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第2章 勧誘と決心の交錯線

1.


 もうすぐ22時だというのに、『あおぞら』西東京支部にはスタッフがたくさんたむろしていた。蔵之浦鈴香と海原琴音のイスがないくらい。

 万梨亜の申し出を断って、別の部屋から2人分のイスを取ってきてから、鈴香は部屋を見渡した。

「あれ? 隼人さんは?」

 そう、琴音の今日のお目当ては隼人なのだ。沙耶とデートとはいかないまでも、半日以上行動を共にして、お昼も食べたのだから。感想が聞きたいらしい。

 隼人の名を聞いて、びくっと身を震わせる者、これ有り。陽子だ。せわしなくキョロキョロしだす仕草を、琴音が見咎めた。

「どうかしたの?」

 そこへ、タイミングよく隼人が来た。

「おはよーございまーす」

「「あ、ヒモにーやんだ」」

「誰がヒモだ!」

 るいがケラケラ笑い出した。つられた軽やかな笑いがさざ波のように控室の中に拡がっていく。この相変わらずな朗らかさが、鈴香たちは好きだった。

 涙を拭いながら、るいが茶化すような口調になる。

「そりゃそーだよ。吹き飛んだ物、一切合財買ってもらったんでしょ?」

 服に携帯、運転免許証、財布まで買ってもらったようだ。

「ついでにお財布の中身も補填してもらってたりして?」

「ねぇよそれは。あそこに行く前にガソリン入れたから、すっからかんだったし」

(ほんとにギリギリの生活してるんだなこの人……)

 鈴香はふいに、今は亡き養父母のことを思い出した。あの人たちも、お金が無かったな。ご飯だけはちゃんと食べさせてくれたけど。

 会話が切れたのを見計らって、琴音が口を挟んだ。

「沙耶様、お元気でしたか?」

「ん? 元気だったけど? いたって朗らかだったよ。会ってないの最近?」

「ええ、最近忙しくって、SNSでやりとりはしてるんですけど」

「そうそう」と鈴香も口を挟んだ。

「最近、返信が遅れがちなんですよ。だから……」

 ここまで黙っていた理佐が、口を開いた。

「それはあれじゃないの? 同僚とかいうお親しい人とよろしくやってて暇が無いとか」

 ないない。琴音とそろって、手と首を振る。

「「ないんかい」」

「即行で否定されましたね……」

「ねーねー隼人君、その男の人ってどんな人? 現場にいたんでしょ?」

 問われて隼人は困ったような顔をした。

「覚えてないよ。そんな余裕無かったし。なんか肩怒らせて突っ立ってたのは見えたけど……」

 琴音と顔を見合わせたのは、恐らく同じ考えを抱いたからだろう。

(わたしたちは顔を知ってるけど、わざわざしゃべるのもな……)

「沙耶さんはさ――」

 気がつくと、隼人がこちらを向いていた。

「まだ告白とかしてないってこと?」

「ええ、まあ……」

 お互いに憎からず思っているようだが、どうにも距離が縮まらないようだと説明すると、ふーんと隼人は考え込んでしまった。

「あの、なにか?」

 と尋ねると、警備のバイトをしている時に沙耶たちの一団と遭遇した話をしてくれた。

「男の人もなんかさ、『なんだこいつ』みたいな態度だったから、てっきり……」

「そこまで覚えてて、顔は覚えてないんですか?」

「うん、沙耶さんと学生の顔は覚えてるんだけど」

 万梨亜と隼人のやりとりで、場に不穏な空気が流れた。

「男に用は無いと……」

「清々しい割り切り方だね」

「汚らわしい……」

 不穏を越える発言は、陽子が発したものだった。続いて勢いよく立ち上がると、隼人にではなく理佐に食ってかかったではないか。

「どうしてあんな汚らわしい男と付き合ってるんですか!」

「え、いや、そんなこと言われても……」

 戸惑い顔の理佐と、クスクス笑ってる周囲と。なんだろう、発言者の勢いとは裏腹に、みんなの態度に『分かってる』感がある。

(どうしたんですか? あの子)

(女遍歴に一点の曇りも無い清純な男子が好みなんだとさ)

 琴音と隼人のヒソヒソ話も、早速槍玉に。

「ほら! すぐそうやって浮気!」

「もう付き合ってないんだが、理佐ちゃんとは」

(うわあ……)

