第十五話:伯爵にご相談
「昼食の用意をさせてもらっている。良ければ食べていってもらいたい」
話が一段落したところで、ブライルからそのような声がかけられた。どうやらお昼前に招待されたのは、昼食も兼ねてのことだったらしい。
実は、ギルドマスターのラシュウに届けられた手紙にはそのことも書かれていたのだが、街の統治者でもある伯爵からの呼び出しということに気を取られ、ラシュウは伝え忘れていたのだ。
平民であるノインが、貴族の食事を口にする機会など今まであるはずもない。ノインはこんな機会を与えてくれた神に感謝した。いや、この場合はライムエルにだろうか。ライムエルをテイムしたことで、ここに招かれたのだから。
ライムエルも昼食という単語を聞き、黒目勝ちに澄んだその双眸をブライルに向けた。ただ、口の中に入っているクッキーの咀嚼は続けているが。
「はっはっは!そこのライムエル君の口にも合えばいいのだがね」
そんなライムエルの視線に気づいたブライルは大きな声で笑う。
「ライム、せっかく昼食を用意してくださっているんだ。そろそろクッキーを食べるのをやめておけ。食べられなくなるぞ?」
ライムエルが食べようと思えばいくらでも食べられるというのをノインは知っているが、それでも限度というものがあるだろう。ちょうどいいタイミングだと思い、ノインはライムエルに注意した。念話で伝えてもいいのだが、急にクッキーを食べなくなってしまうのも変だろう。一応声に出しておく。
ライムエルもその指示に素直に従い、クッキーを手に取るのをやめた。代わりに紅茶のカップを手に取り、口の中のクッキーを流し込んだ。どうやらノインやブライルが飲むのを見て、使い方を覚えたらしい。
「残りは包ませるから、持ち帰って食べるといい」
「きゅ?きゅ~!」
ブライルが気を利かせてそういうと、ライムエルは嬉しそうに声を上げる。
「ふむ、人の言葉を理解しているのか。やはり、ドラゴンは知能が高いようだね。いやそれよりも、ドラゴンがこんなに愛らしいとは思わなかったよ」
自分の言葉にライムエルが反応したのが嬉しかったのか、ブライルは最後にそのようなことを言い出す。どうやら、ここにもライムエルの可愛さにやられてしまった人が生まれたようだ。
そんなブライルにゼイルと呼ばれていた執事が近づいて何かをつぶやいた。こちらにまで声は届かず、何を言っているのかわからない。ゼイルはブライルの耳に一言告げると、ブライルの紅茶を入れなおし始めた。
「すまないノイン君、ライムエル君。まだ昼食の準備ができていないみたいだ」
どうやらゼイルが伝えたのはそのことらしい。そういえば、まだ昼を知らせる鐘も鳴っていない。予定よりも早くに会話を終えたということだろう。
「昼食の準備ができれば報せが来るだろう。もうしばらく話でもしていようじゃないか。せっかくだ、何か私に聞きたいことでもあるかな?」
急にそういわれても、ノインは何を聞いたらいいのか思い浮かばない。ここに来るまで、失礼な受け答えをしないようにといろいろ考えてはいた。
しかし、今回の招待はライムエルに対する詰問だと思い込んでいたノインは、自分から質問することなど無いと思っていため、それについてはまったく考えていなかったのだ。
ノインは何か聞きたいことはないかと考えていると、ライムエルから念話が飛んできた。
『のう、ノインよ。こやつに時空魔法の扱いについて相談してみればいいのではないか?』
『うん?どういうことだ?』
ライムエルの言っている意味がよくわからず、ノインは続きを促した。
『お主は目立ちたくないというが、いつまでも隠れて時空魔法を使うのも不便じゃろう?こやつはなかなか権力もあるとのことじゃし、お主の立ち回り方について聞いてみるのもよいかと思うてな。悪い人物でもなさそうじゃしの』
そういわれてみると、確かに時空魔法について相談するのはアリだ。貴族であり、伯爵という立場なら、平民のノインにはできないことや考えつかないことがすぐに思いつくかもしれない。
時空魔法が使えることを明かす必要はあるが、話した感じでは信用できそうな気がする。ライムエルも悪い人物ではないと言っていることだし。
「ラウルレッド伯爵、折り入ってご相談したいことが一つあるのですが」
そういいながらノインは、ブライルの後ろに控えているゼイルをチラリとみる。今この部屋にいるのは、話をしているノインとブライルを除けば、ライムエルとゼイルのみだ。できるだけこのことを知る人は少ない方がいい。ノインは、ブライルだけに話したかった。
「なるほど。その話をするために人払いをしたいということかな?」
