第二十八話:ラウルレッド伯爵との会談と今後の方針
日の出と共にアルベールへと移動を開始したノイン達は、昼頃には街へと到着した。一行は冒険者ギルドに行くと、到着次第ラウルレッド伯爵邸に来るようにとの連絡があったことを知る。
「流石は伯爵。馬鹿な貴族とは違ってすぐに会ってくれるのは助かるぜ」
「連絡していたんですか?」
「ああ、昨日のルワズの冒険者ギルドからこのアルベールの冒険者ギルドに大まかな内容を伝えてラウルレッド伯爵に会談を申し込んでいたんだ」
冒険者ギルドでは各地のギルド間で相互連絡が取れるよう魔導伝報と呼ばれる魔道具が設置されている。ラシュウはルワズの冒険者ギルドのギルドマスターであるカールズに頼み、アルベール等の冒険者ギルドに連絡をしてもらっていた。
「というわけでラウルレッド伯爵のところに行くぞ」
「あー……、やっぱり俺も行かなくちゃいけませんか」
「当事者が何言ってんだ。さっさと行くぞ」
ラシュウに引っ張られるようにして馬車へと乗せられるノイン。ラウルレッド伯爵邸に着くとすぐさまブライルの元へ案内された。
「やあ、ラシュウ殿にノイン君。この書類を片付けたらすぐに話を聞かせてもらう。少し待っていてもらえるかな」
「わかりました」
案内されたのはラウルレッド伯爵の執務室。ノイン達は応接用のソファーへと腰を掛ける。すぐさまメイドがノイン達の前に紅茶を置く。街に入ってろくに休憩も取らなかったノインとラシュウはありがたく紅茶を頂戴する。ライムエルの分も用意されたが、当のライムエルは飲み物にはあまり興味がないのか手を付ける事はなかった。
しばらく紅茶を楽しみながら待っていると、一段落着いたのかブライルがノイン達の前のソファーに腰を下ろした。
「待たせてすまなかったね。おおよその話は聞かせてもらっているが、実際に目の当たりにした君たちからしっかりと話を聞かせてもらいたい。まずはラシュウ殿、改めて昨日フーズベール大森林にて遭遇したプレデターデーモンプラントについて話してもらえるかな?」
本題前の世間話など一切せずにすぐさま話に入るブライル。
「わかりました。とはいえ、私は遭遇したといってもプレデターデーモンプラントの根のようなものしか見ていませんが」
ラシュウはフーズベール大森林に足を踏み入れた後のことを簡潔にまとめて話した。ブライルは、肝心のプレデターデーモンプラントをどうやって判断したのかについて待ったをかけた。
「ラシュウ殿。つまり貴方は、森の異常性に加えて巨大な根、そしてノイン君を介したライムエル君の情報からプレデターデーモンプラントと判断して対応をしようとしたと?」
「そうなりますね。ま、プレデターデーモンプラントではなかった場合は、徒に混乱を招いた責任を取って私のクビを切ればいいだけでしょうし。今回はノインがテイムしているライムエルのおかげで倒せたみたいですが」
「ふむ、ラシュウ殿の話で大体の状況はわかった。では次はノイン君。君はライムエル君の力で空を飛び、空から森の様子を見たという事だが……。先に結論から聞かせてもらいたい。本当にフーズベール大森林にプレデターデーモンプラントが出現したのかどうかを」
ラシュウの話を一通り聞き終ったブライルは、次にノインの話を聞こうとする。そして、本当にプレデターデーモンプラントだったのかを聞く。
「プレデターデーモンプラントかの判断は俺にはできませんが、周囲の木々を圧倒するほどの巨大な木の残骸は見ました。上空から見ると、巨木の中央部は貫かれていましたので、ライムの攻撃で倒した魔物だったのかと思います。加えて、その魔物から巨大な魔石を回収しています。これです」
ノインはその言葉と共に、異時空間収納にて収納していた巨大魔石をその場に出す。前回の会談で実際に異時空間収納を目の当たりにしていたブライルではあったが、いきなり巨大な魔石がその場に出現したことにより、目を白黒させている。
「これはまた……。これほどの巨大な魔石、私は今まで見たことがないよ……」
短時間で気を取り直したブライルは、絞り出すような声で話す。
「状況とこの巨大な魔石から、俺が見た巨木がプレデターデーモンプラントの残骸だったと思いますが……。あのようなものは初めて見たので……」
プレデターデーモンプラントの根とは相対したノインだが、本体と戦ったのはライムエルだ。そのため、ノインもあれが確実にプレデターデーモンプラントであったとは言わなかった。
「うーん、このような巨大な魔石を見せられてはね……。フーズベール大森林に異常が発生したのは間違いない。君たちの対応に問題はなかったと私も同意しよう。そして、その巨木がプレデターデーモンプラントであったかは、今後の調査でわかるだろう。ラシュウ殿、その辺りはどうなっているのかな?」