 男女関係で、曖昧な表現をしない。それが彼のポリシーだと以前に聞いたような気がするが、よりによって未練たらたらのモトカノの前で、それは。

「嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘よ嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘」

 ほら、やっぱり。

 そして、理佐の狂奔に慣れない陽子と琴音、鈴香以外のみんなは、涼しい顔である。

 その中から、祐希が手を挙げた。真横でブツブツつぶやき続ける理佐をさっくり無視して。

「琴音さんと鈴香さんに確認したいことがあるんですけど」

 それは、痛いところを突く質問だった。

「沙耶さんを排除したい一派がご一族にいるって本当ですか?」

「ご一族じゃない――」

 思わず叫んで、琴音は失敗を悟ったようだ。祐希がにやりとしたのだ。

(意外とやるな……)

 鈴香の感想をよそに、琴音は立ち上がると、実に渋い顔で実情を話し始めた。

 ご一族では無く、婿の幾人かが絡んでいること。

 参謀部には、袴田主任参謀を首謀者として4人ほどいること。

 彼らが頭に戴いているのが参謀長、つまり鷹取一族の最長老であること。

「――ですので、ご一族じゃないというのは厳密に言えば違うんですけど、でも、参謀長さんにも何か考えがおありのはずです」

 そして琴音は唇を噛むと、やがて意を決したように声を発した。

「皆さんは、沙耶様にお味方していただけますか?」

 危うい、と鈴香は思った。なぜあの人たちが沙耶を排除しようとしているのか、その理由をまったく示していないのだ。

 そんな状態で意思の確認をしたら……

 案の定、スタッフたちはお互いに顔を見合わせ、ひそひそと話し合うばかりである。そんな中、真っ先に手を挙げたのはるいだった。琴音が勢い込む。

「お味方していただけますか?」

「会長の判断待ち~」

 ぐっと息を飲む琴音の横で、鈴香は微苦笑を禁じえない。いかにもあっけらかんとした顔での発言だったのだから。

「るいたち一応『あおぞら』所属だし。つか、今の訊き方だと向こうについてもよくなっちゃうよ?」

(この人、時々冴えるんだよな……)

 普段はちゃらんぽらんなのに。

「なるほど……沙良様に確認、と」

 黄色い手帳にメモした琴音が、ふっと顔を上げた。祐希が手を上げている。

「一つ質問なんですけど――」

「はい?」

 祐希は手を下ろすと、澄ました顔でズバリ言った。

「それ、どっちかに味方しなきゃいけないんですか?」

 あたしたちの生活に関係ないんですけど。そこまで言われて、鈴香も琴音も答えに窮した。そこへ理佐の追い討ちがかかる。

「ま、そうよね。わたしたちは妖魔討伐を請け負ってるボランティアであって、鷹取一族の私兵じゃないんだものね」

 連続攻撃を真正面から受け止めて萎れていく琴音。良い返しが思い浮かばないのだろう、顔色が白くなっていく。

 それならばと、鈴香は立ち上がった。

「皆さんの言い分も分かるけど、一族の端くれとして言わせてください。あの人たちには、沙耶様を排除したあとのプランが無い。そう聞いています。

 だから、あの人たちの企みが成功してしまうと、鷹取家は混乱し、弱体化してしまう。それは妖魔討伐にも影響してくるし、外国からの干渉も招きかねない。このあいだの伯爵家がしてきたみたいに」

 いずれにせよ、会長の判断待ち。そういう結論に落ち着いて、鈴香は琴音を半ば引っ張るようにして退出した。


2.


 鈴香たちが帰った後しばらく待機していたが、出動もなさそうなので、近所の居酒屋で久しぶりにダベることにする。就活が始まってから忙しくなって、本当に久しぶりだ。

 そして乾杯が終わって開口一番、

「怪しい」

 祐希の目が光るのを、優菜は面白く感じた。この子、意外とこういう事に頭が回るのだ。

 一方で、回らない子もいる。万梨亜だ。

「なにが怪しいの?」

「婿とやらがなんで沙耶さんを排除したいのか、結局何も説明が無かったです。つまり、沙耶さん側にも弱みがあるということですよね」

 なるほどと見渡すと、サポートスタッフとして所属している海原の男子2人がいない。もともと今日は非番らしいから、単なる偶然なのだろう。でも、詳細が聞けないわけで。

 その視線の先に、今日沙耶と親しげに――ちょっとムカつく――一日を過ごしてきた男が今、彼女の2人向こうで呑気にジョッキを傾けながら、ミキマキと世間話をしている。その男の名を呼んで、問いただすことにした。