ノインが視線を自分の後ろに一瞬向けたのを見たブライルは、その意味を正確に理解したようだ。
「はい、できればそのようにしていただきたいのですが」
「ゼイルは私が幼い頃から仕えてくれていてね。信用に足る人物だということは私が保証しよう。もしここでの話が漏れたのなら、ゼイルを処罰する。この条件で話をしてもらえないだろうか」
初対面の君と一人で相対しては、周りがうるさくてね。とブライルは申し訳なさそうな顔でそう言ってくる。ゼイルの方も、ノインに向かって恭しく頭を下げる。ここでの話を外に漏らさないと言っているようだ。
ブライルは最大限の誠意をこちらに見せてくれている。流石にそう言われてしまえば、ノインに断ることはできない。というより、ノインが相談を持ち掛ける立場なのだ。ここだけの話にしてくれるだけで十分だろう。ノインは頷いて、話をし始める。
「わかりました。ご相談したいのは、遺失魔法である時空魔法。俺はこれが使えるのですがその件でラウルレッド伯爵のお知恵を―――」
「……今なんと?」
ブライルはノインが言ったことを理解できなかったようだ。ノインが話をしている最中であるが、たまらず声をかけてしまった。
それもそうだろう。何の脈絡もなく、人から失われた魔法、時空魔法が使えると言われれば。ノインはブライルにもう一度時空魔法が使えるということを伝える。
「正確に言えば、時空魔法の中の異時空間収納。使えるのはこれだけですが俺は時空魔法を使えます」
「……見せてもらってもいいかな?」
ブライルが見たいというので、ノインは魔法を使う許可を得て異時空間収納を行使する。ノインが手をかざすと、そこにイメージした黒い靄が現れる。異空間との出入口だ。ノインは異空間から椅子を取り出す。朝、異時空間収納の練習をしていた時に入れっぱなしにしていたものだ。今のノインの異空間にはそれしか入っていないので、取り出す物に選択の余地はないのだが。
どこからともなく現れた椅子を目の当たりにして、ブライルは開いた口が塞がらない。後ろで見守っていたゼイルも目を見開いている。ブライルはソファーから立ち上がり、ノインが出した椅子をペタペタと触りはじめる。本物かどうか確認しているのだろうか。ブライルはそれを終えると、再度ソファーへ腰を下ろし、ノインと向き合った。
「君が時空魔法を使えるというのは本当のようだね。話を遮ってしまってすまなかった。それで、私に相談したいことは何かな?」
「時空魔法は人が使えなくなってしまった遺失魔法です。俺が使えると知られるのはまずいかと思いまして。俺もそれを知られて目立ちたくはありません。ですので、これからどう対応すればいいかご相談させていただきたく」
ノインの言葉を聞いて、ブライルは手を顎に持っていく。目線もノインの方ではなく、下の方を向いている。どうやら話の内容を吟味し、考えているようだ。すぐに答えを出すのが無理なのはノインも理解している。ノインは邪魔しまいと、ブライルが再度口を開くのを待った。ライムエルも空気を読んだのか、大人しく座って目を閉じている。
どれくらい静寂が辺りを包んでいただろうか。ブライルが再度ノインの方へ向き直り、口を開く。
「まずはノイン君にいくつか聞いておきたいことがある。その異時空間収納、他の魔法使いも習得することは可能であろうか?」
「今すぐに、というのであれば難しいと思います」
時空魔法は多大な魔力が必要である。ノインは偶々その魔力量があったが、呪文や陣に頼る今の魔法使いでは、そんな魔力量はないだろう。これから魔力量を増やせば使える可能性はあるが、今すぐに習得するのは無理だと言える。せめて半日くらい、魔法で火を灯し続けられればいけるかもしれないが、自分以外にそんな魔法使いに心当たりはいない。
「なるほど。その言い方は、君は時空魔法の習得方法を教える事ができるということだね。そして、問題点もわかっていると」
「はい、時空魔法が人に使えなくなったのには理由があります。俺は時空魔法が使えるのでその理由がわかるのですが、現時点で他の魔法使いに習得できるものではないでしょう」
ブライルは少し考え込む仕草をしたが、すぐにノインに次の問いかけをした。
「ではもう一つ。君は目立ちたくないといったが、その理由は何かな?」
ブライルの問いに、ノインは素直に答える。ノインは己が人生をかけて様々な場所を巡り、自分の知らない食材や食べたことのない料理を探し回るのが目的だと。そしてそのために、目立つ行動をしては、国やお偉いさん方に縛られてしまう可能性があると。そんな面倒事に巻き込まれず、自由に気の向くままに生きたいと。
