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第七話:料理とドラゴンと客たちと

 食堂にはすでに多くの人で賑わっていた。まだ開店してそれほど時間が経っているわけではないのだが。既にラシュウの姿もあった。


 ノインが十数個の器を浮かべて食堂に入ると、それを見つけた客の一人が声を上げた。


「うお~い!ノインが追加の焼き野菜を持ってきたぞ!!」


 その声に大盛り上がりする一同。既に出来上がっている輩ばかりのようだ。どのテーブルにも、ノインお手製のボアのすね肉の煮込みと窯焼き野菜がある。


「いや~、おいら野菜はそんなに好きじゃないんだが、これは美味いよな!」

「窯で焼いたんだって?普通に焼くのとはこんなにも違うんだなぁ」


 ノインは、騒いでいる客たちの横を通り過ぎ、食堂と厨房を繋ぐ料理搬入口近くのテーブルに、運んできた器をゆっくりと降ろす。


「ノイン、お疲れさん。ほら、空いたところに座りな。適当に料理とエールを持ってくるからさ。そういや、その頭の子は何を食べるんだい?」


 新たに注文を取ってきたであろうマールが、ノインの近くにきて声をかける。ちなみに、ノインが料理を振る舞う日は、ノインの食事代は無料になる。


 とはいっても、ノインはそれにつけこんで暴飲暴食などはしない。いつも自分の作った料理と適当な料理お酒をマールに見繕って出してもらっている。


「人と同じものを食べるので、俺と同じものを用意してもらえれば」

「わかったよ、それじゃその焼きたての野菜でも食べて少し待ってな」


 ノインは窯焼き野菜が載った器を二つ魔法で持ち上げると、近くの空いている席へと着いた。目の前のテーブルに、持ち上げていた器を置くと、テーブルの上にライムエルが降り立とうとする。


「ライムエル、テーブルに乗るのはマナー違反だから駄目だ」

『じゃがそうなると、ワシはどうやって食べればよいのじゃ?』

「う~ん、床に置くのも何だしな……。どうするかなぁ」


 そんな声が聞こえたのか、厨房の方からミルナが小さな台を持ってきてくれた。


「はい、ノインさん!これ、ライムちゃんのテーブル代わりにしてください!!」

「お、これは助かるよ。ありがとうミルナちゃん」

「いえいえ。それじゃあもう少し待っててくださいね。今準備してますから!」


 ミルナは元気よくそういういうと、厨房の方へと戻っていった。


 ノインは台の上に窯焼き野菜が載った器を置くと、ライムエルにフォークを手渡した。


「ほら、これで野菜を刺して食べるんだ。さっきは手で持ってそのまま食べてたが、それだと手が汚れちまうからな」

『なるほど。ワシはそこまで気にはならんが、それが人のやり方というのなら従おう』


 ライムエルはフォークで野菜を次々と刺しては、口の中へ放り込んでいく。だが、じっくりと味わって食べているようだ。時折頷いては、満足そうに鳴き声を上げている。


 ノインも目の前の野菜を口の中に入れていく。濃厚な野菜の味が口いっぱいに広がる。人参、玉ねぎ、かぼちゃはそれぞれ野菜特有の甘みが堪らない。普通に切って焼いてしまっては水分が飛んでしまい、ここまで瑞々しくはないだろう。窯で丸ごと焼いたからこそ堪能できると言える。じゃがいもは外は皮がカリッと、中はホクホクしており冷えたエールにとても合いそうだ。


「は~い、エールにボアのすね肉の煮込み、あとはパンと野菜たっぷりのシチューだよ」


 そこにタイミングよくマールがエールと料理を持ってくる。ノインはテーブルの上に置かれたエールを手に取ると、魔法でそれを冷やして一気に呷った。


「ぷはぁ!これはエールに合うなぁ!」


 基本的にエールは常温で提供される。魔道具で冷やして提供する店もあるが、その分値段が張ってしまうため、そういう店はあまり多くはない。


 ノインがエールを冷やしたのを目敏く見つけたラシュウが、料理と酒を持ってノインのテーブルへと移動してきた。手に持ったエールのコップをノインに掲げ、小声で話しかけてくる。


「おいおい、ノイン。お前さんだけずるいじゃねえか。俺のエールも冷やしてくれよ」

「ラシュウさん、もう来てたんですね。しかしラシュウさんのを冷やすと、他の人にも冷やせって言われそうで……」

「だからこうやってばれないように小声で話しかけてんだろ。それに、お前さんのそのドラゴンを見かけても騒ぐなってここの連中を言い含めておいたのは俺だぜ。少しくらい礼があってもいいとは思わんか?」


