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第六話:窯焼き野菜

 ノインは食糧庫に保管されていた野菜を適当に見繕って箱に詰め、それを持って裏庭へと移動した。


「よし、それじゃ窯を作るとするか」


 裏庭に着いたノインは、邪魔にならないように端の方で窯を作ることにする。今まで旅の中で何回も行使した魔法だ。その魔法の行使に淀みはない。


 ノインの目の前の土が盛り上がり、膝ぐらいの高さの土台が形成される。その上に、楕円状の開口部が一つあるドーム状の窯が作り出された。


『ほう……。ノインよ、補助具を使わずにそのような精密な魔法の行使ができるとは、人にしてはなかなかの腕前ではないか』

「いや、俺は二流どころか三流の魔法使いだ。こういう事ができても、高火力の魔法は扱えないしな。まあ俺にとって、魔法は料理をするための調理器具みたいなもんだから、別にいいんだけど」


 ノインの言葉は決して強がりではない。何故なら、ノインが魔法を覚えるきっかけは、子どものころに「もっと簡単に、効率よく料理ができないか」という考えから始まったのだから。


 そこでノインが注目したのが魔法だった。魔法の火は自分で火加減を調節でき、魔法の風は刃となって思うように野菜を切る事ができる。さらに、いつでもどこでも魔法で水が出せるし、食器も作ろうと思えば土を魔法で操って作る事ができる。


 魔法はノインにとって、理想の調理補助、調理器具だったのだ。


 その考えに至ってからは、ノインはすぐさま魔法を覚えようと動き出した。しかし、ノインが当時住んでいた村には魔法使いはいなかった。


 そんな折に、偶々依頼で村に立ち寄った魔法が使える冒険者がいたため、ノインは魔法を教えてもらえないかと頼み込んだのだ。その冒険者は「子どもの頼みだから」と笑って引き受けてくれたのは、ノインにとって非常に幸運なことだっただろう。滞在する数日間、時間があるときに教えてもらえることになった。


 冒険者としては、魔法の基礎的なことを教えて魔法に興味を持ってもらう程度のことを考えていたのだが、ノインはたった数日師事しただけで初歩的な魔法が使えてしまった。


 まさか自分の滞在中に魔法が使えるようになるとは思いもしなかった冒険者は、言葉には表せないほど驚いた。普通、素養がある者が魔法を学んだとしても、魔法を使えるようになるまでには一か月はかかるのだ。それをノインは数日で成し遂げたのだ。


 そのことを聞いても、「これでもっと楽に料理ができる」とノインは平然な顔をしていたが。


 閑話休題


 ライムエルはノインが魔法で作った窯の周りを飛び回り、不思議そうに眺めていた。こんなものでどうやって料理を作れるのかと。


『ノインよ。これはいったいどういう風にして使う物なのじゃ?用途がまったくわからんのじゃが』

「中に物を入れて焼くんだよ。実際に見た方が早いな」


 ノインは魔法で窯の中に火を作り出し、窯の中を熱し始めた。


 それに並行して、魔法で土から器を作る。その器の上に、魔法で作り出した水でよく洗った野菜をいくつか載せた。そこに、軽く塩を振り、ハーブを刻んで漬け込んだオイルをまんべんなく回しかける。


 十分に窯の中が熱くなったことを確認すると、ノインは野菜を載せた器ごと窯の中へと入れた。


『ふむ、あの中は熱くなっているのか。その熱で野菜を焼いておると。なぜ態々そんな手間をかけるのじゃ?焼くのであれば、そのまま火で直接焼けばよいものを』

「直接火に当てると、火が中まで通る前に表面が黒焦げになるからな。野菜を切って小さくすれば、火加減次第でそんなこともないけど、窯で丸ごと焼いた方が俺は美味いと思うんだよな。試しに食い比べてみるか?」


 ノインはそういうと、野菜が入った箱の中から玉ねぎを取り出す。それを風の魔法を使って輪切りにすると、串に刺していく。その串の先を手で持ち、魔法で作り出した火で焼き始めた。


 表面に焦げ目ができると火を消し、軽く塩を振りかけるとライムエルに差し出した。


「ほら、玉ねぎの串焼きだ。本当なら、間に別の野菜や肉を挟んで焼くんだけど、今回は食べ比べだからな。あ、熱いかもしれないから気をつけろよ」

『熱くてもワシには問題ない。では、食べてみるとしよう』


 ライムエルは串焼きを受け取り、刺さっている玉ねぎの輪切りを一口で口に収める。中の方までしっかりと火が通っていないのか、時折シャキシャキとした咀嚼音が聞こえてくる。


『ふむ、これは表面の焼けた部分が甘く、あまり火が通っておらぬ生に近い部分が辛く感じるのう。あと、焦げた部分が少し苦いか。これはこれで悪くはないが、そこまで美味いとは言えんかのう』

