第四話:冒険者ギルドにて
冒険者ギルドに連れられてきたノインは、まずは受注していた依頼である【御影草の採取】の報告を済ませる。洞窟の崩落の際、鞄は下敷きになったがなんとか御影草は無事だった。採取した御影草を全て提出し、依頼料貰ったノインはギルドマスターの執務室に案内された。
「それじゃ、事情を詳しく聞かせてもらおうか」
「了解です。といっても話せることもあまりないんですが……」
ノインは執務室に備え付けられてある、ブラッディスネークの革でできた椅子を体面にして腰かけ、今日一日何があったのかをラシュウに話す。といっても、それは門衛隊隊長のマニールに話したことと同様のことだが。
「ふぅむ。つまり、お前さんが持ってたサンドイッチを食わせたら懐いて従魔になったと……」
「端的に言ったらそうですね」
「ということはアレだな。ドラゴン自らが従魔になったというわけか……。なるほど、水晶があれだけ光り輝いたのも当然かもしれんな」
「あれ、そうなんですか?」
ラシュウは腑に落ちたという感じで頷いている。ただ、ノエルとしては理由がわからない。どういうことなのかラシュウに話を促した。
「こういう話がある。森でEランクのホーンラビットが、瀕死な状態で幼子に保護された事例がある。当然、魔物ということで、本来は見つけ次第息の根を止めるのが普通なのだが……。見つけた子供はどういうわけか、そのホーンラビットの治療をしてしまった。それに恩義を感じたのか、ホーンラビットはその子供にすごく懐いてしまってな。いつの間にか、その子の従魔になっていたのだよ」
「……その子供がテイマーだったというわけではありませんよね」
「ああ。その子供はテイマーではなかった。つまり、魔物側から従属した事例だと言えるのだ。おそらくは、命を助けてもらった礼ではないかと研究者たちは言っていたな」
「つまり、私の場合も?」
「多分な。お前の従魔になれば、美味いメシでも貰えると思ったんじゃないか?お前の料理は、そんじょそこらの料理屋よりも遥かに美味いのは確かだし」
「……」
ラシュウの言っていることはほぼ当たっている。何故なら、ノインはライムと会話してそのことを告げられているのだから。
「しかし、魔物の方から人に主従契約を結ぶことなんてあるんですね。俺は今まで、契約の呪文をテイマーが唱えるしか方法はないのかと思ってましたが」
「そう思うのも当然だな。なにせ、事例が少なすぎて知っている者が少なすぎる。普通は人が契約の呪文を唱えて従魔にするしな。だが、俺はそれは気に食わん。テイマーが魔物を屈服させて契約の呪文を唱えるなど、奴隷の契約と言っても過言ではないしな」
「ちょ……、ラシュウさん。冒険者ギルドのマスターがそんなことを言っていいんですか?」
「はっ!魔物を瀕死にして従わせるなんぞ、『命を助けてやるから俺の言うことを聞け』って言ってるようなもんだろうが!だから、俺はテイマーなんぞ好かんのだよ!!ま、一応は俺もギルドマスターであるから、公の場では言わんし区別もせんがな」
「であれば、俺の場合は……」
「お前さんの場合は、そこのドラゴン自らが従魔にしてほしいと頼み込んだんだ。俺が何も言うことはないし、よくぞやったという気分だな。魔物にすらお前の料理が認められたわけだし。俺の舌もまんざらではなかったというわけだ」
ラシュウはそういって大笑いする。テイマーに対して思い入れはなかったノインだが、そういう考えの人もいるということをこの場で知ったノインであった。
と、そこで、執務室のドアにノックがされる。
「ご注文いただいた料理をお持ちいたしました」
どうやら、ギルドに併設されている酒場で注文した料理が届けられたようだ。
「おう、ご苦労。入っていいぞ」
部屋の主であるラシュウが許可をすると、ドアが開かれてウェイトレスが料理を乗せたカートを押しながら部屋に入ってくる。ウェイトレスはそのまま料理をノインの前のテーブルに置き、一礼をして部屋を出て行った。
