第一話:運命の出会い
「いつつ……。いったいどうなったんだ?」
周りは真っ暗で何も見えない。どうやら気を失っていたみたいだ。
「そうだった!地面が崩れて……。って、よく生きてたな、俺」
少し痛みを感じるが、手足は動く。骨も折れてはいないようだ。体の無事を確認したノインは、魔法で光球を作り出して周囲の状況を確認する。そこまで狭くはない空間にいるようだ。冒険者ギルドのホールくらいの広さだろうか。ところどころ点在している岩は、ノインと一緒に落下してきたのだろう。潰されなかったのは不幸中の幸いだと言える。
立ち上がって壁沿いに歩くも、人が途中で通れるようなスペースは見つけられなかった。上を見上げても横穴のようなものは見当たらない。
「はぁ~……、どうするかなぁ。これって生き埋め状態だよな……」
このまま何もせずにいても、助けが来るとは思えない。魔法を放って横穴作ろうにも、それが原因でさらに崩落を誘発する可能性もある。
「腹、減ったな……」
気を失ってからどれくらい時間が経ったのだろうか。危機的な状況にもかかわらず、ノインの腹の虫は空腹を訴えている。確実にお昼時は過ぎているだろう。
「とりあえず飯を食べよう。腹が減ってちゃ、いい案も浮かばないさ」
背負っていた鞄の中から、サンドイッチを包んでいた袋を取り出す。しかし、その袋は押し潰されたような形になっていた。
「そんな……。まさか落下した時に鞄が下敷きにでもなったのか……?」
慌てて袋の中を確認するも、中はぐちゃぐちゃになっている。なんとか袋の中から比較的マシな一切れを出すも、それはもはやサンドイッチとは呼べない。パンとパンで綺麗に挟んでいた具のほとんどが外へ飛び出してしまっている。
香草で臭みを取り、柔らかくなるまでじっくりと煮込んだボアのすね肉。そして程よい酸味が爽やかな赤色のトマトの実、シャキシャキした食感がたまらない清涼感溢れる緑色のレタスの葉、ツンとした辛さがクセになる玉ねぎ、といった三種の新鮮な生野菜。さらに十種類程の野菜を蒸らすようにして煮込み、そこに塩やはちみつといった調味料で味を調えた野菜の旨味たっぷりの特製ソース。
これらの具材を、わざわざサンドイッチ用に作ったパンで挟んで作ったのが今日のサンドイッチだった。
絶妙な配分でパンの間に具材を挟み込んだそれは、味のバランスはもちろんのこと、食感のことまで考慮していた。さらに明るい彩りで見た目にもこだわり、視覚からでも食事を楽しめる。はずだったのだが、ぐちゃぐちゃにつぶれてしまって台無しになってしまった。
「まあ、飛び出た具は袋の中にあるから、挟みなおせばそこまで味に変わりはないか。食感や彩りについては……。うん、諦めよう。」
パンとパンとの間に具を改めて挟みなおし、その手に持ったものを見直す。やはり、食欲をそそる彩りを取り戻すのは無理そうだ。サンドイッチの外側に飛び出たソースがついてしまっていて美しくない。『食事は五感すべてで楽しむもの』を心がけるノインとしては、非常に残念なことになってしまっているが、状況が状況である。そこまで言うのは贅沢だろう。
「気を取り直して食べるとしよう。いただきま……」
ふと視線を感じ、口に入れようとしたサンドイッチ持つ手が止まる。視線を上にあげてみると、そこにはいつの間にか黒い物体が浮かんでいた。
「……ふぁ!?」
驚いて数歩後ずさるノイン。だが、それでも手に持ったサンドイッチを落とさないのは流石というべきだろうか。
改めて目の前に浮かんでいる物体を見るが、大きさはノインが背負っていた鞄くらいだろうか。パッと見た感じでは、大きなトカゲが飛んでいるように見える。だが、光球を近づけてよく観察してみると、全身が鱗に覆われているのが分かる。さらに手と足には鋭そうな爪があり、背中には翼が生えている。
「これって小さいけど……、ドラゴンだよな?」
パタパタと背中の翼を羽ばたかせて浮かんでいるドラゴン。特にこちらに危害を加える様子もなく、おとなしくしている。ノインは初めてドラゴンを目にしたが、恐怖を感じることもなく、逆に愛らしく見えた。普通のドラゴンとは違い、小さいからそんな風に思えるのかもしれないが。