「玉ねぎ単体だしな。でも、初めて食べた物なのにそこまでわかるのか。十分すぎる回答だな」


 ノインは食べ比べてもらって美味いか不味いかで判断してもらうつもりだったが、味について細かく批評するライムエルの回答に満足そうに頷く。


 そして窯の中で焼いていた野菜の器を取り出すと、その中から玉ねぎの丸焼きをライムエルに食べるように指示した。


「よし、次は窯焼きの方だな。この玉ねぎの丸焼きを食べてみるといい」

『うむ、わかったぞ』


 ライムエルは窯の中で焼かれて熱くなっているはずの玉ねぎを、そのまま素手で掴んでかぶりついた。どうやら熱への抵抗があるらしく、この程度の熱さなら問題ないらしい。


 今度は先程とは違い、咀嚼音は聞こえてこない。目を瞑ってじっくりと味わっていたライムエルだが、急にカッと目を見開いたかと思えばノインへと急接近してきた。


『これは先程とはまったく違い凄い甘みがある!しかも、中からじゅわっとスープのようなものが出てくる!ワシはこっちの方が好きじゃな!』

「窯焼きは中までじっくりと火を通せるんだ。だから串焼きみたいに焼きムラもできにくいし、そのまま丸ごと焼くこともできる。この丸ごとってのが重要でな。切って焼くよりも中の水分が飛びにくいんだよ」

『う~む、言っていることはあまりよくわからんが、焼き方によって味が違うことはわかったぞ』


「焼き方もそうだけど、火を通すと味や食感が変わるってことを覚えてればいいよ。生の玉ねぎはシャキシャキした歯ごたえと辛味が特徴だけど、火を通した玉ねぎには歯ごたえはなく野菜の甘みが出てくるんだ」

『ふむふむ……。ということは、肉も焼けば味が変わると?』

「変わるな。肉は焼いた方が、脂が融けだして美味いと思うぞ。というか、人は肉を生で食べることは滅多にしないから、生肉については俺もあまり言えないんだよな。腹を壊しかねないし」

『くっ……、何故ワシは今まで肉を生でしか食らわんかったのじゃ……』


 ショックを受けているライムエルを置いておいて、ノインはどんどん野菜を窯に入れていく。焼きあがった野菜は、新たに魔法で作った台に置いて冷ましておく。熱々の出来立てが美味しいのは当然なのだが、流石に熱過ぎて冷まさないと口の中が火傷をしてしまう。


「ノイン、そろそろ開店時間だが出来たか?」


 グライセがこちらに近づいてきてノインへと訊ねる。


「そこに置いてあるやつは出来てますよ。あともう少しで、今窯に入れてあるのも焼きあがるかと」

「ほう、これはいい感じに焼けている。それが魔法で作ったという窯か……。うちにはオーブンもないから、これは珍しい一品になるな。では、これは先に運んでおこう。その窯の中のやつが出来上がったら、それを持ってそのまま食堂に来てくれ」

「了解です。あ、そうそう。ラシュウさんがボアのすね肉の煮込みを残しておいてほしいとのことなので、残しておいてもらえます?」

「わかった。それじゃ、お前たちの分も合わせて、三人分は確実に残しておこう」

「ありがとうございます」


 先に焼きあがった野菜はグライセにまかせ、ノインは残りの野菜を焼き上げていく。ライムエルはというと、ノインの様子を興味深そうに見ていた。


『なるほどのう。ワシにも大体やり方が分かった。窯に入れて焼くだけなら、ワシにもできそうじゃ』

「まあ、これくらいならできるかもね。ただ、俺の場合は全部魔法を使って調理してるから、ライムが自分で作る時は薪がいるだろうけど」

『何をいっておる。そんなものは必要ないぞ。ワシはこの世にある魔法すべて使えるからのう。何もないところから窯を作るという部分も含めて、最初からできるぞ』

「……は?マジで?」

『長年生きておれば、魔法を覚える時間も十分あるということじゃ。まあ、本当は暇つぶしに覚えたといった方が正しいがの』


 魔法を使う魔物は確かにいる。しかし、ライムエルは全ての魔法が使えると豪語した。嘘をついている様子もない。もしかしてとんでもない魔物を従魔にしてしまったのでは?そう思うノインだったが、ドラゴンを従魔にした時点でとんでもない話なのだ。


 それに加えて、さらに大きな付加価値がつこうとも今更だ。ノインは、現実逃避気味にそう思うことにしたのだった。


「その話はまたあとで詳しく聞かせてもらおう。残りの野菜もできたことだし、これを持って食堂にいくぞ。早く晩飯にしよう」

『うむ!』


 ノインは窯の中に作り出した魔法の火を消した。流石に熱過ぎて手で持つのは無理そうだ。そこでノインは、風の魔法で野菜が載った熱々の器を空中に浮かべて運ぶことにした。十数個の器を見事に操って、食堂へ出来立ての窯焼き野菜と共に移動するのであった。



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