「お前、今日沙耶さんから何か話は無かったのか?」

 隼人はジョッキを置くと、首を振った。

「その手の話は無かったな。世間話をずっとしてたぜ」

「「つか隼人君はどーするん?」」

 沙耶に味方をするのかどうかという問いだろう。知らず自分が彼を見つめていることに気づく。そんな彼女を、万梨亜と祐希がサラダをつつきながら面白げに眺めていることも。

 ごまかしを含めて、揶揄を飛ばす。

「どうせお前は女の子がいるほうって言うんだろ?」

「ちょっと違うな」と隼人は真顔で言った。

「困ってる女の子がいるほうだ」

「なるほど、弱みにつけこむと」「最低ですね、隼人さん」

「そこの女子大コンビ! 人でなしみたいに言うな!」

 叫ぶ隼人にひとしきり笑って、美紀が話題を変えた。

「自爆するって、どんな感じやったん?」

 隼人は首をかしげた。モグモグとトリカラを咀嚼しながら考え込むこと5秒ほど、

「白水晶を起点に、身体が弾ける感じだったな。イテッて思ったのと、敵の女が眼ぇ一杯に開いてるのを見たのが最後の記憶で……」

「で、気がついたらヒモにーやん爆誕と」「自爆だけに」

 双子の掛け合いを見るのも久しぶり。隼人の否定までがセットだが、やさぐれた隼人の一言は完全に意表を突かれた。

「爆誕どころか爆縮だよ。白水晶まで無くなっちまったんだから」

「ほんとにすごい火力だったんだね……」

「んーやっぱ必殺技としては使えないな。フロントのみんなを巻き込んじゃうじゃん」

 スタッフたちの感想を聞きながら、優菜は首をかしげた。

(あれ? 沙耶さんの説明だと、確か……)

 ふと見ると、真紀が白水晶を差し出している。

「なんやったら、うちの使う? つか、会長に連絡した?」

 会長には連絡したが、予備がまだ無いとのことだった。

「そもそも陽子ちゃんの分が先だしね……あ、俺、中ジョッキ追加で」

 また震える陽子は、なぜここにいるんだろう。隼人のことが気に入らないなら来なきゃいいのに。思わず彼女を凝視してしまったことに気づいて、優菜は眼を逸らした。

 隼人も陽子のほうをちら見しただけで、すぐ真紀のほうに戻って、すまなそうな顔になる。

「真紀ちゃんありがと。でも、しばらくサポートに回るよ」

「「えーうちブラックの腕にぶら下がるのが生き甲斐やったのに~」」

「変身してもしなくても――」

 ぶら下がるじゃん2人して、と言いたかったのだろう。だが、直後のできごとは全員の予想を斜め上に、本当に等加速運動的に飛び越えた。

 隼人の身体を、いきなり白い光が包み込んだのだ!

 しばらくして光が消えると、そこには、エンデュミオール・ブラックがいた。呆然として、箸を宙にさまよわせ、生ビールの泡を口の端に付けたまま。

「……え? なんで?!」

 そしてそこへ、追加注文の品を持って店員さんが来た!