ドラゴンは先程からじっとノインの手元にあるサンドイッチを見つめている。試しに、サンドイッチを持つ手を右に動かしてみると、それにつられてドラゴンの視線も右に動いた。今度は左に動かしてみると、ドラゴンの視線もまた左に動いた。
「もしかして、コレ食いたいのか?」
ノインは問い掛けてみるも、ドラゴンに反応に変化はない。が、先程から手に持つサンドイッチに視線が釘付けである。ノインは手に持つサンドイッチを恐る恐るドラゴンの目の前に近づけてみる。するとドラゴンは勢いよく口を開き、サンドイッチにかぶりついた。
「うおっ!あぶねっ!!」
危うく噛まれそうになるも、とっさにサンドイッチを離して手を引っ込めるノイン。ドラゴンはというと、与えられたサンドイッチをもぐもぐと咀嚼している。そして、それを飲み込むと再度ドラゴンの口が開かれた。
『まさかブレス!?』とノインは咄嗟にしゃがみ、ドラゴンが口を向けている方向から逃れようとする。だが、ドラゴンの口から放たれたのは、ブレスではなかった。
「なんだこれはーーー!!」
妙齢の女性のような声が辺りに響き渡る。開かれたドラゴンの口から発せられたのは、そんな声だった。
「ちょ、えっ!?今のってこのドラゴンの声!?ドラゴンって人の言葉喋れんの!?」
「お主、今食べた物はもうないのか!?」
ドラゴンはノインの驚きの言葉を無視し、まるで顔先に飛びつかんばかりの勢いで急接近してきた。ノインは吃驚して後ずさるも、その分ドラゴンが接近してくるため距離は離れない。
じーっと至近距離で見つめてくるドラゴンの視線に耐えきれなくなったノインは、ひとまず考えることをやめ、目の前の状況を一つ一つ解決していくことにした。
とりあえず最初はドラゴンの問いかけに答えようと、潰れたサンドイッチが入った袋を持ち上げた。
「いやまあ、あるにはあるんだけど……」
ノインはドラゴンに袋の中身を見せるために距離をとった。ドラゴンも今回は距離を詰めることはなく、ノインの手にある袋の中を覗き込む。
「おおっ!!」
袋の中を覗き込み、まだあることを確認したドラゴン。嬉しそうな声を上げ、そのまま袋に顔を突っ込ませて中身を食べ始めた。
「……はっ。ちょっ、ちょっと待て!!」
ノインは「潰れていて、とても人様に食べさせられるような状態ではない」、ということを示すために袋の中身を見せたつもりであった。
しかしドラゴンはそんなことお構いなしと言わんばかりに、袋の中に勢いよく顔を突っ込ませて食べ始める。そんな予想外の行動に対して、咄嗟に制止することが出来なかったノイン。その僅かな時間が致命的となった。
「うむ。美味であった。これほどの食い物、ワシは食べたことないぞ!」
袋から顔を出したドラゴンは満足気だ。その口元には、サンドイッチに使用した赤色のソースがついている。
「ああ……、俺の昼食が……」
袋の中を見てショックを受けるノイン。欠片ほどの食べ物も残っていなかった。あの短時間でパン屑まで綺麗に食べたのか、袋をひっくり返しても何も落ちてこない。袋の内側にソースがついているくらいだ。本来料理を作った者としては、そこまで綺麗に食べてくれるのはうれしいはずなのだが、今はそんな気持ちは微塵も湧いてこなかった。
「何をそんなに落ち込んでおる。それよりも他には食べ物は持っていないのかの?」
「……今ので全部だよ」
本当は数食分の携行食を持っているのだが、それを明かせば食い尽くされる恐れがある。流石にこの状況でそんな真似はさせられない。
「ふぅむ、仕方ないのう。なら、ワシを今のような美味い食べ物があるところに連れてほしいのじゃが。このような食べ物を持っていたお主のことじゃ。他にも美味い食べ物があるところを知っているじゃろう?」
ないのならある場所へと連れていってほしいと頼むドラゴン。よほどノインの持っていたサンドイッチの味がお気に召したのだろうか。
「そう言われてもなぁ……。そういやお前、いったいどこからここに来たんだ?もしかして外から入って来れる隙間とかあったりするのか!?」
