第十四話:伯爵の懸念
ブライルはノインに自分に仕えないかと言ってきた。少なからず、こういう話をされるのではないかとは思っていた。なにせドラゴンを従える者が配下にいるとなれば、それは大いに評判になるだろう。他の貴族に対しての威嚇にもなる。貴族という人種は、多かれ少なかれ敵がいるのが普通なのだから。
だがしかし、ノインにはそんな気は全くない。貴族に仕えるということ。それは貴族に従う代わりに、その対価として金銭もしくはそれに準ずる権利を得るということである。
お金が安定して手に入るのはありがたいことではあるが、縛られて自由に動けなくなっては意味がない。まだ見ぬ食材、料理、調理技法がノインを待っているのだから。
「大変ありがたいお話ではありますが、お受け致しかねます」
貴族からの話を断るということで、できるだけ丁寧な言い回しをするノイン。このような言い方はあまり使ったことがないので、これがこの場面で正しい言い方なのかはわからない。
間違っていたら、平民だからということで勘弁してもらおう。軽く話をした感じでは、ブライルは伯爵でありながら、その辺りに寛容な気もするが。
「そうか。残念だけど仕方ないね。では、私以外にこの国の誰かに仕える気はないかな?もしその気があれば、私が王に口添えをして貴族位を与えてもらうように取り計らってもいい」
今度はそのような問い掛けをしてきた。その言い方は、まるでこの国、もしくは国の誰かに仕えるのであれば誰でもいいといった感じだ。というより王に口添えって……。いきなり話が大きくなってきた。
「今のところ誰にも仕える気はありませんし、貴族にもなるつもりはありませんが……。いきなりそのようなお話になるのは何故です?」
ノインの疑問ももっともだろう。ブライルは頷くようにしてその疑問に答え始める。
「最大の理由は、君のドラゴンを敵に回したくないからだね。君がドラゴンをテイムしたことを知れば、他国の者はすぐにでも接触してくるだろう」
まさかそんなわけがあるはずがない。そう口にしようとしたところでノインは口を噤んだ。ノインがドラゴンをテイムしたと知って接触してきた人物が、今目の前にいるのだから。
他国にドラゴンを取られたくない。だからブライルは、すぐさまノインに接触したのだろう。
「ご安心ください。他国も含め、誰にも仕える気はありませんから」
ブライルにその懸念はないということを、ノインは言葉にしてハッキリという。だがしかし、ブライルは首を横に振る。
「いや、君が他国の誘いに乗ってこの国を去る。それならそれで私は構わないと思っている。私としては、この国を、そしてこの街を危機に晒さなければいいんだからね」
だから仮にノインが他国に仕えて戦力が増強し、その野心が外に向こうとも、その矛先を自国に向けないようにすればいい。外交次第で何とかなる。ブライルはそう言う。であれば、ブライルが気にしていることとは何なのだろうか。ノインには見当もつかない。
「俺には伯爵が何をいいたいのかわかりません。いったい何を懸念されているのですか?」
ブライルはノインの目をしっかり見つめ、今以上に真剣さを増して次の言葉を絞り出した。
「私が一番心配していること。それは、君がこの国で殺されることだ」
「はっ……?えっと、それはどういう意味でしょう……?」
いきなり話が突飛した。そして自身が殺されるという言葉を聞いて、ノインは混乱する。
確か今は、ライムエルがこの国の敵にならないための話をしていたと思うのだが、何故それがノインが殺されるという話に繋がるのだろうか。いったん話を整理し、他国の者が接触を図ってきたときのことを考えてみる。
他国の者がノインに接触してまず行うのは、自国の勧誘だろう。ノインを招き入れる事ができれば、自国の戦力増加だけにとどまらず、『我が国はドラゴンを従える者がいる』ということで国の力を誇示する方法ともなり得る。
軍事面でも、外交面でも非常に有利になるだろう。だが、ノインがそれを断った後。その後については想像できない。
ブライルはあくまでも自分の考えだということを強調して、ノインに話をし始める。
「君が誰にも仕える気がない、という意志を他国の者に伝えたとしよう。では、自国に引き入れるのが無理なら、自国の敵にならないようにしようと考えるのが普通だと私は考える。そしてそのための最悪の方法が、先ほど言った君を殺すこと。君が死ねば、ドラゴンを従える者はいなくなるのだから」
それは話が飛躍し過ぎではないか、とも思わないでもないが、この国の貴族であるブライルがその考えに至ったのだ。他国の貴族もそう考え、配下の者に指示を出したとしてもおかしくはない。
