表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/36

第十三話:ブライル・ラウルレッド伯爵

 馬車に揺られて辿り着いたのは、街の有力者や貴族が住む一等区だ。目の前の屋敷は、その中でも一際立派に見える。門前で馬車から降り、屋敷の執事に案内されて門をくぐると、綺麗に手入れされた庭がノインとライムエルを出迎えた。花壇には色とりどりの花が咲いており、花の甘い香りが漂ってくる。


 貴族からの招待ということで少なからず緊張していたノインだったが、そんな美しい庭を歩いているうちに緊張がほぐれてきたように感じる。そんなことを考えて庭を手入れしているわけではないとは思う。


 だが、ノインはいい感じにリラックスすることができた。これなら、貴族相手でも物怖じせず話す事ができる、と思う。これまで面と向かって話したことがあるわけではないが。


 門から屋敷まで、それほどの距離ではない。執事に案内されて扉の前まで来ると、急に執事がノインに向かって一礼をしてきた。それが合図なのか、いきなり扉が開かれると、妙に響く男性の声がノインとライムエルに向かってかけられた。


「よく来てくれたノイン君。私がこの屋敷の主、ブライル・ラウルレッドだ」


 出迎えたのはこの屋敷の主、ブライルであった。爽やかな笑みを浮かべ、ノインの来訪を歓迎している。


 まさか伯爵自ら出迎えるとは思ってもみなかったノイン。なにせノインは貴族でもなんでもない。ただの平民で、ただの冒険者だ。別にこのようなことをせずとも、執事に自分のいる部屋まで案内させればいいだろう。だが彼はそんなことはしなかった。


 この街で一番偉いといってもいい御仁がそんなノインを態々出迎えるということ。それは彼がラシュウの言っていたような人格者なのか、それともライムエルの件を重要視しているのか。それはまだノインにはわからない。


 と、予想外のことでしばらく呆然としていたノイン。慌ててブライルに挨拶をする。


「こっ、この度はお招きいただきありがとうございます。ノインと申します」


 動揺が声に出てしまったが、それをブライルは笑って返す。


「はっはっは、そう固くなることもない。私はどこにでもいそうな、ただの三十代のおじさんとでも思ってくれればいい」


 流石にそれは無理だろう。この街一番のお偉いさんをそんな風に思えるほど、ノインの神経は図太くはない。


「その頭の上にいるのが例のドラゴンか。こうしてみるとなかなか愛らしいものじゃないか。おっと、こんなところで立ち話というのも失礼だな。部屋に案内しよう」


 ブライルはそういい、ノインを案内するために先導する。ノインはそれに慌てて遅れないように後に続く。


 屋敷の中を歩いていて浮かんだ感想は、思っていたより華美ではない、というところだろうか。塵一つ落ちていない屋敷内は、綺麗に掃除が行き届いていると言える。ただ、飾りっ気がほとんどなかった。


 庭で咲いていた花と同じものが活けてあったが、他には何も飾られていない。貴族という人種は、高そうな壺や絵画などを屋敷に飾るのが普通なのかと思っていたが、そうでもないようだ。


 ノインとしては、そういうものの良し悪しがまったくわからないので、無くて問題ないのだが。


 ブライルに連れられてきたのは、応接間のようであった。案内されるままにソファに座ると、執事がそれぞれの目の前に紅茶とクッキーをゆっくりと置く。


「さて、まずは紅茶でも飲んで喉を潤してくれたまえ。そちらのドラゴンの分も用意させてもらったがよかっただろうか」


 ブライルが最初に紅茶を飲み、クッキーを口に入れる。これは毒見のようなものだ。出したものは安全であり、招いた者に対する敵意がないということを示す意味がある。貴族社会には疎いノインに、その意味はわからなかったが。


「ありがとうございます。ほら、ライムの分もあるから、食べていいぞ」

「きゅ~♪」


 ライムエルは自分の分も用意してもらったと聞き、ノインの頭の上から飛び立ってノインの横へと着地する。そして目の前にあるクッキーを嬉しそうに掴み、次々と口の中に入れていった。紅茶にはあまり興味はないようだ。


 ノインも出された紅茶のカップを口元に運ぶ。上品な香りが鼻腔をくすぐる。何やら落ち着く香りだ。渋味はそれほどなく、スッキリとした爽やかな味わいだ。これほど美味しい紅茶をノインは飲んだことはない。流石は貴族が飲む紅茶だ。


 続いてクッキーを手に取り、口へと運ぶ。優しい甘みがノインの口の中に広がっていく。貴族が食べるお菓子ということで、もっと甘ったるい味を想像していたが、これは食べやすい。ついつい次へと手が伸びてしまう。