「はい、ルワズの冒険者ギルドにて冒険者の調査団を派遣すべく、冒険者を集めている最中です。ノインが空から偵察してくれたおかげで、危険性はほぼ無いと判断しましたので、近日中には出発して詳細な情報を集めてくれるかと」
「なるほど。空を飛べるというのは便利なものだね」
「頭を掴まれて飛ぶということに目を瞑ればですが……」
ノインは空を飛んでいる際の状況を思い出して乾いた笑い声をあげる。その姿にブライルとラシュウは不憫そうな目を向けるも、その話を広げようとはせず今後について話を始めた。
「コホン。では、今後詳細な情報が上がってくるというわけだね。ただ、既にこの巨大魔石の存在だけで、状況の異常性がわかっている。それを解決したのがノイン君がテイムしているライムエル君だという事も。これはまずいなぁ……」
「ラウルレッド伯爵でも無理ですか?」
「ドラゴンをテイム、遺失魔法の時空魔法の習得、そして災厄クラスの魔物である暴食亡国プレデターデーモンプラントの討伐。流石にここまでくると一貴族では抑えられないな……」
「えっと、どういうことです?」
話の本筋はわからないが、内容からして自分のことについて話し合われていると感じたノイン。自分にもわかるように説明してもらおうと声を上げた。
「君が成したことは一つであっても人々から賞賛されることだ。それがこうも立て続けに起きてしまっては、誤魔化す事も出来ないし、上からも目をつけられる。いや、他国も目につけるだろうね。それも王クラスの方たちからね」
「……そうなるとどうなります?」
「プレデターデーモンプラントの討伐がなければ、私が何とか抑える事もできたのだが……。ここまでくると私の力では君に自由に選択をさせるのは無理だね。王族の中から近い年齢の女性との婚姻で取り込まれ、貴族に列せられるだろうね」
「……はあっ!?婚姻!?貴族!?そんなこと俺は望んでいないのですが……」
思っても見ない事態に混乱するノイン。以前ブライルと話した時よりも話が大きくなっている。
「ドラゴンと言ってもその力はピンキリだ。ライムエル君はその姿は幼いため力も弱い方であろう。などといった理由と政治工作で私の庇護下に君を置いておく手が以前は使えたのだが……。さすがに災厄クラスの魔物を倒せるという事が知れ渡っては無理だ。君の意思に関係なく、ドラゴンという力を国の管理下に置こうとするだろう」
「いくらテイムしたとはいえ、プレデターデーモンプラントを倒すドラゴンが街中にいるってのに恐怖を感じる奴もいるだろうし……。不安を与えないようにするって名目ですかね?」
「ラシュウ殿、名目などいくらでも作ろうと思えば作れます。あるのは利です。私の場合は、ノイン君と敵対した際のリスクの方が大きいと判断したので、ノイン君の意思を尊重するという方針だったのですが……。ノイン君のことを知らなければ、国王を始めとした人たちは王族との婚姻や貴族に列するのは名誉なことであると信じて疑わないだろうね」
「いやいや、まったくもって迷惑なのですけど……」
ノインは深くため息をついた。その姿を見てブライルとラシュウは顔を見合わせる。貴族嫌いだという話は聞いていたが、ここまで嫌がるとは思っていなかった。
「普通はありがたい話だと思うのだがね。平民から貴族に成り上がれるのだよ?君の場合はさらにお姫様との婚姻もできる。何が迷惑なのかな?」
ブライルは不思議そうな顔をしてノインを見た。
「実は俺が魔法を教えてくれた人、貴族の生まれだったらしいんですよ。自由がないから逃げ出して冒険者になったって言ってましたね。国のため、民のために働くなんて私は御免だと」
「うーむ……。貴族とは民からの税で生活をしている。貴族として生まれ、その税で育ててもらったのだから、国や民のために働くのは当たり前のことなのだが……。その人物は義務から逃げてしまったか……。つまりノイン君はその話を聞いて、自由がない生活が嫌だから迷惑だと思っているのかね?」
「そうですね。あとは民を虐げている貴族がいるのも目にしましたし、あまり貴族にいいイメージを持ってないです。だから、貴族になりたいとは思わないですね。身近な人を手助けするくらいならともかく、自分の自由を捨ててまで国のため、民のために働きたいとは思えないですよ」
ノインは真底迷惑そうにして言う。成り上がりを望む者であれば、この話は光栄な事であり、即座に話を進めてもらっただろう。だがノインはそういった野心はまったくと言っていいほどない。むしろ面倒事を背負い込むことになると思っているのだった。
ノインが望むのは自由気ままな生活。その上で、まだ見ぬ食材、料理を食べる。調理技法を習得する。好きなものを好きなだけ、好きな時に食べる。そんな風にして生きたいのだ。