 確かにライムエルのことをチラチラと見る客はいるが、あまり騒ぎ立てる様子はない。ドラゴンがこんな近くにいるのに、恐怖心は湧き出ないのだろうか。


 いや、必死になって目の前の窯焼き野菜をモキュモキュと食べている姿を見れば、それよりも愛らしさが勝るのかもしれない。声をかけたいが、我慢しているようにも見える。


「まあ、食事を邪魔されないのはありがたいですね」


 ノインはラシュウのリクエストに応え、魔法でその手に持つエールを冷やしてあげた。


「ありがとよ!それにしても、何時食べてもお前のボアのすね肉の煮込みは流石としか言いようがないな。貴族のお屋敷で出てもおかしくない出来だ。エールじゃなくてワインが飲みたくなるぜ」

「確かにワインに合いそうですねぇ。それじゃ俺も食べようかな」

『待てい!まずはワシの分をここに置かぬか!』


 ノインがボアのすね肉の煮込みを口にしようとしたが、その前にライムエルから念話で待ったがかかる。既にライムエルは、目の前の窯焼き野菜を全て平らげていた。ノインは苦笑しつつ、ライムエルの目の前に運ばれてきた料理を置いた。


「あ~、悪い悪い。ほら、この煮込みが俺が作ったやつだ。こっちのシチューはこの店のグライセさんが作ったやつだな。どっちもパンに合うと思うぞ」

『おおう、どちらもいい匂いがするのう。まずはこの煮込みから頂くとしよう』


 ライムエルは肉にフォークを刺し、まずは一口食べる。ゆっくりと味わっていたかと思うと、急に動きが早くなった。すぐさま次の肉を口に入れる。


『ううむ!サンドイッチの肉も美味かったが、こっちの肉の方が柔らかくて味も深い気がするな!これは食べるのが止まらぬ!!』

「パンも合わせて食べるとさらに美味いぞ。というより、パンやお酒に合うようにちょっと濃い目に味付けしてあるからな」


 ノインはそういいつつ、自分もボアのすね肉の煮込みを口に入れる。硬いすね肉のはずが、長時間じっくり煮込んだおかげで、簡単に噛みきれるほどの柔らかさになっている。甘辛く味付けされた野性味溢れる力強い肉の味は、いくらでも食べても飽きそうにない。


 ノインは口の中をエールで流し込むと、大きく息を吐いた。


「うん、美味い!!昨日よりも味が染みていていい感じだ!」

「昨日もあったのかよ!知ってりゃ昨日も来たのによ!!」

「いやいや、昨日食べたのは味見です。こんな風に肉に味を染み込ませるには、出来上がってからしばらく置いておく必要があるので、昨日は店では出してないですよ」

「ならいいんだがよ。グライセの料理も美味いんだが、お前さんの料理はそれ以上に美味いからな。できるだけ食い逃したくないんだよな」

「グライセさんは毎日三食、それも大量に作らなくてはいけないですからね。それに比べて俺は、好きなだけ手間暇かけて、好きな時に作りますから。グライセさんも時間に余裕があれば、今以上の料理は簡単に作れると思いますよ。ただ、その分値段は高くなるし提供できる数も減るかと思いますがね」

「ギルドの酒場と同じだな!値が上がっちまえば来れねえ連中も出てきちまうからなあ!」


 ガハハッと笑いながら手に持つエールを一気に飲むラシュウ。すぐさまおかわりを頼みつつ、手元にあるボアのすね肉の煮込みを美味そうに食べる。


「にしても、お前さんの従魔のドラゴン。本当に美味そうに料理を食うな。おう、この料理も食うか?」

「きゅー♪」


 ラシュウが差し出した窯焼き野菜の器を、嬉しそうにして受け取るライムエル。その姿を見て、ラシュウが胸を押さえて唸る。


「なんだ、この胸の高鳴りは……!そんな顔されると、いくらでもあげたくなるじゃねえか!」

「ラシュウさんずるい!!私もライムちゃんにご飯あげたい!!」


 ラシュウがライムエルに料理を上げていたのを見たのか、ミルナも負けじと焼かれた肉を持ってライムエルに近づく。


「ライムちゃん。うちのお父さん特性のソースがかかったボア肉のステーキよ!はい、あげるからしっかり食べて大きくなるのよ~♪」

「きゅーきゅー♪」

「う~ん、やっぱりかわいい!!食事中じゃなければ抱きしめるのにっ……!!」


 ボア肉のステーキを手渡し、ライムエルの笑顔を直接自分に向けられたミルナ。彼女もライムエルにやられたようだ。それを遠目に見ていた他の客たちが、もう辛抱堪らんと騒ぎだした。