「うむ、見事な食べっぷりだな。ゼイル、おかわりの準備を」

「かしこまりました」


 ブライルは控えていた執事にそういい、追加のクッキーを持ってくるように指示する。それを聞いてノインはハッとした表情でブライルに謝罪する。


「夢中になって食べてしまい申し訳ありません」

「なに、気にすることはない。それほど気に入ってくれたということだろう?」

「ええ、王都で売られている甘さだけのお菓子とはわけが違いますね」


 ノインは王都にいたころ、貴族御用達で美味しいとの評判の店へ行ったことがある。それだけにお値段も相当なのだが、必死になって依頼をこなしてお金を貯めたのだ。


 どんなお菓子を出すのだろうと楽しみにしていたノイン。出されたお菓子は色鮮やかで美しく、口にするのが勿体ないような出来だった。目で見て楽しめるという点で、非常に評価が高い。


 だが、それを口の中に入れた途端、評価は一変した。味はまるで砂糖を塗り固めた塊と言ったようなものだった。確かに一口目はその甘さゆえに美味しいと感じるかもしれない。しかし、その一口だけでもう十分。二口目からは、まるでもう拷問のように感じた。口に運ぶたびに胸やけが強くなり、もどさないように必死だった覚えがある。


 この店は貴族に出すということで、自分の口に合わなかったのだ。そう思い、違う店で出されているお菓子も何度か食べたが、味は似たり寄ったりだった。どこも砂糖の味しかしないのだ。それ以来ノインは、理由がない限りはお菓子を食べるのを避けるようなってしまった。


「ああ、砂糖は貴重だからね。そんな砂糖をふんだんに使っている、ということが重要なんだ。甘くなければ『君の家ではその程度のお菓子しか出せないのか?』と言われてしまってね。それゆえに王都では、お菓子は甘ければ甘いほどいい、という風潮ができてしまったのだよ」


 ノインはそのような話は全く耳にしたことがなかった。おそらくブライルの話は貴族階級の話だろう。高い砂糖を湯水のように使うお菓子は、その日暮らしに精一杯な平民には手が出せないようなお値段なのだから。


「味より見栄ということですか……。砂糖が勿体無いですね」

「私もそう思うよ。それは無駄なお金だとね。だから我が家ではこのようなお菓子を出させてもらっているのだが、お気に召したようでなによりだ」


 ノインとライムエルの前に、追加のクッキーが差し出される。ライムエルは喜んでそれを受け取り、勢いよく口に入れている。流石にノインは手を休めているが。


 ノインが手を置いたことを確認したからか、ブライルはノインに本題を切り出す。


「さて、それでは今日君を招いた理由を話そうか。まあ、君にも察しはついているとは思うが」

「ええ、俺が従魔にしたドラゴンのライムエルについて、ですよね」


 それ以外にノインが呼び出される理由は全く思い浮かばない。


「ほう、そのドラゴンの名前はライムエルというのか。ライムエル山でテイムしたから、そこから名付けたということかな?」

「えっ、ええ……。まあ、そんなところです」


 言えない。自分からライムエルと名乗ったからそう呼んでいるなんて。


「それはともかく、君を招いた理由はその通り。付け加えるなら、君の人柄も知りたかったからかな」

「俺の人柄、ですか?」


 てっきりライムエルのことで話があると思っていたが、それだけではなかったようだ。


「そう。なにせドラゴンをテイムしているんだ。つまり君次第で、そのドラゴンの牙がこちらに向くかもしれないということだろう?テイマーとは、魔物を従える者を指す。ということは、君の命令にそのドラゴンが従うということ。従える者の事を知ろうとするのは当然ではないかね?」


 確かにその通りだ。もし仮にノインがライムエルに、「この街を破壊してくれ」とお願いすれば、ライムエルはそれを成すだろう。以前からノインの邪魔を排除するためなら、そのようなことをするということを直接言っているのだから。


「だからこそ、君と直接会って話がしたかった。君の独りよがりで、その力を勝手に振われてはたまらないからね。まあ、その心配は杞憂に過ぎなかったようだが」


 ここまで話と言ってもたいしたことは話していない。それだけで、ノインという人について本当にわかるのだろうか。不思議に思い、その疑問を直接訊ねてみる。


「まだお会いしたばかりですが、俺がそんな真似をしないということがわかるのですか?」

「うん、そうだね」


 ブライルは紅茶のカップに手を取り、それを一口飲んで喉を湿らす。そしてカップを置き、もったいぶってその判断理由を明かすかと思いきや、ブライルは茶目っ気たっぷりに話しだした。


「と、言いたいところだけど、実は違う。君に関する情報を集めさせて貰ったのだよ。君が普段どんな生活をしているのか、どういう思想を持つのか、いろいろとね」


 その情報から、ノインは特に問題を起こさない人物だと判断したとブライルはいう。


 一目見て君のことがわかった!と言われるよりも余程納得できる。自分のことを調べられたのは気分が悪いが、ドラゴンをテイムした人物なのだから、調べられても仕方ない部分もあるだろう。そう思うノインだったが、そこでまた新たな疑問が出てくる。


「その情報をもとに俺のことは安全だと判断されたのであれば、態々呼び出す必要もなかったのでは?」

「いや、最終的な判断は君と直接会って会話したからだよ。情報だけではわからない部分もあるからね。その辺りは長年の経験と勘だけど」


 これでも人を見る目はあるつもりだ、と笑うブライル。


「それに本題はここからだよ。単刀直入に聞こう。私に仕える気はないかい?」


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