Flag96:プレゼンをしましょう
「儂らの手伝いですか。何のことを言ってらっしゃるのか、教えていただけますかの?」
「奴隷船の襲撃と言えばわかっていただけますか?」
エリザさんがそう言った瞬間、長老たちの視線が鋭くなりそれが私の隣にいるアナトリーさんへと向かいました。まあ普通に考えれば奴隷になっているアナトリーさんが漏らしたと考えるのが筋ですよね。
「ちなみにアナトリーからは何も聞いていませんよ。町の噂などから鎌をかけさせてもらっただけです。今の皆様の態度でそれが真実だとわかりましたけれど」
ゴーシュさんがぴしゃりと自身の額を叩きました。そして愉快そうに笑います。
「ほっほ。先入観と言うのは怖いのぉ。すまんな、アナトリー。お主がせっかく守ってくれた秘密なのにバレてしまったわい」
「いえ」
アナトリーさんが短く返事を返し、軽く頭を下げます。実際ダークエルフが奴隷船を襲ったという噂になっていましたし、それとほぼ同時期にダークエルフのアナトリーさんが海で漂流しているところを捕まり奴隷になったという事実がありましたからね。高い確率で噂通りなのだろうと思っていましたが。
「しかし儂らを手伝うと言っても奴隷の襲撃に参加するという訳ではないじゃろう?」
こちらを試すような視線を向けるゴーシュさんにエリザさんがこくりと首を縦に振りました。
「詳しい話はワタルにしてもらいます」
エリザさんの紹介に合わせて立ち上がります。さあ、久しぶりのプレゼンの時間ですね。いきなり出てきた私にいぶかし気な視線が集まります。ふふっ、この緊張感がたまりません。身が引き締まります。
「紹介に預かりましたワタルと言います。早速提案に移らせていただきたいところですがまずは状況の確認と整理を行いたいと思います。まずはこちらの状況から。現状、エリザべート殿下は表立って動くことは出来ません。理由は言わなくてもご理解いただいていると思いますが」
長老たちを見回しますが特に反応はありません。アナトリーさんが事情を知っていましたからね。長老が知らないとは思えません。
「こちらの望みとしてはランドル皇国が将来引き起こすであろう戦争を防ぎたいということです。エリザベート殿下の望みである民の平和を実現するためには必須のことですからね。もちろん民の中には獣人の方々も含まれています。ここまではよろしいですか?」
長老たちがうなずくのを確認し、パンっと手を打ちます。
「では、次にダークエルフの方々の状況です。こちらは現状と予想が入り混じっていますので意見があれば話の途中でも構いませんので訂正をお願いします。現状、ランドル皇国ではダークエルフにより奴隷船が襲われたという噂が流れています。そしてそれは事実である。そう言うことで良いですね」
「そうじゃな」
「目的をお聞きしても?」
「……」
うーん、誰も話そうとはしませんか。アナトリーさんに聞いても知らないようでしたし、身内にも話していないことをいきなり来た部外者に話すはずがないというのは当たり前ですが。
「うーん、ではここからは私個人の妄想にしばらく付き合ってください。今までダークエルフの方々は独自の生活を貫いており外部との交流は表面上ほとんどありませんでした。しかし突然奴隷船を襲い、1度失敗したにも関わらず何度か襲っているように思われます。その行為は自らの首を絞めるとわかっているであろうにです。奴隷船が襲われることが頻発すればいずれはランドル皇国の正規の海軍がやってくるでしょうからね」
長老たちは黙して語りません。この状況で沈黙は賢い選択とは言えないと思うのですが、まあ不用意な発言するよりはましということですかね。
「ではなぜ奴隷船を襲うのでしょうか。最も一般的な理由であるお金や物資目的はありえません。そうであればランドル皇国から獣人の国へと向かう行きの船を襲うはずです。では獣人が欲しかったのか。これも首を傾げざるを得ません。リターンに対してリスクが大きすぎます。そもそも奴隷を乗せた船を襲うことのメリットがダークエルフの方々にはないのですよね。しかし実際に何度も襲っている。しかも身内にまで理由を明かさずに。これはどういうことでしょう?」