「くっ、俺も何かあげたい!!そして笑いかけてもらいたい!!だが、もう俺の手元に料理がねぇ……!!女将さん、こっちに何でもいいから料理を持ってきてくれ!!」

「ずるいぞ!こっちにもだ!!」

「ふっ、料理を自分で食べず、あげるために準備していた俺に隙はなかった!ほ~ら、おじさんがお肉を上げよう」

「ちぃ、出遅れた!!おい、お前ら邪魔だ!!そこをどけ!!」


 周りの客たちがライムエルのもとに料理を持って殺到してくる。そんな光景を、ノインは呆れたように見ながらつぶやいた。


「なんなんだこれは……」

「なんつーか、庇護欲をかきたてるみたいな?」

「わからなくもないが……。あれ、小さいけどドラゴンだぞ?」

「なんだっていい!かわいいは正義だ!!」


 ノインが近くにいた客にドラゴンであると改めて言うが、男に自信を持ってそう言い返された。周りにいた他の客も、うんうんと頷いている。


「いかついおっさん共が、真面目にそんなことを言うのはシュールだなぁ……」

「子犬に癒しを求めるのと同じようなもんだ。しかもこいつは、人の言葉をちゃんと理解して、さらに愛嬌を振りまくときたもんだ!心奪われるやつも多数いるだろうな」


 ラシュウ本人が、ライムエルに心奪われた存在だからだろうか。うんうんと頷きながらノインの言葉に返事をした。ラシュウは真っ先に料理をあげていたこともあってか、余裕を持って周りの客たちの様子を見ている。


「はいはい、こんなところにうじゃうじゃと集まってちゃ邪魔だよ!料理をあげたいんだったら整列しな!」


 女将のマールが手に追加の料理を持ちながら客に怒鳴る。周りにいた客はすぐさまマールに従い整列した。ここで逆らえば、もう食事を提供してくれなくなるのは常連客ならばわかっている。一人一人順番に、嬉しそうに手に持つ料理をライムエルに手渡し始めた。


 ライムエルは手渡された料理をすぐさま平らげては、空になった器をどんどん重ねていく。既に十人前くらいは食べているだろう。流石に見かねたノインが、念話でライムエルに問い掛ける。


『おいおい、ライム。お前どんだけ食べるんだよ……。お腹こわすぞ?』

『ここの料理は美味いのう。貰えるならいくらでも貰うぞ。ワシは食べなくても生きていけると言ったが、逆に食べようと思えばいくらでも食べられるからのう』


 ノインはライムエルのお腹を見るが、あれだけ食べたのにもかかわらず少しも膨らんでいなかった。どういうわけか、食べる前と全く変わっていない。本当に、与えれば与えるだけ食べるのだろう。


 しかし、今のような状況が普通と勘違いしてもらっては困る。今回は、周りの客たちが料理を与えているが、いつもそうだとは限らない。


 毎食、これほどの量を所望されては、ノインの所持金はあっという間に尽きてしまう。ノインは、今も手を止めずに料理を口の中に入れるライムエルの説得にかかった。


『ライム、食べるのはそれくらいにしておけ。美味いものでも食べ過ぎれば、それはいつしか美味く感じなくなってしまうぞ?』

『なん……じゃと……?』


 ライムエルは食べていた手をピタッと止め、驚いた様子でノインの方を見つめる。周りの客たちは、急に動きを止めたライムエルを心配そうに見ている。


『所謂、飽きというやつだ。おそらく、ライムがそこまで食に興味がなかったのも、生肉しか食べていたからかもしれないな』

『それは本当か!?』

『俺の経験ではそうだな。美味くても、ずっと同じものを食べ続ければ、それは苦痛になるからな……。ライムは人以上にたくさん食べる。違う料理が間に挟まれているとはいえ、同じものを何度も食べれば、そのうち美味く感じなくなる可能性が高い』

『むむぅ……、それは困るのう』

『今ならまだ大丈夫だ。今日はそこまでにしておけ』

『……仕方あるまい、今食べている分でやめておくとしよう』


 ライムエルは今食べている料理を完食すると、残念そうな表情を浮かべながら、手に持っていたフォークを置いた。それと同時に、ノインは周りの客たちに声をかける。


「ほら、今日はもう食べないってよ。悪いが、今手に持ってる料理は、責任を持って自分で食べてくれ」

「なんだとっ!?俺はまだ料理をあげてないぞ!?」


 順番待ちをしていた客がライムエルに料理を手渡そうとするが、ライムエルは目を落としたまま受け取らない。ノインの言うことが正しいことがわかると、並んでいた客たちは残念そうにして自分の席へと戻っていった。


「まったく、こんな騒ぎになるなんて……」

「なんだかんだでお前さんのドラゴンが受け入れられたってことだろ。よかったじゃねえか」

「う~ん、結局のところ騒ぎ立てられるのは変わらないような……」


 満足そうに頷くラシュウに対し、ノインは納得いかない表情で、コップに残っていたエールを飲み干したのだった。




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