「ま、とりあえず事情はわかった。料理も来たことだし、しばらくはここでゆっくりしていけ。メシ食ってるうちに、ギルドカードの更新も終わるだろ」
ギルドに到着してからすぐに、ノインはギルドカードを職員に提出していた。ドラゴンであるライムが従魔になったことを、ギルドカードに書き記すためだ。
あとは、クラスも魔法使いからテイマーに変わる。従魔を持つ者は、必ずテイマーとなるのが通例らしい。テイマーであることが、対外的に従魔をしっかりと従えている証となる。ギルドカードのクラスにそう標すのはそのためだ。
ノインは目の前に並べられた料理を目に入れる。そして、嘆息した。見ただけであまり質がいい物ではないとわかる。パンはカチカチに固そうだし、スープの香りも深みがない。その他の肉料理や野菜料理も、味が濃い酒飲み用の料理であることがノインには見て取れる。
「ラシュウさん、食事を用意していただいたのはありがたいのですが……」
「俺が用意できるのは、ギルドに併設された酒場の料理だけだ。文句を言うなら食わんでもいいぞ」
ノインは仕方なく、用意された料理を口に運んだ。予想通り、ノインを満足させるには程遠い。味付けも塩っ気が濃く、酒に合うというよりは酒を流し込むのを目的としたようなものだ。
ノインにとっては文句だらけの酒場だが、これはこれで必要な場所なのだ。ギルドの酒場は、冒険者に料理を安く提供するのを目的としている。まだ稼ぎの少ない新人冒険者にとって、安く食事にありつけるのはありがたい。
それに、大酒飲みが多い冒険者には、料理の味は二の次。それよりも酒だ、という人物が多い。そういうこともあって、ギルドの酒場には結構な人が入っている。ノインは一度行ったきり、以降足を踏み入れることはなかったが。
『のう、ノイン。ワシも食べてよいかの?』
料理を食べるノインを見て自分も食べたくなったのだろうか。ずっとノインの頭の上で大人しくしていたライムエルが頭から降りてきてノインの座っている横へと移動する。
「ライムも食べたいのか?食べてもいいが……、美味くはないぞ?」
ノインは近くにあったスープの器を持ち、スープをスプーンですくってライムエルの口元まで持っていった。ライムエルは咥えるようにしてスプーンを口に入れると、その中のスープを飲んだ。
『……しょっぱい。海水よりはマシじゃが美味くない』
ライムエルは顔をしかめながら、念話でノインにそう伝えた。ノインも全く持って同意見だ。スープは少しばかりの野菜が入っているが、その旨味は溶け込むことはなく消失しているため、塩だけの味しかしない。
「だから言ったろ。美味くはないって。どれもこれも塩っ気が強い料理ばかりだ。それでもまだ食べるか?」
ライムエルは力なく首を横に振る。それを苦笑気味に見ながら、ノインは己の空腹を満たすため、目の前の料理を食べる。
「まあ、宿の食堂はこんなに塩の味しかしない料理じゃないから安心しろ。それに、今日は俺の作ったボアのすね肉の煮込みがあるから、ご期待に添えると思うぞ」
『ほう!』
それを聞いて、項垂れていたライムエルの目に輝きが戻る。すぐにでも宿に行こうと言わんばかりだ。それを苦笑気味に見ながら、ノインは出された料理を平らげた。出されたものはどうしようもない理由がない限りは全て食べきる。それがノインのポリシーだからだ。
「なにっ!今日はお前の料理が出る日だったか!!それもボアのすね肉の煮込みだと!?」
いつの間にか自分のテーブルで書類作業をしていたラシュウが、勢いよく顔を上げた。
「昨日はオフでしたからね。ボアのすね肉をじっくりと煮込んでから、一日寝かせました。肉の臭みもとれて、甘辛い味付けがしっかりと染み込んでいると思いますよ。肉も一口で噛みきれるほど柔らかくなってるはずです」
「ぬぅ……!これはのんびりとしていられんな。さっさと仕事を片付けて猫舞亭に行かねば……!!」