ノインの話を黙って聞いていたブライルだが、ノインが話を終えるとすぐに指摘し始めた。それはもう無理だと。
「君がドラゴンをテイムした時点で、自由気ままに生きるのは無理だろう。必ず誰かから干渉を受ける。なにせ、与える影響が大きすぎるからね」
「そうですよね……」
ライムエルを従魔にしたことについては、既に後悔はない。だがしかし、貴族であるブライルから自分の考えを否定されたのはショックだ。ノインは目に見えて暗くなってしまう。それを見て取ったブライルは、笑いながらノインに話を続ける。
「まあ待ちたまえ。だが君の目的を果たすことは可能だ」
ブライルはそうノインに声をかけた。その言葉を聞いてノインはブライルの瞳を強く見る。嘘は言っていないようだ。ノインはブライルの話を聞き逃さないように集中する。
「目立つのが嫌だと言っていたが逆だね。君の人生の目的を果たすためには、大いに目立って有名になるといい。そしていろいろな人、できれば大きな権力を持つ人とのコネを作って、面倒なことは丸投げすればいいんだ。そう、私とかにね」
「どういうことでしょうか?」
ノインにはブライルが言っている意味がわからない。ブライルは頷いて話を続けた。
「君が有名になれば、それだけ多くの権力者から声がかかるだろう。それを君は面倒だと言っているがそれは違う。大抵、そういう人物は様々な情報を持っているものだ。君の知らない食材、料理をね。あわよくば、君を招待してご馳走してくれるかもしれないよ?」
なるほど、確かに。特に、土地を治めている貴族ならば、その地にある食材や料理についても詳しいだろう。その情報があれば、旅の醍醐味は減ってしまうが、無駄な時間も省けるというものだ。目立って有名になるのも悪いことばかりではないかもしれない。だが、それでも問題はある。
「そのための見返りは必要になるのでは?」
「人によっては、『ドラゴンを自分の屋敷に招待した』というだけも十分かもしれないよ。貴族は特にそうだね。他の貴族への自慢にもなるし、ドラゴンをテイムする人物とのコネがあると示せるからね」
ノインは貴族ではないのでその感覚はわからないが、ドラゴンを招くことができるとなれば、その家にとっては十分な栄誉らしい。見返りを要求するどころか、逆に向こうから貢いででも友好的であると示したいのが普通だと。
「もし仮に、貴族や街の有力者に理不尽なことや面倒なことを要求されたりでもすれば、こう言えばいい。『すべてラウルレッド伯爵を通してからお願いします』とね」
ブライルは別に私でなくてもいいが、と言って笑っている。つまり「自分の後ろには偉い偉い貴族がいるから余計な手を出すと痛い目を見るぞ」と示せばいいとブライルは言っているのだ。それでさっき、権力者とコネを作ればいいと言っていたのか。
ブライルは自分の名を出すのはまったく構わないと言っている。ただ、「もし何かあった際は協力してほしい。もちろん嫌ならば断わってくれて構わない」とも言っているが。ここまでノインに親身になって話してくれているのだし、理不尽な要求を突きつけられるくらいなら、ブライルに協力するほうがいいだろう。
「というわけだ。むしろ君は、時空魔法が使えるということを喧伝するといい。それが、先ほど話していた君が殺されるのを防ぐ役にも立つ」
「えっ?」
今のこの話が、どうやって先程の話に繋がるのだろうか。ノインは思わず声を上げてしまった。
「人に失われた魔法である時空魔法。これが使えることが知れれば、君の価値は今とは比べ物にならないほど高くなる。易々と殺す真似はしなくなると思うよ。人類にとっての大きな損失になるからね。むしろ利用しようと思うはずさ」
「そういうものなのですか?」
「おそらくね。そんな輩がいなくなるとまでは言えないけど、君を殺すという考えに至る者が少なくなるのは間違いないよ」
他に強力な攻撃魔法が扱えるなら、それを示して殺害するのが難しいと思わせるのもいいとブライルは言う。
「君はドラゴンをテイムしただけの運の良い人物ではない。人に失われた魔法、時空魔法を扱うことのできる大魔法使いだ。良ければ私もそう喧伝させてもらうよ」
流石にそれは言い過ぎだろう。本当にタダの偶然でライムエルというドラゴンをテイムし、そのライムエルから運よく時空魔法を教えてもらったのだから。
「以上が私の考えだ。どうだろう、ご期待に添えたかな?」
「はい。俺では隠そう隠そうと思うばかりで、とても今のようなことは考えつきませんでした。ありがとうございます」
「はははっ。時空魔法が使えるとなったら、すぐさま自慢するかのように周りに言いふらすのが普通だと思うがね」
