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第五話:猫舞亭

 ギルドの馬車に乗って、今住んでいる宿である猫舞亭へと帰ってきたノイン。御者に礼を言い宿の中に入ろうとするが、一つ問題があることに気づいた。


「あ……、ここって従魔も泊まれるのかわからないな……」

『なんじゃと?』

「従魔と言えど、魔物が近くにいるってことだからな……。ほら、魔物って人を襲うだろ?だから、危険だと思って嫌がる人がいるかもしれない」

『ぬぅ……。誰彼構わず襲うのは、知能の低いヤツじゃろうに。ワシは無用に人を襲う真似などせんぞ?』

「俺はライムとコミュニケーションが取れるからわかるけど、人にとってドラゴンは畏怖の対象だしな。まあ、従魔お断りなら、ギルドに戻って従魔も大丈夫な宿を紹介してもらおう。ここは安くて料理も美味しいから、できれば移りたくはないけど……」


 そういいながら宿の扉を開くと、偶々そこにいた宿屋の一人娘のミルナと目が合った。傍から見ればノインの独り言にしか聞こえなかった先ほどの会話は、どうやらミルナには聞かれていなかったようだ。いつものように元気いっぱいな声で、ノインに声をかけてくる。


「あ、ノインさん、お帰りなさい!」


 洗濯物を取り込んでいる最中なのか、ミルナはたくさんのシーツを持っていた。宿に帰って来たノインに元気よく挨拶をしてきた。


「やあ、ただいまミルナちゃん。いつもお手伝い偉いね~」

「ノインさん!いつも言ってますけど、私はもう13歳です!そんな小さな子どもを褒めるような言い方はやめてください~!!」

「成人は15歳からなんだから、今はまだ子どもだよ」

「そうかもしれませんが、レディに対しての言い方ってものが……。あれ、ノインさん。その頭の上に乗ってるのは?」


 頬を膨らませて怒っていたミルナだったが、ノインの頭の上に乗ったモノに気を取られたのか、その怒気はどこかに霧散してしまっていた。


「あ~、驚かないで落ち着いてほしいんだが……。さっきこのドラゴンが従魔になったんだ。名前はライムエル。ほら、ライム挨拶」

「きゅ」


 ノインがライムエルに促すと、ライムエルはミルナの方を向いて小さく一鳴きした。すると、ミルナは手に持っていたシーツを全てその場に落としてしまった。やはり、小さいとはいえドラゴン。恐怖心が芽生えるのは仕方ないのかもしれない。


 ミルナはプルプル震えながら小さな声を絞り出した。さらに右手はライムエルを指差している。


「か……」

「か?」


 悲鳴でも上げるのかと思い身構えるノイン。だがミルナから発せられたのは違うものだった。


「かわいいーーーーー!!!なにこれなにこれ!?抱いてもいいですか!?」


 ミルナは勢いよくノインのもとに駆け寄ってきた。身長に差があり、普通にやってはノインの頭上にいるライムエルに手は届かないが、ミルナは身軽にジャンプしてライムエルをひったくるようにして胸に抱え込む。ノインの返事は待てないといったように。


「うわー!鱗がツルツルしてる!ひんやりとしてて気持ちいい!!」

「ぎゅー!!ぎゅー!!」


 ミルナは、腕の中でバタバタと暴れるライムエルを抱きしめながら頬ずりしている。あっという間の出来事で、冒険者であるはずのノインも反応できなかった。とりあえずミルナに危険性はないので、ドラゴンであるライムエルがミルナを傷つけないよう言い含めることにした。


『ライム、しばらくそこで大人しくしててくれ。下手に暴れて怪我をさせてしまっては困るしな』

『なんじゃと!?』

『お前なら、相手の敵意くらいわかるだろ。抱えているミルナからそういった感じはするか?』

『ぐむぅ……』

『ま、あとで美味いもんが食えるんだから我慢してくれよ。それに、怖がられるより、可愛がられる方がいいんじゃない?』

『こんなことをされるくらいなら、怖がられる方がよかったわ……。それにしても、ワシともあろうものが不覚。敵意がなかったとはいえ、あんなに簡単に捕まってしまうとは……』


 ノインの説得により、腕の中で暴れていたライムは大人しくなった。納得したのか諦めたのかはわからないが、ミルナの腕の中で項垂れている。


「なんだいなんだい。騒がしいったらありゃしないねぇ。って、ミルナ。その腕に何を抱えてるのさ。シーツもばら撒けちまって、いったい何をやってるのさ」


 奥から出てきたのは、この宿の女将であるマールだった。マールに声をかけられ、暴走気味だったミルナは正気を取り戻した。


「あ……、しまった。ごめんなさい、お母さん。この子がかわいくてつい……」

「うん?この子は一体……」

「すいません、マールさん。俺が連れてきました」


 ノインは自分がドラゴンのライムエルを従魔にしてしまったこと、そしてここで起こったことを簡単にマールに説明する。マールはノインの話に納得したように頷いた。


「ああ、なるほど。ミルナはかわいい動物とかに目がないからねぇ……」

「それでいきなりで申し訳ありませんが……。このドラゴン、俺と一緒に泊めてもらっても大丈夫ですか?」

「う~ん、そうだねぇ……。うちで従魔を泊めたことがないから、どうしたもんか……」

「お母さん、こんなにかわいいんだよ!?それに、私が抱いても大人しくしてるから大丈夫だよ!!