「加えて言えば、君は餌付けのような形でテイムしたと聞いている。だから、君が死んだ後に、同じような方法で主のいなくなったドラゴンをテイムしようとする馬鹿な輩が出てこないとも限らないんだ」
これは他国の者だけでなく、この国の先が読めない愚か者たちにも言えるけどね、と苦笑いを浮かべるブライル。そんなことを言うということは、誰か実行しようとする人物の心当たりがいるのだろうか。いや、いるからこそこうやって態々説明してくれているのかもしれない。
「君の側には当のドラゴンがいるのはもちろん私もわかっている。ただ、それでも万が一ということはあるからね」
確かにノインの側にはライムエルがいるとはいえ、確実に防ぎきれるとは限らない。例えば、数をもって攻めてきた場合など。もちろんそれは、攻める方も死を覚悟せねばならないだろうが。
「つまりラウルレッド伯爵は、俺の身を案じて態々お呼びいただいたと?」
「経緯はともあれ、君はドラゴンを従えたんだ。その命、無為に散らしてしまうのは惜しいと思ってね」
もちろん、ドラゴンをテイムすることができたという理由があってこそだろうが、平民についてここまで考えてくれる貴族がいるとは思わなかった。確かにこの人は、ラシュウの言った通りの人物なのかもしれない。貴族とは、自分の利益のためにその権力を行使する輩ばかりだと思っていた。だが目の前の人物は、それとは違うようだ。
「それにね、私は君が殺された後のことを恐れているんだ」
「俺が死んだ後のことですか?」
ブライルは頷きながら、ノインが殺された後のこと。つまり、ライムエルを従える者がいなくなった場合について話をし始めた。
「一番厄介なのが、主を失った怒りで暴れられてしまうことだね。そうなってしまえば、国をあげてドラゴン討伐に乗り出さなければならない。だがそれは、討伐の可否に関わらず、我が国に大きな被害を及ぼしてしまうだろう。下手をすればそれに乗じて、隣国が戦争を仕掛けてくる可能性もある。国家存亡の危機だ」
ノインが殺されれば、この国の存亡に関わるらしい。あまりにも話が大きくなりすぎて頭が痛くなってきた。というより、殺される気などさらさらないし、自分の死んだ後のことなんて知らない、というのがノインの本音なのだが。
それにしても、ライムエルを従魔にしたことで、周りにいろいろな影響が出てきているようだ。もしノインがライムエルをテイムしなければ、目の前の伯爵と会うことはなかっただろうし、ブライルもそんなことを考える必要もなかったはずだ。ただそれを言ったところで、主従契約を今更無かったことにすることはできないのだが。
『なあライム。もしも俺が殺されたらどうする?』
仮にノインが殺された場合、ライムエルはどう行動するのだろうか。試しにライムエルに念話で聞いてみる。
どうやら、目の前のクッキーを頬張るのに夢中で、ライムエルはブライルの話を全く聞いていなかったらしい。クッキーを食べるのをやめ、怪訝そうな目をこちらに向けながら念話で返答してきた。
『なんじゃ急に。ワシが側におれば、そんな心配する必要はないぞ』
『確かにそうかもしれないだろうけど、俺が死んだあとライムはどうするのかと思ってな』
万が一の話だと念を押して、ライムエルが何をするかを聞き出そうとするノイン。ライムエルはやれやれといった感じで答えてくれた。
『仮にも我が主と認めたのじゃ。その者が殺されたとあれば、辺り一帯を灰燼に帰してでも仇は取ってくれよう。その後は気の向くままに、かのう』
まさかの伯爵の想像通り、いや想像以上だろうか。下手をすると、ライムエルは辺り一帯を破壊しつくしてでも仇を取るらしい。その前に仇を取る事ができれば、そんな真似もしないとは思うが、この国に破壊の爪痕が残される可能性はあるみたいだ。
話はそれで終わりとばかりに、ライムエルは再度クッキーを食べ始める。話をしている間もずっと食べていたように思えるが、流石にそろそろ止めるべきだろうか。そろそろお昼も近いことだし。
今の話とは関係ないことを考え始めそうになるノインだったが、ブライルが話しかけてきたことで思考を戻された。
「私の考えが外れてくれれば、それが一番いいんだけどね。まあ、私は先の先まで考える必要がある立場だからね。気を悪くしたのならすまないね」
ただ、殺される可能性があるということを君に知ってほしかった、とブライルは言う。そしてその上で、ライムエルに頼るだけではなく、自分の身を護るにはどうすればいいかを考えてほしいとも。
「もし私の力が必要な時は、いつでも言ってほしい。できる限りの力になろう」
ブライルはそう言って、今の話を締めくくった。




