第三話:門前での騒動
契約を結んでしまったものは仕方ない。生き埋めのままであったら、あのまま死んでしまったかもしれないのだ。であれば、ライムエルの食事を用意するくらい安いものだろう。自分の食事と一緒に用意すればいいだけだ。
それに従魔としてドラゴンが力を貸してくれるのは心強い。これならば、今まで自分一人では狩れなかった魔物を狩り、その肉を手に入れる事が出来るかもしれない。そう考えれば、別に悪いことでもないはずだ。
「とりあえず、今日はこのまま街に戻って……。って、これ確実に一騒動起こるよなあ……」
ドラゴンのような高ランクの魔物をテイムするなんて簡単にできるものではない。いきなり「ドラゴンをテイムしました」なんて誰が信じるだろうか。
しかも、人語を会するドラゴンときたものだ。どう考えても問題だらけだ。
「というか、ドラゴンが人語を会するのか……。そんなのを従えてるのが知られれば、厄介事に巻き込まれそうだ」
「ワシが人語を喋るのが知れるのは、ノインにとっては困るのか?」
「人語を喋る魔物なんて聞いた事がないからなあ。俺はいろいろなところを旅して、その地特有の料理を食べたり、食材や料理技法を知るために冒険者になったんだ。冒険者は自由に行動でき、金策も冒険者ギルドで依頼を受ければできるからな。でも、ライムが人語を話せる魔物ということが知られれば、調査名目で厄介事に巻き込まれる気がする」
「邪魔するやつがいれば、ワシが街ごと灰に帰すが?」
平然と物騒なことをつぶやくライムエル。だが誇張でもなんでもなく、やろうと思えばライムエルにはできるのであろう。なにせ姿は小さいとはいえ彼女はドラゴン。それくらいの力は有しているだろう。
しかし、そんなことをされたら国から指名手配どころではない。危険人物とみなされて、国が討伐軍をあげることもあり得る。ライムエルにそんな真似をさせないよう、予め言い聞かせておく必要がある。
「なあ、ライム。街にはその街特有の名物料理があるんだ。そんなことしたら一生その料理が食べられなくなる。そんなことになってもいいのか?」
「ほう、名物料理とな?聞くからに美味そうな響きじゃな。仕方ない、おとなしく邪魔者だけ殺すか」
「それもやめて!俺がお尋ね者になっちゃって、街とかに入れなくなるぞ!?そうなるとどのみちその街の名物料理が食べられなくなる!」
「むぅ……、ではどうすればよいのじゃ?」
「何もしないで!俺がその場その場で指示を出すから!」
「仕方ないのう」
わかってくれたようで何よりだ。これでライムエルによる無用な殺戮は防ぐ事が出来ただろう。あとは、できる限り騒動が起こらないことを願おう。ドラゴンをテイムして連れ歩くことになった時点で、騒動に巻き込まれるのは確定だろうが。
「ひとまず、ライムが人語を喋られるってのは大騒ぎになりそうだから秘密にしておこう。まあ、ドラゴンをテイムしたって時点で大騒ぎだろうけど」
そう考えるとノインは頭が痛くなってくる。できるだけ大きな騒ぎにならないよう祈るばかりだ。
「あと、できれば俺以外の人がいるところでは人語を話さないでほしい。コミュニケーションは取りづらくなるかもしれないけど、我慢な」
「ふむ、わかった。ではワシは、以降は人前で人語で喋るのはやめ、お主とは念話でやり合うようにしよう」
「念話?」
『こういうことじゃの』
すると、ライムエルは喋ってもいないのに、ノエルには彼女の声が聞こえた。
「うお、ライムの声がどこからともなく」
『お主とは主従契約で魂と魂が深く繋がっておるからな。お主も念話を使えるぞ。ワシに伝えたいと強く念じて心の中で話せばよい』
「へぇ、それは便利そうだ」
ノインも試しに念話を使ってみようとライムに心の中で話しかけてみる。
『こんな感じかな。伝わってる?』
『うむ、大丈夫じゃ』
「なるほど、便利そうだ」
これなら、何かあったときに口に出さずともやり取りすることができる。今後のことを考えると非常にありがたい。
「さて、急ぎで話しておくことはもうないだろうし、街に戻ろう。聞きたいことはまた街に戻ってからゆっくり聞くよ」
『うむ、早く街で美味いものを食べようではないか!』
「早く食べられればいいね。ああ、お腹減ったな……」
昼食を食べ損なったノインは、ライムエルの言葉には激しく同意した。ただ、そうはならないだろうとも思っていたが。
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「いいな!絶対そこから動くなよ!絶対だぞ!」
これは動けと言うフリなのだろうか。門衛のうちの一人がそう言い残すと、詰所の方へと駆け込んでいった。すぐに他の人員が出てきてノインを遠巻きに囲みだす。
(まあ、わかってた)