「なるほどね……。では、お姫様との婚姻はどうかね?」
「そもそも会った事も無い人といきなり婚姻と言われても……。好きになるかもわからないのに」
「貴族は恋愛結婚は稀で、家の利益を考えた政略結婚が普通なのだが……。それにお姫様と一緒になれるなんて嬉しいと思わないかい?」
「お姫様というだけでどんな人かもわからないのに嬉しいとは思えないですが」
王族の女性との結婚。まさにサクセスストーリーではあるが、ノインとしてはそんなことは望んでいない。
そもそも結婚などまだ考えてもいない。貴族として縛られて生きていくなど考えてもいない。そんなことになれば、自由に行動できなくなる。そのような事態になるのはノインには御免だった。
「やれやれ。貴族と平民との価値観の違いかな?それに先日話しをさせてもらったが、貴族になるのも仕えるのも嫌なようだしね」
「ええ、まあ……」
「というわけで私にできるもう一つの選択肢を与えたいと思う。今話したように問答無用に王族の女性と婚姻させられて貴族になるか、少しの責任と義務を負う代わりに今のような自由な生活を守るか」
「少しの責任と義務?」
「うむ。ここからはラシュウ殿に話してもらった方がいいな」
難しい顔をしながら二人の話を聞いていたラシュウだったが、ブライルから急に話を振られるもすぐに答えられない。だがしばし考えて納得した表情を浮かべた。
「……ああ、なるほど。そういうことですか」
「ラシュウさん?」
「知ってるか、ノイン。『Sランク冒険者は一国家のために働くこと能わず。国を超えて人々の安寧のために寄与せよ』って言葉を」
「いえ、初めて耳にしましたよ、そんな話」
「まあ、Sランクにでもならなきゃ知らなくてもいいことだしな」
ノインはSランクの冒険者の存在は知っている。Sランクは世界で数名しかいないため、実際に見たことは無いが。だが、そのSランクの冒険者がラシュウの言った言葉に従って活動しているという事は知らなかった。
「簡単に言えばだ、Sランクになりゃ国から干渉は受けなくなるってこった。貴族には絶対なれないし、王族との結婚も許されねえ。一国に与するのを防ぐためだな。戦争の参加も基本的にはご法度だ。なんでかわかるか?」
「……Sランク冒険者が戦争に参加するだけで戦況が変わるからですか?」
ノインは少し考えてそう答えた。
「ま、その通りだ。Sランクはそれほどの影響力があり、力がある。国に与するなら冒険者なんてやってねえで最初から国に仕えろって話だな。それなら個人の意思で国のために働いているだけだから誰も文句は言えねえ」
「つまり冒険者だから問題があると。でも、冒険者でも戦争への参加依頼とか来ますよね?」
「まあな。自分の国を守りたいって奴もいるだろうし、全てを否定することはねえ。だが、Sランクは別だって話なだけだ。SランクはAランク以下の冒険者とは比べ物にならねえ力を持っている。それが急にこの国の力になりますって言ってみろ?国家間のバランスがいきなり崩れてしまいかねん。それを防ぎたいのさ」
「Sランクの冒険者はそれほどの力があるんですか……」
「ああ。逆に言えば、そんくらいの力がないと、Sランクにはなれないってこった」
ラシュウはそういって、目の前のテーブルに置いてあるお茶を飲んで一息つく。ノインもそれに合わせてお茶を口にした。
「そういえば、先程伯爵が少しの責任と義務と言ってましたが、それはどういうことですか?」
「ああ、普通の冒険者では対応できない依頼や事件が舞い込んだ場合、強制的に依頼を受けなければいけないってとこだな。ま、指名依頼みたいなもんだ。Sランクは数える位しかいないが、得意不得意もあるだろうし、そいつに合った依頼しかいかねえからそこまで気にする必要はないぞ。そもそもSランクが出張るような依頼や事件なんてそうあるわけじゃねえしな。
ああ、仮にその依頼を受けない場合は、地位、名声、富は全て剥奪される。具体的に言えば、即冒険者をやめてもらうと共に、持ってる財の強制没収。そして、各国からの非難声明を出して全ての人に知らせるんだ。ま、そんなことになったことは一度もないがな」
Sランクになった以上、常人には解決できない依頼を解決せよ。それがSランクになった者の責任であり、義務であるとラシュウは言っている。そんな依頼はそこまでないらしいし、ノインにはライムエルという頼れる仲間がいる。であれば、今のような自由で気ままな生活とさほど変わらないように思えた。
「Sランクになるにはどうすればいいんですか?」
「それを聞くってことは、Sランク冒険者として今後は生きていくという事でいいんだな?」
「強制的に貴族にさせられて結婚させられるよりかは自由がありそうですしね」