 ブラックは素早かった。そして周囲も。床に伏せた彼女と店員とのあいだに移動して座り込み、壁を作ったのだ。

 品々をテーブルに置きながら、店員が首をかしげる。

「あの……」

「は、はい! 美味しくいただいてます!」

「あ、いや、なんかさっきここからすごい光が漏れてましたけど……」

「あ、あははは、カメラのフラッシュですよ、カメラ!」

「そうそう! 一斉に光らせたらどうなるかなーって! フラッシュ!」

 勢いに気圧されたのか、店員さんは首をかしげつつも大人しく退散していった。

 戸が閉まってしばらく、みんなで大きな溜息をつく。

「2階でよかったわね……」

「貸し切り状態ですもんね、ここ」

 そこで優菜はるいを見た。嫌な予感を確認するために。

「やっぱ、あれかな?」

「んー、たぶんそーじゃない?」

 彼女も同じ推論のようだ。説明を求めて涙目のブラックに説明してやる。

「沙耶さんから聞いた話だと、自爆したあと、白水晶が宙に浮いてて、そこになんか細かいのがぶわーって集まってきて、隼人の身体を形成したって」

「つまり――」

「白水晶が体に埋め込まれちゃったってこと?」

 衝撃のブラックは、すぐに顔を輝かせた。

「んじゃ、これを引っ張れば取れるじゃん……あれ? あれ?!」

 グイグイ引っ張っても取れないようだ。ざわめき始めた室内に、双子の面白がっている声が響いた。

「「なんやねんな、モテモテにーやんらしくもない」」

「……意味が分からないんだが」

「「そーゆーときはやね、ブラック」」

「お、おう」

「「引いても駄目なら押してみな!」」

 ズブッという鳥肌ものの音が聞こえてきそうなくらい、白水晶はブラックの身体にめり込んだ!

「おおー、戻った戻った」

 歓声と笑いの上がる室内で、本当に鳥肌を立てているのは双子だった。

「ほ、ほんまにめり込みよった……」

「キ、キショい……」

「だったらやるなよ!」

 変身解除された隼人が胸を押さえて叫ぶ。痛みは感じなかったが、いわゆる『キショい』感じだったらしい。

 そして白水晶は身体に埋まったまま、つまり、

「つか隼人、お前これからうかつに変身って口走れなくなるのな」

「ま、まあ日常生活で頻繁に使うワードじゃないし……」

「もう辞めよっかな、ボランティア……」

 確かに、このボランティア以外で口走ることはないよな、『変身』って。


3.