確かにそれが普通だろう。ノインは人に縛られず、自由に動きたいということばかり考えていたため、視野が狭くなっていたようだ。ブライルの話を聞いて、なんだかスッキリした気分になっていた。今後は人前でも時空魔法をどんどん使っていこうと改めるノインだった。
「冒険者ギルドマスター、ラシュウ殿には早めに伝えておいた方がいいだろうね。彼は冒険者に親身になってくれる出来た人物だ。こちらから話をつけておこう」
「はい、よろしくお願いします」
「そうだ。先程はあえて聞かなかったが、時空魔法を使えることを喧伝するのであれば聞いてもいいかな。時空魔法はどうすれば使えるようになるのかな?」
さっき会話に出てきたときはあえて聞かなかったらしい。ブライルの説明を聞く前であれば、もしかしたら時空魔法の習得方法について言うのを渋ったかもしれない。そういう機微を知ることは、今後ノインにも必要になってくるだろう。これからは人と接する機会が増えるかもしれないのだから。
ノインはブライルに、時空魔法について説明をし始めた。
「前提条件として、多大な魔力量を保持していないと使えません。時空魔法は、時間と空間に干渉する魔法です。そのため、今使っている魔法よりも多大に魔力を消費してしまうのです」
「具体的に、どれくらいの魔力量があればいいのかな?」
「そこまでは俺にもわかりません。ただ、俺は一昼夜くらいならずっと魔法で火を灯す事がでるくらいの魔力量はありますが」
「なるほど。君が今すぐに習得するのは難しいと言うわけだ。強力な魔法を使う魔法使いの話は聞いた事がある。しかし、そんなに連続して魔法が行使できる魔法使いは、私は聞いた事ないよ」
私のところの魔法使いにも魔力量をあげる訓練を義務付ける必要があるかもしれないね、とブライルは言う。ブライルは伯爵位を持つ貴族だ。私兵がいるのは当然だろう。ノインがブライルに仕えると答えた場合は、ノインもその私兵団に組み込まれたかもしれない。
ひとまずそんな考えは頭の隅に置いて置き、ノインは時空魔法の習得方法の続きをブライルに説明する。といっても、その内容はライムエルから教えてもらったことそのままなのだが。
「魔力量があれば、どこからでも繋がる空間を想像するイメージで魔法を行使します。適性があれば、それで使えるようになるかと思います」
なるほどとブライルは頷く。そしてノインに対して頼みごとをしてきた。
「一つ頼みがある。時空魔法の習得方法については、当分伏せていてもらえないだろうか?もし、時空魔法の習得方法についてしつこく聞かれた場合は、気がついたら使えるようになっていたと誤魔化して伝えてくれるかい?この話が外に出ると、いろいろ問題が起こりそうだ。もちろん、私も外に漏らすようなことはしない」
「わかりました」
仮に習得方法を教えたとしても、誰しもが簡単扱えるようになるわけではないので影響はそこまで大きくはならないだろうとノインは考えていた。ただ、習得方法が広まることによっての問題点がブライルには既に見えているようだった。
「さて、いろいろと貴重な情報を教えてもらったが、私にはそれに見合うものを君に返せそうにない」
「えっ?今ご相談に乗っていただいただけで十分ですが」
今までの悩みが一気に解決されたのだ。ノインとしてはそれで十分だったのだが、ブライルは構わず話を続けた。
「ついては、貸しにしておいてもらいたい」
「貸し、ですか?」
ノインはどうしてそうなるのかよくわからなかった。というよりも、そんなに簡単に貸しなど作っていいのだろうか。それも伯爵という位の貴族が、ただの平民に対してである。ノインはそれを悪用する気はないが、借りた方が下手な要求でもされれば貸した方はたまったものではないと思うが。ノインの疑念を感じ取ったのか、ブライルは苦笑気味にその理由を説明し始める。
「重要だと思う人物には、貸しでもいいし借りでもいい。そのどちらかを作るものなのだよ。貸しにしろ借りにしろ、それがあるということは繋がりが途切れていないということだからね」
ブライルは、ノインとの繋がりを維持したいがために、今の件を無理やり貸しにしたらしい。それだけノインのことを高く買ってくれているのだろう。自分では、伯爵という立場の人からそう思われるのはむず痒いが。
「俺のような者にそれだけの価値があるとは思えませんが」
その言葉を聞いて、ブライルは呆れたような顔でノインに言った。
「ドラゴンをテイムして、さらには遺失魔法の一つである時空魔法を使える。どう考えたって、その価値は計り知れずだ。そのうち嫌でもわかるようになるよ」