アルベールの街の南門までは、特に問題なく到着した。南門についてからは見ての通り、周りの人すべてが慌てている。それもそうだろう。一介の冒険者が、小さいドラゴンを頭に乗せて歩いてきたのだから。
「で、ノイン。いったいどうしてドラゴンが頭に乗ってるんだ?」
「うん、それは俺が聞きたいよ、マニールさん」
詰所の中で待機していた隊長のマニールが慌てて出てきて声をかけてきた。よく話をすることもあり、お互いそこまで気をつかうこともない間柄だ。しかし、流石に一匹で街を壊滅させる事が出来る力を持つといわれるドラゴンを前にして、平然としている方が無理だろう。たとえそれが、小さかったとしてもだ。普段より声が硬く、必死に緊張を押し殺しているように見える。
「今、急いでお偉いさん方に伝令を飛ばしてる。悪いがこちらの対応が決まるまでそこで待っててもらうよ」
「ああ、うん。対応に苦慮するのは当然だよな。俺がそちら側でも、どうしていいかわからなかっただろうし」
「そういってもらえると助かる。それで話は戻るけど、なんでノインがドラゴンを引き連れてるんだ。またあとで聞かれると思うけど、ちょっと話してくれるか?」
「あー、うん。まあ信じてもらえるかはわからないけど……。ライムエル山にある洞窟に御影草を取りに行ったんだ。んで、採取し終えて帰ろうとしたら地震が起きて足元が崩れて……。それで崩れた先で、このドラゴンがいてな。持ってた食糧あげたらなんか懐かれて。気づいたらなんかテイムできてた」
ノインはライムエル山で起こったことを素直に話した。言っていることは本当のことだが、ライムエルが人語を話せることを隠して。ライムエルが人語を話せることを隠すと、意外と説明できる内容もあまりなく、かなり端的になってしまった。
「メシで懐いたって……。子供のドラゴンみたいだし、あり得るのか?いや、そもそもライムエル山にドラゴンがいたってことが信じられないんだけど」
「でも目の前にいるでしょ、ドラゴンが」
「むむむ」
「まあ、こちらに敵意はないし、そこまでピリピリしなくても」
「ドラゴンが目の前にいてそれは無理な話だよ……。どりあえず、しばらくそこで大人しくしていてくれよ」
マニールはそういってその場を離れていった。遠くからこちらを窺っている門衛や、門を通ろうと列をなしている一般人らに説明に行ったようだ。マニールが離れたのを見計らってか、ライムエルが念話で話しかけてきた。
『やれやれ、大袈裟じゃのう』
『いや、ごく普通の反応だと思うけど』
『じゃが、お主は最初に出会った時はもっと落ち着いていたじゃろう』
『俺の持ったサンドイッチを凝視している姿を見たらなぁ……。あと、そのあと会話でコミュニケーション取れたし』
『ふむ……、であればワシが人語で会話できることを知らせればマシになるかの?』
『余計に大騒ぎになるからやめて!』
『しかし、ここで待ち惚けというのものう……』
『宿に戻ったら美味いもん食わせてやるから我慢してくれ』
『仕方ないのう。ならしばしここで眠っておるから、何かあったら言うてくれ』
ライムエルはそのまま眠り始めたようだ。頭の上に乗っているので、ノインには確認のしようもないが。ただ、言う通りに大人しくしてくれているのでこれ以上何も言うことはない。ノインは状況が動くまで、その場に座り込んで待つのだった。
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それから三十分ほどして、南門から見知った顔が出てきた。冒険者ギルドのギルドマスター、ラシュウが慌てた様子でこちらに向かってくる。それに追随してマニールもノインの方へ歩いてきている。
「マジだ。マジでドラゴンがいる……。マニール、嘘じゃなかったんだな」
「だからそんなタチの悪い冗談いうわけないじゃないですか、ラシュウさん」
「この国にドラゴンがいるんだんて情報、今まで俺のところに来てないんだから疑うのも仕方ないだろう……。それに、そのドラゴンを冒険者が従魔にしたなんていう眉唾な話もな」
そんな話をしながら向かってくる二人を見て、ノインはゆっくりと立ち上がろうとする。頭にライムエルを乗せているため、すんなりと立つことができずバランスを取るようにして立ち上がった。
「わざわざラシュウさんが来てくださったんですか」
「冒険者がドラゴンを街まで連れてきたとあっちゃあな……。それに、そのドラゴンが従魔とありゃあ、確認のためにトップの俺が出てくるしかあるまい。」
ノインは冒険者ギルドのマスターであるラシュウとは、かなり親しい仲だ。
実はノインは今住んでいる宿「猫舞亭」に併設している食堂で、たまに自分で作った料理を客に振る舞うことがある。それを偶々食事に来ていたラシュウが食べて、ノインの料理のファンになったのがきっかけだ。そういった縁がなければ、たかだかDランク程度の冒険者とギルドマスターがそこまで親しくなることもないだろうが。