「ダメです。認めません。却下します」

 翌日、昼ごはんを大学の第2食堂で食べていたら、なんと会長がやって来て宣告された。

「会長、そんな――「沙 良 ちゃ ん」

 沙良はハンバーグ定食をテーブルに静かに置くや、ビシッと指をさした。

「貴重な実験体……ゲフゲフ、戦力のリタイアなんて認めるわけないじゃない」

 穏やかじゃない単語が聞こえた気がするが、沙良はしれっとした顔で座ると定食をパクつき始めた。

「つか、ここって部外者禁止じゃ……」

「しーっ、まあいいじゃん。みんなやってるよ? 家族や友達連れてきたりして」

 なるほど、俺は連れてくるような人も、おごってやる金も無いからな。るいの説明に納得して、はたと思い出した。

「つか、実験体ってなんすか?」

「ちっ、覚えてたわね……」

 沙良は紙ナフキンで口を拭うと、笑顔を作った。

「白水晶を体に取り込んだフロントスタッフがどういう経過を見せるのか。あれを生み出した当人として、とても興味があるわ」

 既に沙耶に通報して、定期的な精密検査が受けられるよう手配済みらしい。

 素早いな、と舌を巻く。胸の中にもやもやしたものが溜まる間もなく、まさに速攻が来た。沙良が定食を大方食べ終えると、隼人に第2の矢を放ったのだ。

「隼人くん、なんだったら『あおぞら』に就職しない? いやむしろお願いしたいわ」

 そこへるいが絡んでくる。本当に楽しそうにニヤニヤしながら。

「つか、どう? ついでに会長んとこに永久就職すれば?」

 いやぁんと頬を染める830歳女子の横で、22歳男子はどんな顔をすればいいんだろう。

「なんでそうなるんだよ。ていうか、財閥系には就職できないんだろ? 俺たち。『あおぞら』も該当するんじゃねぇの?」

「大丈夫。親族寄合で承認が取れれば働けるようになるわ」

 そうと決まったら資料作り始めなきゃ。沙良は手早く、しかしお上品に食事を終えると、帰っていった。

「隼人くん、就職の件、考えといてね」

 そう言い残して。



「ヤバイな」

「ほんまやな」

「ヤバイねー」

「お前が振ったんだろうが!」

 食後のカフェには隼人が抜けて、ミキマキが来た。るいの頭にヘッドロックを極めているあいだに、

「あ、せんぱいがたー! お久しぶりですぅ」

「敵機襲来!」「実にいいタイミングやね、優羽ちゃん」

 優羽と瞳魅が加わった。仙台から昨日帰ってきたのだという。

 敵機襲来とはどういうことかと問われて真紀が説明すると、ほんとに久しぶり、優羽の盛大な胸揺れを拝む破目になった。

「いやぁん沙良様には渡さな~いも~ん!」

「なあ、優羽」

 コーヒーを2つ買ってきた瞳魅が横に座ると、親友に問いかけた。

「あんたさ、隼人先輩のどこが気に入ったの?」

「「ああ、君も知らんのかいな」」

 ミキマキのユニゾンにちょっぴり震えてから、瞳魅は笑って言った。

「ええ、こいつの男関係の話は聞かないことにしてるんです」

 分かる気がする。めんどくさそうだもんな。

 そして優羽の答えは、

「うふふ。隼人先輩はぁ、いい匂いがするのよ」

「安っすいボディソープの匂いしかせーへんけど?」

「髭剃りの泡の匂いとかな」

「お前らはなんでそんな微妙な匂いを知ってるんだよ……」

 思わずツッコミを入れたら、るいに阻まれた。さっきと同じニヤケ顔が始まる。

「優菜はもっと違う匂いを嗅いでるよね? お泊りしたわけだし」

「ヤってないっつーの」

「ほんとですか?」

 突然、優羽の真顔に迫られた。いつか聞いた、ブリッコの仮面を脱いだ時の顔と声だ。

「してないよ。紳士的だったって言えばそうだけど、手も握ってくれなかったぜ」

「握ってほしかったんですか?」

 これは瞳魅。始めて見るキラキラした目で、やっぱりこの子もお年頃なんだなと思う。

 優菜は少し考えて、ゆっくりと答えた。

「つれないな、とは思ったよ。でも――」

「でも、なんですか?」

「手を握られたり、それ以上のことになったら、あたしは多分隼人を嫌いになったと思う。多分、な」

 ふーん、とコーヒーを飲みながら優羽が相づちを打った。まだ冷静顔は続いている。

「それは、隼人先輩が相手を見てヤるかヤらないかを決めてるんだと思いますよ?」

「じゃあ優羽ちゃんが振られて隼人君の家に行ったら、どーなるんだろうねー?」

「よし、実験開始じゃ」

 膝を打つやいなや素早くスマホを取り出した赤髪を、これまた素早く止める青髪。流れるような掛け合いに、なぜか笑いが止まらなくなった。

「そうですか、わたしたちは敵ですか」

「そこに戻る?」

 せっかく和やかな雰囲気になったのに。

「そーそー、敵やで?」「優菜ちゃんから隼人君を奪おうとする」

「えー奪おうなんてしてませんよ~」

 笑顔で否定されて、のち煽りが来た。

「もともと優菜先輩のものじゃないのに~やだ~」

(ほんとこいつ、煽りスキル高いよな)

 あたしは理佐と違うから、乗らないけどな。優菜は自分に言い聞かせた。

 瞳魅がなおも何か言おうとする親友の口を塞いで、話題を変えた。

「凌って、帰ってきてますか?」

 そういえば、ここのところ姿を見ない。

「帰省してるんじゃないの? まだ」

「それが、携帯にかけても出ないんですよ」

 例の黄色い端末もオフになっているというのだ。

「確か、会長にメモをもらって……」

「そうそう、一族にそれを伝えるんだって言ってたよね?」

 彼女の一族・狗噛家は、忍びの一族である。だが、ほとんどの技を習得する術が大昔に失われたのだ。

 会長は、かつて狗噛の男と暮らしていた時期がある。その時の記憶を頼りに書き起こしたのが会長のメモで、失われた技の習得方法が記してあるという。

 一族のあいだで、何かあったのだろうか。まさか、メモを奪い合って……

 ミキマキがうねり出した。

「「困るわ、うち」」

「なんで?」

「「分身の術、教えてもらう約束やねん」」

「……それ以上増えてどうするんですか?」

 瞳魅の心からとしか思えない問いかけに、みんなで吹き出してしまったのであった。



「で――」

 ゼミへ向かう途中、るいが顔をのぞきこんできた。

「勝負かけないの?」

 優菜は答えなかった。ひたすら前を向いて、歩き続ける。

 そして、一言つぶやいてこの話を切り上げることにした。

「考える」

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