ港町ですから特にそう言った話が好まれたのかもしれません。
まあ予想していなかった副次効果としてツクニさんが買ったダークエルフの奴隷、まあアナトリーさんのことですが一時期はかなり噂になってツクニさんの奴隷商会にも問い合わせや野次馬が殺到したそうですがそれがこの新しい噂が広まってからは落ち着いたそうです。ほっと胸をなで下ろしていたツクニさんの姿が印象的でしたね。
当初の奴隷船を襲うダークエルフと言う噂も立ち消えていましたし当面の心配はしなくても大丈夫でしょう。
奴隷船を守るダークエルフの噂が明るい話題の噂だとすると、一方で暗い噂も狙い通り流れ始めました。それは奴隷船を襲っているのは実は獣人の国の船であり、奪い去った獣人たちをもう一度売りつけるために行っているのではないかというものです。
この噂は偶然流れたものではありません。そんな噂が流れるように細工しておきましたからね。ダークエルフに獣人が偽装しているように見せたり、逃げる方向を獣人の国の方向にしたり。そうそう襲われた奴隷船を送り届けたダークエルフの方々に襲ってきた船はいつも南からやってくるという話をしてもらったりもしましたね。これだけの下地が出来ていれば後は簡単です。実は……と内緒話で陰謀説を唱えれば瞬く間に広がっていきました。まあその噂を広げるのはダークエルフの方々が引き受けてくださったのですがね。
わざわざそんな噂を広げたのにはもちろん訳があります。
最大の目的はランドル皇国と獣人の国の関係に亀裂を入れる為です。現在のランドル皇国の基礎には大量の獣人奴隷がいます。人々の生活と奴隷というものが切っても切れない関係になっているのです。獣人奴隷がいるから人々の生活に余裕があり、だからこそ定期的に戦争を仕掛けられたのでしょうからね。その戦争にも獣人奴隷が使われていたようですし。
エリザさんの戦争を回避という目標を達成するためには出来るだけ獣人奴隷の方々の増加を防ぐ必要がありました。そうでなくても蒸気機関の発明などで国力が増していきそうなところに奴隷の数まで増えてしまっては危険ですからね。
まあ他にもいくつか理由がありますが一番大きなものはそのことです。
ダークエルフの方々の所にいた獣人の方々の移送も無事に終わりました。さすがに漁船で少しずつ運ぶと言うのも効率が悪すぎたのでダークエルフの方々に手伝ってもらいましたが。
キオック海についてはしっかりと知っていたようですが、実際ローレライの方々とも一緒に過ごしていたためそこまで恐れることなく船を進ませていました。しかしやはりダークエルフの方々の操船は見事な物です。風が見えるとでも言えばよいのでしょうか。縦帆に風を受けながら進んでいく姿はほれぼれするほどでした。
今後については奴隷船を襲って獣人の方を救い出したらダークエルフの方が自ら運んで来てくれることになりました。まあ毎回私が向かう訳にもいきませんからありがたいと言えばありがたいのですが、いきなり数百人の方が来る可能性があると言うことです。島にはまだまだ余裕はありますが、畑の拡張や食料、衣類などの生活用品の確保を余裕をもって行っていく必要がありそうですね。まあこの辺りはトッドさんに丸投げしましょう。島の管理は基本的にトッドさんに任せていますし、彼なら大丈夫でしょうしね。
そして……
「そこのレバーを切り替えると……」
「あぁ、そう言うことですか」
漁船が軽快に白い跡を残しながら走っていきます。操船しているのは私ではありません。アナトリーさんです。
船を操舵する資格がないと言っていたアナトリーさんでしたが、海龍の巣を通り抜けることが出来たので気持ちが吹っ切れたのか私の誘いに乗り漁船を操舵するようになりました。まだまだ教え始めて間もないので目を離すことは出来ませんが、センスは良いと思います。既に桟橋に着ける訓練も何度か行っていますしあと1か月もすれば1人でも問題なく漁船を操舵できるようになりそうです。
船を操舵するアナトリーさんの表情は柔らかいものでした。やはり船が好きなのでしょう。悲しい思い出があったとしてもそれを乗り越え、こんな風に笑うことが出来るようなる一助になったのなら嬉しいですね。
噂から始まったダークエルフの方々に関する騒動に関してはこれでひとまず一件落着です。エリザさんの思惑通りに進めることが出来ましたし、ダークエルフの方々に恩を売ることも出来ました。実際、何かあったら協力は惜しまないと言われていますしね。
ダークエルフの方々に指示を出していた存在については彼らには聞いていません。まあある程度予想もついていますし、彼らが自らしゃべったとなるとどんな事になるのかわかりませんでしたしね。まあ今回の私たちの行動はそちらの目的とも合致したものですので問題はないはずです。いつか相まみえることがあればどんなふうに思ったか聞いてみましょうかね。
天気は雲一つない快晴です。これから進む道がこんな風に晴れ渡っていると良いのですがね。
役に立つかわからない海の知識コーナー
【ヘンリ・ハドソン】
16世紀から17世紀に活躍した熟練の航海者です。ロンドンの市会議員の息子として生まれたのですが船乗りになりました。1609年に北西航路の探検を始め、ニューヨーク港に到着すると、そこで発見した川を240キロもさかのぼり探索を続けました。彼の名にちなんで名づけられたこの川がアメリカを流れる大河として有名なハドソン川です。
残念ながら2度目のハドソン川の探索中に冬の氷に閉じ込められ命の危機に瀕し、乗組員の反乱によりボートに置き去りにされてしまいました。その後彼がどうなったのかはわかりません。