現状、それ以外にノインが取れる選択肢はなかったから仕方なくといった感じで答える。
「わかった。それならSランクになるための条件を説明するぞ。
第一に実力がある事。これは当然のことだな。まあ、お前の場合はドラゴンをテイムしているし、そのテイムしたドラゴンがプレデターデーモンプラントを倒したんだから誰も文句は言えんだろうな。
第二に貢献度。どれだけ人々のために役立ったかを判断するんだ。まあ、大体は国を揺るがすくらいの大事件を解決せんといけないんだが……。これもプレデターデーモンプラントを倒したから大丈夫だろう。結果的にだが国を、そしてそこに住む人を救ったことになるからな。
そして最後に推薦が必要だ。ギルドマスター三名と国王もしくは国王の二親等までの人物一人の推薦があり、それをグランドマスターが認める事でSランクになる」
Sランクになるためにはどうすればいいか一気に語ったラシュウ。ライムエルがプレデターデーモンプラントを倒しただけで、ノインはSランクになるための三つの条件の内、二つは満たしたことになっていた。だからこそ、ブライルやラシュウはこのような話をしたのだろう。
「という事は、あとは推薦があってグランドマスターが認めれば俺はSランクになれると?というかグランドマスターって初めて聞いたんですが」
「グランドマスターはギルドマスターを束ねる冒険者ギルドのトップだな。まあ、基本的に推薦があれば余程のことがない限り認めないってことは無いはずだからそこは気にするな」
「なるほど……。それで推薦はどうやって得ればいいですか?」
三つの条件のうちの最後の一つ。これを満たせばノインはSランク冒険者となる。だがノインにはどうやってその推薦を得ればいいのかがまったくわからなかった。
「ギルドマスターの推薦は気にするな。今後の調査でプレデターデーモンプラントが本当に倒されたことが明らかになれば、どんなギルドマスターだってお前をSランクに推薦するだろうさ。少なくとも俺やカールズの奴は推薦するからな。これについては問題ないはずだ。王族からの推薦についてだが……」
「それについては私がなんとかしよう」
ここまで黙って話を聞いていたブライルが割り込んできた。国王から二親等までの人物からの推薦。冒険者ギルドのギルドマスターよりも国に仕える貴族であるブライルの方に領分があるからだろう。
「私としてはこの国とノイン君が敵対するような真似はしてほしくないからね。むしろ少しでも恩を売って置きたいから任せておいてくれたまえ。個人的に王族に連なる方との伝手もあるしね」
「ラウルレッド伯爵、Sランク冒険者が国に与することは無いとのことなので、恩を売っても意味はないですよ?」
「いやいや、違うよノイン君。我が国に与してもらおうとは思っていないさ。ただ、個人的な友誼を結んで、何かあったときに力を貸してもらいたいというだけだよ。Sランクの冒険者だからと言って、個人的な友誼まで否定はしないだろう?ただその友誼を結んだ相手が貴族であっただけの話さ。なあ、ラシュウ殿?」
「ええ。国家間の紛争や人々の安寧を脅かさなければ問題ないです」
「ということらしいよ、ノイン君。もっとも、私は君に借りがある立場だがね」
ブライルはワザと恩を売る、という発言をしたのだろう。ノインが下手に勘違いをして、交友関係を狭めないようにしてくれたのだということがノインに伝わって来た。
「さて、それでは今後の方針は決まったわけだ。ノイン君をSランク冒険者にして国からの干渉を防ぐ。残る条件も推薦だけらしいしね。それじゃあ動いていこうか」
「ああ、ラウルレッド伯爵。ノインのことなんですが」
「うん、わかっているとも。当分の間、ノイン君を客人としてここに滞在してもらうとしよう」
「え?どういうことですか?」
またもやノインは二人の話についていけず、疑問の声を上げる。
「しばらくすれば、お前がプレデターデーモンプラントを倒したという話も広まってくる。そうすれば、お前に付きまとう奴も少なからず出てくるだろう。変な騒動に巻き込まれないよう、伯爵に守ってもらえってことだ」
「私もラシュウ殿もしばらくの間プレデターデーモンプラントの後始末と本件にかかりきりで忙しくなるだろう。そこに新たな火種が生まれては困るのでね。すまないが、君がSランクになるための手はずを整えるまで、ここで外に出るのを控えてもらえるだろうか?」
「確かに厄介事に巻き込まれそうな気もしますね。わかりました。よろしくお願いします」
「よし、話は決まったね。それではノイン君を部屋に案内しようか。疲れているだろうし、しばらく休むといい。後のことは私たちにまかせたまえ」
「ありがとうございます」