「む?入って来たも何も、ワシはここでずっと寝ていたぞ。先ほどの大きな揺れで目を覚ましたのじゃ」
「ああ、やっぱ生き埋め状態か……」
もしやと外から入ってきたのかとも思ったが、返ってきたのは最初からここにいたという回答。先ほど周囲を見回ったときに見つからなかったのは、岩と見間違えていたからかもしれない。
「というか、お前ドラゴンなんだよな?」
「まあ、そうじゃの。名はライムエルという。お主は特別に、ライムと呼ぶことを許そう」
「ん、ライムエル?ここの山の名前と同じじゃないか」
「山?この辺りは平地であったはずじゃがのう」
「お前、どれくらいここで寝ていたんだ?」
「さてな。ずっとここで寝てたからいつからかわからんわ」
もしかすると、ライムエルは平地が山に変わるくらいの年月をここで寝ていたのかもしれない。ライムエル山は高い山ではないが、数百年、下手すると千年単位で寝ていた可能性がある。
「そういえば、お主の名を聞いておらんかったな。名は何というのじゃ?」
「俺の名前か?ノインって名だ」
「そうかそうか。ではノインよ、美味い食べ物を求め、いざ行かん!!」
小さい体でノインの手を引き歩き出そうとするライムエル。どうやら気に入られたのかもしれない。傍から見れば非常にかわいらしいのだが、生き埋めになっている状況下では誰もそんなことを言う余裕などないだろう。
「いやいや、今の状況じゃ無理だよ。さっきの揺れのせいで、外に繋がる道が塞がってしまったみたいなんだよ。これじゃ、外に出ようにも出れない」
まだまだいろいろとライムエルに聞きたいことはあるのだが、ノインは今現在置かれている状況を説明する。ここから無事に出られない限りは、ライムエルの要望に応える事すらできない。
「なんじゃそんなことか。外に出る道が無ければ、作ればいいじゃろうて。ワシのブレスで外までの通り道を作ってやろう」
「えっ!?いや、ちょっと待っ……」
ノインの制止は間に合わず、轟音と共にかき消された。ライムエルが真上に向かって口からブレスを吐いたからだ。そのブレスは容易く天井をぶち抜き、空の彼方へと消えていく。ライムエルがブレスを吐き終った後には、頭上から明るい光が差し込む。上を見上げれば、青い空と白い雲が見えた。
「大丈夫だよな?崩れてきたりとかしないよな?」
ノインは目の前を浮遊しているライムエルと、ライムエルが作り出した頭上の縦穴を交互に見た。
「フゥハハハハハァァァァァーーーーーーーー!!どんなもんじゃ!!」
ライムエルはこちらの方を見ながら体を反らして高らかに笑った。人とは違うためにわかりにくいが、間違いなくこのドラゴン、ドヤ顔をしている。ドラゴンのドヤ顔をこの目で見ることになるとは思わなかった。
「さて、いつまでもこんな暗い穴倉にいるのはごめんじゃ。さっさと外に出るとしよう」
ライムエルはパタパタと羽を動かしてノインの頭上まで移動すると、その両足でガシッと俺の頭を掴んだ。
「……ちょっと待て。爪がくいこんで痛いんだけど、いったい何をする気だ?」
「よしいくぞ!!暴れるなよ!?」
「は?」
その声と共に地から離れる足。
「おいぃぃぃぃっ!?」
ノインは間違いなく浮いている。いや、飛んでいる。絶叫を上げるもどんどん浮上していく。頭をライムエルの足で固定されているため首を動かすことができないが、彼は目を動かしてなんとか下を確認する。『あっ、今これ落ちたら死ぬな。というかこれ、頭とか首がかなり痛いんだけど大丈夫だよな?それよりも、これ傍から見たらドラゴンに捕食されたように見えない?』などといったことが脳裏を過ぎていく。下手に動いては落とされる危険もあり、ドラゴンのなすがままにされている。
「はははっ!!美味い食べ物を求め、いざ行かん!!」
いったいどうしてこうなったのかと、ノインは頭を痛めた。いや、物理的にも痛めつけられているのもそうだが、加えて展開が早すぎて思考が追いつかないのが原因で。頭上で笑い叫ぶを耳にしつつ、ノインは今の状況から現実逃避するために、今日の出来事を振り返ることにした。