ちなみに、ノインの料理のファンはラシュウ以外にも結構な人数でいるらしく、ノインが料理を提供すると聞けばかなりの人が「猫舞亭」を訪れる。
閑話休題。
ラシュウはノインに近づくと、その頭に乗っているドラゴンをじっくり見る。当のライムエルは、まだ眠っているのか目を瞑ったままであるが。周りでこちらを窺っている人たちとは違い、ラシュウはドラゴンを前にして緊張している様子もなかった。
「ドラゴンって聞いたからどんな大物かと思えば、子供のドラゴンか。つーか、ノイン。お前、確か魔法使いだったよな?いつからテイマーになったんだ?」
「あー、ついさっきですかね……」
「魔法使いのお前さんが、それもドラゴンを従魔にするとは思わなかったが……。まあ、詳しい話は後で聞くとして、とりあえず本当に従魔かどうか調べさせてもらうぞ」
そういってラシュウは懐から手のひらサイズの水晶を二つ取り出した。
「この水晶のことは知ってると思うが、一応説明しておこう。これは魔道具で、従魔と契約しているかを調べる事ができるんだ。これを従魔と契約した者がそれぞれ触れたとき、光り輝けば主従契約がしっかりと結べたということがわかる。主と従魔は契約で繋がってるから、そのパスを見分けられるって言うわけだな」
「へ~、そんなものがあるんですね」
「冒険者なら大体知ってることなんだが。お前は基本、食事関係のことしか頭にないからなあ……。それじゃ、ノイン。片方をお前が持ち、そしてもう片方をドラゴンに持つか触れさせるかさせてくれ」
ラシュウは二つの水晶をノインに手渡した。自分の手でライムエルに渡さないところを見ると、少なからず警戒しているようだ。
「了解です。ほら、ライム起きろ。この水晶、持ってみてくれよ」
「きゅー」
どうやら今のが返事らしい。しっかりと人前では人語は喋らないという約束を守ってくれるようだ。ノインが水晶の一つを頭の方へと持っていくと、それをライムエルは抱え込むようにして持った。人の手のひらサイズとはいえ、小さなドラゴンの体では、抱え込むようにしなければ持てない。
ライムエルが水晶を持つと同時に、ノインとライムエルの水晶が凄い勢いで光り出した。いきなり強い光が目を襲ったため、その場にいた全員が堪らず目を瞑る。
「うおっ、まぶし!」
「ぎゅー!!ぎゅー!!」
「目が~、目が~!」
「ちょっ、なんだこりゃ!ここまで光り輝いたのを見たのは初めてだぞ!?おい、もういいから水晶を回収するぞ!」
ノイン、ライムエル、マニールの二人と一匹が目に受けたダメージに対して言葉を発したのに対し、ラシュウ一人この状況を収めるべく対応した。ラシュウがノインの水晶をひったくるようにして取り上げると、水晶が発していた光は収まった。
「ちょっとラシュウさん、こんなに光るんなら最初から教えてくださいよ」
「いや、俺もこんなに光ったのを見たのは初めてだ。これだけ強い光が出るってことは、それだけ深い繋がりがあるってことなんだが……」
「とりあえず、これで従魔であるってことが証明されたってわけだな。マニールさん、もう街に入っても?」
「あ~、規定に従うならこれで大丈夫なんだけど。本当に問題とか起こさないよね、その子。起こしたら全部、主であるノインに全部責任がいくから」
「大丈夫、大丈夫。ライムは賢いから、俺の言うこときいてくれるよ。な、ライム?」
「きゅきゅ!」
ノインの問いかけに、声を上げながら首を縦に振るライム。その姿を見ては納得せざるを得ない。ドラゴンはノインにしっかりと従っているということを。
「わかった。街に入るのを許可するよ。それじゃ、私は周りの人たちに安心してもらえるよう話をしに行ってくるよ」
マニールは人が多く集まっていそうなところに向けて歩いて行った。
「ふぅ、よかった。これで食べ損ねた昼食が食えるな……」
「おいノイン。その前にギルドに来てもらうぞ?諸々の説明とギルドカードの更新とかあるからな」
「えっ!?昼食食べてからギルドに向かうんじゃダメですかね?実は、昼食食べ逃しちゃったんですよ」
「ダメに決まってるだろ。それに考えてもみろ。このままお前とそのドラゴンが街をうろついたら、今のように大騒ぎになるだろうが」
「うぐっ……」
「まあ、簡単な食事ならギルドの方で用意してやるよ」
「お、本当ですか!?なら、早くギルドの方へ向かいましょう!」
「まったく、現金なやつだな。そんじゃ、馬車を用意してあるからそれに乗って行くぞ」
そういって進んでいくラシュウに従い、街の中に入ったノインとライムエル。一人と一匹をすぐに馬車に乗せられ、冒険者ギルドへ連れていかれることになった。