ノインの料理はかなりの人気がある。出遅れれば売り切れになることも多く、夜の営業が始まると同時に、猫舞亭の食堂へ駆け込む輩も多々いる。
ラシュウは積み重なった書類に勢いよくサインをしていく。ノインの料理を食いっぱぐれないよう必死だ。
『ほほう……。あの男が必死になるほどお主の料理は美味いのか。これは楽しみじゃな』
『言っとくけど、ライムはもう食べたことあるよ。あのサンドイッチに挟んであった肉。あれがそうだよ』
『あれか!確かにあの肉は美味かった!あれがまた食べられるのか!』
ライムエルの嬉しそうな声が、ノインの頭に響く。そこまで楽しみにしてもらえるのは、料理人冥利に尽きる。正確には、料理が趣味の冒険者なのだが。
そのような話をしていると、またもやドアがノックされた。
「ギルドマスター、ノインさんのギルドカードの更新が終わりましたのでお持ちしました」
「お、できたか。入ってくれ」
ラシュウが許可すると、受付のミーシャが入って来た。手にはノインのギルドカードがある。
「失礼します。こちらが更新したギルドカードになります。ギルドマスターもご確認されますか?」
「いや、確認するまでもないだろう。そのままノインに渡してやってくれ」
「わかりました。ではノインさん。こちらが新しいギルドカードになります」
「ありがとうございます、ミーシャさん」
ノインは椅子から立ち上がってミーシャの傍まで行くと、ギルドカードを受け取った。内容を確認すると、変わったのはクラス。魔法使いからテイマーになっている。さらに、従魔の項目が追加され、ライムエルの名前が書かれていた。
「あとは従魔のリングをお持ちしましたので、そちらのドラゴンにつけてもらえますか?これを着けていれば、従魔の証明になりますので」
ミーシャはポケットから一つのリングを取り出した。色は橙色で、細かな紋様が彫られている。
「わかりました。この大きさだと、どこにつければいいかな……」
「あ、これは魔道具で従魔の大きさに合わせて自動で大きさが変わりますので、どこでも大丈夫ですよ」
「そうでしたか。じゃあライム。右足にこれつけるけどいいか?」
「きゅ!」
ノインはライムエルに近づき、従魔のリングをライムエルの右足に通した。すると、従魔のリングの紋様が輝き、ライムエルの右足にピッタリフィットするかのように小さく縮んだ。
「お~、便利なもんですね」
「滅多なことでは壊れないとは思いますが、壊れた場合はまたギルドの方へ申し出てください。新しいものを用意いたしますので」
「わかりました、ありがとうございます」
「それでは、私はこれで失礼します」
ミーシャはラシュウの方へ一礼して、執務室を出て行った。
「ギルドカードの更新も終わったことですし、俺も宿に帰ってもいいですかね?」
「ああ。ただ、まだそのドラゴンのことは街に広まっているわけではない。無用な混乱を起こさないためにも、ギルドの馬車を使って戻れ。あと、今日はもう宿から一歩も出るなよ」
「わかりました」
「それと、俺の分のボアのすね肉の煮込みは残しておけよ?これはギルドマスターとしての命令だ」
「そんなことを命令しないでくださいよ……」
「そういうな。そこのメシを用意してやったのは俺だろ?」
「はあ……。わかりましたよ。ライム、行くぞ」
「きゅ~」
ライムエルは返事の声を上げると、そのまま羽をパタパタと動かして椅子から飛び立った。そして、そのままノインの頭へと着地する。それを見たラシュウは一瞬ポカンと口を開けたかと思うと、大きな声で笑いだした。
「はっはっは!!そこがそいつの定位置ってわけか!何かペットみたいな感じだな!」
「まあ、そこまで重くないんでいいんですけどね。ちょっと首が動かしにくいですけど」
「お前の従魔っていうのがわかりやすくていいんじゃないか?」
「ものすごく視線に晒されそうですけどね。それじゃ、俺はこれで失礼します。」
ノインはラシュウに挨拶をして執務室を出ると、猫舞亭へ帰るべく、そのままギルドを後にするのだった。