反応を見るため、あえて一拍置きます。数名目を背ける長老がいらっしゃいました。ゴーシュさんはさすがと言うべきか余裕を崩していませんが。
「そこで私は考えました。あなたたち長老会はどこかの指示を受けて行動しているのではないでしょうか? だからこそ不自然で不利益な行動をとった。違いますか?」
そう言いきると場がしーんと静まりかえりました。確証など全くなく、推測と言うのもおこがましいほどの妄想です。間違っている可能性の方が高いですが、その時は私がピエロになれば良いですしね。
ただこれを確かめないことには話を進めるわけにはいきません。長老会との話し合いの結果、協力関係が築けたとしてもその上がそれを翻せば裏切られる可能性もありますからね。
「ほっほ。面白い推測じゃな」
「はい、物書きになれるかもしれませんね」
冷たい目をしたまま笑って私を見るゴーシュさんに冗談で返します。表情はお互いに緩やかですが目線で火花を飛ばします。この会のトップはゴーシュさんのようですからね。この人を攻略しなければ話は先へ進めないでしょうし。
そんな私の予想は思わぬ人物の言葉で覆りました。
「ゴーシュ。もう良いんじゃないか? どちらにせよこのままでは手詰まりだったのだ。事実を伝え協力の提案とやらを聞いてみてはどうだろう」
「アーリャ、お主……」
「今回のことで前の族長が死んだ時、あいつらが何かしてくれたか? 伝統や繋がりが大事だということはもちろんわかる。しかしそれだけに頼っていては俺たちに待っているのは破滅だ。救い出した獣人たちを保護するのにも限度があるし、言われた通り危険も増している。皆も本当はわかっているのだろう?」
「……」
うーん、思わぬところから援護が来てしまいました。運が良かったと言えばよいのか仕事を押し付けてフォローをしなかったその誰かの無責任さから起こるべくして起こったというべきか迷いますね。しかし長老たちもアーリャさんの言葉に思うところはあるようです。まあ実際部下に事務を押し付けてフォローもしない無能な上司なら反抗されても仕方ありませんし。人死にも出ているようですからなおさらでしょう。
ではもう一押ししておきましょうかね。
「では提案をさせていただきます。まずお困りの獣人の方々の件ですが私たちが獣人奴隷の方々を保護している島があります。食料などについてはまだまだ余裕がありますので受け入れは可能です。畑などで作物も育てていますし、何より同じ獣人の方々がいらっしゃいますので安心でしょう」
私の提案に数人の長老の方がほっと胸を撫で下ろしていました。獣人の方々を受け入れていた氏族の方ですかね。大きな島のない群島では急に増えた人数を食べさせると言うことはなかなかに難しいでしょうからね。大々的に食料を購入するわけにもいかないでしょうし。
キオック海には今獣人の奴隷の方々を受け入れている島の他にも住むことが出来そうな島がいくつかありますからね。食料の目途さえ立てば受け入れは可能です。まあ今の取引以上のものが必要にはなって来るのでそこは考える必要がありますがいくつか方法は考え付いていますし何とかなるでしょう。
「そして現状のダークエルフが奴隷船を襲うと言う噂に関してなのですが、これを何とかするためにちょっと協力していただきたいのですが」
「協力かの?」
「はい。うまくいけば噂をかき消すだけでなく、逆にこちらにとって都合の良い噂が流れることになる方法がありましてね」
疑わしげに私の方を見る長老たちに私は自信満々に笑みを返し、そして説明を始めるのでした。
皆様のおかげで100話まで到達することが出来ました。
ありがとうございます。
そしてこれからもよろしくお願いいたします。