 ライムエルのことを気に入ったのか、ミルナはマールを説得しにかかる。マールはそのミルナの必死な姿に苦笑する。


「わかったわかった。見た感じ、それほど怖くもないし。ミルナが抱いても、そうやって大人しそうにしてる姿を見せられちゃねぇ。ただし、ノイン。何か問題があったら責任はしっかりととっておくれよ」

「はい。ありがとうございます、マールさん」

「わーい!よかったねー、ノインさん!!あとライムちゃんも!」


 女将であるマールの許可が出て安堵するノイン。半年近くこの宿で寝泊まりしており、少なからず愛着もある。追い出されなくてひと安心だ。


「ところで、その子はノインと一緒の部屋でいいんだよね?何か必要なものはあるかい?」

「う~ん……」


 マールの質問に、ノインは考えるふりをして目線を外した。こういうことは実際に相談した方がいいと思い、ライムエルに念話で話しかける。


『ライム、寝床は俺と同じ部屋でいいよな?ライムだけ外に出していたら、絶対問題が起こるだろうし……。それで、何か必要なものはあるか』

『うむ。部屋はお主と同じところでよいぞ。必要なものは、特に思い浮かばんのう。何か入り用になればその都度言う、ということでもよいかの?』

『わかった、そうしよう。急に言われても出てこないしな』


 念話での相談を終えたノインは、マールの方に目線を戻して質問に答えた。


「そうですね。寝床は俺と同じ部屋で大丈夫です。必要なものは、今のところ特にありません。ちなみに、従魔と一緒に泊まることで、料金はいくらになりますか?」

「同じ部屋で寝るんだろ?だったら特に必要ないさ。それに、ノインのおかげで客の入りもいいからね。気にしなくていいよ」

「本当ですか!?ありがとうございます」


 てっきり料金が増えるかと思っていたノインだが、マールの一声でその必要はなくなった。猫舞亭にとってノインの貢献は大きい。併設する食堂で時折出すノインの料理を求め、新たに常連となってくれた客も数多くいる。もちろん、もとから猫舞亭で出す料理自体のレベルが高かったというのもあるが、ノインがきっかけで人が増えたのは紛れもない事実だ。


「そうだ、ノイン。うちの旦那が今日出す料理のことで相談があるって言ってたから、手が空いてるなら厨房の方へ顔を出してくれるかい?」

「グライセさんが?わかりました。部屋に荷物を置いたら向かいます」


 グライセは、この猫舞亭の厨房を預かる料理人であり、マールの夫でもある。この猫舞亭はいわゆる家族経営の宿だ。夫婦と娘の三人で切り盛りしているため、それほど大きな宿ではない。


 しかし、値段は手ごろなうえ、細かな気配りもできる女将と娘。そしてノインも満足できる美味しい料理を提供する旦那。ノインはすぐにこの宿を気に入り、このアルベールの街にいる間はここに滞在しようと決めたのだ。


「それじゃ、ミルナちゃん。ライムを放してもらえるかな?」

「むぅ、仕方ない。またあとで抱っこさせてくださいね!」


 ミルナから解放されたライムは、そのまま飛んでノインの頭の上に着地する。その飛ぶ姿は、心なしか弱っていたように見えるのは気のせいだろうか。ノインは二人と別れて、自分の部屋に荷物を置くと、そのまま厨房へと向かった。ちなみに、ライムエルは頭に乗ったままである。


「グライセさん、いらっしゃいますか?」

「む、ノインか」


 ノインが厨房の外から声をかけると、中から筋骨隆々で逞しい体つきの男が出てきた。彼がここの厨房の主であるグライセだ。


「お疲れ様です、グライセさん。何やら、今日出す料理についての相談があると聞きましたが」

「ああ。その前に、お前の頭に乗っているのは何だ?」


 ノインは先程と同じように、ライムエルを従魔にした経緯をグライセに説明した。もう何度も同じような説明をしたのでスムーズに話をする事ができる。ついでに、マールから従魔であるライムエルの宿泊許可を得たことも話す。


「なるほど、話は分かった。そういうことであれば、俺としても問題はないと思う。だが、ノイン。お前たち、少し汚れが目立つな……」

「すいません。帰ってきてすぐにここに来たものですから」

「う~む、今夜はお前が昨日作っていた、ボアのすね肉の煮込みを出す予定だったろう?それに合わせて、何か付け合わせでも作ってもらおうかと思ったのだが……」

「あ~、話というのはそれでしたか。確かにこの姿では、厨房には入れませんね」


 ライムエル山の洞窟の崩落に巻き込まれたノインは、大量の砂ぼこりを浴びてしまった。着替えもせずここに来たものだから、汚れているのは当然だ。ライムエルもずっと洞窟の中で眠っていたのであれば、汚れていないはずはない。


「新鮮な野菜が手に入ったのだが、仕方あるまい。まあ、ボアのすね肉の煮込みだけでも十分だろう」

「いえ、それでしたら裏庭を貸していただけますか?そこで調理しますので。素材を活かした野菜の窯焼きなんてどうでしょう?」

「窯……?そんなものうちの庭にはなかったはずだが……」

「俺は魔法が使えますから。土で窯を作るのは、旅をする際によくしてましたし」

「ほう、魔法で作れるのか。わかった、せっかくだしノインにまかせよう。食糧庫にある野菜は好きに使ってくれてかまわない。他に必要なものがあれば、また声をかけてくれ」

「了解です」


 グライセから料理作成の依頼を受けたノインは、料理に使う野菜を取りに食糧庫へと向かうのだった。


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